再起
前回のあらすじ
好き勝手に振る舞う転移者を討伐するため、アイリは同じダンジョンマスターであるマリオンに協力してもらい、彼女のダンジョンを使用させてもらう事に。
だが一方で転移者側もアイリの存在を知る事となり、ここへきて両者が激突しようとしていた。
「もう放って置いてくれ!」
「エ、エルシド!?」
フランツの街にある酒場に勇者エルシドの声が響く。
昼間にも拘わらず酒盛りをしてる客は居り、何事かという視線が2人へ集中する。
しかしそれは一瞬の事であり、若い男女の痴話喧嘩だろうとあたりをつけられ再び2人は背景と化した。
「ご、ごめん……。だけど……」
「…………」
桜庭に怒鳴ってしまった事を詫びるが、言った事は本当だとでも言いたげな口振りに、桜庭は黙り込んでしまう。
あの後――アッシュの街が燃えて行くのを見たエルシドは、火を消しとめると逃げるようにフランツの街へとやって来た。
去り際に、仲間を失ったファトラとジッガに仇をとってほしいと頼まれるが、無言で頷くのが精一杯という精神が燃え尽きた有り様であるが。
そのためかここ数日は酒場に入り浸ってる状態にあり、ただ何気無しに酒を煽るだけの一般人と化している。
そんなエルシドを目の前に桜庭は心を痛めるのだが……
「ねぇ、そろそろ次の目的地へ行こう? ここで悔やんだって変わらないんだしさ」
情報通のジッガにより、とあるダンジョンで修行してる冒険者がみるみるうちに強くなっていくのだという話を聞かされた桜庭は、そこで鍛えればエルシドが祖国を救えるのではと考えたのだ。
「……いや、俺はいい。行ったところで仲間は生き返らないし、どうせ何も変わらない」
「そうかもしれないけど……。でも何もしないよりはマシでしょ!?」
動こうとしないエルシドに、桜庭は徐々に語気を強める。
彼女としては何とか立ち直ってほしいところなのだが、エルシドはテコでも動きそうにない。
「……俺は勇者なんかじゃなかったのさ。俺はただの負け犬だ……」
「な!?」
そして決定的な一言が飛び出す。
桜庭にとってエルシドは唯一の勇者だ。それを自ら否定する彼の言葉に驚き戸惑うと、直後急激に怒りが沸いていく。
その結果、桜庭の手が本能的に動き……
バシンッ!
「何て事いうの! 貴方は勇者よ、勇者なのよ! ――そりゃ失敗だってあるだろうけど、私にとっては救世主なの!」
気付けば涙目になりながらもエルシドの頬をぶっていた。
ぶたれたエルシドは目を見開いて桜庭を見上げており、その表情は【何故】という二文字を書き留めている。
何故なら桜庭は、これまでエルシドに対して怒りという感情をぶつけた事は一度もなく、手を上げる事もなかったからだ。
「貴方も仲間を失って辛いのは分かる。けどね、私だって十針から逃げる時に友達が死んだり捕まったりしてるのよ。ファトラさん達だって辛い最中に街の復興を手伝うって言って残ったのよ? 辛いのは貴方だけじゃないの。なのに……なのに勇者である事を否定するっていうなら――」
「もうアンタなんか知らない!」
桜庭はそのまま酒場を飛び出す。
だがエルシドは目の前のグラスに視線を落とし、桜庭を追おうとはしない――いや、出来なかった。
彼は勇者である事を否定してしまったのだから……。
「ンクンク――はぁ……」
グラスの中身を一気に流し込むと、無意識にため息が漏れる。
「おいおい、ため息ついてっど幸せが逃げるって言うぜ?」
いつの間にか隣に居た青年に話し掛けられた。
エルシドはチラリとだけ青年に視線をやるが、すぐに興味を無くしたように空のグラスへと戻す。
「…………」
「関係ない奴は引っ込んでろ……ってか? まぁお節介だとは思うがな、何となくただの痴話喧嘩にゃ見えなくてな――マスター、俺にもこの兄ちゃんと同じのを頼む」
すぐに用意されたグラスを傾けた青年は、眉間を押さえてパタパタと扇ぐ。
「――っかぁぁ! お前さん、真っ昼間からこんな強い酒を煽ってやがるのか……。まぁ飲むのは自由だが呑まれるなよ」
「…………」
「はぁ、黙りかい……。ま、あれだ。ついつい盗み聞きしちまったが、人生ってのは山あり谷ありなんだとよ」
気の良い青年らしく、沈んでるエルシドを励まそうとしてくる。
何かと巧みな言葉を受け最初は無視していたエルシドも、徐々に耳を傾けるようになっていく。
「俺もこっちに来てから色々とあってな、それこそ二度も死にそうな目に合ったんだが、なんとか今があるって感じだ。――ンクッンクッ――ふぅ……。だからよ、今は谷底かもしれねぇが、いつかは頂上へ行けるって考えりゃ今も乗り切れる。――ほら、さっさと仲直りしに行きな」
青年が顎でしゃくった先には、入口で心配そうに見ている桜庭が見え隠れしており、エルシドはいそいそと立ち上がると青年に一礼した。
「どなたかは知りませんが、ありがとう御座います。俺はまだ未熟――「ああいいっていいって、俺に構わず早く行ってやんな」
その後、エルシドと桜庭は共に酒場から出て行った。先に感じた重苦しい雰囲気を払拭しつつ。
(頑張れよ、アルカナウ王国の勇者エルシド)
謎の青年は心の中で声援を送るのだった。
魔女の森の中心にあるダンジョン――アイリのダンジョン――に向かう事を決意した桜庭とエルシドは、昼間のうちに物資調達を済ませ、フランツの街中で春先の夜風に当たっていた。
街を出るのは明日に回し、今は気分転換の最中だ。
「昼間は本当にすまなかった」
「もういいってば」
今日何度目かの詫びを入れる。
酒場を出た後もこうした2人のやり取りが行われており、その度に周りからはイチャついてるように見られていたため、何人かの通行人には心の中で舌打ちされてたが。
「勇者として必ず祖国を取り戻すんでしょ? ならいいじゃん。諦めなければいつかは叶う。その為に鍛え直すんでしょ?」
「そうは言ってもけじめは着けないとダメだと思うんだ。これまで支えてくれれた桜庭さんに怒鳴ってしまうなんて最低だと自分でも思ってる。だから――」
わざとらしく一呼吸置くと、立ち止まって姿勢を正す。
畏まったエルシドの様子に桜庭は首をコテンと傾け、彼の目に視線を合わせる。
「だから桜庭さん!」
「え……え?」
急に肩を両手で掴まれ、桜庭は戸惑ってしまう。
更にエルシドの真剣な表情は重大な告白をしようとする前である事を物語っており、ほんのり頬を赤く染めるとドキドキしながら続きを待った。
「す、す、すす――」
「……す?」
「好きなだけ俺を殴ってくれぇ!」
「……はい?」
何を言ってんの? ――という言葉を辛うじて飲み込み、言葉の意味を冷静に考える。
(今、殴ってくれって言ったよね!? 聞き間違いじゃないよね!? つまりアレ? エルシドを殴ってストレスを発散しろって事? もしかして私って暴力的な女だと思われてる!?)
自問自答しショックを受ける桜庭。
エルシドとしては特別深い意味はないのだが、彼女は深く勘ぐってしまったのだ。
「さぁ、早く!」
「エ、エルシド……」
両手を広げたポーズだけを見れば俺の胸に飛び込んで来い――なのだが、実際は何もしないからサンドバッグにしろという意味だ。
もうこの時点で桜庭は呆れてるのだが、エルシドはドンと来いを崩さない。
肩透かしを食い本気で殴ってやろうかと思ったが、彼女が本気を出すとエルシドが負傷しかねないので、それは思い止まった。
「どうしたんだい桜庭さん?」
「いや、どうしたって言われても……」
「遠慮はいらないよ。悪いのは俺なんだから、例えどんなに――ん?」
不意にエルシドが何かに気付く。
物陰からこちらを窺ってた者が居たのだ。
「あ――待てっ!」
エルシドに気付かれた不審者はそのまま街の外へと向かって逃走を開始。
慌ててエルシドも後を追う。
「ちょっ、エルシド!」
エルシドに続いて桜庭も走り出す。
2人揃って街門を潜り抜けると、街の外まで出てしまう。
――いや、この場合は誘い出されてしまったと言った方が正しいだろう。
「ぐぁぁぁ……」
「おぉぉぉ……」
「な、何だってこんなところにゾンビが!」
すっかり街から離れてしまい、気付けば30体くらいのゾンビに囲まれていた。
「ヘッヘヘヘ。――まさかこんな簡単に引っ掛かるとはなぁ。勇者って肩書きはただの飾りらしいなぁ?」
「誰だ!?」
薄気味悪い笑をあげて、迫水と同じ学ランを着た少年がゾンビをかきわけ躍り出る。
「ヘッヘッヘッ。一応名乗っとくけど、僕は薄気っていう者さ。まぁ桜庭さんは言わなくても知ってるよねぇ?」
「……ええ、そうね」
勿論桜庭は知っている。
何せ相手は同じクラスメイトなのだから。
「勇者を倒せば大量の経験値が貰えるらしいからさ、悪いけど僕の糧になってちょうだいな……と!」
薄気が手を下ろすと、一斉にゾンビが2人に群がる。
「くっ……死人使いか!」
死者を冒涜してると言っても過言ではないソレを見て、エルシドは顔を歪めながもゾンビ共を斬り裂いていき、桜庭も油断なく応戦する。
「へへ、見ての通り、僕の固有スキルは死人使いさ。知ってるかい? 数ヶ月前に、ここら辺でミリオネックとプラーガが小競り合いを起こしたって事。そのお陰で豊富な手駒が大量に居るんだよ――ホラ!」
自慢気に語った薄気が両手を広げて何かを呟く。
すると半数に減った筈のゾンビが、更に倍増して地面から這い出て来た。
「くそっ、このままじゃキリが無い! ――桜庭さん、僕がゾンビの相手をするから君はあの少年を頼む!」
「分かった!」
力強く頷くと、姿勢を低くし駆け出す。
迫るゾンビを振り切って後は薄気を叩っ切るだけのはずだった。が、しかし……
ガキンッ!
「くっ! コ、コイツに邪魔されなければ!」
薄気の前に堂々と召喚された1体の騎士。
他のゾンビよりも一際豪勢な甲冑を身に付けたソレは、剣筋からも他のゾンビよりも桁違いに強いと感じ取れる。
「ヘッヘッヘッ、ざぁぁぁん念だったねぇ? コイツは死霊騎士といってね、Cランクの魔物に指定されてるのさ」
「くっ……」
不利を悟った桜庭は一旦距離を取るが、そこへ再びゾンビが群がり、死霊騎士を相手にする余裕はなくなっていく。
「さぁどうする? 潔く降参するかい? それなら桜庭さんは見逃してあげるよ。――但し勇者、お前はダメだね。何故なら経験値になってもらうんだからさぁ!」
ゾンビに加え死霊騎士までもがエルシドに向かって行く。
「くそっ、こんなところでぇ!」
何とか打開したいところだが、周りが暗すぎて思うように剣を振るえない。
尚も群がるゾンビに悪戦苦闘を続けるエルシド。そこへ死霊騎士が斬りかかるがとても捌ける状態ではない。
最早これまでか……と思ったが、天はエルシドを見捨ててはいなかった。
キィィィン!
間一髪で割り込んで来た1本の剣。それと同時に聞き覚えのある声が耳へと入ってくる。
「危ねぇ危ねぇ。折角立ち直った勇者様を死なせるとこだったぜ」
「――あ、貴方は!」
剣の持ち主へと視線を動かすと、昼間に酒場で出会った青年である事が分かった。
「まったく、こんな夜更けに無茶しやがってよっっっと!」
「グガァ……」
今度は力で押し戻された死霊騎士が距離を取る。
気付けば上空に浮かぶマジックアイテムにより周囲が明るく照らされており、この青年が使用したのだと2人は思った。
「最近手に入れたフラッシュバンディクートってアイテムでな、これだけ明るくけりゃアンデッド共も動き難いだろうぜ」
「さぁ、反撃といきましょうか。久々に剣を振るえる機会を頂いた礼をせねばならないでしょうしね」
そして気付けば青年の仲間と思われる若い女性騎士が戦闘に加わっており、戦況は一気に傾いたのだった。
「チッ! あと少しだったのに。――こうなったらここらのアンデッド共を残らず召喚してやるぅ!」
再び薄気が両手を広げると、今までとは比べものにならない程のゾンビやスケルトンが大量に沸いてくる。
「あぁもぅ、折角形勢逆転だと思ったのにぃぃぃ!」
青年達の加勢により安心しきってた桜庭は再び剣を構える事を余儀無くされ、エルシドも淡々とアンデッドを薙ぎ倒していく。
そこへ青年がエルシドと背中合わせになると、こそっと耳打ちをしてきた。
「聞け勇者。ここは俺らが食い止めといてやるからよ、お前らは南側の森に入り込め」
「そ、それはどういう――「時間が無ぇから一度だけ言うぜ? 森の中に知り合いのダンジョンマスターが来てるからよ、ソイツと上手く合流するんだ」
ゆっくりと話してる場合ではないため、エルシドは青年を信用し、桜庭の手を引いて走り出す。
「すみません、ここはお願いします!」
「あ、え? ――お、お願いします!」
よく分かってない桜庭も青年達が足止めをするのだという事をかろうじて理解し、青年達への礼を延べた。
「あ! ちくしょう、逃がすかぁ!」
それに気付いた薄気も半数のアンデッドを引き連れてエルシド達の後を追う。
「さぁて、後はマリオンに任せとけば大丈夫だろうし、コイツらを片付けよう。油断するなよロゼ!」
「勿論です。トウヤ辺境伯もお気をつけて」
なんとこの青年、フランツの街の辺境伯なのである。
「――それにしてもまたお前と殺り合う事になろうとはなぁ。もぅいい加減成仏してくれや、レイドレックさんよぉ!」
「グガァァァ!」
トウヤが叫ぶとそれに反応するかのように死霊騎士も叫ぶ。
実はこの2人、ミリオネックとプラーガの小競り合いで直接剣を交えており、当時はトウヤの勝利でプラーガの侵攻を食い止めたのだ。
そしてなんの因果か死して再びトウヤの前に現れたのである。
ズバン!
背後に回り込んだトウヤが首を跳ね飛ばす。
「グォグォグォォォ!」
「――っと危ねぇ!」
だが何事もなかったかのように、死霊騎士は剣を振り回してきた。
アンデッドは痛みを感じないので、首が無くなったところで怯んだりはしない。
「アンデッドのくせに調子に乗りやがって! これでも食らえってんだ!」
トウヤが再び背後をとり、首の外れた甲冑の中に聖水を流し込む。
「グガガガガァァァ!?」
直後死霊騎士はもがきだし、剣を手離しのたうち回る。
聖水は高値ではあるが、痛みを感じない筈のアンデッドに苦痛を与えられる貴重な物で、浄化魔法を使えない者にとっては対アンデッド用の切り札となり得るのだ。
「――ふぅ~、アンデッドにゃコレが一番だかんな。それなりに高いが必要経費だろう」
既に半分近く消滅した死霊騎士を前に葉巻をふかす。
後は完全に消えるのを待つだけなので、実質勝利後の一服と言える。
「トウヤ様、こちらは片付きました」
「おう、ご苦労さん。アッシュの街の二の舞にならなくて良かったぜ」
実はこのトウヤ辺境、独自に情報収集を行って転移者が勇者エルシドを狙ってる事に気付いたのだ。
そこへまさかのエルシド本人と出くわしたため、こっそり後をつけていってこの結果なのである。
因みにトウヤへ情報を渡したのはダンジョンマスターのマリオンだ。
「しかし転移者を逃してしまいました。奴を仕留めなければ、また同じ事を繰り返す可能性が――」
「そん時ぁそん時さ。――なぁに、サンドバッグが増えたと思えばいい」
やがて2人が見届ける中、死霊騎士はサラサラと消えていくのであった。
アイリ「前にも登場してるトウヤさんの再登場です」
アイカ「詳しくは別作品の【誘われし小悪党】をご覧下さい。トウヤさんと、このデスナイトの関係が分かります」




