破滅の魔女
前回のあらすじ
フォレストガーディアンとの2日間に渡る鬼ごっこの末、リーガとミリオネの2人と合流する事に成功。
更に都合よくアレクシス達もやって来て、無事歴史通りに転移する事が出来た。
しかし、度重なるアイリの挑発にマジギレを起こしてたフォレストガーディアンが、予定とは異なる動きでアイリを追撃してきた。
しかし、眠れる獅子を起こしてしまったフォレストガーディアンはアイリの猛反撃により大ダメージ。
最後はリーガとエレムによるり止めを刺す事に成功したのだった。
怒りを爆発させたアイリのお陰でフォレストガーディアンを撃破した勇者パーティは、意気揚々と魔女の居る西へと歩きだした。
ただし、微妙にアイリと距離をとりつつではあるが……。
「ねぇ皆、なんでそんなに離れて歩く訳?」
「い、いえ、そういう訳ではありません事ですわよ?」
「そうです、そうです。気のせいに決まってますぅ」
「せせせせせやなぁ。べ、別になぁ~んにもあらへんで?」
ガーディアンから逃げてる途中で予定通りアレクシス達と合流出来たから、転移した後にすぐ寝ちゃったのよねぇ。でもって今日起きたらご覧の有り様よ。
絶えず3メートル以上は離れて歩いてるから、私一人だけ取り残されてるように感じる。
「ねぇアレクシス、あの3人ったらどうしちゃったの? なんだかよそよそしい感じがするんだけど?」
「そそ、そうかなぁ? たまたまそういう気分なのかもしれないし、ま、まぁ気にしなくてもいいんじゃないかい?」
「でも昨日までは怯えるように私を見る事なんてなかったと思うんだけど」
「うん、まぁ、そういう日もあるさ。それより疲れてないかい? ちょっと休もうか?」
「へ?」
休もうかって、まだ1時間くらいしか歩いてないと思うんだけどんだけど……。
「別に疲れてないけど?」
「な、ならいいさ、うんうん。もし疲れたり眠くなったらすぐに言ってくれ。ちゃんと休憩はとるからさ」
「う、うん……」
流されるままに頷いちゃったけど、アレクシスもおかしいのよねぇ。妙に気を使われてる気がするし、歩いてる最中たまに右手と右足が同時に動いてるように見えるし、もしかして緊張してる?
そう考えると、唯一変わらないのがグロウスさんなんだけど……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「………っ」
「…………」
「…………」プィ
あ、黙って見てたら視線を逸らされた。
う~ん、こうしてみると、今日の朝から皆の様子がおかしいって事になるんだけど、クリューネは何か知らない?
『アイリ、あんた昨日何をやったのか、これっぽっちも覚えてない訳?』
何って……予定通り転移トラップに掛かって逃げる事ができたじゃない。
というか口調にトゲが有るように感じるんだけど?
『口調はともかく、よぉ~~~く思い出してみて? 昨日寝た後に何をしたのかを』
何をしたのかって……寝てたら何も出来ないじゃない。
精々夢にまであのクソゴーレムが出てきたから、思いっきり燃やしてやったくらいよ。
あれは清々したわ! お陰様で良い朝を迎えたわよ。
『はいそれ、夢じゃないからね? アイリは現実であのゴーレムを破壊寸前に追いやったのよ。この意味わかる?』
え? 現実? あれって夢じゃなかったって事?
『イェス!』
それって歴史がかわっちゃったって事?
『イェス!』
……この後どうなるの?
『あたしが知りたいわ! いい? 今回は5人共生きてるから問題無かったけど、誰かが死んだら取り返しがつかないのよ!? それだけは覚えといて!』
トゲがあるどころか、滅茶苦茶怒ってらっしゃいました……。
でもそれなら私がクソゴーレムに大ダメージを与えたから、結果的に援護した事になるんじゃないの?
『あの場だけを見ればそれでも良かったんだけど、親玉との戦いでアイリに頼る可能性が出てきたから正直微妙なのよ。まぁそれはいいとして、今後は余計な事はしちゃダメ! 特に必要以上に相手を挑発するのは絶対禁止よ!』
最終的には敵に対して過度に深く関わるのはダメって事になった。
なんでも、私が挑発を繰り返したせいで、クソゴーレムが転移して追ってきたらしいので。
そんなこんなで皆に距離を置かれつつ歩いてると、前方に怪しい邸を発見!
邸の周辺は、まるで生き物が生存出来ないかのように草木は生えてなく、地面は赤茶けてひび割れたレンガみたくなっている。
肝心の邸も、地面と同じようなブロックで出来てるみたい。
「これが魔女の邸……なのか?」
先頭のアレクシスが外壁を調べてる。手でコンコンと叩いたけれど、特に仕掛けが施されてるところは無いみたい。
グロウスさんが斧で叩き付けると、傷は全く付いてなく、やはりダンジョンなのだと認識させられる。
「一周してみたけど、横や後ろも同じような壁よ。この見た目で魔女の邸だと思うと、ちょっと肩透かしを食らった気分ね」
周りを調べてた3人が戻ってきた。
何の変哲もない普通の宿屋程度の大きさである事から、禍々しい魔女というイメージがつかなく、リーガは肩を竦めている様子。
「どないする? 入口はこの一ヶ所だけのようやで?」
ミリオネが視線を向けた先には鉄製に見える扉がある。入口がここにしか無いならここから入るしかないわね。
そこでアレクシスが意を決して開けようとしたその時!
ウィーーーン!
「「「!!!」」」
まさかの自動ドア!? 5人共驚いてるけど私もビックリよ! というかコレって歴史通りなの!?
『コレは大丈夫。詳しくは記述されてないから、それこそシャッターだろうが障子だろうがマンホールの蓋だろうが全然問題ないわ』
いくらなんでもマンホールの蓋はないでしょう……。
「よし、入るぞ!」
驚きはしたものの、魔女討伐という本来の目的までは見失わなかったらしく、罠がないか探りつつ慎重に進んでいく。
中は至る所に蝋燭が灯されてて非常に明るく、窓には黄緑色のカーテン、床は水色のカーペットが敷いてあって、とてもお洒落にみえる。
「こんなところに誰か住んでるのか?」
不審に思いながらも近くのテーブルに置いてあったグラスを手に取ったアレクシスは、普通のグラスだと分かるとすぐに元の位置に戻す。
私も窓際の棚に置いてあった花瓶を手にしてみたけど、やっぱり普通の花瓶ね。
というか花瓶にはトラウマがあるからさっさと元の位置に置いた。
「さすがにここに住んでる人はいないでしょう。神託でも誰しもが踏み入れぬ森とあったので、少なくともここに居るのは人以外の何者かという事になります」
「ほなやっぱり魔女の邸やな……よっと。なんや、食いもんは入っとらんなぁ」
とか言いつつミリオネはちゃっかり戸棚を漁ってるし。
それをやっていいのはゲームの勇者だけよ。
……でもこうしてみると本当にダンジョンなのか疑いたくなってくるわね。
私のダンジョンマスターとしての感覚はダンジョンだと告げてるけど……ん? 奥から足音が!
「お~やおや、こんな森の中にお客人とは珍しい。この老いぼれに用があるのかの?」
ヒタヒタと音を立てて現れたのは、黒いローブで全身を覆ったお婆さん声の魔女。
あのイメージしやすいトンガリ帽子は被ってないけど、見た目からして魔女だと自己紹介してる感じよ。
「……1つ確認したい。貴殿がかつて神々によって封印された魔女で間違い無いか?」
「ふむ、封印された魔女――のぅ……」
魔女は意味深に勿体つける。
杖をついてゆっくりと壁際まで歩くと、私たちに振り返った。
「だとしたら……どうするのじゃ?」
「フッ、決まってる。我が使命は魔女を倒し、再び封印する事にある。つまり――」
「貴様を討つ!」
アレクシスが剣を構えると、既に臨戦態勢を整えていた皆が魔女を囲むように展開する。
当然私もそれに加わり、油断無く構えた。
「フェッフェッフェッ! そうかいそうかい。お主が勇者だったかや。ならばこの破滅の魔女ムーザが全力で相手をせねばのぅ」
「笑ってられるのも今のうちやで!」
先手必勝とばかりにミリオネが早射ちを決行。素早く放たれた矢がムーザに迫り、胸部へ突き刺さる。
けど!
「フェッフェッフェッ! どうしたぇ? 今何かしおったかのぅ?」
「う、嘘やろ? こんなヨボヨボ婆さんがあんなに深く突き刺さった状態で、痛みも感じひんて!」
確かにおかしい。ミリオネの言う通り、まるで痛覚が無いみたいに見える。
「さぁて、手癖の悪い獣人には仕置きが必要かのぅ、フェッフェッフェッ!」
ムーザがくるりと杖を回転させ、床を軽くトンと突く。
すると天井からジャラジャラという擬音とともにギロチンがミリオネ目掛けて落下してきた!
「ミリオネ、上だ! 避けろーーーっ!」
「ヒィ!? ……ギャァァァ!」
アレクシスの警告もあり真っ二つにされる事はなかったものの、片腕がスッパリと切断されてしまった! 流血する腕を庇って後ろに下がったミリオネは、すぐさまエレムによる回復魔法を施される。
『マズイわアイリ、ミリオネはこの戦いで部位欠損はしない筈なのよ!』
え? それってどういう事? 私何もしてないわよ!?
『分かってる。でも記述では五体満足だったと記されてるから、やっぱりおかしいわ! 普通の回復魔法だと復元しないし、エリクサーを使ってあげて!』
そうしたいけど、それならいっその事、私が本気をだしてもいいわよね?
『……やむを得ないわ。この5人が死んだら全ての苦労が水の泡だし、こうなったら手遅れになる前に叩きのめしちゃって!』
よし、クリューネの許可が出たところで反撃開始よ! まずは痛みを感じないトリックを調べないと。
「クソッ、よくもミリオネを……くらえ、バレットスプラッシュ!」
アレクシスによる超スピードの多段突きがムーザを襲う。
ローブが切り裂かれて痛々しい事になってるんだけど、やっぱり何の反応も示さない。
「フェッフェッフェッ! 次はお前さんの番かい?」
さっきと同じ仕草で杖を動かして何かを発動させる気のようだ。
すると今度はアレクシスの足元がパカッと開き、そこへ落下していく……ところをとっさにグロウスさんが手を掴んで引き上げた。
開いた底には剣山が設置されてて、落ちたら串刺しよ!
「2人共離れて!」
アレクシスが引き上げられた直後、詠唱してたリーガがムーザに向けて発動させる。
「これならどう? 仇なす汝へ杭を打ち、大地を這いずり糧となれ――ロックフォール!」
ムーザの頭上に出現した大岩が覆い被さるように押し潰す。
メキメキメキという嫌な音と共に床に広がる血が……え? 血が無い!? それに……
「な! 消えた!?」
大岩が消滅した場所にはムーザの姿は無く、代わりにあの不愉快な声が邸に響く。
『フェッフェッフェッ! 中々どうして酷い仕打ちじゃ、普通なら惨劇じゃぞぃ。もう少し年寄りを労ってほしいものじゃのぅ』
「何処だ! 姿を現せ!」
声を張り上げるアレクシスと一緒に辺りを見渡す。
すると再び邸の奥から姿を現した。
「ほれ、姿を現してやったぞぃ?」
「く……面妖な奴め!」
「希望通りにしてやったと言うに酷い言いぐさじゃのう。やはり罰を与えねばな」
杖を操り3度目のトラップが発動する。
アレクシスは注意深く身構えてたけど、発動したのはリーガに対してだった。
彼女の周囲に出現した石の壁がそのまま押し潰そうと動き出す。
「ロックバリアー!」
けどリーガも伊達に賢者と言われてる訳ではなかったようで、予め予想してた結果となったのをみて自身にバリアを張る。
同じ属性のトラップだったせいもあってか、石の壁は役目を果たさずに消え去った。
「ほほぅ、中々やるのぅ。ならばこれでどうじゃ?」
ここで予想外の事が起きる。再びリーガに対して仕掛けられると思っていたトラップが、今度はエレムとミリオネをターゲットにしたのよ。
「キャ!?」
「ウワァァァ!」
足元が開き、そのまま落下していく2人!
そのため私も慌てて後を追って穴に飛び込むと、穴は消え去った。
「あ、ああ……う、嘘だろ? 3人共……」
「そんな……エレムーーッ! ミリオネーーッ! アイリーーッ!」
「……くっ!」
「なんじゃなんじゃ、他愛もないのぅ。フェッフェッフェッ!」
絶望する3人と、まるで相手にならないとでも言いたげなムーザ。
しかし、そんな雰囲気もほんの一分でぶち壊される事となる。
ズガァァァァァァン!
と、ド派手な破壊音を伴って床を突き破って何かが地上へ飛び出てくると、土埃が舞い上がり視界を塞ぐ。
「「「「!?」」」」
昨日ぶりに顎が外れそうになるくらいの驚き顔の3人と、言葉を失ったっぽいムーザの意思が1つになる。
いったい何が起こったのかと。
「なななな、なんじゃ、いいいったい何が起こっておる!?」
何とか言葉に出来たムーザに答えるように土埃が晴れ、中から現れたのは床下に落ちた筈の3人。
つまり……
「あの程度で死ぬ訳ないでしょ。調子に乗んじゃないわよクソババァ!」
額に青筋を浮かべたアイリが――つまり私よ私! 私がエレムとミリオネを両脇に抱えて戻ってきたって訳。
あ、ミリオネの腕もちゃんと治療済みよ?
「くぅ……おのれ、いったい何をした!?」
「別に何も? ただ強引に出てきただけよ。まぁ少しは魔法も使ったけどね」
ムーザの問を流しつつ2人を下ろして周囲を探る。
恐らくあのローブの奴はただの操り人形よ。
リーガのロックフォールを食らって潰れるところを見たんだから間違い無いわ。
つまり本体は別にいる。ここがダンジョンなら――
見つけた!
「アレクシス、奥よ! 奥に見える暖炉の炎、あれがダンジョンコアに相当する筈よ!」
「何!?」
魔力がより濃く集まってる場所、私のダンジョンだとアイカ本体から魔力が溢れていた。
だから間違いない!
「お、おのれぇ、そうはさせるかぁ!」
ムーザがトラップで妨害しようと動く。
アレクシスの足元が開いたのですぐにダッシュで抱えあげると、奥に向かって投げ飛ばした。
「お願い!」
「任せろ! デェェェッドエンド……スマァァァシュ!」
勇者アレクシスの一撃が、暖炉の炎としてカモフラージュされていたダンジョンコアに炸裂した! ミシミシという音を立ててコアから徐々に光が漏れ出す。
「おぉぉぉ……覚えておれぇ! 儂ぁ不滅じゃ! いつか……いつかまた、地上に這い出てやるぞぉぉぉ……フギャァァァァァァ!」
やったぁ! 上手くアレクシスに討ち取らせる事が出来たわ! これで歴史通りよね!
フィキーーーーーーーーン!
「な、何、これ……」
突然私以外の時間が停止したみたいに固まってる!
アレクシスは剣を振り下ろしたまま動かないし、囮の方のムーザも何もしようとしない。
これはいったい……
パチパチパチパチ
「フフフ……、中々楽しいショータイムだったわよ。」
背後から拍手する音が聴こえたのと同時に若い女性の声がしたので、振り向き様に剣を構える。
「誰!?」
そこには椅子に腰掛けてる黒髪セミロングの女が、私を不適な笑みで眺めていた。
「あら? 名乗ってなかったかしら? 私はムーザよ。確かさっきも名乗ったと思ったのだけれど」
ムーザ!? でもムーザは老婆みたいな声だった筈……
「ああ、あの声はダミーよ。何となく魔女っぽい雰囲気を演出してみたの。よく出来てたでしょう? フフフ」
演出って、ふざけてるのコイツ?
「じゃあ改めて、貴女の名前を聞かせてくれるかしら?」
「……アイリよ。別に覚えなくてもいいわ」
「あらあら、そんな事言っちゃダメよ? 折角良いお名前なんだから。でも自己紹介は正しくするものよ――」
「天前愛漓ちゃん?」
コ、コイツ、どうして私の名前を!? 加護によって本来の名前は鑑定しても見えない筈じゃ……
アイリ「もしかしてババァ声が本物で、若い女の声が作り物だったりして……」
ムーザ「フフフ……ブチ殺すわよ?」




