生還?
前回のあらすじ
アイリとムーザによる先の見えない戦いが行われてる頃、クリューネはというと、プリムラ帝国に向けて放たれたガーゴイルを殲滅すべく奮闘していた。
それが終わり邸へと戻ったところで、勇者アレクシスの一行を目撃。
存在しないアイリの銅像製作を断念させるのであった。
「あ、クリューネ。戻って来たのね」
クリューネが邸に入ると、アイリが椅子に腰掛けのんびりと寛いでいた。
「ええ、あたしの方は片付いたわ。こっちはどう?」
「見ての通りよ。ムーザの創った空間に入った後、キッチリとけりをつけて戻ってきたわ」
得意気に報告しつつグラスを傾ける。
それを見て目を細めたクリューネは、一歩一歩アイリに近付いていく。
「……そっか。どうやら……
遅かったみたいね……」
アイリの傍らにやってくると、グラスを持つ手を強引に持ち上げる。
その瞬間、手から離れそうになるグラスをもう片方の左手へと器用に移し、ニヒルな表情をクリューネに向けてきた。
「フフフ、残念バレちゃったかぁ」
「当たり前でしょう? アンタが出した飲み物にアイリが口を付ける筈ないもの。それにグラスはさっき壊したじゃない」
クリューネが視線だけを動かした先には、テーブルの隅に寄せられたグラスの残骸が残っていた。
「そういえばそうだったわ。貴女、意外と細かいところに気が付くのね? 将来良いお嫁さんになりそうよ?」
「そう……。でもアイリならこう言う筈よ。アンタに言われても嬉しくない……ってね」
握った手首に力を込める。
手加減はしているが、鈍い痛みが出る程度はあるくらいだ。
「で、そろそろ離してくれないかしら? 神である貴女が手を出すのはマズイでしょう? 本来ならこれでもかなりグレーなんだけども」
当然クリューネが手出し出来ないのを知ってての発言だ。
しかもアイリの身体を乗っ取られた今では尚更手を出すのは憚られるため、やむを得ずといった感じに手を離し、睨み付ける程度に留めた。
「一応何が起こったのか説明してあげるわ。ここままだと貴女暴走しそうだし」
手首を擦りながらのこの発言は、実は本音だったりする。
クリューネが喧嘩っ早い性格だと察したため、万が一にも自棄を起こさせないための発言だ。
「やった事は単純で、私の創った空間に誘い込んで気絶させた。それだけよ」
「……それだけ?」
「ええ、それだけ。最後に苦し紛れで空間を破壊されちゃったけど、それだけだと私を倒した事にはならないしねぇ。残念だけど、最後は私に乗っ取られてハッピーエンドって感じかな」
ムーザに追い詰められたアイリは、ギリギリのタイミングで太陽が空間維持を行っているのだと気付き破壊したのだが、その直後に意識を失ってしまう。
空間は崩壊したもののムーザは健在であり、難なく乗っ取りが完了してしまったのだ。
「さてと……、そろそろ時空が修正されて元の時代に戻れそうね」
窓から見える外の景色は、草も木も月夜も存在しない真っ暗な闇を彩っており、壁も徐々に剥がれつつある。
「そっか。もう時間が無い……か」
「フフフ、そういう事」
「だけどアンタが動き出すのなら、何れ討伐される事になるわ。そうなったらアンタを叩きのめす理由が出来るのを忘れない事ね!」
既に乗っ取りが完了した今、ムーザ自身が手放さない限りアイリが意識を取り戻す事はほぼ有り得ない。
結局のところ、アイリの身体ごと叩きのめしてムーザを強引に追い払う以外の方法は残されていないので、天界よりムーザ討伐令が出た時に大義名分のもとブチのめすつもりでいた。
「ハァ……やれやれねぇ」
だが聞いてたムーザはというと、大きなため息と同時に肩を竦めて呆れ返っている様子。
椅子から立ち上がり、哀れむ視線をクリューネに向けつつ語りだした。
「今更この世界をどうこうしたところで、最終的には失敗するに決まってるじゃない。それは身をもって体験させていただいたわ」
「だったら何をするってのよ?」
「フフフ、勿論世界統一は成し遂げるつもりよ。そのために私が居るのだし、それが存在意義でもあるしね。だからどんなに年月が経とうとも私は必ず復活する。例えどんなに地中深くに封印されたとしても。言ったでしょ、アイリちゃんは私の希望。それを使って世界統一を達成するのよ」
身振り手振りで大袈裟に語るムーザを冷めた目で見ていたクリューネだったが、直後に聞き捨てならない言葉が飛び出した。
「アイリちゃんの世界をね!」
「な!?」
ムーザの真の目的はイグリーシアにあらず。
アイリを通して見た地球――日本だけではあるが、そこを制覇しようと企んでいたのだ。
「フフフ、驚いた? でも当然の成り行きじゃない? ここだと横やりが入るんだから、邪魔されない世界に目標を移すのは極自然な流れよ。まぁそっちにも神が居るかもしれないけど」
「……地球にも神は居るわよ。だからアンタの思い通りにはならないわ」
(居るのは知ってるけど、どのくらい強いのかまでは分からない。少なくともあたしと同格以上であれば大丈夫だろうけど……)
「ま、そうでしょうね。でもさぁ……」
ここでアイリは顔を歪ませ、クリューネの顔を覗き込みながら話し出す。
「こことあっちを繋げたら面白そうじゃない? イグリーシアの魔物が地球で大暴れするの。するとどうなると思う? 当然大混乱に陥るでしょうね。何せ地球には魔物が存在しないんだから、それがある日突然現れて世界中に散らばったらと思うとワクワクするでしょう?」
「ア、アンタまさか、地球人を魔物の餌にするつもり!? それにここと地球を繋げるなんて出来るわけな「出来るわよ?」……え?」
「イグリーシアと地球を繋げる事は可能だと言ってるのよ。勿論それが出来るのは私ことアイリなのよ」
イグリーシアと地球を接続させる事などムーザ単身では不可能であった。
だがそれはアイリがイグリーシアに来た事で不可能が可能となる。
ムーザがイグリーシアから別世界へと侵入するには、その世界の住人がムーザの封印されしテリトリーにやって来て尚且つ当人を乗っ取り、その世界とコネクションを作る事が条件。
この天文学的確率を突破した今、ムーザはいつでも地球へと侵攻出来るようになった。
「勇者アレクシスに倒されたムーザはね、500年後にやって来るアイリに希望を見出だしたの。何せ待望の異世界人だったんだもの当然よね? でも残念な事にやって来たアイリは幽体のまま。このままじゃ希望が断たれてしまうと焦る中、アイリの記憶の中に起死回生の一手と成りうるアイテムを見つけた。それがコレよ」
見せつけるように取り出したのは、アイリが肌身離さず持ち歩いてたスマホだ。
「ミルドとかいう神が肉体の構築を行ってる間に私はスマホを生成し、アイリが受肉する際に手元に送ったの。本当は500後に乗っ取る事が出来れば楽だったんだけど、思いの外抵抗が激しくてね、最終手段として500年前に招待したって訳」
ここでクリューネは思い出す。
そういえばミルドは、アイリがどうやってスマホを入手したのか調べていた事を。
結局分からないままだと聞いてたが、まさかムーザの仕業だったとはミルドも思わなかっただろう。
「しかもスマホとダンジョンコアがリンクしてるのも好都合だわ。これならわざわざ魔物を輸送する必要なく現地で召喚出来るんだもの、本当にアイリ様様ね」
「クッ……」
「そんな苦虫を噛み潰した顔をしないでよ。仕方ないじゃない? 物事には犠牲はつきものなんだもの、多少の被害は大目に見てよね。とはいえ、地球の神共がどの程度の妨害をしてくるかが分からないのが難点よねぇ」
イグリーシアの場合、アイリと接触した神を取っ掛かりに天界を覗く事が出来たムーザだが、地球の神に関しては全く不明のままであった。
何故なら、アイリと地球の神は一度も接触しておらず、アイリと接触した人間もまた神と関わった者が皆無だからだ。
もっとも、これは地球の全人類に共通する事なのだが、ムーザはその事を知らない。
「ま、その辺は追々考えましょ。今はその前に……」
何やらスマホを操作し出す。
すると既に床が無くなった真っ暗な足元に魔法陣が出現し、何らかのシルエットが浮かび上がった。
「さぁいらっしゃい。私の頼もしい眷族達。その勇姿を愚かな女神に見せつけてやるのよ!」
シルエットだったものが徐々に鮮明になり、人成らざる者が露になる。
「え? コ、コイツらは!」
一歩後ずさるクリューネが視界に捉えたのは、これまでアイリと共に居る姿を何度も見てきた存在。
「アンジェラ! それにモフモフまで!」
今クリューネの目の前に召喚されたのは、人化した状態のアンジェラとモフモフだ。
「ここは……む? クリューネではないか。このようなところで何をしておる? それにここはどこなのじゃ?」
「全くだぜ。突然姉御が消えちまったと思ったら、こんな訳も分からねぇ場所に呼び出すたぁどういうこってい?」
どうやら眷族達までは乗っ取られてないらしく、今まで通りの状態だった。
ただし、モフモフの台詞からアイリがダンジョンから消え、騒ぎになっている事が窺えるが。
「2人とも聞いて。アイリが身体を乗っ取られてしまったのよ! アンタ達はソイツに召喚されちゃったの! だからアイリを取り戻すのに協力して!」
クリューネはアイリを指しながら訴えた。
その指に沿って眷族2人が振り向くと不適な笑顔を見せるアイリの存在に気付き、驚きの声を上げる。
「「主!(姉御!)」」
「フフフ、2人共、ソイツは私の敵よ。遠慮はいらないから始末しちゃって」
アイリからの信じられない命令に、眷族2人は動揺する。
普段から出来るだけ不殺を心掛けているアイリの言葉だとは思えなかったからだ。
「待って下させぇ姉御! いったい何がどうなってるんでぇ!? 姉御がこんな「これは命令よモフモフ」……し、しかし……」
良い淀むモフモフとそれを静かに見守るアンジェラ。
アイリはその2人に冷めた口調で言い放つ。
「モフモフ、それにアンジェラも聞きなさい。消されたくなければ命令通りに動くのよ。私はいつでもアンタ達を処分する事が出来るのを忘れない事ね」
「「…………」」
渋々ながらも黙って頷く眷族2人だが、これは仕方のない事だった。
アイリが一言「死ね」と命じれば、2人はそれに従うしかないのだ。
「そんな訳で、アンジェラは女神の相手をしてあげてちょうだい。モフモフは流れ弾が飛んできたら盾になってね」
「……承知した」
「分かりやしたぜ」
改めて命じられたアンジェラはクリューネの前に立つと、静かに目を閉じ呟いた。
「……すまぬな」
「仕方ないわ。手を抜くと何言われるか分からないんだし、全力で掛かってきなさい」
「致し方なし。全力でお相手いたそう!」
既に邸が跡形もなく消え去った今、真っ暗な空間で2人の戦いが始まろうとしていた。
アンジェラ「さぁて、久し振りに張り切るとするかのぅ!」
クリューネ「(楽しんでるようにしか見えない!)」




