昇格試験
前回のあらすじ
メンヒルミュラーにより新たなダンジョンを発見したと知らされたアイリ達は、そのダンジョンが普通とは少々異なる事に気付き探索を行う事に決めた。
しかし冒険者ランクが低いため入場を拒否されたアイリ達は、悩んだ末に出した結論は……
「で、結局試験を受ける羽目になると……」
しょうがないから依頼受付せずに探索しようといたんだけど、ダンジョンの入口に居た警備隊に止められた。
ヒャッハー! ここは通さねぇぜ? とか言ってくるんだもん。仕方なく昇格試験を受ける事にしたわ。
「誤解を招くような事は言わないで下さいお姉様。危険ですので通せませんって丁寧に言われたじゃありませんか」
んな事は分かってるわよ。ちょっと八つ当たりしただけじゃない。
「しかし、ちょうどカニエビの冒険者ギルドで昇格試験が行われとる事だし、良かったではないか」
「それね」
癪だけど、念話であの女に言ってみたのよ。何とかしろって。
そしたら「アイリッチって、意外と短気なんだ~。でもでもぉ、あんまし権限使うのは良くないってアイリッチが言ってたジャ~ン? だったらさ~、ちょうど首都で昇格試験やるらしいからぁ、受けてみ~、ナイスミ~」
――ってな事を言われて、カニエビっていう変な名前の首都に来たわけよ。
「おお、似とる似とる。さすがはアヤツのマスターじゃのう!」
似てても嬉しくないわ……。
さて、言ってる間に冒険者ギルドにやって来たけど。
「アンジェラ、静かにお願いね? 面倒事を起こして時間を食いたくないから」
Dランク試験を受ける前に迷惑行為で追い出されちゃかなわないし。
「むぅ、最初が肝心だと思うんじゃが仕方ないのぅ……」
アンジェラに釘を刺していざ入場。
例え教官が相手でも軽くKOしちゃえば合格するでしょ。
カリカリカリカリ……
迂闊だった。まさか試験内容に筆記試験が含まれていようとは……。
ってな訳で、今私達は他の冒険者と一緒に、ギルドの地下施設に並べられた机に向かってる最中なのよ。
問題はというと、採取する植物の名前とか、危険な場所とか、もう知らない事だらけ。唯一分かったのは雑魚モンスターの名称くらいね。これでもダンジョンマスターだし。
「はい、それまでーっ!」
くぅ……不覚にも、白紙の部分が多い状態で提出しなきゃならないなんて……。
さて、他の皆はどうだったんだろ?
「自慢じゃないが、妾は殆ど分からんかったぞ?」
の、割には腰に手を当てて仁王立ちしてる姿は自慢気に見える不思議。
「私も~、さっぱりです~」
でも顔を見ると、苦痛から解放されたさっぱり感が表れてるわ。
「わたくしは殆ど分かりましたよ?」
そうよね、殆ど分かる訳……何ですって?
「実は少し前に、お姉様の世界にあるグー〇ルという大変便利なものを発見者しまして、それと本体をリンクさせる事で様々な情報を取得する事に成功したのです。因みに邪王のダンジョンが判明したのも、このイグリスという機能のお陰です」
どうやら私の知らない間に進化を遂げてるらしい。しかもイグリスという名前まであるとか。
っていうか――
「だったらコッソリ教えてくれてもよかったじゃない。このままだとアイカ以外は落ちちゃうわよ?」
「心配は要らないでしょう。何故なら次の試験は……」
アイカが視線をずらした先には、ちょうど試験担当のギルド職員が数名の冒険者を伴って現れたところだった。
「では実技試験に移ります。こちらにおりますのはAランクの冒険者の方々です。これから彼等に挑んでもらい、武器の使い方や体の動き等を見せていただきます。武器はこちらで用意した物を使用してもらいます」
「俺は【一閃の極】っていう冒険者パーティのリーダーをやってるゼイルってんだ、宜しくな」
一歩前に出て自己紹介を行った人は有名人だったらしく、試験を受けに来た冒険者達がざわめきを起こす。
職員もAランクだって言ってたし、相当強いのかもね。見るからに体格の良い中年男が大剣を背負ってるのも印象深い。
「オイラはベニッツ。ゼイルのパーティメンバーさ。素早さで自信の有る奴はオイラが相手してやるぜ」
やや挑発的な印象を覚える、少年を抜け出した青年って感じの男ね。
腰に差してる短剣を見るに、罠の解除や偵察を得意とするタイプに見える。
「私はキンバリー。こう見えても前衛よ。魔法を使いつつ剣を振るうの。宜しくね」
細身の体を見れば魔法士というイメージの20代の女性ね。
長い紫色の髪をサッと掻き上げる仕草で、色気をアピールしてるようにも見える。
タイプ的には魔法戦士のようね。
「……ムーシェ。……宜しく」
「あ~すまん。見ての通りムーシェは口下手でな。代わりに紹介するが、大抵の魔法は使いこなす事が出来る魔法のエキスパートだ」
ローブを深く被ってるから何か有るのかなぁと思ったら、ムーシェの正体は200歳を越えるエルフだった。
そりゃゼイルが言った通り、魔法のエキスパートの筈だわ。
多分グロスエレムで活動してる最中はバレないようにしてたんでしょうね。もう必要はないと思うけど。
「それでは今から始めますので、名前を呼ばれた方は前に出てきて下さい」
お、いよいよ始まるわね。
実技なら何も心配いらないわ。
「ではオーネルさん」
「は、はい!」
最初に呼ばれたのは、オーネルという短剣使いの青年だった。
「彼等の中から、自分なら善戦出来そうだと思う相手を選んで下さい」
「はい、では……」
オーネル青年が選んだのはベニッツ。
見た目での判断になるけど、他の面子を選ぶよりはマシに見える。
「では両者定位置に着いて……始め!」
職員の合図でオーネルさんが駆け出し短剣を振り上げる。
「タァァ!」
あ、それはヤバ――って思った通り、隙の出来たところへ鳩尾に一撃の後、足を払われ転倒させられた直後に短剣を突き付けられて終了となった。
恐らく真面目な性格なんだろうけど、強者相手に正面から挑むのは無謀よ。
「それまで!」
「くっ……強すぎる……」
「ヘヘン、そんなに隙を見せちゃ、実戦だと通用しないぜ?」
オーネルさんは悔しそうな顔をして下がっていった。
「このように、強者相手に隙を見せるのは一瞬でも命取りになります。次はキザロさん」
「はいはいっと」
次に出てきたのは、名は体を表すかのような金髪のキザっぽい少年だ。
そしてキザロが選んだのはキンバリーという実に分かりやすい性格をしてるようで。
「では……始め!」
始まりと同時に、剣を手にしたキザロが勢い良く駆け出していく。
「行くよお姉さん、手加減を出来ない僕を許してくれよな」
「ええ、いいわよ。だって――」
スッ
突き出してきた剣を体をずらす事で回避すると、自然と相手の側面に回る事になり……
「え!? ――グハァッ!」
そのまま横転させられちゃったわね。
「手加減されなくても大丈夫だもの」
何をされたか分からないって顔のキザロが、仰向けに倒れたまま宙を眺めて呆然としてる。どうやら動きが速すぎて理解が追い付いてないらしい。
「そ、それまで!」
案の定職員も分かってなかったらしく、終了宣言が大幅に遅れたっぽい。
「おいおいキンバリー、少しは手加減してやれ。トラウマになったらどうすんだ?」
「ごめんねぇ。ちょ~っとイラッとくる坊やだったからつい……ね?」
あのキザっぽさにイラついたのなら仕方ない。私達がギルドに入った時もウィンクしてきたし。
その後、ジルっていう若い女性がムーシェと、コレザスっていう中年男がゼイルと対戦したけど、結果は言うまでもなくAランクパーティの圧勝だった。
特にムーシェはジルさんを凍らせちゃって、今医務室で手当てを受けてる状態よ。
でもこれじゃこのパーティを見せつけてるだけで、試験になってないような……。
『お姉様、後はわたくし達しか残っておりませんので、ここらで実力の違いを見せてあげましょうよ』
『ま、それもいいかもね』
この人達なら多少は本気出しても挑んでも大丈夫そうだし。
「次はアイカさん」
「はい、わたくしですね。ではそちらのベニッツさんをご指名致します」
「お、オイラをご指名かい? 美少女からのご指名とあっちゃ、応えない訳にはいかないね」
この青年、鼻の下を伸ばしてアイカを見てるけど、この後に見た目で判断するなって教訓を得る事になりそう……。
「では……始め!」
「さぁ、どこからでもかかってお――『パスンッ』――うっ……」
バタッ!
「「「「「え!?」」」」」
開始3秒で倒れ込んだベニッツ。
それを見た私達以外の全員が、綺麗にハモって倒れたベニッツとアイカを交互に見てる。
『ちょっとアイカ、いったい何を仕出かしたのよ?』
『仕出かしたとは大袈裟な。ドローンから麻酔弾を発射しただけですが何か?』
いや、さすがにドローンは反則でしょ……。
「――ど、どうやら眠ってるだけのようだが、いったい何が……」
「わ、分からない。私には何も見えなかったわ……」
「……そもそも魔力を感じなかった。これは魔法ではない」
「「な!?」」
ほらぁ、相手の仲間が混乱してるじゃない。
「え、つ、次は……セレンさん」
「はい~。では~……ムーシェさんをご指名致しますね~♪」
「…………」
このムーシェってエルフは、さっきまでとは違い相当警戒してるわ。アイカのやった事が見抜けなかったのが相当効いたようね。
「では……始め!」
「スプラッシュウォーター!」
ムーシェが速攻で水魔法を放ってきた。いきなりとは余程ね。
けれどセレンも予測してたみたいで……
「ウォーターカーテン~♪」
水の膜で完全に防ぎきったわ。
「……スタンミスト!」
「アイスバリケード~♪」
今度は体を麻痺させる霧を出したけど、これも完全に防いだみたい。
「……くっ、バーチカルショット!」
「おい、ムーシェ!?」
ちょ、これは水魔法でも殺傷能力が高い魔法よ! 水が固まって瞬速で飛んでくから、外壁とかに穴が空くくらい強力なのよ。いくら防がれるからってこれはダメでしょ!
「アイスバリケード~♪」
こっちは大丈夫みたいだけど、試験官がやるのはマズイわ。
「ストップ! 一時中断して下さい!」
案の定職員に止められて、厳重注意を受けてるようだ。
そして結局、セレンの実技はこれで終了らしい。
「……コホン、お待たせしました。次はアンジェラさん」
「うむ、宜しく頼むぞ。妾は同じ髪の色をした、あの者を指名させてもらおうぞ」
アンジェラはキンバリーって魔法戦士を選んで、いざ開始。
「先手は譲ろう。掛かってくるがよい」
「あら、いいの? じゃあ遠慮なく――」
先手を譲るっていうアンジェラに対し、詠唱を開始してヤル気満々なキンバリー。
これまでの流れを見て、本当に遠慮しないようだ。
「捕らえよ、アースジェル!」
「む? 床が……」
ヌメッとした液状のものがアンジェラの足元に絡み付き、動きを封じようって作戦ね。
「さぁ、これでおし――え?――「カハッ!」
剣を振り下ろしてきたけど、それを素手で掴んで逆に倒してしまった。
恐らくキンバリーは、剣撃を避けたところを足を払って転倒させようと考えてたと思う。
でもアンジェラが力業で切り抜けちゃったから無意味になったわね。
「それまで!」
驚きの連続だったせいか、とうとう職員は驚かなくなってしまった。つまんないわね……。
「では最後にアイリさん」
「は~い、宜しく」
んで、私が選んだのは当然リーダーのゼイルさんよ。この人を倒せば合格は間違いないでしょ。
「では……始め!」
「他の3人を見たから言えるが、お前さんも只者じゃないんだろ?」
視線を一瞬アイカ達にずらして尋ねてきた。
一緒に談笑してたから、そりゃ気付くわよね。
「まぁぶっちゃけその通りよ。訳あってランクを上げないといけないんだけど、筆記試験が散々だったのよ。少なくともここで挽回しないと危ないから、遠慮なく倒させてもらうわね」
「ハハッ、まるで昔の俺を見てるようだ。あん時は俺も筆記で苦戦してな、お前さんと同じ考えで挑んだもんさ」
お、なんか共感出来そうな感じ。
この人の昔話とかすっごく面白そうだけど、今は試験を終わらせないとね。
「いくわよ!」
ガキン!
「ぬぐぅ……お、お前さん、本当に未成年か? まるで熟練の剣豪を相手にしてるみたいな感覚だぞ!」
「剣に関してはね、一応熟練者に稽古つけてもらったわ」
あの空間で相手した獣人のクソガキを思い出したけど、あれのお陰で剣レベルが5から6に上がったのは事実だしね。
「そいつぁ羨ましい……ぜ!」
ブゥン!
鍔迫り合いを解いて、強引に剣を振るってきたところで距離をとる。
「やはり出し惜しみは出来そうにないな。ならば見せてやるぜ、とっておきをよぉ!」
ゼイルさんが地を蹴り勢い良く迫る。
そして横に構えた剣を大きくなぎ払ってきた。
「閃空豪輪波!」
「うぐぅ!?」
後ろに下がって回避したにも拘わらず、凄い衝撃が襲ってきた。
でもこの程度の威力なら大した――
「――ハッ、いない!?」
マズイ、見失った! って落ち着け落ち着け、前後左右に気配は感じない。ならば可能性は一つ!
「スプラッシュファイヤーボール!」
魔法の使い手でもない限りゼイルさんは上にいると考え、咄嗟に天井に向けて複数の火の玉を放った。
「な!? クッ、ブォ!」
思った通り真上から剣を振り下ろそうとしてたところへ、ファイヤーボールが数発命中する。
体を焦がしながら落下したゼイルさんに剣を突き付けチェックメイト。
「それまで!」
「「「「「オオォォォ!」」」」」
あれ? やけに声援が大きいような……って、
「ええ!?」
いつの間にかギャラリーが大勢囲んでた。
どうやらここでも目立ってしまったらしい。
アイカ「お姉様、天井に穴が空きましたが」
アイリ「しっ! 黙ってなさい」




