閑話:クロの猛修行
「相変わらず弱ぇなぁ、クロw」
「自分が弱いんじゃなく、アニキが強すぎるんスよ!」
「俺が強ぇのは当たり前だろ」
アイリたちがダンジョンを出てから、クロは少しでもモフモフに近付くために修行することにした。
眷族の中でも一番弱いということを自覚してるからだ。
今もダンジョンの森林エリアでモフモフを相手に修行してるのだが……、
「やっぱ力が足りねぇよな。もっとこう、ガツンとくる一撃を放てねぇのか?」
「それができたら苦労しないッス……」
「よーし、ならこうしようぜ? 今日の晩飯を賭けて勝負するんだ。気合い入るだろ?」
「それ、アニキが得するだけじゃないッスか!」
「やっぱわかるか? いやぁ強い男は辛ぇなぁおいw」
モフモフはデルタファングというSランクのモンスターで、冒険者たちが遭遇した場合、全てを放り出して逃げ出すレベルである。
一方のクロはブラックウルフでDランクのモンスターのため、徒党を組めば討伐は可能なのである。
だがそれは単独で現れた場合であり、ブラックウルフの場合は配下の狼たちを使って集団で狩りをするので、単独で出現することは稀である。
「このままじゃダメッス。何か別な方法で強くなるしか……」
クロは森林エリアを離れて火山エリアにやってきた。
特に意識したわけじゃないが、考えながらフラフラとしてるうちに、火山エリアに来てしまったのである。
「ここは……いつの間にか火山エリアに来たみたいッスね……」
火山エリアに来たものの、特に何もすることがない。
「折角来たんだし、レイクの顔でも見てくッスかね」
レイクが居るのは火山の火口付近のため、山登りをしないといけない。
身軽なクロの場合、登山は問題ないものの火山の熱はさすがに厳しい。
「暑いッスねぇ……。レイクはよく平気で居れるもんスね」
当然である。
レイクはファイアドレイクなので、熱や火魔法には耐性が有る。
炎のブレスを吐くレイクが暑さに弱いと話にならない。
「確かこの辺りだったと思うんスけど……」
キョロキョロと周りを見渡すクロ。
すると、何者かの鼾が聴こえてきた。
「グゴォォォォォーーーッ!」
「このデカイ鼾は……こっちの方ッスね!」
何かの唸り声のような、コレ絶体鼾ちゃうわ!と思われる鼾が聴こえた方へ駆け出すクロ。
間もなく寝ているレイクを発見することができた。
「ングゴォォォォォーーーッ!」
「うぉ!? 近くで聴くと大迫力ッスね!」
そもそもレイクの体格は、クロの約10倍もあるので当然と言えば当然だ。
クロはレイクの鼾にビビりながら、レイクを起こそうと試みる。
「おーい! レイクーーっ!」
「グゴォォーーッ」
「おーい! 起きろーーっ!」
「ググゴォォォォォーッ」
クロの呼び掛けに鼾で返すレイク。
息が合ってるように見えるが、会話は成立していない。
「仕方ないッス。奥の手を使うッス!」
もはや普通に起こすのは無理だと判断し、奥の手を出すクロ。
その奥の手とは……、
「飯の時間だぞーーっ!?」
「だべぇ!?」
奥の手とは、飯時を知らせるというもの。
結果はご覧の通り。
普段寝てばかりのレイクでも、ご飯の時間は外せない。
「飯の時間だかぁ?」
「いや違うぞ?」
当然ながら、ご飯の時間ではないため、さらりと否定するクロ。
「んだども飯の時間だ言うとったど?」
「空耳じゃないッスか?」
「そうだべか……」
レイクもレイクで大雑把な性格なので、簡単に誤魔化される始末である。
「ところで、クロべぇはこったらとこさで何してるべか?」
「今よりもっと強く成りたいんス。何かいい方法がないかと思って、考えてる最中ッスよ。ちなみにクロべぇって呼ぶのは止めてほしいッス。なんか鴉みたいに聞こえるッス」
「そっかぁ、クロべぇは強く成りてぇだか……」
クロべぇに関しては華麗にスルーし、何やら考え出すレイク。
「いや、クロべぇじゃなくクロっ「よしわかった! オラが稽古さつけてやるべさ!」
「え? いいのか!?」
レイクの提案に驚いたものの、強くなれる可能性があるなら有り難いことである。
「クロべぇも同じ眷族だで遠慮はいらねぇべ」
「それは助かる! それと名前はクロで頼むッス」
渡りに舟とばかりにレイクの稽古に期待したクロだったが……、
「まずは大きく息を吸い込むだ!」
「オッス!」
「んだら息が吸えねぇ限界さくるから、そこまできたら思いっいきり敵に吐きつけるべ!」
「オッ……ちょっと待つッス。これって何の稽古ッスか?」
「ファイヤァブレスだが?」
「……無理ッス」
5分で挫折したクロであった。
クロから「挫折じゃなくて物理的に無理ッス!」と言われそうだが、挫折は挫折である。
意気消沈しつつ火山エリアを離れたクロは、今度は沼地エリアに来ていた。
この沼地エリアにはリザードマンキングのザードが駐在している。
「む? クロではないか。如何いたした?」
「……強くなる方法を探してるッス」
「ほう? 強く成りたい……と?」
とりあえずクロは、ダメ元でザードに話してみた。
「……なるほど。クロよ、1つ名案を思い付いたのだが」
「本当ッスか!?」
「うむ。このザード、見事クロを鍛え上げてみせよう!」
「宜しくお願いするッス!」
レイクと行った稽古のことも忘れて飛び付くクロ。
それに答えるように、己の持つ剣を空へ掲げて宣言するザード。
さっそく両者は鍛練を開始する。
「はずは気合いだ! 気合いの入れかたが重要なのだ!」
「わかったッス!」
「さぁ共に叫ぼうぞ! 気合いだーーーっ!」
「気合いだーーーッ! ッス」
どこぞの元プロレスラーのようなことをやりだした2人(2匹)は、近所迷惑(付近のモンスター)もお構いなしに叫び声を上げる。
近くのリザードマンが迷惑そうな顔をして見ている。
「まだまだぁ! 気合いだーーーっ!」
「気合いだーーーッ! ッス」
そろそろ止めてくれないかなぁと言いたげなリザードマンが2人(匹)を見ているが、そんなことは知らんとばかりに叫び続ける。
「もっとだ! もっと熱くなれ !気合いだーーーっ!」
「気合いだーーーッ! ッス」
うるさい黙れ! と言いたげなリザードマンが2人を睨んでるが、知ったこっちゃない。
「これで決めるぞ! 気合いだーーーっ!」
「気合いだーーーッ! ッス」
そろそろいい加減にしろよと言いたげに青筋を立てるリザードマンをよそに、気合いを入れ続ける2匹。
そしていよいよ最終局面をむかえた。
「よし。このくらいでいいだろう。これからが本番だ、準備はいいな?」
「オッス!」
「ならば剣を持てぃ!!」
「無理ッス!!」
こうしてクロの剣の修行は失敗に終わった。
「やはり脳筋野郎はダメッスね。ブラックウルフの俺が剣を持てるわけねぇッスよ。やはりもっと賢さがある奴じゃないと……」
脳筋野郎はダメだという現実を理解したクロは、草原エリアに来ていた。
ここ草原エリアには、ワイルドホークのホークが居る。
「ホークは……お、いたいた!」
クロが空を見上げると、丁度ホークが空から舞い降りてくるところだった。
「誰かと思えばクロやないか。どないしたんや?」
「実はカクカクシカジカってことッスよ」
「ふむふむマルマルウマウマってことかいな……ってそんな説明でわかるかい!」
クロはこれまでの経緯を省略して説明したが、ホークには伝わらなかったようだ。
「今より強く成りたいんスよ。でもモフモフのアニキとかレイクやザードの脳筋たちじゃ全然ダメだったんス」
「あーそりゃ脳筋共じゃアカンやろ。でもワイのとこへ来たのは正解やで。賢さなら負けへんわ!」
「本当ッスか!?」
「勿の論やで、まかせとき!」
懲りもせず三度目の正直とばかりにホークに期待するクロ。
「そんじゃコアルームへ行こか」
「へ? 何でコアルームッスか?」
「まぁまぁ、来ればわかる思うで」
「???」
ホークがコアルームに向かったので、首を傾げながら後を付いていくクロであった。
「さてアイカはん。いつもの頼むで!」
「わかりました……おや? 今日はクロも一緒ですか?」
「宜しくッス! 賢くなって強くなるッス!」
「?……よくわかりませんが始めますよ」
茶の間として使用してるコアルームには、大型の液晶テレビが設置されており、いつでもテレビが見放題である。
眷族たちにも人気で、度々チャンネル争いが起こるため、近々テレビの台数を増やす案が出されてたりする。
それまでの間、チャンネル管理をアイカが行っているのだ。
ちなみにアイカはダンジョンコアなので、いつも茶の間にいる。
アイリと共にダンジョンの外に出てるのは、アイカが遠隔操作してる自動人形だ。
しかも痛覚や味覚などを感じられる、優れものだったりする。
さて、説明は程々に、テレビに映し出された映像を見てみよう。
『どびん』
『ちゃびん』
『『ハゲちゃーびん! と』』
『どうもー、どびんです!』
『こんちはー、ちゃびんです!』
『『2人揃って、ハゲちゃびん!』』
『……って、コルァ! 誰がハゲやねん!』
『何言うてんのや! たった今、自分で自己紹介しとったやろが!』
『せやかてちゃびん、お前が用意した台本に、ここでボケろって書いとるやろが!』
『アホ! 台本言うな! せめてカンペ言わんかい!』
『そんなんどっちも変わらんやろ! いい加減にせんと、髪の毛むしり取るで!』
『無いもんをどないして取るんや!』
「ぎゃははは! コレやコレ! このコンビはオモロイわぁ!」
「あの……なんか禿げたオッサン2人が出てきてるんスけど、何なんスかコレ?」
「何って、見ての通り漫才やがな。コレ見て賢い芸を身に付けるんや」
「はいぃー!?」
お笑いの世界にダイブしたホークの心境など、クロには理解できるはずなかった。
ここにきて、すべての眷族が役立たずであることを、クロは学んだのである。
「……可能性が失われたッス……」
「まぁまぁクロ。何を落ち込んでるのか知りませんが、テレビでも見て気晴らしをしてはどうですか?」
「……それもそッスね」
お笑いのセンスだけは少しだけ上がったが、結果的にクロの修行は失敗に終わった。
だがこれで終わったわけではない。
まだ第2第3のクロが出現し、特訓をせがむかもしれない。
……そう、何もクロが出現する可能性があるのは、ここだけではないのだ。
もしかしたら次に現れるのは、君たちのもとかもしれない。
その時、君たちはどうするのか……はたまたクロはどうなってしまうのか……。
それは誰にも分からない。
全ては神のみぞ知るところとなるだろう。
完
「どや? 中々オモロかったやろ?」
「んだよコレ……」
「脳筋とは何でござるか?」
「コレは酷いッス! 俺がネタにされてるだけじゃないッスか!」
「そこが狙いや。クロを笑いのネタにすることで分かりやすく、なおかつネタにされても誰も気にしないキャラに仕上げたんや!」
「狙わなくていいんスよ!」
「じゃあこれで終わりなんだろ? さっさと飯食いに行こうぜ」
「ふむ、腹が減っては戦はできぬと言うでござるからな」
「そッスね」
「飯だど~!」
「ちょちょちょ、待ちぃや! この力作が分からんのかいな!」
こうして、クロの猛修行というタイトルの映画撮影は失敗に終わったのであった。
クロ「ネタにするならホーク自身が既にネタキャラじゃないッスか」
ホーク「なにおぅ!? ワイの存在がオモロい言うんかい!」
クロ「そこは喜ぶところッスよ?」
ホーク「……せやろか?」




