トラVSハーレンティス
前回のあらすじ
グリーンウルフと格闘中の冒険者達のところへ威勢よく登場したルドーラであったが、アンジェラによって玩具と化してしまう。
一方でムーシェは、邪王四天王最後の一人であるリオンを追って行き、トラはハーレンティスの相手をするために残ったのであった。
アイリ達のいる大陸から遥か南にある島。そこには代々聖地として島を守っているサザンブリング王国が存在するのだが、そこから離れた平原にて、無人の軽トラとその横には女神が並走するような形で飛んでいた。
「ブロン、ブロロロロ?」『――で、急に現れたって事ぁよ、また俺に頼みたい事でもあるってんだろ?』
「察しがいいですね、その通りです。勇者――いえ、勇車としての貴方の力が再び必要になったのです」
無人の筈の軽トラから人の声が聴こえてくるのだが、これは紛れもなく軽トラによるものであり、隣を飛んでいる女神は別段驚いた様子もなく普通に会話を行っている。
「ブロロ……。ブロンブロン?」『勇車か……まぁあん時も勇者を召喚したとか言ってたっけな。ま、それにしてもよ、女神さんは変わんねぇな? 確か――200年くらい前だったか?』
「そうですね。それくらいは経つでしょう。こうしてトラさんがご無事で何よりです」
「ブロン! ブロロロン!」『ハハッ! 幸い体は丈夫なんでな、メイドインジャパン様々よ!』
彼等は以前会った事がある顔見知りで、前回会ったのは200年も前の事である。
当時この軽トラは召喚予定であった日本の少女と間違がって召喚され、その原因を作ったのが今目の前にいる女神ミジェーネだったのだ。
「ブロン、ブロロロ?」『そんじゃ聞こうじゃねぇか。いったい何があったんでぇ?』
女神を前に相変わらずな口調のトラであるが、ミジェーネの方は気にした様子はなく真剣な面持ちで本題を切り出た。
「実は以前トラさんに倒された邪王四天王であるハーレンティスなのですが、もうすぐ復活するという未来が見えたのです」
「プップーッ!」『何だと!?』
信じがたい話に慌てて急停止する。
「ブロン、ブロロロロン!」『どうやら仕事は終わっちゃいねぇようだな。俺としちゃあ引き受けた頼まれ事はキッチリとこなす主義でな、奴が現れるってんなら黙っちゃいられねぇ!』
女神の話が事実であるならば、トラ本人(本車)としては放って置く事は出来ない。ハーレンティスを倒すという役目を終えたからこそ、自由を謳歌する今があるのだから。
「ありがとう御座います! ハーレンティスが復活を遂げた後の未来はまだ見えませんが、再びここへやって来る可能性は充分考えられます。なのでトラさんには、奴が復活すると予測されるダンジョンに向かってもらいたいのです」
「ブロン! ブロブロブロ?」『――ダンジョンか……。そいつはいったいどこにあるんでぇ?』
「海を渡った遥か北にある大陸の岩山に、ハーレンティスの主人である邪王のダンジョンが存在します。そこで復活の兆しが見えたのです」
どうやら役目を果たすには海を渡る必要があるらしい。
定期的に交易船が行き交っているので、それに乗れば行けそうだ。
しかし、そうなると一つだけ問題が生じる事となる。
「ブロロン。ブロブロブロン!」『さすがにこの姿じゃあ悪目立ちしすぎらぁ。200年たった今でも俺を知らない奴ぁ居るってのによ、海の向こうじゃ珍獣扱いだろうぜ。何か良い方法はねぇもんかい?』
今のトラの姿は軽トラであるため、より注目を集めるのは間違いない。場合によっては騎士団が派遣される事案になるだろう。
役目を果たす前に余計なトラブルは招きたくない。
「でしたら人化スキルを付与致します。これを使用中は人間に成り済ます事が出来るので、街中でも平気でしょう」
「ブロロン! ブロブロブロン!」『そいつぁ有り難ぇ! 恩に着るぜ、女神さんよぅ!』
「いえ、こちらからお願いするのですから、このくらいのサポートはさせていただきます。――それではトラさん、ご武運を」
こうして軽トラのトラは、邪王のダンジョンを目指してサザンブリングから旅立つ。
女神との別れ際に渡された、人化した時の武器を手にして……
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
(――で、結局女神さんの未来予知とやらは大当たりってとこだ)
トラがハーレンティスに銃口を向けると、その先ではムーシェを取り逃がしたハーレンティスが、悔しそうに鼻を垂れ下げていた。
「くっ、一人逃してしまいましたか……。ならばより脅威となり得る貴方を仕留めさせていただきましょう! アースジェイル!」
ムーシェの方は完全に諦めたらしく、トラに向き直りつつもその周囲に光を照射した。
すると床が急速に盛り上がり岩石による檻が完成し、中に閉じ込められてしまう。
「こいつぁ……」
「ハハハハハ! 素行が粗い猛獣は檻の中がお似合いです。その檻を貴方の墓標にして差し上げましょう!」
動きを封じたと思い高笑いを始めるハーレンティス。
「フッ」
しかしトラは不適な笑みを浮かべると、手にした拳銃を懐にしまい、ポキポキと指を鳴らし始めた。
「はっ、バカめ! この程度で閉じ込めたつもりたぁ笑いが込み上げてくらぁ!」
ズガァァァン!
大きく拳を振りかぶり檻へと叩きつける。
一見無謀にも見えるこの行為だが今の一撃で格子が何本か折れ飛び、檻全体が傾き始めた。
「な! ――魔法の檻が!?」
「この程度で驚いちゃいけねぇぜ? なんせ仕上げがまだだからな! オラオラオラオラオラァ!」
トラが拳を振るう度に檻全体が揺れ動く。
堅牢に見えた檻は徐々に形を変え、やった本人が手をパンパンと叩いた時には砂埃の山が誕生した。
それを見たハーレンティスは最初こそ驚いてたものの、トラ本人の力量を冷静に見極めんとする。
「ふむ……どうやら私の考えが甘かったようです。ならば少々手荒い真似をさせていただく事にしましょうか!」
「――させるかよ!」
ハーレンティスが詠唱を始めれば、そうはさせまいとトラが殴りかかっていく。
「甘いですよ――ストーンウォール!」
詠唱の完了が速かったようで、ハーレンティスの前に出現した石の壁にトラの拳がめり込む。
「クソッ! だがこんなもの、壊しちまえば変わんねぇ――オラァ!」
ドゴォォォ!
防御壁とも言える石の壁がだったがトラにとっては障害足り得ず、カラカラと音を立てて崩れていった。
「ハッ、脆いぜ! この程度で――ん? 奴は何処だ!?」
気付くと奴は姿を消しており、慌てて周囲を見渡すが何処にも見当たらない。
「ハーッハッハッハッ! なんとも猪突猛進な事だ。ま、単純とも言いますがね」
「上かぁ! ――んな!?」
見上げれば、巨大な魔力の塊を作り終えたハーレンティスがこちらを見下ろしていた。
先程トラが石の壁に阻まれてる隙に天井間際まで飛び上がり、新たに詠唱を行っていたのだ。
10人以上もの人間を一気に覆いつくさんとする大きさで、これを食らっては助からないだろう。
「中々の強者のようですが、ここでジ・エンドです。食らいなさい――スターレクイエム!」
ゴォォォォォォッ!
「マジかよこんちきしょうめ!」
重そうな見た目とは裏腹の速さだったため、トラは動き出そうとした時には既に脱出不能となっており、トラに覆い被さると徐々に縮小していく。
「これに捕らえられた者は例外なく魔力を吸い付くされ、最後には消滅してしまうのです」
生命体には皆少なからず魔力を宿しており、これが完全に無くなると生命体は消滅――つまり死ぬ事と同義なのである。
「フッ、呆気ない幕切れです。もし次に生まれてくる事があれば、少しは頭を使う事をおすすめしたいもので――「だったらそうさせてもらうぜ、オラァ!」――グボハッ!」
完全に勝ったつもりでいたハーレンティスに、下から飛び出て来たトラの頭突が炸裂! そのまま天井にブチ当たると、吊り下がってたシャンデルと共に地上へと落下した。
「グホ……お、おのれ……いったいどうやって脱出したというのです!?」
「んなもん、ただ風を纏って突っ切りゃいいだけだろう。少なくとも俺には効かねぇな」
トラは魔力に頼る事が少く物理的能力が高いため、多少の魔力なら失ったところで苦にはならない。
何故ならこの男は人間ではないのだから。
「ぐぅぅ、ならば直接倒すまで! ストーンバレット!」
「チッ、なんのこれしき!」
ハーレンティスが石の弾丸を飛ばしてくると、トラも負けじとマシンガンで応戦する。
両者とも柱や燭台を盾にしつつの撃ち合いが続く中、徐々に被弾していくハーレンティスが不意に口を開いた。
「フッ、愚かですねぇ。今のご自分の状況を分からずにいるというのは」
「……どういう意味だ? 負け惜しみにしちゃあ面白くねぇぞ?」
「負け惜しみではありませんよ? 周りをよぉくご覧なさい。最初よりも暗くなったとは思いませんか?」
「周り……そういやテメェが見辛くなったような……」
言われて見渡すと、先程までは部屋の隅まで光が行き届いてたのが、今では暗くて見通せなくなっている。
「あれだけ好き勝手に撃ってればオブジェが倒れるのは当たり前。そして貴方の目の前にある燭台が最後の一つ。つまり――ストーンジャベリン!」
ハーレンティスが最後の一つを矛で貫くと、辺りはたちまち真っ暗になってしまう。
「灯りが!?」
「ハハハハハ! もう遅いですよ? 既に策は成りました。これで貴方は私を捉える事は出来ないでしょう!」
トラからしてみれば向こうを見つけるのは難しいが、ハーレンティスにとっては簡単な事である。
何故なら彼は、このダンジョンのモンスターなのだから。
だがそんなハーレンティスを二つの光がカッと照らしつけると、彼は咄嗟に鼻で遮った。
「な、なんだこの光は!?」
そして光の出所から聴こえるトラの声が、ハーレンティスを驚愕させる事となる。
「光が無けりゃあ点ければいいってな。考えたんだがよ、やっぱテメェを倒すならこっちの姿がいいかと思ってな、昔馴染みの姿になってやったぜ?」
「こっちの姿だと? いったい何の――な! お、お前は!!」
漸く光に慣れたハーレンティスが鼻をどけると、かつて自身を死に追いやった一台の軽トラがそこに居た。
「よぉ? テメェが復活するって聞いたもんでな、こうして会いに来てやったのさ。感謝しながら逝きやがれ!」
「く、くそ――ドゲフゥ!?」
急加速で軽トラに突っ込まれたハーレンティスが柱へと激突し、そのままズルリと床へ落ちる。
「今度こそキッチリとケリをつけてやらぁ、行っくぜぇぇぇ!」
再び加速した軽トラがハーレンティスへと迫るも、向こうはヨロヨロと立ち上がったところで血を吐くのが関の山な状態だ。
「とどめだ! 冥土への速達」
ドゴォォォ!
「ゴボガグァァァァァァ!」
衝突により下半身と分断された上半分が壁際に転がると、仰向けになった状態で停止する。
だが一応は生きているようだ。
「おぅ、まだ生きてやがんのか。――だったらちょうど良い。テメェの犯した罪の分だけ苦しみながら死ね」
再び人化した状態に戻ったトラが、虫の息となったハーレンティスに背を向けて歩き出す。
「お、おのれ……せめて道連れに……」
しかし、その背後ではしぶとくもハーレンティスが詠唱を開始する。
そして詠唱が完了すると……
「詰めの甘い奴め、これでも――『ターーーン!』
「――グハァッ!」
魔法を発動する直前、頭部に銃弾を受けて絶命するハーレンティス。
彼の視線の先には、フッと硝煙を吹き消したトラの姿があった。
アイカ「いつまで遊んでるのです?」
アンジェラ「飽きるまでじゃな」
ルドーラ(早く飽きろ早く飽きろ早く飽きろ)




