ムーシェの記憶②
前回のあらすじ
過去に勇者と共に邪王討伐に赴いた事を思い出してたムーシェ。
ふと我に返ると、前方にある扉が閉じようとしていた。
しかし、アイリがムーシェを担ぐと猛スピードで扉の中へと入り込む事に成功する。
邪王のダンジョンが存在する岩山付近。そこでは今、勇者を含む邪王討伐隊の面々が翼を生やしたモンスターとの戦闘を繰り広げていた。
「ちっ、空中に逃れたか……」
ゴツゴツとした足場の悪い岩山で、勇者を筆頭にした討伐隊が上空を見上げる。
「ケッ、雑魚のくせにやるじゃねぇか、マジでムカついてきたぜ!」
その上空では翼を広げた魔物――ズバリ言うと邪王の眷族が、勇者ベルセレック達を見下ろしつつ吠えていた。
「邪王四天王ザデビル、これ以上の殺戮は勇者ベルセレックが許さない! 覚悟しろ!」
対する勇者も、上空へ待避したザデビルを仕留めようと躍起になっており、ザデビルを追い詰めつつあるといった状況だ。
「ダァーーーッ! ザデビルってくっ付けんな! 俺様の名はザ・デビルだ、ザ・デビル。テストに出っから忘れんじゃねぇぞ!?」
バッサバッサと翼をバタつかせながら抗議するザデビルだが、当然誰も聴いてはいない。
それどころか逆にチャンスだと思い、弓を扱う者は狙いを定め魔法士達は詠唱を開始する。
すると勇者ベルセレックもこのチャンスをものにすべく切っ先をザデビルに向け、必殺の一撃を放った!
「――今だ! 飛翔旋風斬!」
「「「フレイムキャノン!」」」
ベルセレックが斬撃を繰り出すと、それに合わせて火魔法と弓矢がザデビルへと殺到する。
「ダァーーーッ鬱陶しいっ! 雑魚のくせして俺様に傷を負わせるとか生意気だ!」
だがザデビルも弱いモンスターではない。
言動こそ小者っぽいがAランクなだけあってまだまだ余裕はあるようで、翼で風を起こすとフレイムキャノンは狙いが逸れてザデビルの横を通過していく。
だが勇者の斬撃までは対処出来なかったらしく、ザデビルの体に切り傷を増やしてやる事に成功した。
「よし、このまま畳み掛ける。各自第2波を放つ準備を!」
「「「「「了解!」」」」」
すぐに次の攻撃へ移ろうとする勇者達。
しかしザデビルとて黙って見てる筈もなく、第2波が来る前に動き出した。
「ざっけんな! テメェらまとめて消し飛ばしてやんよ! ダークフレアァァァ!」
ザデビルから放たれた闇の波動が勇者達を飲み込まんとする。
弓使いが慌てて矢を射るが効果は無く、常闇に押し潰されてしまう。
「マズイ! ムーシェェェ!」
「……分かってる!」
ベルセレックが後ろに控えてるムーシェに叫ぶと、成すべき事を心得てる彼女は迫る脅威に半眼の瞳をカッと見開き、常闇を迎え撃つべく杖を掲げた。
「光よ、闇を掻き分け蒼天を照せ! シャイニングミキサー!」
ムーシェの杖から瞬速で広がった光が、ザデビルの放った闇を打ち消していく。
すると1分も経たないうちに覆い隠されていた太陽が顔を覗かせ、本来の青空が戻って来たのである。
「な!? 俺様のダークフレアが!」
さすがのザデビルもこれには驚く。Aランクてある彼の魔法にまともに対抗出来る存在など決して多くはない。
「オーケーオーケー、ここまでやってくれちゃったテメェらには本気で相手するしかねぇよなぁ!?」
「フッ、強がりはよせ。お前の魔法を打ち破った今、もはや恐れるものはない!」
「オッホゥ? 言ったな? 言っちゃったなぁ!? よぉし分かった、大人気ないかもしれねぇが、全力で潰してやらぁ!」
失笑しつつ言い放ったベルセレックだが、彼はザデビルがハッタリをかましてるのだと勘違いしていた。
だが事実ザデビルは本気をだしてはおらず逆に憤怒させる事になり、急激に膨れ上がる魔力を感知したムーシェが顔面蒼白になりながら叫んだ。
「……こ、これは危険、攻撃を中断して急ぎ待避を!」
「う、――そそ、総員待避! 岩を盾にして防御に徹しろ!」
尋常ならざるムーシェの声に危機感をもった勇者達は、四方へと散りながら岩影へと身を隠す。
そしてその直後!
「消えろ虫けらぁ! カオスオブダークフレアァァァ!」
ゴォゴォゴォゴォゴォゴォ……
巨大で禍々しい闇色の塊がザデビルの身体から放たれる。
この魔法は術者の周囲を無差別に攻撃するもので、この闇に触れると徐々に身を焦がしつつ朽ちていくという恐ろしい魔法だ。
「くぅぅ、我が剣を盾に! ソードディフレクトォ!」
勇者もシールドを張って防御に回るが、防ぎきれるか分からない。だがやるだけマシだと前向きになり、魔法が収まるのをひたすら耐えた。
やがて効果が縮小し視界がハッキリしてくると、呼吸を乱したザデビルが成果を確認しようと見下ろす。
「ハァハァ……どうだ雑魚共。ハァハァ……これが俺様の実力ってやつよ。これだけ……ハァハァ……やれば勇者とやらも――んな!?」
だがザデビルの全力をも防ぐ猛者がいたようで、勇者達への被害はゼロ。彼は大いに焦る事となる。
「な、なんとか耐えたか……。見たかザデビル! これが僕達の力だ!」
防げるかどうか不安だったがなんとか防ぎきる事に成功したと理解した勇者は、これ幸いとザデビルに揺さぶりをかける。
「く、くそ……そ、そうだ、今日は本調子じゃなかったんだ。そうだそうに違いねぇ! って訳だ、テメェら命拾いしたな。今日はこのへんで勘弁してやるが、次はキッチリと白黒つけてやんよ! んじゃな!」
見事なまでに揺さぶりに動揺したザデビルは、負け惜しみのような捨て台詞を吐くとそのままダンジョンへと逃げていった。
「ふぅ……助かったか。あのまま戦闘を継続してたら危なかったな。――皆、無事かぁ!?」
今一度被害状況を確認すべく周囲を見渡す。
「ゆ、勇者殿、大変です! ムーシェ殿が危険です!」
「何だと!?」
討伐隊の1人が倒れてたムーシェを抱き起こす。
ベルセレックも駆け寄ると、彼女の左半身が黒焦げなってるのが見え、先程の魔法を受けたのだと気付く。
「おい大丈夫か!? しっかりしろムーシェ! ムーシェェェェ!」
すると、張り裂けんばかりに叫んだベルセレックの声が聴こえたのか、ムーシェが目を開きベルセレックに顔を向けた。
「おお、目を開いたぞ! 大丈夫なのか? 俺が分かるか? ムーシェ!?」
「……声がデカくてうるさい」
「おおぉ、おぉ……」
開口一言が勇者への苦情であったため、ベルセレックの声は徐々に萎んだ。
「……それより早く回復してほしい」
「あ、ああ、そうだった! 医療班、早くムーシェの手当てを! ――しかし参ったな。今のでムーシェは相当魔力を消耗したようだし、これ以上の進軍は危険か……」
「……気付いてたの?」
「ああ勿論。あんな強力な魔法を凌げるのはムーシェが前に出てシールドを張ったからなんだろ? 僕達へのシールドを強化したから君の左半身がやられた――違うかい?」
ベルセレックは仲間の力量を把握していた。
故に、今回被害を抑えられたのはムーシェのお陰であると気付いたのだ。
「……違わない」
「ハハッ、素直なのはいい事だ。――さて、手当てが終わったら一度街に戻るとしよう。ザデビルへの対策も考えないといけないしね」
今回は退けたが次はどうなるか分からない。
対策も無しに進むのは、討伐隊の命を預かる側としては適切ではないだろう。
「……帰ったらエールをプリーズ」
「ああ、分かってるよ」
「……ベルセレックの奢りで」
「マジかよ……」
勇者達は邪王のダンジョン目前まで迫ったのだが、大事をとって帰還する事を選択したのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
(……あれから200年、ザデビルとは遭遇していない。てっきり邪王を倒す前に再び現れるものと思ってたけど、結局あの戦闘が最初で最後だった)
「――あ、はい、アイリって言います」
(……眷族及び眷属を残してダンジョンマスターが死ぬケースは殆ど無い。理由はダンマスを守って死ぬのが先になるから)
「――ああ、そんな遠くから……」
(……だからザデビルが生きてる可能性はない筈なんだけど、どうにも胸騒ぎがする。もしも生きていて、再び戦闘になったら勝てるのだろうか?)
「――う~ん、結構遠くから来たんですね」
(……いや、大丈夫。そのために私よりも強いと感じた者を同行者に選んだ。仮にザデビルが生きてたとしても今度は勝てる。それだけの強さをアイリは持っている)
「――あ~知ってます知ってます。ミリオネックにも行った事があるんで」
(……アイリが居れば邪王四天王を相手にしても勝てる。だから今更四天王が出てきたところで……四天王?)
「――ええまぁ。ムーシェはどうなの?」
(……そうだ思い出した、四天王の1人が邪王を討伐する直前に逃走してたんだ!)
「ムーシェ?」
(……四天王の3人、ザデビル、ハーレンティス、ルドーラ。この内ルドーラは討ち取った記憶があるし、ハーレンティスは聖地を荒してたら、女神が召喚した勇者によって討ち取られたと聴いた)
「ムーシェったら」
(ザデビルは不明だけど、残り1人の四天王が恨み節を言いながら転移で逃げたのを私を含む討伐隊が見ている。その1人の名前は……)
「ムーシェ!」
「ヒィッ!?」
あら? 予想以上に驚いてる? てっきりうるさいとか言われるかと思ったんだけど。
「……どうしたの?」
いやいや、さっきからボーッとしてどうしたのって、こっちが聞きたいわ。
「なんや嬢ちゃん、具合でも悪いんか?」
「……貴方は?」
「って、話聞いてなかったんかい! ワテはナンバちゅうもんや。商人片手に冒険者やっとるさかい宜しゅうな!」
「……宜しく」
どうやら本当に話を聞いてなかったらしい。
短時間に2度もエネルギッシュな自己紹介をされる羽目になるとは思わなかった。
このナンバさんは、ミリオネックを拠点にして世界を回ってるらしい。
「じゃあ僕も再度自己紹介をするね。ポータルキャニオンって冒険者パーティのリーダーをやってるウィリーという者だよ、宜しくね」
「……宜しく」
この爽やかな男の人も、ナンバさんと同じく世界中を旅してるらしい。
「次は拙僧の番だな。名字は暗黒寺、名前は生経、暗黒寺生経と申す。宜しくお願いつかまつる」
「……宜しく」
このお坊さんは、遥か東の島国ダンノーラ帝国からやって来たらしく、何の偶然かこの人も世界を旅してるのだとか。
「さて、最後は俺か。ロマンシングという冒険者パーティのリーダーをやっているガラハッドという者だ。ここにいる以上ライバルという事になるが……まぁ宜しく頼む」
「……ハゲ?」
ブフッ! ちょ、いきなりそれは失礼でしょ! 確かに頭頂部はハゲてるけど。
「ちょっと待てぃ。何故に俺にだけハゲと言うのだ貴様ぁ! あの坊主だってハゲではないか!」
「あっちはお坊さん。だから当たり前。でも貴方はお坊さんではない。つまり……」
「……ハゲだと言いたいのか? 分かった認めよう、確かにその通り俺はハゲだ。だが好きでハゲになった訳じゃなく、これには海よりも深く激流のようにハゲしい訳があり――」
話が長くなりそうね……。
で、何故この4人と話してるのかと言うと、前にあった扉が閉まりそうになった時に見せた私のスピードを見て、一時的に組まないかと持ちかけられたのよ。
鑑定かけても不審な点は無かったから了承する事にしたけど、いざという時は自力で切り抜けてもらう事も納得してもらった。
「しっかしガラハゲ――「ガラハッドだ!」――失礼。ガラハッドはん、そない気にしてるなら育毛剤を安く入手する手段がありまっせ?」
さすが商売人のナンバさん。ここぞとばかりに売り込みをかけた。
但し、胡散臭さは拭えないけれど。
「いーや、その必要は無い。何故なら、俺の目的は財宝の中に有るであろうエリクサーが目的だからだ!」
「「「「エリクサー!?」」」」
盛大にハモってしまった。
「そうだ。エリクサーをこの頭頂部にサッとひと塗りすれば、こんなハゲ頭とは即刻おさらば出来るのだ!」
こ、このハゲオッサン、頭にエリクサーを塗る気らしい……。
私も勿体無い使い方を何度もしてきたけど、この人のような発想で使った事は無いわ……。
話を聴いてた獄炎傭兵団の連中もドン引きしてるし、プラーガの魔術師2人は自身の頭をペタペタと……どうやらあの2人も頭が寂しい事になってるようだ。
「そもそも頭髪というものは――『カチン!』――ん? 何か踏んだような――」
ゴゴゴゴゴゴ……
「ちょ、何か作動したわよ!?」
「す、すまん、罠を踏んだようだ!」
くっ、このハゲオッサン、よそ見して話してるから!
「む! これはイカン! 後ろの通路が崩れてきておるぞ!」
お坊さんに言われて振り返ると、私達の方に向かってどんどん地面が崩れていってるのが見えた!
「またかよクソッ! おい野郎共、もたもたしてると置いてくぞ!」
獄炎傭兵団が走りだすと、プラーガの魔術師も風魔法を使用して加速する。
「皆走って!」
さっき走ったばかりなのに、再び走る事になるとはね。
私は大丈夫だけど他の人は――って、
「行き止まり!?」
扉が有るもんだと思ってたら行き止まりって。それとも隠し通路が有るっていうの!?
「いや、あそこだ! その柱を登ったところに扉が開いてる!」
ウィリーさんが見つけた扉目指して脇に備えられた柱を登っていく。
私を含む6人は無事に登りきり、獄炎傭兵団の4人も続いてきた。
いつの間にかカウボーイハットのオッサンは先に着いてたようで、壁に寄り掛かって一服してる。
後はプラーガの魔術師だけど……
「ハァハァ……。こ、このようなところで」
「は、早く登らなくては……」
ズルッ!
「グッ!? オワァァァァァァ!」
「し、室長殿ぉ! ヌォ? ヒェェェェェ!」
けれどプラーガの魔術師2人は年配者のためか登りきる前に体力を使い果たし、崩れた地面に飲み込まれていった。
残り11人
アイリ「邪王四天王について補足するわ。ザデビルの初登場は76話の【眷族の秘密2】を見てちょうだい。そういえばこんな奴いたなぁと思い出す筈よ。」
アイカ「ルドーラの初登場は107話の【眷族の秘密4】を御覧下さい。一応登場してますので」
ムーシェ「……そしてハーレンティスに関しては、別作品【誘われし軽トラ】を。因みに残る1人はまだ秘密」




