異変……?
前回のあらすじ
ミリオネックの首都を目指すアイリ達は一旦湖底ダンジョンの近くに転移すると、そこから最寄りのリノという街に向かった。
そこから更に北東に進むと、以前救出したシャイミという獣人を眷族にしてる豪血のダンジョンがあり、そこで一夜を明かすのであった。
豪血のダンジョンで1泊した次の日の早朝に、東に向かって出発した。
この先の村までは丸1日かかるけど、天気は良いし夜までには着くでしょ。
「お姉様、何故東に向かうのですか? そちらは危険だと豪血様が仰ってたじゃないですか」
「勿論ちゃんと覚えてるわよ。知的好奇心で行く訳じゃないわ」
昨日寝ながら考えてたんだけど、犯罪者も集まるって事は、怪盗アオダヌキもそこに居る可能性が高いと思うのよ。
危険だと分かってて近付く一般人や冒険者はいないだろうし、領主と犯罪者がグルなら潜伏先としては最高の条件じゃない?
「ふむ。つまり主は怪盗アオダヌキを捕縛するために、危険を冒してまでそこへ向かうというのだな?」
アンジェラはこう言ってるけど、ぶっちゃけアンジェラの方がよっぽど危険なんじゃないだろうか? 勿論犯罪者諸君にとってだけど。
だいたいアンジェラに勝てるやつなんて、リヴァイしか思い付かないんだけども。
それに……。
「私だって油断するつもりはないからね」
「うむ、結構。しかしリヴァイのやつはいちいち小うるさくてのぅ……」
歩きながらアンジェラの愚痴が始まった。
リヴァイは戦い方にセンスを求めてくるらしくて、色々と口出しするのだとか。
言われてみれば納得かもしれない。
アンジェラは割と大雑把なのに対して、リヴァイは細かいところが多いから。
「だいたいじゃな、妾が……主よ、どうやらお客人のようだぞ?」
アンジェラが会話を中断した。
今現在、左右に広がる岩山の間――馬車が2台通れるかくらいかな? って感じの道を通ってるんだけど、どうもその先にある開けた場所で複数の生命体が待ち伏せをしてるっぽい。
「盗賊か魔物か分かんないけど、ちゃっちゃと返り討ちにしましょ。もし盗賊だったらアオダヌキの事を知らないか聞いてみるって事で」
警戒しつつ進むと予定通り開けた場所に出て、左右の茂みから武装した男達が姿を現した。
「おうおう、こいつぁ中々の上玉だ! 今日はついてやがるぜ!」
「貧相な旅人が来たのかと思いきや金の塊じゃねぇか!」
「フヘヘヘ、数も多いですし、ちぃと味見してもいいですかね? ヒヒヒヒ!」
完全にカモ扱いされてるけど御託に付き合う義理はないので、そのまま正面の男を殴り飛ばし、その勢いを利用して隣に居た男の顔面に回し蹴りをブチかます。
「ガッ!?」
「ブォッ!」
「「「……ハ?」」」
突然の事に、他の連中は何が起こったのか分かってないっぽい。
だけどそれで手を緩めてやるほどお人好しじゃない。
そのまま後ろの方に居たリーダーっぽい大男に一気に詰め寄ると、思いっきりアッパーカットを食らわせ顎を砕いてやった。
「グモモモグボォ!」
大男は激痛に喘えぎ、顎を押さえたままその場でのたうち回った。
大男がやられたところで漸く自分達が襲われてると理解した賊共は、剣を振り回して反撃してくる。
けれど既にアンジェラとアイカも参戦してるので、瞬く間に数を減らしていく。
「チキショウ! なんなんだコイツら!」
「こ、こんなに強ぇとは聞いてねぇぞ!」
今頃になって騒いでも遅いわよ。
コイツらが誰を襲ったのか、しっかりその身に刻んでやるわ。
「くそ、舐めやがって!」
1人の賊がアイカに斬りかかっていく。
「遅いですよ。その程度のスピードではわたくしを捉える事など出来ません」
身体半分を横にずらして斬り下ろしを回避すると、背後に回り込んで前へと押しやる。
すると丁度アイカの後ろから斬りかかろうとしていた男の前に躍り出る形になり、バッサリと斬られてしまった。
「ギャァァァ! テ、テメェェェ」
「す、すまねぇ!」
まさか仲間を斬ってしまうとは思っても見なかった男は慌てて剣を抜き、アイカに向き直ろうとするが……
「ど、どこいきやがった!?」
そこには既にアイカの姿はなく、代わりにと言った感じで上空から何かが降ってくる。
その影に気付いた男は空を見上げると、それと同時に巨大なタライが男の顔面に命中した。
ゴォォォォォォン!
「ブフェ!」
タライの直撃によりフラフラとその場に倒れ込んだ男の顔が、タライの底にくっきりと残っていた。
そして倒れた男の背後に居たアイカは、それを見て満足そうに頷く。
「名シーンの一つとしては中々の出来ではないでしょうか?」
意味不明であった。
一方のアンジェラも物足りないながらも賊共を蹴散らしていた。
「ほれほれどうした、妾をもっと楽しませてみよ!」
「グァァァ、ヤメロォォォ!」
「ヒ、ヒィィィ!」
剣を振ればへし折られ、逃げようとすれば引き倒されという、まさに鬼教官が部下をシゴいてるかのような状態を再現していた。
この様子だと雑魚はアイカ達に任せて大丈夫そうだから、私はコイツらのリーダーを尋問しよう。
グググググ……
「アレ? 今なにか……まぁいいや。ほらアンタがリーダーなんでしょ? 私の質問に答えなさい」
するとリーダーの男は相変わらず顎を押さえたままの姿勢で、涙目になりながら私を睨んでくる。
グググググ……
中々強情な奴ね。
こんな連中のために時間を無駄にしたくないし。
グググググググ……ギュュュン!
うっ……なんだかさっきから寒気がするような……風邪でも引いたのかな? いや、そんな事よりコイツよ。
こんな……こんな……こんナ反コウてキなタイどをするヤツハ……
『殺してしまいましょう。フフフ』
「グガァァァ! アガアガアガアガァ!」
気付いたら剣を突き刺していた。
それこそリーダーの大男のいたるところを何度も何度も何度も何度も。
地を這って逃げようとする大男の太股を剣で縫い付けると、ファイヤーボールでその身体を炙り続ける。
「ギョエアグアガボアジゥガァァ!!」
最早悲鳴にならない悲鳴を上げるリーダーの大男。
本当は尋問する筈だったのに何故こんな事をしてるのか、私自身も分からない。
ここでやっと異変に気付いたアンジェラが止めに入ってくれた。
「主よ、しっかりせい! いったいどうしたというのじゃ!?」
「そうですよお姉様、まるで別人のような感じさえしました」
止められた反動で剣を落とし、その場に力なくへたり込む。
「ありがとうアンジェラ。でも私にもよく分からないのよ、何故か身体が勝手に動いたというか……」
周囲を見るとセレンや他の盗賊達まで信じられないという顔で見てくる。
中にはあまりの事に失禁してる者まで……。
「お姉様、ここはわたくし達に任せて、少し休んでて下さい」
「ありがとう。そうするわ……」
尋問はアイカ達に任せて、離れた場所で休む事にした。
別に疲れてるとかは無い筈なんだけど、何故か意識が奪われそうになるというか……。
それから私の居ないところで盗賊への尋問は無事終了した。
辛うじて生きていたリーダーを回復してやると、こちらの質問には全て素直に話したらしい。
時折私の方をチラチラと怯えるように見てきたところから、かなりの恐怖を植え付けてしまったようだけど、正直自業自得だから哀れには思わない。
それよりもコイツらのアジトなんだけど、衝撃の情報がもたらされたのよ。
「村がアジト!?」
「らしいのぅ」
何と驚いた事に村全体が盗賊のアジト――というより村人が盗賊――らしく、村から出てあちこちに窃盗や強盗を行いに出ているそうな。
子供はスリがメインで、大人は強盗や美人局といった計画的な事を実行してるのだとか。
「出稼ぎというやつですね、お姉様?」
出稼ぎって……まぁそうなんだけど、稼いだお金は相当汚れてると思うけどね。
これはもう救いようが無いわ。豪血が知ってるって事は、恐らくかなり前からやってるんだろうし。
それとは別にアオダヌキの情報は誰も知らないらしい。
いや、アオダヌキは偽名かもしれないから、もしかしたらって事も有り得るか。
あとこの辺りの領主はベタンゴートって男で侯爵の地位を得てるらしい。
証拠は見つかってないけど、何かと黒い噂が絶えない人物らしいから、探りを入れてみる必要があるかもしれない。
「じゃあまずは盗賊の村に行きましょ。コイツらは面倒だからここで放置しといて」
「ま、待ってくれ、こんな怪我した状態で放置されたら魔物にやられちまう!」
「そうだそうだ、人通りが少ないとはいえ魔物は出るんだぞ!?」
で、自らが犠牲になりそうになったらこうなると……。
「セレン、うるさいから黙らせて」
「は~い~♪」
セレンの子守唄でコイツら全員を眠らせて、盗賊の村に向かった。
もしかしたら魔物に食われるかもしれないけど、その時は自らの行いを悔いて潔く食われることね。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
時は遡り、ミリオネックの首都ダラーにてレイネが奴隷商に売られてしまってから9日が経過した頃、レイネはというと、幸か不幸かすぐに買い手がつき、購入者の元へ送り届けるため馬車に乗せられ移動中であり、馬車の中では監視を兼ねた護衛数名がレイネを挟んで世間話をしていた。
「今回の飼い主はアレクシス王国の貴族だって話を聞いたが本当か?」
「おう、どうやら本当らしいぜ。なんでも密かに酒池肉林を楽しんでたのが周囲にバレたってんで、今まで買い漁ってた奴隷の女共は根こそぎ解放されちまったんだとよ。そんでほとぼりが冷めた頃合いだってんでかき集めてんだと」
「あ、そいつぁ俺も聴いた事あるな。確か冒険者ギルドの関係者も一枚噛んでたらしいじゃん?」
「おう、それそれ。確かラムシートって街の貴族だったっけな。――よぉ、お前さんは運が良いぜ? なんせ女好きの貴族に買われるんだからな。上手く媚びりゃあ楽しい生活が待ってるかもなぁ? ガッハッハッハ!」
「………………」
下品な笑い声を上げる護衛に絡まれるが、レイネは先程からずっと無視し続けていた。
そんなレイネの態度にチッと舌打ちをするがすぐに興味を無くし、別の話題へと移っていった。
そんな雑談を繰り返してると不意に馬車が止まり、御者の男が尋ねてくる。
「ちぃとマズイ事になった。本来のルートが先日の大雨で土砂崩れが発生して通れないらしい」
前方を見ると、冒険者と思われる10人くらいの者達が、せっせと土砂を運んでる最中だった。
「マジか!? ヤッバイなぁ……先方は時間にうるさいって言うし、貴族怒らすと後々面倒なんだよなぁ……」
どうしたものかと頭を悩ませてると、護衛の1人が腹を括ったように提案する。
「こうなりゃしゃーねぇ。あの道を突っ切ろうぜ? どうせ単なる噂だろうしよ?」
「マジか!? でもやるしかないか……」
「おう、あの噂も眉唾もんだし、案外何ともないかもしれんぜ?」
「だな。どうせ盗賊の仕業だろうし、神隠しなんざ有り得ねぇって!」
実はこれから向かおうとしてるルートは、通った者の殆どが帰って来なかったと言われている山道になっており、そこを通ると神隠しに合うと何年も前から言われてたりする。
「おうよ、ただ気になるのは悪評が目立つベタンゴート侯爵が領主ってところだな。ま、さっさと通り抜けりゃ大丈夫だろ」
こうして馬車は本来のルートを逸れ、ベタンゴート侯爵が治める山々に囲まれた街へと向かうのであった。
アイカ「そう言えば誰も突っ込んできませんでしたね、そのま〇ま東という単語に」
アイリ「突っ込まれても訂正しないけどね」




