閑話:天界での進展
イグリーシアの元祖
今から1000年以上前に誕生したイグリーシアだが、いつから存在したのかという部分に関しては神であっても正確には分からない。
地上の生物達がいつの間にか誕生してたように、神々も気付けば存在していたのだ。
だが分かる範囲で記述するのであれば、一番最初に地上に誕生したのは魔物であり、そこから先に進化を遂げたのが魔族と動植物という事になるのだが、これらは進化――というよりは変化という表現の方が正しく、魔物に含まれる魔素というものが薄れた結果、理性を持った魔族と本能が優先された動植物とに分かれたとされている。
では人はどのようにして誕生したのか。
実のところ人の祖先は魔族であり、更に追記するとドワーフとエルフも元を辿れば魔族だったという事実に行き着く。
だが人間、ドワーフ、エルフという種族は魔族から進化したとは言えず、寧ろ退化してると言えるだろう。
何故なら先の3つの種族よりも、魔族の方が肉体的にも魔力的にも優れているからだ。
つまり魔族から魔力が退化したのがドワーフであり、魔族から身体能力が退化したのがエルフであり、魔族から均等に失われたのが人間という事になる。
それに加えて神々の尖兵として戦った獣人を加えた4つの種族が、イグリーシアの大地で暮らしているのが現状である。
だが肝心の異世界勢力については不明な点が多く、今も詳細には至っていない。
再び侵略してくる可能性も残されており、その対応策として見出だされたダンジョンマスターによる――。
パタン……
「ふむ……改めて読み返してみると、これは既に僕が誕生する前の出来事になるのでしたね」
ミドルーシェの発言を元に自室で書物を読み耽っていたミルドだが、アイリにスマホを与えた存在は依然として不明のままだ。
(僕がミルドとして存在する前まで遡ってみましたが、やはりアイリとの接点は確認する事は出来ませんでした。可能性が有るとすれば彼女を利用してこの世界の侵略を目論むという推測を立てましたが……どうやら空振りのようです)
そこまで考え一旦お茶で喉を潤すと、再び思考に入る。
(そもそもスマホをアイリに与えるというのも些かピンポイント過ぎる気もしますし、異世界勢力とは無関係と考えた方がよいのかもしれません。しかしそうなると益々謎が深まってしまいますねぇ……)
「ミルド。調べものはどうですか?」
「ラフィーネですか。進展ありと進展なしの半々といったところです」
背後から現れたラフィーネに一旦は顔を向けるが、直ぐに姿勢を戻しつつ新たな書物を手に取った。
「そうですか。手が掛かるようならクリューネに手伝わせてもいいのですよ?」
「はぁ……クリューネですか。余計な神経をすり減らしたくはないので、それは遠慮しときますよ」
クリューネという単語を聴いて疲労度が増したミルドは、抗議するような視線をラフィーネに向ける。
「それに彼女は頻繁に地上に降臨してるようなので、手伝う隙はなさそうですがね」
降臨してる……と言ってもその行き先は主に一ヶ所のようだが、ラフィーネは気に召さないらしく、眉を吊り上げてしまう。
「件のダンジョンマスターの所ですか……。妙に肩入れしてるようですし、1度言い聞かせてた方が良さそうですね」
「……ふむ、その様子だとお嫌いのようですが、本人は良い子だと思いますよ?」
「嫌ってる訳ではありません。益々サボりがちになる原因を担ってるようなので、頭が痛いだけです」
「妹を取られた姉の心境ですか?」
「……怒りますよ?」
「失言でしたか。決して冗談で言った訳ではないのですが、一応謝っておきましょう。申し訳御座いませんでしたね」
天然なのかわざとなのか全く分からないミルドに対し、毒気を抜かれたラフィーネは溜め息を1つ着くと、話題を代える事にした。
「はぁ……もういいです。それでアイリという少女の件ですが、半分は進んでると仰ってましたが、何が分かったのです?」
「アイリ本人に掛けられた呪いですよ。ついに誰が掛けたのかが明らかになりました」
(それなりの時間を要しましたが、ほぼ99%間違い無いでしょう。残りの1%は何かの間違いであってほしい……という希望的感情なのですがね)
「そうですか。しかしその割りには表情が優れないように見えますが?」
「まぁ……色々と複雑なのですよ」
(こればかりは思わず頭を抱えたくなりましたね。何度か調べ直したくらいですので。ですが結果は変わらず……でしたがね)
「左様ですか。ではわたくしは失礼させていただきますね。これ以上邪魔をするのも忍びないので」
そう言い残し、ラフィーネはその場を去って行く。
残されたミルドは再び思考を繰り返すが、やはり表情は優れないままだ。
(僕の本心は判明した事実を信じたくありません。しかし無情にもこれが事実であるなら、呪いを掛けた彼女に直接聞くしかありません。そこで真意を確認する……今僕に出来るのはそこまでです)
「あ、いたいた、こんな書物どっさりな所で調べもの? それとも本が好きなだけ?」
本を掻き分けて現れたのはクリューネ。
ミルドを探して書庫へやって来たらしい。
「どちらかと言えば後者ですが、今はその事は置いときましょう」
「そうね。あたしとしても大量の本に囲まれてると思うだけで頭痛がしてくるし。それであたしに話があるんだって?」
「そうです。大事な事ですので真面目に答えて下さい」
いつになく緊張感のある真顔になったミルドは、真っ直ぐにクリューネに顔を向けると、一字一句ハッキリと口に出した。
「クリューネ、貴女はアイリに対して何らかの術式を施したりしていませんか?」
「は? なにそれ?」
ミルドの言ってる事が分からないようで、首を傾げながら聞き返してくる。
「例えばですが、呪いの類を掛けたとかはしてないか……という質問です」
「はぁ!? ちょっとアンタ何言ってんの? あたしがそんな事する理由がないでしょ!?」
「……本当ですか?」
「嘘ついてどうすんのよ! そりゃちょっとした事故が起こって器物破損で弁償させられたりしてるけど、そんな事で呪いをかけたりする訳ないでしょ!? それとも何? あたしがそんな些細な事で怒るとでも言いたい訳!?」
少々斜め上を行く反応では有るが、クリューネが嘘を着いてるようには見えない。
いや、実際に神が偽りの発言をする事は出来ないので、少なくともクリューネが意図して呪いを掛けたという事は否定された事になる。
そのため、それを確認出来たミルドはホッと胸を撫で下ろすのであった。
「分かりました。それが確認出来ただけでも満足です。器物破損というフレーズは聴かなかった事にしましょう」
「本当? なら今すぐ忘れてちょうだい。お姉ちゃんに聴かれたらメッチャ怒るから、絶対内緒よ? じゃあ宜しくね!」
あまり書物を目にしたくないクリューネは、風のように去って行った。
「どうやらクリューネが意図的に呪いを掛けた訳ではないようですね。しかし……」
かえって謎が深まる事になってしまい、腕組みをして目を瞑ると考えを纏めた。
(呪いを掛けたのはクリューネで間違いないのも事実。となれば、無自覚に掛けてしまった可能性ですが……いや、さすがに呪いを無自覚に掛けるのは無理があります。ならば考えられるのは……)
「過去、もしくは未来に置いて、呪いを掛ける事になった何かがある!?」
(これは僕1人では手に負えない案件になりそうですね……)
ラフィーネ「クリューネ、この請求書は何なのです?」
クリューネ「歌唱力を高めた結果です……」




