一新
前回のあらすじ
勇者エルシドと桜庭を追って魔女の森へと足を踏み入れた薄気だったが、入った直後に2人を見失ってしまう。
仕方なく引き返そうとした時、他の術者が召喚したスケルトンが紛れてる事に気付き、自身のスケルトンへ掃討命令を下す。
しかし、アイカのドローンに守られたマリオンが現れ、全く歯が立たずに拘束されてしまうのであった。
「今だ! ハァァァッ!」
「ムッ!?」
少年の剣が中年男の背後から迫る。
サッ!
「フッ、甘いぞ」
「ああっ!?」
が、間一髪上半身を横にズラす事で回避に成功し、素早く少年へと向き直る。
「そろそろ終わりにしよう……秘技――破防裂砕牙!」
中年男の広範囲へ広がる斬撃が炸裂!
「くぅぅぅぅぅぅ――ぅわっ!?」
少年は咄嗟に剣を盾にするがこの斬撃は相手の防御を崩す意味合いが強く、耐えきれずに後方へと飛ばされる。
「チックショーーッ! まだやれ――あ!」
「残念だがチェックメイトだ」
何とか立ち上がった少年だが、再び剣を構えた時には中年男の剣が首に当てられており、実戦では死を免れない――っというところで組み手は終了し、互いに剣を鞘へと戻した。
「チェ、上手く死角に潜り込めたと思ったのに……。やっぱゼイルさんは強いよ」
「不意を突いたまでは良かったがな。声を上げたら位置がモロバレだぞ?」
「ああ、そういう事かよクソォォォ!」
頭をグシャグシャにして悔しがるのは冒険者パーティ【夢の翼】のリーダーである獣人レックス。
一方の対戦相手は冒険者パーティ【一閃の極】のリーダーであるゼイルだ。
「だがそんなに悔しがる事はないぞ? 俺は雑魚に対して技を使う事は基本無いんだからな」
「そ、そうなのか?」
「ああ。使うとすりゃ大量に群れたゴブリンとかだろうよ」
「やっぱり雑魚ジャン……」
と、レックスはぼやくが、実際ゼイルはかなり本気を出して相手をしており、手を抜けば負かされる程の実力を身につけつつあった。
因みにゼイルも以前アイリ達と同行した時より強くなっており、当時のゼイルと今のレックスは同じくらいの強さだと言っていい。
「もうお前さんらはAランクに成れる実力があると思うぞ? 寧ろその実力でDランクなのは詐欺ってもんだ」
「そうそう。これでもあたしらはかなり本気よ? そうしないとこっちが負けるくらい強くなってるわ」
ゼイルに同意しつつ、キンバリーが目を回したルークを引きずってやってくる。
ゼイル達同様、この魔族2人も組み手を行ってたらしい。
「でもかなりって事はその上もあるんだろ?」
「勿論あるわ。でも今以上本気になる時は殺し合いになった時よ? だからあたしを襲ったりしない限りは有り得ないわ」
「いや、襲わないって……」
さすがにそんな自殺行為は、短気なレックスであっても実行しない。
「そうそう。キンバリーを襲うとか悪趣味にも程があるからなぁ」
「――ちょっ、ベニッツ!?」
然り気無く会話に割り込んだベニッツに、アルバが顔面蒼白になる。
アルバとしても自殺行為を行う奴が目の前に居るとは思わなかったが、今は巻き添えを食らわないよう距離を取るのを優先して即座に離れた。
「へぇ……じゃあ特別にあたしの悪趣味を味合わせてあげるわ――くたばりな!」
「おわっ!? ちょっ、キンバリー、それ真剣じゃねぇか! 危ねって、マジ危ねって!」
ルークを無造作に捨ててキンバリーがベニッツを追い回す。
魔法を放ちながらも剣を振るうところはさすがだが、それを避け続けるベニッツもやはり強者だ。
「……コホン。ったく、どんなに強くなってもアイツらは変わらんな……」
「変わらないと言えば、あの2人も変わらないだぜ?」
鬼ごっこを繰り広げる2人を見てため息をつくゼイルに、アルバが別の2人を指してみせる。
そこへ視線をやると、金髪エルフのムーシェとユユが何やら話し合っていた――いや、話し合ってるように見えて、実は論争を繰り広げていたのだ。
「……何度も言う。貴女は私から見てお婆ちゃん」
「……それは年齢だけを見た話。今の私の見た目を持ってしてお婆ちゃんという名称は相応しくない」
「……それは現実逃避。雨降って爺固まるの如く、雨降って婆ぁも固まる」
「……その用法は正しくはない。しかも一部が致命的に間違っている。小娘は小娘らしくもっと勉学に励むべき」
「……大きなお世話。お婆ちゃんの知恵袋はお呼びじゃない」
「……黙れクソガキ」
元々無口な2人であったため口調が非常によく似通っているが、一応補足すると、お婆ちゃんがムーシェで小娘がユユである。
「何つーか、あそこまで似た者同士だと血の繋がりが有るんじゃないかと思えてくるな……」
「あ、ソレは俺も思った。最初見た時は、ユユのお婆ちゃんかとおも――『ドスッ!』――ひぇっ!?」
口をスベらせたレックスの足元に、氷の刃が突き刺さる。
やったのは当然ムーシェだ。
「……誰がお婆ちゃんだって?」
「何でもない何でもない! 聞き間違いだから気にすんな!」
ムーシェに対して【お婆ちゃん】という言葉は禁句である……レックスはまた一つ賢くなりました……と。
「――っと、そういやアンジェラ先生はまだ戻らないのかな? 早く修行を再開したいんだけど……」
「ほほぅ、妾を待っておったのかや?」
「あ、アンジェラ先生! ――それにアイリも!」
アンジェラを先生と慕うレックスは向上心が有るらしく、メキメキと強くなったみたい。
「頑張ってるわねレックス。以前の比じゃないくらい強くなってるんだって?」
「へへっ、まぁね。でも俺の目標はアイリより強くなる事だからまだまださ!」
この発言にはゼイルさんも苦笑い。
何せミルドの加護があるお陰で短期間で強くなってるくらいだから、私も前より強くなってる筈なのよ。
だから私を越えるのは――いや、野暮な事は言わないようにしよう。
「うむ、その意気やよし! 早速妾――「の前に、新しいメンバーを紹介するわ」
無駄に腕捲りしつつあったアンジェラを手で制して、エルシドと桜庭さんを前に――あれ?
「桜庭さんはどこ行ったの?」
「ああ。桜庭の嬢ちゃんならルーとミリーに釣られてケーキバイキングに行きおったで?」
おぅふ……。
ホークが言うには、ゴーレム姉妹がケーキの話をしてたら目を輝かせて飛び付いたらしい。
しょうがないからエルシドだけ紹介しとこう。
「今日から暫くここで修行する事になったエルシドよ。出来れば設備の事とか色々教えてあげてくれると助かるわ」
「アルカナウ王国から来たエルシドです。宜しくお願いします」
畏まって一礼しつつ自己紹介を行うと、レックス達に連れられて行く。
まずは施設内を軽く見てもらおうって事で。
「――って、とこかなぁ。何か聞きたい事あるか?」
「え? あ、ああ、その……なんと言うか、ここは本当に別世界のような場所だね……」
レックス達に案内されるまま施設内を見てもらったんだけど、エルシドの口は終始半開きのままだったらしい。
「まぁ気持ちは分かるぜ? 俺なんかは便所のアレがいまだに苦手でよぉ……」
以前ゼイルさんはトイレを使用した際に、知らずにウォシュレットのボタンを押してしまい、ビックリして飛び出して来た事があったらしい……下半身丸出しで。
その結果、目撃した女性冒険者達に袋叩きにされたので、可哀想だからポーションを差し入れしてあげたわ。
「便所って言えば、ここのは全然悪臭がしないよな? 下手な民家より快適だぜ」
という庶民的な意見を述べるアルバ。
芳香剤らしいマジックアイテムも市場に出回ってるんだけど、当然高価なため易々と手を出す事は出来ない。使ってるのは専ら貴族連中ね。
「もう、これだから男共は……。もっと他にあるでしょ? あたしはシャワーが断然気に入ったわ! いつでもすぐに温かいお湯が出てくるんだもの!」
キンバリーさんみたいに脳筋――じゃなかった、トレーニングが好きな人は、汗を流すのに必要だと思って備え付けたのよね。
これには女性陣には大好評で、男性陣にも概ね好評。
まぁ男性陣には銭湯のほうが好評なんだけれども。
「……私はこの施設よりもお菓子屋さんの方が好き」
「……その意見には同意する。小娘の言う通り、ケーキは最高の食べ物」
そして女性に最も人気なのが、スイーツショップ【ビアードママ】。
ここのケーキはイグリーシアにある物を材料にしてるから、馴染みのある味わいが――って、トレーニングジム関係ないじゃない。
話が脱線してきてるから戻さないと。
「それじゃ頑張ってエルシド」
「ありがとう! 必ず今よりも強くなって、祖国を取り戻して見せるよ!」
その意気よ。勇者の実力を舐めた転移者に見せつけてやりなさい。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「清善君とはぐれた!?」
『ああ。スマホにも出ねぇし、俺達じゃお手上げだ』
玉座でスマホ片手に足を組むのは例の如く十針。
戦闘機の使用を一時的に禁じた熊谷達のガス抜きのために、清善という男子生徒を同行させる形でダンジョンの攻略をさせてたのだが、その熊谷からの知らせでダンジョン内部で清善とはぐれてしまったと言うのだ。
「しかしどうしてはぐれてしまったんだい? 清善君には事故防衛のスキルがあった筈だから、危機に陥るような事はほぼ有り得ないんじゃ……」
清善の所持する事故防衛という固有スキル。このスキルは自身に訪れた危機を劇的に軽減させるという防御に特化したもので、ダンジョン内の罠で窮地に陥る可能性は皆無なのだ。
このスキルが有ったからこそ、十針は清善の同行を推奨したのだが……
『それが俺らにもよく分からないんだ。夜霧が言うには、目の前で突然消えたらしいんだが……』
熊谷達は清善を先頭にアルカナウ国内のダンジョンを攻略して回っており、すでに3つのダンジョンを攻略していた。
十針の予想通り清善とダンジョンとの相性は最適であり、殆どの罠を無力化してったのだが、それがかえって彼等の油断を誘う事になる。
偶然見つけた宝箱に夢中になりすぎた熊谷達は、周囲を警戒してた清善の事がすっかり頭から抜け落ちており、決定的瞬間を見たのは夜霧ただ一人なのだという。
「いずれにしろ、ダンジョンの罠に掛かった可能性が高い。富岡君に居場所を聞いてみるから、熊谷君達はその場で待機しててほしい」
『そうか、富岡なら……分かった、出来るだけ早く頼むぜ!』
熊谷との通話を終えると、すぐに富岡へ連絡を取る。
(はぁ……まったく、次からへと厄介な事ばかり……)
苦労が絶えない現状にため息をつくと、十針は一人、心の中で愚痴るのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ギャァァァ!」
熊谷達が慌ててる頃、ダンジョンの最下層では2人の男がダンマスにトドメを刺したところである。
「や、やった……俺はやったぞぉぉぉ!」
震える手で剣を握りしめてた男――清善は返り血を浴びててが、それよりも自信の手でダンマスを葬った事の方が重要だったようで、やや間を置いて拳を天に突き上げた。
パチパチパチパチ!
「やったじゃないか、清善。これでもう、ただの斥候役なんかじゃ無くなったぜ?」
清善の傍らで見守ってた男が拍手を送る。
実は彼が熊谷達とはぐれたのにはこの男が関わっており、この人物により呼び寄せられたのが原因だ。
この人物の前に転移した直後、彼は驚き戸惑ったのだが、ダンジョンの攻略を手伝ってやると言われてすっかりその気になってしまう。
結果ご覧の通りに見事ダンマスを倒し攻略出来た事で彼は今有頂天だ。
「ありがとう! 他の連中よりステータスが劣ってた事がずっと悔しかったんだ。けれど今ので解消されたよ!」
本人が言った通り、彼のステータスはクラスメイトの中では下から数えた方が早いくらいの強さで、今回のダンジョン攻略でも【お前は何もしなくていいから、ひたすら進んでくれ】とだけ言われており、戦闘には全く期待されてないという事が明白であった。
だが彼は今、中堅どころのダンマスを討ち取った事により多くの経験値を入手したので、以前よりもステータスはアップしているのだ。
「最初は疑っちゃってゴメンね? 簡単に強くなれるなんて胡散臭くて……」
「気にするな。俺達はクラスメイトだろ?」
「そうだね。本当にありがとう――」
「――高遠君!」
なんと、彼を誘ったのは十針から逃走中である筈の高遠だった。
「なぁに、礼には及ばねって。何故なら――」
ズシュ!
「ギャァァァッ! イタイイタイイタイ! 何をするんだ高遠!」
協力したと思ったら、突如として槍を突き刺した高遠。
苦痛に歪む清善とは対称的に、彼はニヤリと口の端を吊り上げながら槍を引き抜く。
「ふ~ん? やっぱ危機意識が薄いとスキルは反応しないんだな? まぁ絶えず警戒してれば問題ないか」
ヨロヨロと倒れ込むクラスメイトを気にも止めず、高遠は何やら思考を巡らせる。
「た、助けて……このままじゃ……」
「あ? 何言ってんだお前。簡単に強くなれるなんて都合の良い話があるかよ。有るとすりゃリスクが伴うのは当然だろ?」
「ゴフッ……だからって殺す必要は……」
「有るんだよそれが。何せ俺の固有スキルは――っと、ここじゃ言えねぇなぁ。俺の強さの秘訣でもあるからよ、他人に知られる訳にはいかねぇのさ」
高遠は最初から彼を殺すつもりであり、それには自身の固有スキルが関係していた。
「じゃあな清善。もう二度と会う事はねぇだろうよ」
「ま、まま待って――ゴハァァァッ!」
清善にトドメを刺すとサッと血を振り払い、手にした槍は何処かへ消え去る。
去り際に清善の亡骸に視線を落とすと……
「ほんの一時だったが幸せに成れただろ? お前が望んだ通りにな」
そうボソリと呟くと、霧のように消え去る。
それから一時間後、現場にたどり着いた熊谷達により清善が発見されるが、彼の身に何が起こったのかは誰にも分からなかった。
アンジェラ「さぁさぁ、早速始めようぞエルシドよ!」
エルシド「い、いや、女性に手を上げるのは……」
レックス「そう言ってられるのも最初の内だけだぞ?」




