リオンの計画
前回のあらすじ
四天王最後の一人は、過去邪王によって助けられたリオンというダークエルフであった。
リオンは獄炎傭兵団の副団長として潜り込んでおり、その目的は邪王の復活。
だがそうとは知らないアイリ達はダンジョン最下層を目指すが……
「なんという事だ! ザデビルに続きハーレンティスとの繋がりも失ってしまうとは……」
まだザデビルを失ってから一週間も経っておらず、相次ぐ不幸にワナワナと身体を振るわすと、邪王は天を睨み付け神を恨んだ。
「邪王様……」
そんな彼の背中を心配そうに見つめる存在が一人。邪王四天王の1人であるリオンだった。
「……すまないリオン、不安にさせてしまったな」
「いえ、とんでも御座いません! わたくしは何があろうと邪王様を支え続けます!」
「リオン……」
今も尚献身に支えてくれるリオンは有り難い存在だろう。あの時彼女を救う事が出来て本当に良かったと心底思う程に。
「っと、すまん!」
「いえ……」
流れから自然と抱き合う形になった2人は互いに赤面しつつ慌てて離れると、邪王はわざとらしく咳払いをしつつ顔を背け、リオンはやや残念そうな表情をつくる。
「ま、まぁ兎に角だ。今後は厳しい戦いになるのは間違いない。今以上に負担をかける事になるかもしれない。それでも俺に付いてきてくれるか?」
「勿論です! こらからも誠心誠意勤めさせていただきます!」
既に邪王に対して並みならぬ感情を抱いているリオンが今更彼の元を去るなんて事は有り得ない。寧ろ地獄の果てまで付いていくつもりでいるだろう。
そんなリオンの本心を感じた邪王は緊張を解いて姿勢を崩すと、彼女に向き直り新たな命令を下した。
「リオン、ダンジョン内の罠を増やし、少数精鋭による各個撃破を試みてほしい」
「各個撃破……ですか?」
「そうだ。現状我がダンジョンで敵を迎え撃つ場合、地の利はこちらに有るものの強力な魔物を当て続けてるせいか徐々に対策を施されてるようなのだ」
度々邪王のダンジョンに攻め入ってくる連合軍に対し、最初こそ優勢だったものの徐々に拮抗するようになってきたのだ。
そうなると連合軍側としては俄然やる気が出てくる上に士気も高まっていく。これが継続していけば邪王側が押し込まれるのは目に見えている。
そこで考えついたのが、罠で敵を翻弄しながら最低限の戦力で倒すというものだ。
だが闇雲に仕掛ければ良いというものではなく、より効率的に仕掛けるのが望ましい。何故なら罠を仕掛けた時点でDPを消費するのだから。
「配置するモンスターや仕掛ける罠の選別を行い成果をあげてほしい。頼めるか?」
「畏まりました。その任、慎んでお受け致します」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
それから一ヶ月。少数精鋭による各個撃破は一定の成果をあげたものの、現状打破とはいかずに終わってしまう。
勢い付いて2つの国を滅ぼしたまでは良かったのだが、今まで静観していた国までもが危機感を持ったため、それらの国々が後方支援に回ってしまったのが痛手となった形だ。
そうなると外に進軍する事すら儘ならなくなってしまい、ついには最下層のコアルームを残すのみとなってしまった。
「邪王様、亜人達の脱出は完了しました。残るは我々だけです」
「……そうか。ご苦労だった」
リオンに背を向けたまま邪王が労う。
最早後がないと悟った邪王は匿っていた亜人達の避難をリオンに任せ、自身はルドーラと勇者率いる討伐隊の戦いをスクリーン越しに眺めていた。
その背中はどことなく寂しげに見え、普段よりも小さく見えてくる。
「……後悔しているか?」
「え?」
「俺に付いてきた事だ」
「そ、そのような事は御座いません!」
リオンの脳裏を後悔という文字が駆け巡る。が、そんな言葉はリオンには無く、決して認める訳にはいかない言霊だ。
だからこそ即座に首を振って否定する。
「わたくしは助けられたあの日から、邪王様と共に行こうと決めたのです。後悔なんて有り得ません!」
「だが結局はこの有り様だ。理想郷を作るなどと言ったはいいが、所詮そのようなものは夢物語。――俺には出来なかった……」
「邪王様……」
最早逃げる事も叶わず、自身の終わりを待つばかり。
今も扉の向こうではルドーラが致命傷を負いながらも踏みとどまっている状態であり、幕引きが目前に迫っていた。
そこで邪王はスクリーンから目を離し真っ直ぐにリオンを見据えると、意を決したように最後の命令を下す。
「リオン、今から眷属の契約を破棄する」
「そ、そんな……いったい何故です!?」
信じられないといった表情で涙ながらに訴えるリオン。邪王を慕ってるからこその当然の反応である。
しかし、だからこその措置とも言え、これは邪王なりの配慮でもあった。
「眷属でいる限り、お前は一生狙われ続けるだろう。俺としてはお前には生き延びてもらいたいと思ってるんだ。だから俺が――「イヤです」――え?」
聞き間違えか……と思いリオンを見つめるが、やはり聞き間違えではなかったらしく、イヤイヤと首を降り続けるリオンがそこにいた。
「わたくしは嫌です! 邪王の居ない世界なんて、そんなもの必要ありません! わたくしは死んでも邪王様の元を離れません!」
「リ、リオン……」
邪王は驚いた。今まで一度として命令を拒否した事が無いリオンが頑なに拒んだのだ。
そして今も、リオンは邪王にしがみつき涙をながし続けている。
「すまないリオン。だがこれは決めた事なんだ。お前を死なせては俺のやった事が無駄になってしまう。だから――」
そこまで言って、邪王の胸を借りている状態のリオンを起こすと続きを話す。
「――だから頼む。俺が勇者の相手をしてるうちに転移で逃げるんだ」
「邪王様……」
だいぶ落ち着きを取り戻したリオンが邪王の意志が固い事を悟り、アイテムボックスからあるものを取り出す。
「それは……ダミーコアか?」
「左様で御座います。わたくしとの眷属解消の件は了承します。ですが条件として、ダンジョンコアとダミーコアの差し替えを希望致します」
なんと、リオンは本来のコアとダミーコアのすり替えを提案してきたのだ。
ダミーコアを破壊されたところでダンジョンは崩壊しない。だが邪王が倒されると徐々に魔素の抜けた普通の石へと成り果ててしまうので、ダンジョンコアは後任を探し求めるのだ。
つまりリオンの目的は……
「いや、しかし……」
「邪王様、わたくしは最後まで足掻きとう御座います。例え何年かかろうとも理想郷を築く夢は捨てません!」
邪王の本心としては自分の事など忘れてどこかで幸せに暮らしてほしいと思っていたが、誰に似たのか意志が固そうだと感じ、自らダンジョンコアを手に取るとリオンに手渡したのだった。
「もう多くは語らない。お前の好きなようにやるといい」
「邪王様!」
邪王からダンジョンコアを受け取ると、傷をつけないようにソッとアイテムボックスへとしまい込む。
それを見た邪王は本物を置いてあった場所にダミーコアを添えると、早速眷属解消の儀を行った。
「――これでよし。さぁ早く逃げるといい。もうじき勇者がやって来る」
「分かっています。ですがせめて復讐の相手をこの目に焼き付けておきたいのです」
恐らく邪王は死ぬだろう。
だが上手くいけば復讐は可能だろうとリオンは考えたのである。
そんなリオンの思惑を前にしてコアルームの扉が開くと、ルドーラを倒した討伐隊がぞろぞろと押し入り、その中から勇者と思われる金髪の青年がゆっくりと歩み出てきた。
「貴様が邪王だな?」
「……如何にも。俺が邪王だ」
「やはりそうか。ならば名乗らせてもらおう。我が名は勇者ベルセレック、貴様の野望を阻止しに来た。最早貴様に逃げ場は無い……覚悟しろ!」
勇者ベルセレックは剣を構えると、真っ直ぐに邪王を見据える。その際に邪王の近くにいたリオンをチラリと気にしながら。
そんなベルセレックに、リオンが挑発めいた言葉をぶつける。
「醜い人間め、亜人を犠牲にする世界の勇者など片腹痛いわ!」
「だが邪王とて人間を犠牲にしてきたじゃないか。少なくとも人間からしてみれば許される事じゃない」
「減らず口を……。覚えておけ、いつの日か復讐してやる。必ずや貴様らを後悔させてやる!」
直後リオンは何処かへと転移した。
それを見た討伐隊の面々は一瞬動揺するが、勇者の戦いを邪魔しないよう押し黙る。
「あのダークエルフは眷属か?」
「……いや、遠い昔に偶々助けただけだ。ここに居ては戦いに巻き込まれるだろうからな」
「……そうか。まぁどっちにしろ、貴様を倒せばいいだけだ。――いぐぞ邪王!」
「来るがいい勇者よ。これでも魔族の端くれだ、簡単に倒せると思うな!」
その後、勇者ベルセレックの前に邪王は倒れ、長きに渡る戦争は幕を閉じたのである。
リオンただ一人を除いて……。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「チッ、しぶとい小娘め……」
(あの小娘は危険だ。何とかして始末せねば……)
自身のダンジョン内での出来事を把握できるリオンは思わず舌打ちしてしまう。排除したい相手を上手く排除出来なかったからだ。
「リオン副団長殿、如何なさいましたか?」
「っ! い、いや、何でもない。それよりもちゃんと周囲に気を配れ。ここはダンジョンなのだからな」
他の事に夢中になり過ぎ近くにいた団員に気付かなかったリオンが、嫌な汗をかきつつも何とか平常心を保った。
「は、はい、分かりました!」
多少語気を強めたリオンの反応に、気分を害したかもしれないと思った団員が透かさず離れていく。
(チッ、いつまでもここに居ては気が散って仕方がない)
去っていく団員の背中を睨み付け、内心で舌打ちする。
団員の中では数少ない女性――しかも割と美人に相当するリオンは団員からのアプローチも多い。
しかし残念な事にリオンには全く眼中に無いためいつもテキトーにあしらってるのだが。
(それに……)
「…………」
チラリと視線を横に移すと、そこには無表情で凝視してくる少女が居り、リオンはまるで監視されてるかのような感覚を受ける。
しかもその少女――アイカは、何度もリオンに対し鑑定スキル及び読心スキルをかけており、リオンの身に付けているスキル遮断のマジックアイテムがゴリゴリと消耗中だ。
(この小娘はなんだ? まさか正体がバレてるとは思わないが、傭兵団に女が居る事が珍しいからか? ――まぁいい。こちらに害が無いなら放置するだけだ)
しかし残念な事にリオンはその事実を知らないため、アイカへの対応は疎かになるのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「こいつぁまた珍妙な物体だな」
「そうね。小部屋になってるから謎解きだと思うんだけど……」
魔物の群れを突破して扉を抜けると、そこは学校の教室一個分の謎の小部屋だった。
その中には大小様々な形をしたブロックが散らばっており、その一つを手に取ったトラさんが珍しげに眺めている。
「ケッ、また面倒な仕掛けを!」
バシンッ!
「ちょっと、仕掛けを解くカギなんだから蹴って壊さないでよ!?」
「……フン!」
ったくコイツは……。せめて大人しく出来ないのかしらね。
「……アイリ、ここに何か書いてある」
「あ、本当だ。どれどれ――」
壁に書かれてる文字をムーシェが見つけたので早速読み取ってみる。
一番左は無限大を回して立てる
その次は案山子を添える
更に次には可能性無き数字
最後の右は大反対
「――って意味分かんないわ!」
分かんないけど一つだけ言えるのは、文字の下にブロックを填める窪みがあるって事よ。
これは私じゃ戦力になれない。だってイグリーシアの文字ブロックなんだから分かる筈ないわ!
「こりゃ俺でもお手上げだなぁ。何とかならねぇか嬢ちゃん?」
「そう言われてもねぇ……」
あれ? よく考えたら可能性無き数字って0の事なんじゃ?
――よし、試しに入れてみよう。
0……0……0……っと……あった!
「これでどう?」
パチン!
「お? ピッタリ填まったな!」
驚いた! まさか本当に入るとは思わなかったわ。
どうやらアラビア数字は本当に世界共通らしい。
「じゃあ後3つね」
次に分かりそうなのは……無限大っていったら∞よね? あ、ちょうど足元に落ちてる。
これを回して――入んないわ……。
う~ん、これじゃなかったのかな?
「……アイリ、もしかしてコレ?」
と言ってムーシェが差し出してきたのはアラビア数字の8だった。
まさかと思ったけど一応――
パチン!
「お、二つ正解したみたいだな」
……なんという事でしょう。確かに∞を回せば8に見えなくもないけど……それでいいの?
だったら一番右の大反対って言えばバツだからXでいいわけ?
パチン!
「おお、後一つだな!」
「……そうね」
いやいや、それでいいのか謎解き!
あ、でも左から二番目はさすがに分かんないけどね。
「……分かった」
お? ムーシェは正解が分かったみたい。
「……ここは邪王のダンジョン。なら邪王を文字に起こした場合――」
8T0X
「――となる。だから最後の一つはコレ」
私が無駄な知識を身に付けつつ、ムーシェがTのブロックを填め込む。
パチン!
「おっし、これで全部正解したな!」
ゴゴゴゴゴゴ……
「ん? て、天井が!?」
上で何かが動いてると思ったら天井が開いてロープのようなものが垂れ下がってきた。
でもちょっと高過ぎないかって位置で止まってしまい、ムーシェだと全然届かないように見える。
ゴゴゴゴゴゴ……
「こ、今度は何!?」
再び聴こえ出した不安な音に周囲を見渡す。
けれど何も変化は……ああ!
「ちょ、床が崩れていく!」
次々と床が下へと落ちていく中、急いでムーシェを上へと放り投げる。
「……サンクスアイリ」
上手く掴んだみたいね。
トラさんは既にジャンプして掴んでるみたいだし、早く私も――と。
当然私の身体能力をもってすれば余裕ね。
「さて、このまま登ってけばいいん――『ブチッ』――へ?」
ちょ! なんで私のだけ千切れんのよ!? 危うく抜けた底に落ちるとこだったわ!
「よし、もう一度――「フッ、悪ぃなメスガキ!」
「は? ブフッ!」
コイツ私の顔面を踏み台に!
「――するなぁぁぁぁぁぁ!」
傭兵団団長に踏み台にされたアイリは、憐れ底の抜けた小部屋から奈落へと落ちていくのであった。
残り3人
アイリ「あの……私、主人公よね?」
作者「そういう事もある」




