陰り
前回のあらすじ
アルカナウ王国の現状を探るためドローンを飛ばしたアイカであったが、対空レーダーに阻まれ断念する事に。
そこでドローンに代わる偵察要員として、クロコゲ虫を出撃させるも敢えなく失敗。冒険者ギルドにて駆除されてしまったのである。
「迫水君の死体が見つかった!?」
その知らせに驚いたのは、玉座で寛いでたクーデターの主犯である十針だ。
スマホ片手に立ち上がった彼を近衛兵が直立不動で偶然にも見守る中、壁際でシャドーボクシングを行ってた虎田が振り向く。
「――それで、迫水君は誰に殺られたの?」
『目撃者の話だと、犯人は迫水と同年代の黒髪の男らしいね』
「同年代で黒髪の男……ねぇ……」
それに思いあたる人物は一人しかおらず、十針としては漸く見つけたかと思うと同時に、迫水を葬ったであろう高遠への警戒を強める。
「状況は分かったよ。とりあえず薄気君はそのまま桜庭さんと高遠君を追ってほしい」
『はいはい了~解っと』
通話を終えた十針は、フゥとため息をつきながら再び玉座に腰を下ろす。
一連の流れを見てた近衛兵には一人で喋ってるようにしか見えないが、敢えて説明はしていない。
律儀に教える必要はないと考えたのもあるが、わざわざ固有スキルをバラすのも致命傷になりうる。
そこへ会話の流れが気になったであろう虎田が寄ってきた。
「迫水が死んだって言ってた気がするんだが本当か?」
「どうやら本当らしいよ。殺ったのは十中八九高遠君だろうけどね」
「ふ~ん。迫水が弱かったのか高遠が強いのか……機会がありゃ腕試しといきたいとこだけどな」
仲間一人が死んだ筈が、彼等が悲しみにくれる事はない。
そもそも利害が一致しただけの関係なので、居なければ居ないで問題はなかった。
特に十針にしてみればクラスメイト達は邪魔な存在でしかなく、身の安全のために飴を与えてるに過ぎない。
「アイツはこっち側にはつかねぇだろうな。元々正義感の強い奴だったし、従わねぇ連中を何人かぶっ殺しちまったしよ」
「それは仕方ないよ、それが人気者としての高遠君なんだから。彼がすんなりとこちらに加わったら僕の方が驚くね。それ即ち人間性が変わった事を意味するからさ。けどねぇ――」
十針達が組んでから次々とクラスメイト達を取り込んでいったのだが、当然中には拒否する者も現れる。異世界とはいえ他人を無理矢理動かすのは間違っていると拳を握りしめて説教してきた者もいた。
だが彼等はもう居ない。拒否する者は敵対者と見なして容赦なく殺したし、降参した者は厳重な監視の元で監禁もしくは軟禁生活だ。
その結果40人以上いたクラスメイトは今や半数となってしまったが、残った十針達を断罪出来る者は存在しない。何故なら……
「――ここが日本ではない以上、警察も存在しない。異世界人は僕の言いなりになってる今、誰も僕らを処罰する事は出来ない」
「おうよ、十針様様ってな!」
更に追記するならば、実質この国のトップとして君臨してる十針達を裁ける者は、他ならぬ本人達しか居ないのだ。
バターン!
「ハロー、諸君! 君達のために情報収集を行ってきた俺ッチを称えてくれたまえ。イッツ、アクションプリーズ!」
派手に扉を開け放って登場したのは、相変わらず髪を掻き上げながらのキザッぽい仕草を見せる富岡。
彼を中心とする数名は国内外の情報を入手する事に専念しており、それらを精査して十針に報告する役割を担っている。
「……称えるかどうかは内容次第だね。何か貴重な情報でも入手したのかい?」
「勿論だとも! 数日前になるが、勇者を国外に――というか、面倒だから城の外に捨てたのは覚えてるかな?」
「勇者? 勇者勇者……ああ! あの生きてるか死んでるか分かんない彼の事だね」
勇者エルシドの事など眼中にない十針は本気で忘れてたらしく、首を捻って目を瞑ると漸く思い出したようだ。
「そう、その――エルシドって言ったっけ? ソイツが介抱された後に連れ去られるところを見た兵士がいるのだよ」
「ふ~ん? なら生きてるんだね。それで?」
「兵士に連れ去った奴の特徴を確認したところ、なんとなんと、桜庭さんである事が判明したのだよ!」
「ほぅ、桜庭さんがねぇ……」
両手を広げてオーバーリアクションを見せる富岡を他所に、十針は一人頭を捻る。
やがて出た結論は、他2人を驚かせるものであった。
「ならいずれ勇者は再戦を挑んでくるだろうね。母国を取り戻すなんてのはストーリーとしては王道な訳だし、その時は桜庭さんも一緒だろうから、今は放置しとこうか」
なんと、十針は方針を変えて桜庭を追跡しない事にしたのだ。
「いいのかよ? 桜庭がどんなスキルを持ってるのか分かんねぇんだぞ?」
「その通り。舐めプは危険だよ?」
当然虎田と富岡は苦言を呈すが、十針の考えは覆る事はなく、逆に堂々と言い返される。
「別に油断はしてないさ。ただ勇者が一緒なら何処に居たって目立つだろうし、わざわざこっちから出向く必要もないって事だよ」
「けどよ、熊谷達は経験値を獲るために勇者狩りをしてる筈だぜ?」
十針達についた熊谷という男子生徒は、同じく経験値を目的としたクラスメイトと共に逃げた勇者を独断で追ってるのだ。
つまり十針の考えを無視してるのだが、十針は十針で特に気にした様子は無く……
「ま、そっちはそれでいいよ。向こうも刺激が有った方が楽しめるだろうし、困難を乗り越えてここまで来てほしいものだね」
「だな。そん時は俺が相手してやるぜ!」
勇者を追っていった学生達についても放置するつもりらしく、まるで余興を楽しむかのような振る舞いだ。
それというのも、いざとなれば彼の固有スキル肉体操作で勇者を操る事が出来るので、特別危険視する必要はない。
更に瀕死の勇者を桜庭が連れ去った以上彼に対して好意的であると予想出来るため、勇者を操れば桜庭に対する牽制になると見越した訳である。
「情報は以上かな?」
「いやいや、実はもう一つ気にる情報が手に入ったんだ」
「気にる情報?」
「そうさ。この世界にやって来る前の事になるんだが、隣のクラスで男女6人が突然行方不明になった話を覚えてるかな?」
これは十針達が転移する前の出来事なのだが、朝のホームルームの時に担任から重要連絡があるという前置きで知らされた事だ。
前日から隣のクラスの生徒達6人が自宅に帰っておらず、忽然と姿を消してしまったという事で、何らかの事件に巻き込まれたと見られていた。
「そういえばそんな事もあったねぇ。確か学校中で神隠しだって言われてたっけ?」
「そうそれ。その中の1人である満持紀子が、これまたミラクル、この世界に来てるらしいのだよ!」
「そ、それは本当かい!?」
「マジかよ!」
これには素直に驚いたようで、虎田共々興味深そうな表情を見せる。
因みに満持紀子とは、アイリが関わった諸星和代と共にプラーガ帝国に召喚された女子高生だ。
「満持って言や、性格最悪なご令嬢で有名だよなぁ? 大して可愛くもねぇくせによ。もし俺らに生意気な態度を見せるなら半殺しにして奴隷に落としてやろうぜ!」
満持の性格は有名らしく、彼女と積極的に関わろうとする生徒は殆どいない。
だが十針としては予測不能な固有スキルを持つ者は見過ごせない相手であり、眉を潜めて警戒を強める。
「その時は頼むよ虎田君。――それで、満持さんは今どこに居るんだい?」
「おぅソーリー、そこまでは分からないね。だが優先事項として上げるのなら最優先で調べるとも!」
「うん。是非最優先で頼むよ」
不安の種を刈り取るため、十針は満持の情報を集める事にしたようだ。
「あ、それから満持さん以外の5人についても調べてもらえるかな? もし彼等が生きてるならば、進退をハッキリさせたいからね」
そして満持が居るのなら、当然他の行方不明者5人も居るとふんだ十針は、彼等の調査も依頼する。
「フフン、了解したよ。――ああ、そうそう忘れるところだった! 軍事担当の屋内君が、戦闘機、対空レーダーに続いてトーチカの配備も進めてるから一度ウオッチしてくれってさ!」
「ウオッチ? え~と……見てくれって事でいいのかな? そもそもトーチカを使う機会が訪れるとは思えないけども」
トーチカが必要になる場面を顎に手を添えて思考するが、少なくとも肉体操作が有る限り無縁だろうという結論しか出てこない。
「ま、この国が強化されるのは有り難いのかもね」
だが有っても別に困りはしないので、結局は好きにやらせる事にしたようだ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
アルカナウ王国が変貌を遂げる中、天界に居る神々にとっても見過ごせない出来事が発生していた。
「今居るのはこれで全員かの?」
「左様で御座います、オルド様」
オルドは周りを見渡しながら傍らのラフィーネに尋ねると、頷きつつ肯定を示す。
「では始めるとしようかの。此度集まってもらったのは、今何かと騒がせている下界の転移者達の事でな……」
イグリーシアでの実質頂点に立つオルドが本題として上げたのは、やはり十針達転移者の事である。
一度に40人近くの異世界人が転移してくるのは過去に例が無い事であり、オルド以外にも不安視してる神は多い。
「転移者いっぱいで迷惑ぅ。アイツら少し減らしちゃう?」
無邪気に怖い発言をしたのは、主に人間の管理監視を行っている女神ミドルーシェだ。
だがさすがに神が直接手を出すのは原則禁止とされてるため、周囲の神々によるギョッとした視線が彼女に集中する。
「冗談だよ冗談! エッヘヘ♪」
「……冗談でもそのような発言は控えてください。それと間違っても実行しないように」
「は~い」
見た目幼女な女神は冗談とは言ってるが、彼女が冗談だと言った事の半分は本気で考えてる事なので、ラフィーネは念のためクギを刺す。
「……オッホン。話を続けるぞ。多くの転移者が現れたのと同時にな、薄くなっておるのだよ」
オルドが言うには、転移者が原因で何かが薄くなったらしいのだが、半数の神は何かよからぬ事の前触れかと顔をしかめる一方で、残りの神々はオルドの頭へと視線を移した。
「おお、分かったゆ! オルド様の言いたい事!」
「うんうん、あたしにも分かるわぁ」
オルドの一部分を見て成る程と手を叩いたのは、ビスカーという猫耳少女の女神。
更にそれに同意する形でクリューネも相槌を打った。
「つまり今、オルド様の頭が大ピンチを迎えつつあるんだゆ!」
「分かる分かる。――でも今更よね? オルド様の頭が薄いのは前からだし……あ、もしかして急速に広がってるとか!?」
ズバリ言い当てたと言わんばかりにビスカーがはしゃぎ、続くクリューネの発言により円卓の間にクスクスと笑い声が溢れる。
するとそこへ、やや天然の入ったミルドの言葉により爆笑の渦が発生する事に……
「フム……オルド様のお悩みは理解しました。ですが下界には面白い言い伝えがあるようで、急速に禿げ上がる者達は皆が口を揃えて【髪が後退したのではない、我々が前進し過ぎたのだ!】と自ら奮い立たせてるようです。オルド様も真似されては如何でしょう?」
直後、ドッと笑いが巻き起こり、腹を抱えて笑い出す神が続出する。
「これは推奨するしかないです! 是非とも真似すると良いです!」
「ティヒヒヒ! 面白いゆ! 最高傑作だゆ!」
「クッククク! ちょ、ちょっと、止めてよミルド! マ、マジでお腹が――アッハッハッハッ!」
ミドルーシェはキャッキャと楽しそうにはしゃぎ、ビスカーはミルドに向かってサムズアップをする始末。更にクリューネにいたっては、机をドンドンと叩き大爆笑だ。
「…………」
だが笑いのネタにされたオルドはワナワナと身を震わせ、傍らのラフィーネは顔面蒼白でオロオロしだす。
「お主ら……」
そしてオルドはついに、溜まった怒りを爆発させるのであった。
「いい加減にせんかぁぁぁ!!」
注)只今円卓の間が大変な事になっております。暫くお待ち下さい。
「……で、話の続きなのだが――」
笑った者を雷で焼き払うと何事もなかったかのように話を続ける。
特にミルドは白い衣を黒装束に早変わりさせられ、何故オルドが怒ったのかと真剣に考え込んでたが……。
「――つまり、転移者が一度に多く入ってきたため、向こうとこちらの狭間が薄まっておるのじゃ」
オルドの話を聞き終えた神々は各々で思考するが、特に問題無いのではという者が大半だ。
何故なら薄まってるのなら補強すれば済む事なので、オルド以外の神々は首を傾げる。
「あ、そうか。狭間が薄まった事によって、何らかの影響が既に出てしまってるとか?」
俯いて首を傾げてたプルドが顔を上げて尋ねると、オルドは深々と頷いた。
「その通りじゃ。どうやら狭間を通してナイトメアが入り込んだらしくてな、向こうの神から通達があったのじゃよ」
「「「「「ナイトメアが!?」」」」」
これまで割りと和やかだった円卓の間が、一瞬にして凍りつく。
ナイトメアとは、夢を叶える事と引き替えに魂を食らうとされる恐るべき存在で、人間や動物等に扮してる事も多く、神が天界から見下ろすだけでは判別もつかないのだという。
神々が厄介に感じてるのは魂を食らうという点で、魂を食われた者は二度と転生する事が出来ず、輪廻の理から外れてしまうのだ。
「オルド様、すぐに対処せねば取り返しのつかない事に――」
「ならぬ」
声を荒らげるラフィーネに、オルドは首を左右に振る。
「何故です! このままでは永遠にさ迷う魂が現れてしまうのですよ!?」
「くどいぞラフィーネ。下界の事は下界の者達に任せると決めたであろう? 我々が対処する時は大掛かりな侵略を受けた場合のみじゃ」
「くっ……分かりました」
食い下がったラフィーネをオルドが一蹴すると、そのまま解散となる。
(ナイトメアかぁ……。ま、アイリには関係ないか)
クリューネは1人納得し、円卓の間を後にするのだった。
アイリ「ただでさえ少ない出番が……」
アイカ「これは許されざる事です! 全国に一万人居るわたくしのファンが黙ってませんよ!」
作者「苦情がきたら考えてやんよ」
クロ「因みに満持紀子に関しては、第60話の裏切り者をご覧下さいッス」




