誤算?
前回のあらすじ
ミリオネックにあるアッシュの街が、転移者が操縦する戦闘機によって襲撃された。
これによりアイリは、転移者への警戒を強め、現地に近いダンマスのマリオンに協力をお願いする事に。
勇者エルシドを狩って経験値にしようとした熊谷達を急遽呼び戻した十針。
彼は普段あまり見せた事の無い怒りを滲ませ片肘を着いていた。
「君達……大変な事をしてくれたね……」
「は? ――大変って、何の事だ?」
「……はぁ」
訳も分からずといった熊谷の態度に深いため息をつくと、彼と一緒に出撃した面子を見渡しながらも表面上丁寧に説明し始める。
「いいかい? 僕は大国を相手にするのはまだ早いと言った筈だよ?」
「ああ、そんな事も言ってたっけか?」
「……そう、覚えてはいるんだね。ならどうして大国であるミリオネックの街を襲撃したんだい?」
「街を襲撃?」
街を襲撃したと言われ、彼等一同は首を傾げる。
やがて1人の男子――夜霧という生徒が思い出したようで、手をポンと叩いて顔を上げた。
「きっとアレかな? 勇者を追ってたら通り過ぎちゃった時があって、行き先だろうと思われた街を炎上させた事じゃないかな?」
「ああ、あったあった。街の住人がゴミみたいに吹っ飛んでく様は爽快だったよなぁ!」
「一番上手く建物に命中させてたのは鷹将だったよね」
「俺、シューティングは得意だからな」
十針としては大国相手に何してんだと言いたかったのだが、熊谷達は全く気付いてないらしく当時を振り返って談笑する始末。
その様子に十針は無意識に貧乏揺すりをする程に苛立ちが募っていく。
「分かってないみたいだからハッキリ言うよ。僕らの最終目標はプラーガ帝国の滅亡だ。それを成す前に他の大国と矛を交えるのは避けなければならなかった。なのに君達はミリオネック領内の街を襲撃した。御丁寧にアルカナウ王国の国名を大音量で垂れ流してね」
熊谷達は互いに談笑しながら街を襲撃したのだ。勇者エルシドの行く手を阻むように。
その会話は襲撃先の住民の耳に入り、冒険者ギルドから本国へと即座に報告されたため、国家間の通信機能を通じて十針の元へと異例の速さで届けられた。
「非公式ながらもミリオネック商業連合国から抗議を受けてるんだ。これに対して何らかの処置を施さなければならない」
ミリオネック代表のビアソン・ゴールドマン直々に、アルカナウ王国の最高権力者――国王がいないので十針がそれに相等する――に対して抗議してきた内容をかいつまんで説明すると、以下の通りになる。
突然貴国による襲撃を受け、こちらとしては困惑している。
これに対し、こちらが納得出来る説明を求む。
尚、こちらとしては既に貴国で革命が起こった事は把握しており、襲撃を行ったのも貴国の魔導兵器によるものと断定した。
返答によっては即時開戦も辞さないという事を肝に命じて頂きたい。
――とまぁかなり丁寧にまとめた内容なのだが、実際にやり取りした十針は【若僧が調子に乗ると周りが迷惑する】やら【世間知らずな無知は可哀想だ】等という嫌味な言葉を投げ掛けられており、ソレによるイライラも募ってたりするが。
「一応は事実確認をするという事で返答を先伸ばしにしてるけど、今回は反逆者が潜んでた街を襲撃したって事にするつもりだ。勿論補償金という名目で大金を渡してね」
「――んだよ、なら問題なくね?」
「……はぁ。大有りだよ……」
やはり事の重大さが分かってない熊谷に対し、本日三度目のため息をつく。
因みに二回目は冒頭での熊谷とのやり取りで、一回目はビアソンとの通信会談を終えた直後だ。
「さっきも言ったけど、大国に対して戦いを挑むのは得策ではない。もしどうしても体を動かしたいのなら、戦闘機を使わずに冒険者として盗賊や魔物でも相手にしててくれ」
「え? 戦闘機はダメなのか!?」
「当然さ」
聞き間違いかと思った熊谷が聞き返すが、十針は眉一つ動かさずに即答した。
「国内とは言えこれ以上大国を刺激したくはない。当分は戦闘機の使用を控えてほしい」
「「「「「ぇえーーっ!?」」」」」
当然不満が噴出するが、十針としては譲るつもりはない。
彼等を放置したしっぺ返しを受けたばかりなので、今後はしっかりと管理するつもりだ。
「けどさぁ、今更魔物って言ってもその辺に居るやつじゃ相手にならないじゃない? もっと手応えがある相手じゃないと」
熊谷と共に襲撃してた1人――真壁という女子が愚痴ると、他の面子もウンウンと頷く。
「それにさぁ、ちょっとくらい越境しても大丈夫なんじゃない? 一々どの国の人間かなんて調べないでしょ?」
「はぁ……。そうは言ってもねぇ……」
尚も畳み掛けるように言ってくる真壁を見て怒りを通り越すと、十針は四度目のため息をついて落としどころを探り腕を組む。
しかし意外にも代案を提供したのは別の人物だった。
バタァァァン!
「やぁやぁ、難しい顔してるね諸君。少しは俺ッチを見習ってポジティブ思考で行くべきだと思うぜ? レッツトラァァァイ!」
「富岡君か……」
扉を開け放ち現れたのは、例の如く富岡。
無駄にハイテンションなところを見せられ本日五度目のため息をつきそうになったが、そこは何とか堪える事に成功した。
「途中からだけど、話は聴かせてもらったよ。要するに諸君らの暇潰しになればオーライって事なんだろ? ならダンジョン探索なんかピッタリだと思うんだよねぇ」
「「「「「ダンジョン探索!?」」」」」
ダンジョンというフレーズに引かれたのか、熊谷達の目が急激にキラキラと――いや、新たな獲物を見つけたようにギラギラとさせて富岡の話に食い付く。
「そのダンジョンってのは強い魔物はいるのか!?」
「うじゃうじゃ居るとも」
「宝箱には高価な宝や見たこともないアイテムがあるって感じのやつ!?」
「当然あるさ」
「しかも最下層にはダンジョンマスターが居るって言われてるあの!?」
「その通り」
矢継ぎ早に捲し立ててくる熊谷達。最早彼等の頭の中はダンジョン一色に成りつつある。
因みに食い付いた順番は、熊谷、夜霧、真壁の順だ。
その彼等に富岡は「ただし――」と人差し指を立てて注意事項を述べ始めた。
「ダンジョンには危険な罠が多く仕掛けられてると言われててね、冒険者が命を落とす事もあるらしい。特に地上にいる僕らに対し敵対的なダンジョンマスターなら確実に殺しにくるだろう。まさにデッドオアライブだねぇ」
多くの罠があると聞いて、賑やかなムードがピタリと止む。
彼等としても楽しいのは大歓迎だが、命をかけるつもりはない。
「ねぇ、何とかならないの? さすがにダンジョン入って死にましたじゃ嫌よ」
他の面子も真壁に同意して頷く。
既に彼等がダンジョンへ挑むのは確定事項らしい。
と、そこへ成り行きを見守ってた十針が名案を提示してきた。
「ならいい考えがある。ズバリ清善君を連れてけばいい。彼の持つ固有スキルなら、トラップを掻い潜る事が出来るだろう」
「「「「「おおっ!」」」」」
一同に希望が宿る。
「よっしゃ! 善は急げだ。清善連れてダンジョンに行くぜぇ!」
「「「「おおぉ!」」」」
清善という男子が同行に同意した訳ではないのだが、彼等の中では既に同行する事が決定されたらしく、ゾロゾロと退出して行った。
「助かったよ富岡君。野放しにすると問題ばかり起こして困ってたとこなんだ」
「それは御愁傷様――と言いたいところだけど、実は満持紀子にはダンジョンマスターが関わっていたようなのだよ」
「……というと?」
そこで富岡は、これまで調べ上げた事を報告書にまとめて十針へと手渡す。
「――ふむ、満持さんは既に死んでたと」
まず最初に目についたのが、満持はアレクシス王国内で死亡してる事が確認されてるという事。
次に、満持以外の生徒は1名を残し死亡してるという事実。
そして最後は、アレクシス王国で国家転覆を謀った満持が討伐されたという内容なのだが、補足としてダンジョンマスターの協力によって成功したと記されていた。
「満持さんが居ないのは安心だけど、生存者が1人居るね。この生徒の居場所は分からないのかい?」
「おぅ、ソーリー。どうも痕跡が上手く消されてるようでね、中々特定が難航してるのだよ」
「そう……」
可能なら引き込みたいところだが、居場所が不明なら叶わない。
不安材料はなるべく残したくない十針は眉間に皺を寄せながら、さてどうしたものかと思考を重ねるが……
「けれど関わったダンジョンマスターなら特定出来たよ」
「本当かい!?」
熊谷達に代わり、今度は十針が目を輝かせる。
「かなり有名なダンジョンマスターらしくてね、たどり着くのはとてもイージーだったよ」
「それは好都合。上手く接触して、生き残ってる転移者の所在を聞き出さないとね」
身の安全を確固たるものにすべく、転移者の排除――もしくは取り込みを図る十針。
彼の追跡は諸星和代まで届くのか否か……今はまだ分からない。
「――ところで、そのダンジョンマスターとやらはどんな奴なんだい?」
「情報によると、プラーガ帝国の西にある魔女の森と呼ばれる場所に――」
少なくとも、彼等がアイリのダンジョンにやってくるのは間違いなさそうだ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「久しぶりねアイリ。ダンジョンバトル以来かしら?」
「久しぶりマリオン。まぁそうねぇ……、数ヶ月ぶりだと思うわ」
という訳で、さっそく私はマリオンとの通信を開いた。もちろん転移者捕獲に協力してもらうためにね。
「転移者の捕獲? 寧ろ私がお願いしたいくらいよ。たった1日で国を乗っ取る連中だもの、もしソイツらに目を付けられたら生きた心地がしないというものだわ」
やはり情報が行き届いてるらしく、マリオンも警戒してるみたい。
というか、転移者は1日で城を落としたらしい。
何かしらの特殊なスキルを所持してると思うから、なるべく早く明らかにしたいところよ。
「じゃあ協力するって事で、明日からそっちにお邪魔するわね」
「歓迎するわ。――フフ、アイリが居ると心強いわぁ。最近は心配で、夜に寝るのが怖かったの。寝てる間にダンジョンに侵入されて、寝首を掻かれるんじゃないか……ってね。それが解消されるだけでも有り難いというものよ」
それは深刻ね。不眠は肌に悪そうだし、暫くは安心してもらいたいわ。
というかマリオンの場合、露出の多い格好してるから別の意味で襲われそうだけども。
「もし奴等が侵入してきたら、ランク詐欺師と呼ばれてるアイリの実力を見せてあげてね」
ランク詐欺師!?
そりゃ確かにランク詐欺かもしれないけど、詐欺師って何よ詐欺師って! その不名誉な呼び名は誰が言ってるの!
「誰が言ってたかって? あれは……あ、そうそう! 確か水虫って名前のダンジョンマスターだった筈よ」
おのれ水虫……。後でしばき倒しに行ってやる。
「とりあえず分かったわ。明日急用を片付けたらそっちに行くから」
「ありがと。じゃあ待ってるわね」
マリオンのダンジョンを使わせてもらう代わりに、マリオン本人を安心させてあげられるという、正にギブアンドテイクな形になった。
早速明日から本格的に動く訳だし、今日はさっさと寝て……ん?
「着替えよし、洗面用具よし、歯ブラシよし、後は――」
気付けばアイカが必死になって、アイテムボックスに色々と詰め込んでいた。
「アイカ、お泊まり会じゃないんだからそんなに必死にならなくても……」
「そうじゃぞアイカ。肉は新鮮なものが良いのじゃから、食す前に召喚すべきじゃ」
アンジェラ、論点がずれてる。というかアンタも行くんかい……。
「そうですぜ姐さん。食糧は現地調達に限りまさぁ!」
どうやらモフモフも行きたいらしい。
「ふむ……そうですね。現地でバーベキューを行うのも良いかもしれません」
2人に言われてバーベキューを検討し始めるアイカ。
あれ? なんか遊びに行くような雰囲気になってきてる気が……
「それならお菓子も宜しく」
「宜しく宜しく」
あれあれぇ……
「ついでにキャンプファイアをやるべきッス! 面白そうッスよ!」
おやおやぁ……
「お、なんや遊びに行くんか? ほなワイも行くでぇ~」
どうやら殆どの眷族が付いてくるらしい。
こんなんで大丈夫だろうか……。




