真夜中の侵入者
前回のあらすじ
勇者エルシドとアンジェラの組み手がギャラリーの見守る中で行われた結果、気絶するまで挑むエルシドの姿が感動を呼び、組み手終了後に盛大な拍手が巻き起こった。
それを見終わったアイリはアイリーンのお菓子屋で女神ビスカーと遭遇。ケーキを御馳走した(結果的に)お礼に極秘情報として、転移者の中にナイトメアという大変危険な魔物が紛れてる事を知った。
魔女の森の東北――プラーガ帝国とミリオネック商業連合国の境目付近にて、真夜中の森を4つの光が照らし出す。
その光に驚いた夜行性の動物が四方に散らばった後を、2台のバギーが通り過ぎて行く。
内1台の助手席の窓がスライドすると、少年が空き缶をポイ捨てしつつぼやいた。
「まだ着かないのか? 早いとこ暴れたいんだが」
まるで戦闘狂を主張するかの如く先程からソワソワしており、早く戦わせろと言ってくる。
「もうすぐだ。――それより気を付けろよ。薄気の野郎は死人使いで幾つかの魔法も使えた筈だ。そんな野郎の定時連絡が無かったって事は、薄気よりも強い奴にやられた可能性が高いんだからな」
「へいへい」
運転中の気難しそうな少年が戒めると、助手席の少年は真に受ける様子はなくスマホを弄り出す。
彼等は十針からの依頼で薄気を回収しに来てるのだが、どちらかと言えばダンマスを倒してレベルを上げる事に傾斜しており、優先順位的には薄気の回収は下である。
「しっかしよ、熊谷達は羨ましいよなぁ。アイツらは既に3ヶ所もダンジョンを攻略してるんだぜ? 俺達はこれからだってのによ――あーーっミスった、ちきしょう!」
ソシャゲをやりながらも助手席の少年は再びぼやく。
戦闘機が使えなくなった熊谷達は渋々とダンジョンを攻略し始めてたが、予想以上に順調に攻略が進み、レアなアイテムも入手出来たりとクラスメイトに自慢し出したのだ。
すると当然俺も俺もと挑む生徒が増えていき、空前のダンジョンブームが訪れる事に。
だが最終的には過剰なほど罠を仕掛けられたダンジョンで、怪我をして泣く泣く戻って来たりしているのだが。
「文句を言うな犬山。これから幾らでもチャンスはある。近々どこかの小国に宣戦布告するって話だし、それまで狩りを楽しもうじゃないか」
「おお、さすがは恐怖投影を持つ男、百地古太郎。そのスキルがあれば相手は自滅する事間違いねぇな!」
運転席の少年――百地のスキルは、恐怖投影という対象者に悪夢を見せる能力で、それにより相手は戦意を失うというものだ。
これは知性の低い魔物には効果が薄いだろうが、逆にダンマス等の知性が高い者には絶大の効果がある。
因みに犬山も嗅覚鑑定というその場にある臭いを元に鑑定出来るスキルを持っているが、正直使えるかどうか微妙だ。
「ほら、猿川達が止まったぞ。この近くみたいだな」
前を走ってたバギーが止まったのを見て、百地もその横へと止めた。
バギーから降りると、猿川が手にした懐中電灯を前方に照らしており、そこへ視線を移せば木々の隙間に地面の盛り上がった箇所があり、よくみるとポッカリと穴が空いてるのが分かる。
「薄気君の反応はあそこから下に潜った地中深くの場所。つまり、ほぼ間違いなくダンジョン内部だという事です」
眼鏡をクイッと持ち上げ、猿川が解説する。
各生徒へ配られてるスマホには発信器が備わっており、その座標を辿ってここまでやって来た訳だ。
勿論薄気が落としたとも考えられるが、地中に反応がある事からその可能性は低いと見た。
「よっしゃ、早いとこダンマス狩りと洒落込もうぜ!」
「落ち着け犬山、武器を持たずに行く奴があるか。――雉田、早いとこ武器を頼む。じゃないとコイツが暴走しそうだ」
「はいよ、持ってけドロボーってな!」
先走ろうとする犬山を宥めた百地が、もう1台のバギーから降りてきた雉田から武器を受け取る。
雉田の固有スキルは異空間庫であり、何もない空間から突然マシンガンやライフル等が出現し、犬山と猿川もそれぞれ好きな武器を手にした。
これらの武器はクラスメイトの屋内という生徒が作った近代兵器であり、今回の作戦に支給されたものだ。
「よし、武器は持ったな。――これよりダンジョンへと突入するが、各自気を抜かないように注意しろ」
百地の言葉に犬山はアクビをしながらハイハイと頷き、他2人は無言で頷いてから既に歩き出した百地に続く。
「ふんふん……な~るほどなぁ。ここはマリオンって奴のダンジョンらしいぜ?」
「お、得意の嗅覚鑑定か?」
「まぁな。罠の位置も分かるみたいだし、こりゃ楽勝だな!」
「頼もし~ぃ。よ、斬り込み隊長!」
「お前ら……」
調子に乗ってる犬山と雉田に対し、百地は軽くため息をつきつつ先へと進む。
先頭を歩く犬山が臭いで罠を嗅ぎ分け、その斜め後ろから百地が魔物を警戒し、猿川を挟んだ後ろを雉田が背後に気を配るという隊列だ。
「犬山、前から来るぞ!」
「分かってらぁ――オラオラァ!」
「――って、後ろもかよクソガ!」
正面から現れた2体のスケルトンを犬山がガトリングでバラバラにすると、後ろから迫るゾンビ2体を猿川と雉田がそれぞれヘッドショットで撃ち取る。
「へ、やっぱ大した事ねぇな。これなら剣でも余裕そうだぜ」
あっという間の殲滅に気を良くした犬山は、地面に転がってたスケルトンの頭部を蹴飛ばしながらガトリングを担ぎ直す。
そんな犬山に百地は顔をしかめるが、実際に大した事はなさそうだと感じ取り、特に口には出さなかった。
「おい、見ろよ。なんか如何にもって感じの扉があるぜ?」
「アレは……恐らくボス部屋でしょう。あの部屋のボスを倒せば、次の階層かコアルームに行ける筈です。ま、これほどの近代兵器をもってすれば敗北は有り得ないでしょうが」
洞窟の先に見える扉を犬山が指すと猿川が得意気に説明し、手にしたショットガンを扉へと向ける。
「そんじゃま、精々楽しませてもらうとしようか。何せ――無抵抗な奴隷を痛め付けても張り合いがないしな!」
「それには同意するな。いたぶってるとついつい力加減を誤って殺してしまった事もあるからな」
楽しそうに語る雉田と百地。
彼等は暇潰しに奴隷をいたぶって遊んでる事もあるが、最近だとマンネリ気味で奴隷だと満足出来なくなっていた。
これは当然犬山と猿川も含む多くの生徒が行っており、正にアルカナウ王国は無法地帯と成りつつあるのだ。
バァァァン!
扉が勢いよく開かれ、4人が部屋へとなだれ込む。
すると中央に鎮座してたオーガのような何かがムクリと立ち上がり、4人を舐めるように見渡し涎を垂れ流す。
「コイツは……犬山!」
「わ~ってるって。このキモい奴はデッドマンイーターって言うらしいぜ」
「「「デッドマンイーター?」」」
百地が叫ぶと、意図を察した犬山が臭いを嗅ぐ。
そして漂う悪臭に鼻を摘まみながら答えた名前は、デッドマンイーターという人間や亜人を生きたままボリボリと貪り食う化け物だ。
「おい、コイツだけじゃないぞ。騎士を模した銅像だと思ったら、全部敵じゃねぇか!」
左右に配置された10体の銅像はリビングアーマーという全身鎧の魔物で、剣を構えて向かってきた。
ズガガガガガガガッ!
「撃て撃て撃てぇ!」
バババババババッ!
「こっちもいくぜ!」
犬山と雉田が乱射してリビングアーマーを押し戻す。
ダメージは受けてはいるが、防御力の関係で撃破までは至らない。
「ウゴォォォ!」
「百地君、奴が来ます!」
前面に出てたリビングアーマーを退けると、代わりにデッドマンイーターが向かって来る。
ガトリングとマシンガンの流れ弾を受けた程度では動くのに支障は無いらしい。
ドシュ! ドシュ! ドシュ!
「ウガァァァッ!?」
「フッ、デッドマンイーターだか何だか知らないが、銃撃を受けた事は無いらしいな」
そこへ百地がショットガンを撃ち込み動きを止めた。
が、奴が踞ったところへ再びリビングアーマーが集まりだす。
「全員後退して下さい。――これでトドメです!」
カチッ――
ズドォォォォォォン!!
「チェックメイト……ですね」
最後は猿川が手榴弾を投げ込む事でデッドマンイーターをただの肉片へと変え、リビングアーマーも粉々に吹き飛ばした。
「へ、やっぱり余裕ジャンか!」
「へ~ぃ、近代兵器最高ぅ!」
「ここまで上手くいくとはな。確かにこれなら苦戦はしないか」
犬山と雉田がハイタッチを交わし、百地はフッと肩の力を抜く。
「次もこの調子で行きましょう」
そこへ顔を綻ばせた猿川が出現した扉を指し、4人は2階層へと向かうのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「手強いわね……」
一方で、その様子をコアルームで見ていた側としては心中穏やかではない。
リビングアーマーはDランクの魔物であり、デッドマンイーターにいたってはCランクだ。
既に1階層から殺しに来てる設定で、並の冒険者なら突破は難しく、慌てて引き返すレベルである。
「マリオン様、ここは我等の出番ではあるまいか?」
「うむ。巧みに罠を避けるあたり、何らかのスキルを所持してるのは確実。さすがにこのまま放置は危険と見るぞぃ」
自らの出番だと訴えるのは前衛の騎士ギルバースと後衛の狙撃主ルドムの2人で、彼等は共にマリオンの眷属である。
「今の貴方達は生前と違ってBランクの強さがあるのは認めるわ。――でもね、さすがに向こうの武器が強力過ぎて、このまま送り出すのは危険だと思うの」
「むぅ……しかし……」
「それに貴方達を失えばこのダンジョンの防衛力は著しく低下するわ。それだけは避けなければね……」
ギルバースは戦いたそうにしてるが、マリオンはそれとなく却下した。
ならばどうしよう……というところで現れたのが、自信満々のアイカである。
「マリオン様、ここはわたくしにお任せ下さい。あの舐めくさった連中をフルボッコにして見せましょう!」
「申し出は有難いけれど、勝算はあるの?」
「勿論です。妙なスキルに頼り切っている転移者には遅れをとりません!」
胸を叩いて任せとけのアイカ。
勝算という程のものではないが、油断してる今なら仕留められると考えたようだ。
「分かったわ。他に方法は無さそうだし貴女に頼らせてもらうわね」
「はい、ど~んと頼って下さい。必ずや我が物顔のアイツらを懲らしめてやります!」
「――とは言ったものの、正直今回は撃退が関の山かもしれません」
正式にマリオンから任されたので早速転移者の元へと向かうアイカだったが、今回は難易度が高かった。
既にドローンを彼等に張り付かせてるのだが、その中の1人である猿川の固有スキルが大変厄介であり、今攻撃を行うと失敗する可能性が高かったのだ。
「む? 2階層のボス部屋まで到達してしまいましたか」
ますます調子付いた彼等はもうはや2階層まで到達し、ボス部屋で戦闘中のようだ。
「実戦にも慣れてきたという感じでしょうか。時間が有ればもっとしっかりとした作戦を実行出来るのですが……。やむを得ません。このままボス部屋での捕縛を試みましょう!」
バタァァァン!
「「「「!」」」」
ボス部屋の扉を開けると彼等はちょうどボスを倒したところだったようで、何事かとアイカへ振り向く。
「先手必勝! これでも――「掴まれ!」
しかしアイカよりも先に猿川が動きだし、一瞬で4人は何処かへと転移してしまう。
「く、やはり逃げられてしまいましたか!」
案の定といった感じに悔しがるアイカ。
何故彼等に逃げられたかというと、猿川の固有スキル寸前予知によるものだ。
このスキルは1分以内先に起こる出来事を予知出来るという優れもので、これにより危険を察知した猿川によってまんまと逃げられてしまったのである。
「いや、まだです。まだ逃げられた訳ではありません!」
4人は一瞬でその場から離脱出来る転移石を使用して、地上に止めてあるバギーのところへと転移したのだ。
「フフン、このドローンにもアンジェラと同じスキル探知波動が搭載されてるのです。これで奴等の居場所は丸わかり――フッ、居ました居ました。さぁ、すぐに追い付きますよ!」
4人の後を追って、アイカとドローンも転移した。
――が、しかし、アイカが追い付くまでに、彼等は更なる危機に直面しており……
「ぐほぉっ!? ――お、まえ……なんで……」
「「「猿川!」」」
4人がバギーの元へと転移した直後、突然猿川の胸から槍が突き出てきたのだ。
そして猿川が息絶える直前に見たのは……
「――た……かと……う……ごふっ」
ドサリとその場に倒れる猿川を見下ろし、口の端を吊り上げニヒルに笑う少年――高遠であった。
「高遠! テメェ、やっぱり生きてやがったのか!」
ズガガガガガガガッ!
「っと、そんな単純のは当たんねぇよ!」
犬山がガトリングをブッぱなすがそこに高遠の姿は既に無く、樹木に穴を開けただに終わる。
「くそっ、どこだ高遠!」
「落ち着け犬山! 奴はこっちを見れる位置にいる筈だ。臭いで探れ!」
「お、わ、分かった!」
焦る犬山を上手く百地が動かす。
「――そこかぁ!」
ズガガガガガガガッ!
ババババババババッ!
犬山の撃つ方目掛けて雉田もマシンガンを撃ち込む。
だが、既にそこにも高遠の姿は無く、樹木の上から声が聴こえてきた。
「今日のところはこれで勘弁しといてやる。厄介なのが来るからなぁ。だが次に会う時はテメェらのスキルは頂くぜ!」
そう言うと、高遠は風のように消え去った。
「くそ、猿川が殺られたか……。しゃぁーねぇ、一旦戻ろうぜもも――百地!」
気付くと百地までもが腹に大きな穴を開けており、言うまでもなく高遠に殺られたのだと分かる。
「さぁ、逃がしませんよ。覚悟なさい!」
そこへ彼等にとっては悪夢の連続となるが、アイカとドローンが現れた。
「おや仲間割れですか? まぁ何にせよ好都合です」
バスバスッ!
「「うっ……」」
最後はドローンによる麻酔弾を受け、呆気なく捕縛に成功するのであった。
アイカ「猿川君の固有スキル(寸前予知)の補足です。使用後は10分間のクールタイムが発生するので、高遠君の襲撃を予知する事は出来ませんでしたというオチです」




