クリューネの受難
前回のあらすじ
何度倒しても復活するムーザに手を焼くアイリは、仮想空間の破壊もしくは脱出する方法を探すためムーザを巻きながら逃走を繰り返す。
そして空間の中心地に行けば何かあるのではという推測の元そこへたどり着くのだが、ついにムーザにより追い詰められてしまう。
だが最後の最後に油断したムーザの隙を突いて、空間を維持してると思われる太陽を破壊する事に成功した。
『消し飛べ! カーズブラスター!』
「「「ギェギェェェ……」」」
クリューゲル口からから放たれた黒塗りの光線が上空を飛び交うガーゴイルに触れると、分子分解するかの如く塵となって消え去る。
「はぁぁぁ疲れた! 久々の肉体労働よ。女神から降格したのもあって、瞬殺とはいかなかったわね」
女神の状態であればものの数秒で済んだケースだが、神が地上の生命体への影響を及ぼしかねない事案に関しては、独断で関与する事は認められていない。
そこで思い付いたのが、自身が女神となる以前の状態――つまり破壊竜クリューゲルの状態へと身を落とせば、関与しても罰則は無い。
いや、厳密に言えば姉的存在であるラフィーネからはカミナリが落ちるだろうが。
「む? 時が動き出したようね。早くアイリのところへ戻ろう」
ちょうどガーゴイルを滅したところで時が動き出す。
つまり、ムーザを倒したアレクシス一行が、プリムラ帝国へ帰還する動きを見せるのである。
「アイリは上手くやってくれてるといいんだけど、もしかし……っ! こ、この感じは!」
慌ててクリューゲルからクリューネへと姿を戻し、下に広がっている魔女の森へと姿を隠す。
クリューネが何かを感じ取ったためなのだが、その答えはすぐに現れた。
「あっれ~、おかしいなぁ。確かこの辺りだったと思うんだけど……」
なんと、現れたのはこの時代のクリューゲルで、ここへ来て早々辺りを見渡して何かを探している。
「……あ~もぅ逃げられちゃったかぁ。自分と同じ波動を出してる奴なんて珍しいから、全力で闘ってみたかったのにぃ! もぅ、何処行ったのよぉぉぉ!」
来た理由は、自分と同じ波動を出してる奴と闘いたかったという物騒なもので、それを逃したと知ったクリューゲルは、宙に浮いた状態のまま器用に地団駄を踏んでいる。
その後暫くはグルグルと周辺をさ迷っていたが、とうとう諦めたのか悲壮感が漂う丸まった背中をクリューネに向けて、何処かへと飛び去っていった。
どうやら半透明になったクリューネには気付かなかったらしい。
「はぁぁ……危なかったぁ。さすがに女神の状態で隠れれば気付かれなかったか」
もし気付かれれば絶対に闘いを挑んできたであろう自分に対し、大きなため息をついた。
「あんなに喧嘩っ早い性格なら、この先も苦労するわねぇ……」
お前が言うな……。
「あっと、いけない! 早くアイリのところへ戻らないと!」
過去の自分と向き合うのも程々に、アイリの元へと急ぐのであった。
クリューネがムーザの邸へと戻ると、アレクシス一行が中から出てきたところだった。
その様子を上空から窺い立ち去るのを静かに待っていると、彼等が――特にアレクシスが懸命にアイリを捜してるのに気付く。
「クソッ、アイリは何処へ行ったんだ!」
「落ち着いてアレク。きっと役目を終えて帰ったのよ」
「だが! なにも言わずに居なくなる筈なんて……」
「せやから落ち着き。アイリのあの強さなら心配いらんやろ。それにきっと言えない事情でもあるんちゃう?」
「…………」
リーガとミリオネが宥める事で、少しずつアレクシスも落ち着きを取り戻す。
「……すまない、取り乱したようだ」
「いえ、アレクの言いたい事も分かります。ですがきっとアイリさんはご無事の筈です」
「……俺もそう思う。それにあの強さなら、そこらの魔物に遅れをとる事もあるまい」
「そうか……そうだよな。転移者という事以外は何も明かさなかったところを見れば、言えない事情があったと考えるのが自然か……」
さらにエレムとグロウスもアイリは無事だろうから心配ないとアレクシスに言い聞かせ、何とか収まる気配を見せていた……のだが、次のアレクシスの一言が、クリューネに衝撃をもたらした!
「ならばせめてプリムラ帝国に帰還したら陛下にお願いしてアイリの銅像を建ててもらい、年に一度の今日という日を祝う催しを行ってもらうよう申し出る事にしよう。この事が偶然にもアイリの耳に入ったら、きっと彼女も喜んでくれるだろう」
(な、なんですとぉ!?)
それはマズイと思った。
もしもこれを見逃し、そんな事が偶然にもアイリの耳に入れば、一生ダンジョンに引きこもったまま出てこないのではないかと思える程だ。
いや、確実に引きこもり、一生ネチネチと小言を吐かれるところまでを想像したクリューネは、何とかしなければという使命感を奮い立たせると、無い知恵を絞り始める。
「良いわねそれ。私からも進言するわ。伊達に宮廷で顔が広い訳じゃないし、予算にうるさい宰相とかは黙らせてやるわ」
「うんうん、ほなぁうちも協力せんとあかんな。実家が商家やし、何とか金出させたるわ。エリクサーで腕を直してもろうた事に比べりゃ、この程度じゃ足りひんのやけど」
(ちょ、コイツらまで!)
リーガとミリオネも乗り気のようで、アレクシスを後押しする。
「勿論わたくしも協力します。神託が下ったと言えば反対出来ないでしょう」
(んな神託下すか! 寧ろ天罰下すわよ!)
「……製作なら俺に任せとけ。誰が見ても立派な銅像に仕上げてみせる!」
(気合い入りすぎ! もっと肩の力を抜いてちょうだい!)
結局アレクシス以外の4人も賛成にまわり、全会一致でアイリ銅像製作案件が可決されてしまった。
だがこれは冗談抜きに由々しき事態である。
何せある筈の無い物が出来ようとしてるのだから、クリューネはアタフタしっぱなしだ。
そこで半分自棄になった彼女は、念話でアレクシス達とコンタクトをとり、案件を取り下げるよう誘導する作戦に出た。
『あ~もしもし勇者達よ。聴こえますか?』
「な、何だ? 急に頭の中に声が響いて……」
「わたくしもです! このような神託は過去に一度もなかった例ですよ!」
『落ち着きなさい、アレクシスにエレム、それ以外の者もよく聞きなさい。あたしは女神クリ……』
「「「「クリ?」」」」
(マズイわ、さすがにクリューネを名乗るのは危険過ぎる! 何とか他の名前を……)
『……コホン、失礼。あたしは女神クリームコロッケ。あなた達の活躍を見ておりました。ナイスファイトよ! じゃなかった、とてもナイスなファイティングでした』
そして咄嗟に出た名前が、以前アイリが夜食で食べていたクリームコロッケであった。
「おお、女神クリームコロッケ様! お誉め頂き光栄至極に御座います!」
女神から直々に言葉を授かったのがよほど嬉しかったらしく、アレクシスは目に見えないクリューネに対して頭を垂れる。
ただ残念なのは、クリューネがアレクシスの後ろに居る事であるが。
『そう畏まらなくてもいいのよ? っじゃなくて、もう少し楽にしていただいて構いません』
その一言で各面々の緊張が和らぐ中、逆にエレムはというと、始めての型破りな神託に興味津々といった感じで、徐々に暴走し始めようとしていた。
「あのぅ、一つお尋ねしたいのですが宜しいてしょうか?」
『ええいいわ……コホン、いいですよ?』
「女神クリームコロッケ様は何を司る神様なのでしょう?」
(ちょ、何でここでそんな質問が出るの!? そんなんどうでもいいじゃない!)
ここへ来て興味津々のエレムと、どうでもいいと考えてるクリューネの意思がぶつかり合い、更に混迷を極めようとしていた。
『え~と……コホン。あまり広めてほしくはないので、ここだけの話という事にして下さい』
「はい、勿論です!」
『え~、あたしが司ってるのはですね、実は一つだけではありません。複数のものを司ってるのです』
「た、例えばどのようなものを!?」
(食い付きが良すぎる! 例えばって、何をあげたらいいのよ……)
言葉につまるが、以前クリームコロッケの事を聞いた時にカニやエビ等の種類が有る事を聞いたため、今回はそれに乗っかる事にした。
『た、例えて言うならカニやエビ等です』
「カニやエビ……つまり海の神様という事なのでしょうか?」
『……それに近いかもしれません。それであたしか「も、もう一つお尋ねしたいのですが!」……何でしょう?』
「わたくしに神託を下される御方がオルド様なのですが、クリームコロッケ様はご存知でらっしゃいますか?」
(……こっちの台詞を遮ってまで言う事がそれ!? なんだってあのハゲジジィが出てくんのよ!)
エレムに神託を下した神オルドはクリューネよりも神格が上なので、普段ならハゲジジィ等と暴言を吐く事は絶対に無い……いや、陰でこっそり言うくらいならしてるかもしれないが、多分ない。
『オルド様はあたしも存じておりますが、あのハゲ……コホン、あの御方はあたしを知らないと思われます。何せかなり神格が上の御方なので、下にいるあたし等までは把握出来てないかと。なのでオルド様にあたしの事を聞いても機嫌を損ねる可能性がありますので、絶対に問い合わせは行わないで下さいね?』
「は、はい、畏まりました! あのぅ……もう一つお尋ねしたいのですが……」
(またぁ? もういい加減にしてよぉ……)
もう既にお尋ね事が一つでは無くなってるのだが、クリューネとエレム双方の頭からそんな細かい事は吹き飛んでしまっているらしい。
『そろそろ話を進めたいので最後にして下さいね?』
「はい、勿論です! ……え~、そ、それでですね、も、もしもなのですが、え~と、わわわわわ『落ち着きなさい。心が乱れてますよ?』は、はい! 申し訳ありません!」
『そういう時は、人という字を掌に書いて舐めると良いらしいですよ。……そうですそうです、そういう感じに……って、ナイフで傷つける必要はありません! そうです、指でただ書くように動かすだけです。はい、それで大丈夫です。後で口を濯いどいて下さいね?』
「は、はい。先程は申し訳ありませんでした。お陰で落ち着きを取り戻したようです」
ナイフで掌に彫ろうとしたハプニングが発生したが、一応は無事収まったようだ。
「では改めまして。もしもわたくしが挙式を上げる時、是非クリームコロッケ様からの祝福を頂きたいのです」
(それって聞きたい事じゃなくてお願い事よね? このエルフの娘、以外と図々しい気がしてきた……)
実際にエレムが図々しいお願いをしてるのは誰が見ても明らかで、リーガやミリオネは手を額に当ててため息をついているし、アレクシスは顔を青くしている。
唯一グロウスだけは無表情だが。
そんなエレムに対し、クリューネが下した決断は……
『出来ればそうしたいのですが、あたしも多忙な身でして、こうして会話を行う事が出来るのも後僅かなのです』
「そ、そうなのですか!? もっと色々お願いしたい事があったの『落ち着きなさい』も、申し訳ありません!」
さらっと追加で願い事があったエレムは、やはり図々しいという事が判明し、クリューネは強引に遮った。
『ですがエレム、貴女が願えばカニやエビ、ついでにトウモロコシ等が祝福してくれる事でしょう。……多分』
「はい! ありがとう御座います!」
パアァっと明るくなったエレムの顔を見れば本人が大変満足したであろう事が一目瞭然となったところで、漸く本題に入る事になった。
『それであたしからのお願いなのですが、アイリの銅像は建てないでほしいのです』
「「「「「え!?」」」」」
これには5人全員が驚く。
まさか女神に反対されるとは思わなかったからだ。
「し、しかしクリームコロッケ様、アイリは今回の魔女討伐では欠かせない存在でした。そんな彼女を抜きに僕達だけ持ち上げられる訳には……」
当然仲間思いのアレクシスは難色を示し、他の面々もそれに続きウンウンと頷く。
『勿論訳があります。アイリは異世界の勢力から命を狙われている状態にあるので、彼女の存在は秘匿しなければならないのです』
「そ、そうだったのですか……」
『そうなのです。ですからここに彼女が居たという痕跡を残すのは得策ではありません。分かって頂けますね?』
「そういう事でしたら……分かりました。このアレクシス、間違ってもアイリの存在をバラす事は致しません。皆もよいな?」
他の4人もクリューネに同意し、アレクシスの言葉に無言で頷いた。
さすがに自分達のした事でアイリに危機が及ぶのは申し訳なさすぎる。
こうなるとアイリ銅像計画は取り下げるしかなく、皇帝への報告にも名前を上げる事は出来ない。
残念ではあるが、アイリという存在は彼等の胸の中にとどめておく事に決め、ファルスの街へと帰還していくのであった。
「……ふぅ、何とか収まったわね」
そして漸く肩の荷を下ろしたクリームコロッケ事クリューネは、崩壊しつつあるムーザの邸へと足を踏み入れて行く。
アイリ「もっと別の名前は思い付かなかったの?」
クリューネ「そんな余裕ないわ!」




