恐怖の仕掛け
前回のあらすじ
豪邸ダンジョンの2階を捜索し終えたアイカとセレンに、アンジェラからの念話によりアイリが転移トラップに掛かってしまった事を知る。
そこでアイカはドローンによるアイリ捜索を決断し、アイカ達3人は引き続きダンジョン内の捜索を継続するのであった。
ギギィィィ……
両扉をゆっくりと開けて中を覗いてみる。
そこはごく普通のボス部屋で、唯一普通じゃないのは、奥の方に5人の子供達が身を寄せて震えてる構図であった。
「あの村の子供達のようです。ですが尋常ではないくらい怯えて見えるのですが、どうしたのでしょう?」
「むぅ、――分からんが直接聞くしかあるまい?」
アイカ達を見て怯えてるのを見る限り、村でモンスターの召喚を行ったのが原因かもしれない。
そう思い、怖がらせないようにゆっくりと近付いていくのだが……
「こ、来ないで! 来ちゃダメ!」
1人の子供が叫ぶ。
すると続くように他の子供も叫び出した。
「こっちに来ないで!」
「それ以上近付くな!」
「まだ死にたくない!」
「来るなよ!? 絶対来るなよ!?」
必死に来るなといい続ける子供達に違和感を覚える。
村では大人達を監視目的で召喚を行ったが、虐殺は行ってない。
なのに必要以上に怖がってるのはおかしな事であった。
「どうするのじゃ? 強引に近付くか?」
「いいえ、かなり警戒されてる事ですし、わたくしならではの策を実行します。子供達を篭絡させるにはコレが一番でしょう」
やけに自信ありありなアイカが取り出した――もとい召喚したのは、甘党なら皆がかじりつくであろう板チョコであった。
「良い子の皆さん、チョコレートが欲しい人は差し上げますよ。さぁこちらへ」
しかし子供達の方はと言うと、頭に?マークを浮かべて困惑してる様子。
「何だあれ?」
「チョコレート?」
「見たことないよね?」
「うんうん」
「ウ〇コ?」
とまあ、アイカが掲げてるのが何なのか分かっていなかった。
「作戦~、失敗ですね~♪」
「むぐぐぐ……、盲点でした。まさかチョコレートを知らない子供達が射るとは……」
アイカはこう言うが、庶民の子供が――いや大人であってもチョコレートを知ってる者は居ない。
そもそもチョコレート自体、転生者か転移者しか作り出そうとする者が居ない世界なので、大半の者は見る機会すらないだろう。
「こうなっては仕方ありません。強引にでも捕まえて事情を聞き出しましょう」
ここで強行策に出たアイカであったが、当然子供達からは悲鳴が上がる。
だがある程度近付いたその時!
ボンッ! ボンッ!
何かが破裂する音が鳴った。
見れば子供達の居る場所には大きな血溜まりが二つと、その周囲に飛び散った肉片が散らばっていた。
「こ、これはいったい……」
困惑するアイカだが、考えてる間も無く残り3人の子供達が、手にしたナイフを振り回しアイカに突進してくる。
訳も分からず応戦するアイカに、子供達は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら訴えてくる。
「嫌だよ、死にたくないよ、助けてよ!」
泣きながら襲ってくる姿に違和感は最高潮に達するが、どうしていいか分からず数分が経過する。
ボンッ!
「な!?」
アイカの目の前で1人の子供が破裂した。
肉片と血が大量に降りかかるが、気にしてる余裕はない。
「も、もうダメだぁ! うわぁぁぁ!」
1人の子供が自棄になりボス部屋から出ようとするが……
ボンッ!
やはり他と同じように破裂する。
そして最後に1人だけ残されたのだが……
「……ごめんね、お姉ちゃん」
「――あ!」
その最後の1人は、アイカによくなついてるヨム族の少女ラナと重なって見えた。
少女はアイカに頭を下げると、駆け足で離れていく。
アイカはハッとなり呼び止めようとするが……
ボンッ!
他の子供達の後を追うように破裂した。
「………………」
僅か数分の内に5人の子供達が犠牲になったのを目の当たりにし、その場には重苦しい空気が流れていた。
しかし、そんな空気を変える声が何処からか聴こえてくる。
『ハハハハ! いやはや中々の見せ物だったよ。久々に感動させてもらった』
「誰です!?」
『既におおよその見当はついてるのではないかね?』
ここはダンジョンのボス部屋である。
あの子供達がボスであったなら、それを倒したアイカ達に声を届けるような存在と言えば……
「この悪趣味なダンジョンのダンジョンマスターであろう?」
『悪趣味と言われるのは心外だが……まぁその通りだ。見事ボスを倒した事だし先に進みたまえ。このダンジョンはまだまだ発展途上だが、今現在は3階層だ。来ようと思えば来れるだろう』
まるで来るなら来いとでも言いたげな感じで促す。
「目的は何です? 何のためにこのような事を? 子供達を玩具のように扱ったのにはどんな理由があるのです!?」
すかした態度のダンマスに刺のある口調で尋ねる。
アイカとしては子供達を殺す意思は無かったが、結果的に殺してしまったという罪悪感と、そのように仕向けたダンマスに憤りを感じていたのだ。
だが逆にダンマスの方は熱が籠った質問だと思い込み、嬉しそうに語りだした。
『そうかそうか、そんなに知りたいかね? ならば答えてやろう。私はね、生物に宿る恐怖というものを研究してるのだよ』
「恐怖……ですか?」
『そう、恐怖だ。生き物には皆恐怖というものが備わっている。対人関係が上手くいかなという恐怖。仕事が上手くこなせないという恐怖。魔物に襲われるという恐怖。それら恐怖を感じた時、いったいどのような行動に出るか。精神状態は? ステータスは? 上げればきりがないのだが、つまるところ、どのような変化が起こるのか。それは生きていく上で有益なのか否か。例えば……
恐怖を上手く作用させ、生き物を管理下に置くことが出来るのか』
得意気にペラペラと喋りだすが、今この場に理解してる者はいない。
寧ろそのような事に興味はないだろう。
「あなたの仰る事はよく分かりません。そもそも恐怖というテーマを研究するのなら、無関係な者を巻き込むべきではないでしょう。何故あのような卑劣な真似を!」
明らかにアイカは怒っていた。
最初こそこの感情が分からなかったものの、自分と親しい者が永遠の別れを告げるという事はどのように感じるか。
皮肉にもこのダンマスのお陰で理解してしまった。
だがそんなアイカに対し、なぜそのように怒るのか逆に理解出来ないという考えを持っているのが……
『たかが子供数人ではないか。何故そのように怒りを表す? そもそも君達とあの子供達は無関係ではないのかね?』
「無関係かどうかはこの際関係ありません! あなたの行った事が問題なのです! どうせ村の大人達に盗賊を強要してるのもあなたなのでしょう?」
『きみきみ、冷静さを失ってるぞ? 何でもかんでも私のせいにすべきではない。そもそも私が命じたのは、このダンジョンに人を寄せ付けるなという内容であって、盗賊行為をしろと命じた覚えはない。言わば彼等は盗賊行為に味をしめたのだよ』
「――え?」
『信じられないかね? だが私は嘘は大嫌いでね、誓って本当の事だと断言しよう』
残念ながらこの男の言ってる事は真実で、最初は通行人を追い払う程度だったのが徐々にエスカレートし、今では簡単に金品を奪える盗賊行為に味をしめてしまったのだ。
更にそれだけでは飽き足らず、美人局やスリまで行うようになってしまっていた。
『だが子供達は中々優秀だったようだ。邪魔者が現れたら必ず伝えるように命じてたのでね、それをキチンと遂行してくれたよ。もっとも、そうしなければ死の呪いが発動するように施してたので当たり前ではあるのだが』
「死の呪い……まさか!?」
『気付いたかね? あの子供達はある条件を満たした時、その場で即死するように仕込んでおいたのさ』
その条件は次の通りだ。
1人の子は見知らぬ者が一定の距離まで近付いたら発動する。
1人の子は他の子供の誰かが死んでしまうと発動する。
1人の子は他の子供が死亡したら、その原因を5分以内に取り除かなければ発動する。
1人の子は他の子供3人以下になったら発動する。
1人の子は最後が自分だけになったら発動する。
全員が共通の条件として、村に見掛けない人物が現れたら必ず報告するのと、呪いを他人にバラしてはならないというものだ。
『だが呪いが不完全なためか、発動までに少々タイムラグがあったようだが……。まぁ今後の課題だな』
「あの大人達は兎も角、あんな子供達まで利用するなんて、あなたは狂っています! お姉様風に言わせていただくと、あなたはマッドサイエンティストのような悪趣味な存在に分類されるでしょう!」
『ほぅ、マッドサイエンティストか……。うむ、中々良い響きだ。これからはマッドサイエンティストのファウストと名乗ろう』
ファウスト――それがこのダンジョンのダンマスの名前であった。
「名乗るのは勝手にせい。それよりもじゃ、妾達の仲間はどこへ転移したのか貴様はしってるのであろう?」
『仲間? ――ああ、そういえば少し前に転移トラップに掛かったのがいたな。久々だったので忘れていたよ。だが安心したまえ、転移先のベタンゴートは手駒を欲しがってるようだからな、すぐに始末するような事はあるまい』
(ベタンゴートですか。――確かこの辺り一帯の領主でしたね。つまりここのダンマスは、ベタンゴート侯爵とグルという事に……)
「あなたはベタンゴート侯爵と、どのような関係なのです?」
『ああそれか。それはな――と言いたいところだが、ただ答えるだけではつまらんしな。3階層まで来たまえ。そうしたら答えてやろう』
そう宣言すると、それっきりファウストの声が聴こえなくなった。
「元より行くつもりでしたが、尚更行く必要が出てきましたね」
(このファウストという男、――絶対に許せません!)
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
アイカ達がファウストというダンジョンマスターと対話してる頃、アイリはというと、牢屋の中で寛いでいた。
だがそれにも理由があり……
「あ~、その~、レイネ? 別に取ったりしないから落ち着いて食べてね?」
「ハグハグハグ――んく! あ、ゴメン。何か言った?」
「いえ、何でもないです……」
レイネは昨日の夜に連れて来られたらしいんだけど、その時から何も食べてないみたいなのよ。
本当はさっさと脱出したいんだけど、腹が減っては何とやら――ってね。
アイテムボックスに入ってた菓子パンを、レイネに分けてあげたわ。
「ふぅ……ありがとうアイリ! 本当に昨日から食べ物も飲み物も無くて。それに1人だけだったから……」
そうよね、普通こんな鉄格子の中に1人で放置されてたら心細いわよね。
「でも大丈夫よ。こんなとこはさっさとバイバイしちゃいましょ」
「うん! って、言いたいけど、どうやって脱出するの? それに外にはあの人形モンスターが彷徨いてる筈よ?」
本来なら番兵が来たところを鍵を奪って――というのが定番なんだけど、昨日から誰も来てないという事は、暫く放置して弱らせるつもりなんだと思う。
なので強行突破する以外方法はない――って事で……
「熱き鼓動で打ち砕け、フレイムキャノン!」
ズトォォォォォォン!
これでよし! 関取でも余裕で通れるくらいに鉄格子をブッ壊してやった。
「ほらレイネ、ボケッとしてないで行くわよ」
「え? ええ、そうね」
大口を開けて驚いてるレイネの手を引いて、一先ず牢屋から脱出する事にした。
レイネ「ねぇアイリィ、お腹すいちゃった♪」
アイリ「まさかのアイカ2号!?」




