挑戦状
前回のあらすじ
グロスエレムの西側にあるキリスの街にて、ダンマスの1人である石流王が捕虜の解放を行ってると、メリーヒルスの眷族であるラヴィアンが襲いかかりピンチに陥る。
危うく仕留められるところをカイザーの眷族メディルに助けられ、石流王は奴隷を連れて離脱する事に成功した。
その後はメディルにより吸収しつくされたラヴィアンはそのまま消滅するのだが、カイザーから他のダンマスが首都で捕まったという情報を受け取り、急遽首都へと目指した。
その頃アイカは……
「――ほんでアイカはん。奴隷解放を中断して戻って来たわけやが、いったい何があったんや? もしかして夜が近いから、本日は終了~ってか?」
イスルの街を襲撃した後も同様の活動を続けて数日、アイカの判断により急遽ダンジョンへと戻ってきたのである。
「落ち着きなさいホーク。確かに夜食の時間が迫ってますが、それどころではなくなったのです」
夜食の事もキッチリと念頭に置かれてたが、どうやら何かが起こったらしく、ダンジョン通信を開いてスクリーンに映しだした。
「む? これは奇っ怪な……」
ザードが眉をひそめたその先に映されてたものは、【グロスエレムの裏側】という集いにメリーヒルスが現れ、アイリに対して挑戦状を叩きつける発言を行ってるヶ所だ。
その気になる内容は以下の通りである。
メリーヒルス グロスエレムの裏側
『我が国への襲撃を目論んだアイリに告ぐ。愚かにも貴様の口車に乗ったダンジョンマスターを幾人か捕らえた。無事に返してほしくば今から三日後迄に我がダンジョンに来るがよい。勿論貴様が来なくても構わん。その代わり、捕らえた者共の生首をここで晒すとしよう。だがその際は、協力者を見捨てた卑怯者というレッテルを貼る事になるがな。では貴様が来るのを待っているぞ。一応我がダンジョンは首都にある……とだけは言っておこう。どうせ貴様ならすぐにたどり着くであろう? 身の程を弁えない哀れなルーキーのアイリよ』
「アイカはん、こりゃ少々マズイんちゃう? ここで見捨てたら、アイリはんの名声が落ちてまうでぇ!」
「そう声を荒らげなくても分かってます。勿論助けに行きますよ、お姉様だって見捨てたりはしないでしょうし」
此度の件は、期待のルーキーとして名声を高めつつあるアイリにとっては大きな分かれ目となるだろう。
見捨てればホークの言う通りになるだろうし、かと言ってメリーヒルスの元へ向かうのなら、当然罠が仕掛けられてる可能性が高い。
何故なら、メリーヒルスの目的はアイリを始末する事なのだから。
『アイカよ、アイリ様宛に客人が来てるのだが、どのように対処すべきかな?』
ここでアイリーンに居るリヴァイから念話が届く。
どうやら街に客人が来たらしく、アイリが不在のため判断に困ってるようだ。
リヴァイが判断を煽るという事から、恐らく相手はダンマスだろうと予想はつくが。
『ふむ……しかし今は急を要するため、申し訳ありませんがお客人にはお引き取り願って下さい』
『承知した――むむ? アイカよ、どうやらこの客人も急を要するらしくてな、何でも捕らわれたダンマスの事で話がしたいようだ』
『本当ですか!? そういう事なら是非とも話を伺いたいので、わたくしが対処しますね』
捕まったダンマス達に何があったのかを詳しく聞けると判断したアイカは、訪ねて来たダンマスと面会するためアイリーンへと転移した。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
アイリーンへと転移すると、街の入口で見覚えのある少年に目が止まる。
遠くに見えるジェットコースターを眺めてたその少年こそ、今回アイリに面会を求めてやって来たダンマスであり……
「やぁ久しぶりだねアイリ……あれ? なんか雰囲気が違うような……」
「はい、わたくしはアイカと申しまして、アイリお姉様の妹です。今後とも宜しくお願い致します」
「えっ、そうなの!? ああそっか、要するに双子なんだね!」
アイリとは別人だと分かり困惑する少年だったが、勝手に双子だと解釈したので、そのままにしておく事にした。
「あ、僕も自己紹介しになきゃ。僕の名前はバーニィって言うんだ、宜しくねアイカ。それで早速だけど、捕まったダンマス達の事でどうしても話しておかなきゃと思ってね」
「それです。いったい何があったのですか? ダンマスならいざとなれば自分のダンジョンに転移出来る筈です。なのに簡単に捕まるとは思えないのですが」
ダンマスなら誰しもが出来るダンジョンへの瞬時帰還。
にも拘わらず、捕まったという事だ。
「普通はそう思うよね? でも違ったんだ。僕らはまんまと騙されたのさ」
「騙された!?」
「そう。僕は他のダンマスと共に首都へと乗り込んだんだけど――」
バーニィが話した内容はこうだ。
襲撃が順調に行われていく中で、もしかしたら首都も一斉に襲えばいけるんじゃね?的な話になり、バーニィを含むダンマス4人は首都へと乗り込んだのだ。
だがそこで待ってたのは人狼や人猫といったCランクの魔物達で、それが束になってかかってくると流石のダンマス達も思うようにはいかなかった。
更には国軍までもが蟻のように群がってくるため、これは敵わんと首都からの脱出を試みたのだが、その時思わぬ出来事が起こる。
前方から接近してきた人物を見て、ダンマスの1人である千手がとある人物の名を叫んだのだ。
「そ、それは本当ですか!?」
「うん、間違いないよ。千手はアイリって叫んだんだ」
「そんなバカな! お姉様は――「まぁ落ち着いて最後まで聞いて」――失礼しました」
危うくこの時代には居ないという言葉が出そうになったが、バーニィに遮られた事により失言は免れた。
「勿論偽者だって分かってるさ。現に騙されて捕まった訳だしね。それより妙なのは、その人物は剣で武装してたけど見た目は真っ黒だから顔も格好も分かんなかった事だよ。なのに千手はアイリだと思いこんでしまったし、水虫はカルミーツだったかな? そんな感じの名前を叫んでたしで、もう何が何だかさっぱりだよ」
「ほぅ……見た人物により対象の姿が違って見えると……。それは紛れもなく幻術の類いでしょうね」
幻術……そこに無い筈の物を見せたり、全く別のものと誤認させてしまうスキル、もしくは魔法である。
「僕もそう思う。だから僕とヒカリで止めようとしたんだけど間に合わなくて。しかもヒカリは自棄を起こして国軍に突撃しちゃうしで、結局逃げてこれたのは僕1人って訳さ」
「そうでしたか……。ですがさほど危険な感じはしませんね。それだけだと強引に捩じ伏せる事も出来たのでは?」
アイカの言うように、騙されただけならいくらでも対処可能だ。
現にバーニィとヒカリが幻術に掛からなかったのだから、防ぐ事は出来るだろう。
ならば他にも何か有るのでは……と思うのも当然だ。
「その通りだよ。実はもう1人真っ黒な人物が居たのさ。同じく剣で武装してたけど実力が桁違いで、眷族の殆どが討ち死にしちゃったんだ……」
「……それほど……ですか?」
桁違いというフレーズと眷族の殆どが死んでしまったという話に、眉をひそめて一段と警戒心を高める。
「うん。だから僕の手に負える事じゃないって思ってね、こうしてお願いにきたのさ。頼むよアイカ、こんな口の悪い僕でも仲良くしてくれた気のいい連中なんだ。何とか助けてほしい」
ここで断る理由は無い。
元々救出するつもりだったし、何より自分で蒔いた種である。
発芽したのがジャガイモの芽ならば刈り取るしかないだろう。
「ご安心下さい。捕らわれたダンマスは、わたくし達が救出致します。何より叩きつけられた挑戦状は受け取らねばならないでしょう」
「ありがとうアイカ! もし僕に出来る事があったらいつでも言ってよ。可能な限り手伝うからさ!」
「はい、その時は宜しくお願い致します」
(とはいえ、メリーヒルスを生け捕りにする約束もしてますし、随分とハードルが高くなってしまいましたがね。さて、どうやって首都に乗り込んでやりましょうか……)
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
アイカが作戦を立ててる頃、首都にあるメリーヒルスのダンジョン最下層では、千手、水虫、ヒカリの3名が牢獄の中で脱出する方法を模索していた。
「ええぃ、クソクソクソガァ! メリーヒルスだかメリークリスマスだか知らねぇが、さっさとここから出しやがれぇ!」
「「うるせぇ!」」
ゴツンッ!
「っでぇぇぇぇぇぇ!」
左右から同時に殴られた千手の声が、ガラス張りのような個室に響き渡る。
「騒いでねぇで脱出する方法を考えろ!」
「まったくだ。このままじゃあたいらは生きて帰れねぇんだぞ!?」
「わーってるよ、んな事ぁ! けどよ、叫ばねぇとやってらんねぇだろうが!」
とりあえずは元気そうな3人だが、手持ちのアイテムを全て取り上げられた上、今いる個室は魔法が発動出来ない仕掛けが施されてるらしく、一切の魔法は使えない。
「けどよ、見た感じガラスみたいに見えるし思いっきり殴れば割れそうじゃね?」
水虫がガラスのような壁をコンコンと叩きながら言うが、他2人は否定的だった。
「じゃあ言い出しっぺの水虫がやれよ。ぜってー壊れねぇと思うぜ?」
「だなぁ。俺とヒカリはお前の拳が壊れる方に1票入れるぜ」
「フン、だったらそこで見てろよぉ――」
水虫が壁際まで移動すると、助走をつけて一気に殴りつけた!
ガァァァン!
「ぐおぉぉぉぉぉぉ、いってぇぇぇぇぇぇ!」
「……だから言ったろ」
「だいたい殴って壊れるなら意味ねぇよ……」
やはりというか、他2人の予想通りの展開になり、右手首を押さえて悶絶した。
涙目で床を転がってた水虫だが、不意に影が射したため苦痛を堪えて見上げる。
するとそこにはメリーヒルスが召喚した人狼が数体やって来たようで、何やら合言葉を囁くと、ポッカリと入口が空いたのだった。
「メリーヒルス様がお呼びだ。ついてこい」
どうやら水虫の右手は無駄な犠牲になったようだ。
「おっしゃあ! やっと出ら――「一つ言っておくが、もし妙な真似をしたら即座に首を切り落とすからな?」
1人の人狼がギラリと光る爪を千手の首に当てて脅しをかける。
さすがに肉弾戦では部が悪いので、千手は仕方なくといった顔でおとなしくなった。
警告通りおとなしく付いていくと、やがて豪勢に装飾された大きい扉の前まで連れて来られ、そのまま扉を開けると中に入るように指示される。
「来たか……」
中に居たのはここのダンジョンの主であるメリーヒルスであり、彼女は一瞬だけ3人の方を向くと、すぐに興味を無くしたかのようにスクリーンへと向き直った。
「……で、なんだって俺らを呼んだ? まさか面白いもんでも見せてくれるってのか?」
「ああ、その通りだ」
「「「ええ!?」」」
軽く挑発したつもりの水虫だったが、あっさりと肯定されたため、他2人を含めて逆に面食らってしまう。
「どうせなら共に観戦させてやろうと思ってな。お前達を助けに来たアイリが、無念の最後を刻む瞬間を見せてやろうと思ったのだ。粋な計らいであろう?」
「へっ、なぁにが粋な計らいだ。たんなる冥土の土産じゃねぇか」
吠えるヒカリを気にする事もなく、メリーヒルスはダンジョンコアを操作して3人にも見えるようにスクリーンの角度を変えた。
するとそこには1人の少女が映ってるのに気付く。
「「「アイカ!?」」」
少女の正体はアイカであり、周りには眷族達の姿は見えない。
「ほぅ、まさか1人でやって来るとはな。余裕の表れかもしくは単なるバカなのか、この目でしかと見届けてやろうではないか」
メリーヒルス「そこのお前、名は何と申す?」
水虫「水虫だが?」
メリーヒルス「……ふざけてるのか?」
水虫「ふざけちゃいねぇ!」




