閑話:とある元Bランク冒険者の話
「よう、久しぶりだな。ちょいと顔見せに来たぜ」
俺は久々に知人の勤務先に顔を出した。
ここに来るのは1年と半年ぶりくらいになるだろうな。
何故かってぇと、つい昨日まで地下牢に居たもんだからよ、当然釈放されるまで来れねえって訳さ。
「ところでマッシュ、折角こうして来たんだからよ、エールの1つくらい出してくれてもバチは当たんねぇと思うぜ? まさかBランク冒険者であるこの俺、ラリットを忘れたわけじゃねぇんだろ?」
あん? そんなものはねぇ? そもそも何でエールを出さないとならねぇかだと?
んなもん決まってらぁ、久々の再会を記念して乾杯するのは常識ってもんだろ? 赤の他人じゃあるめぇしよ。
それにBランク冒険者じゃなく、元Bランク冒険者だろうと? んなもんお前、細けぇ事はいいんだよ、細けぇ事はよ!
……チッ! わーったよ! 水で我慢してやるよ水で!
「そんでまぁ、話の続きなんだけどよ……」
そもそも地下牢に居たのにぁ訳があるのさ。
だってそうだろ? 誰も好き好んで地下牢に住みたい奴なんて居るわきゃねぇん……いや、スラムの連中なら住みたいって言うかもしれねぇな。
心底どうでもいいが。
んでよ、牢に放り込まれた理由なんだけどな、ちょいと女癖を拗らせちまってよ、ついつい魔が差したって言いばいいか? まぁ魔が差して貴族のご令嬢に手を出しちまったからなのさ。
――って、おいおい、そこは納得するところじゃねぇだろ? そこはよ、まさかお前が!? って言う場面じゃねぇのか?
――あ~スマン。
スマンが、棒読みで言われると余計惨めになるんで止めてくれないか?
――あ~分かった分かった、悪かったって! 続きを話してやるから腕捲りすんのは止めろって!
コホン……。
え~どこまで話したっけ? ――あぁ、思い出した思い出した、要するに貴族令嬢に手を出したせいでな、昨日までの1年半年間カビくさい臭いを嗅ぐ嵌めになったのさ。
だが貴族と言っても下級貴族だったからよ、物理的に首が飛ぶこたぁ無かったんだなこれが。
あぁありがてぇありがてぇ!
ん? そんな事は既に知ってるって? まぁそうだよな、それなりに話が広まっただろうし、お前が知っててもおかしくはないよな。
けどな、ここからが本番よ。
これはつい昨日の事なんだけどな……
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「くぅ~、久々のシャバの空気だぜ! このソルギムの街も変わんねぇな」
刑期を終えて釈放された俺は、思いっきり外の空気を吸い込んだ。
何せリアルにカビが生えてる地下牢に入れられてたからよ、空気が旨いのなんのって!
「さて、そんな事は程々にして、まずは冒険者ギルドだな」
向かう理由は当然金が無いからだな。
このまま何もしないんじゃ野垂れ死ぬだけだしな。
つ~訳で、冒険者ギルドにやって来た訳だが、俺が中に入るなり、そこらじゅうでヒソヒソ話が始まった。
どうやら冒険者達にも俺の事が伝わってるらしい。
正直少々ウザいが、気にせず受付に向かう。
幸い誰も並んでなかったんで、そのまま受付嬢に話し掛けた。
「よう、姉ちゃん。冒険者登録をしたいんだが」
「……はい。じゃあコレに名前と特技を記入して」
そう、冒険者登録が必要なのさ。
1度犯罪者に確定しちまうと、冒険者資格を剥奪される。
そのため、再びGランクからやり直さなきゃならねぇ。
まぁこれは自業自得だからしゃ~ないが。
つ~かこの姉ちゃん、随分と態度が悪くないか? 俺はいちいち気にしねぇからいいんだが。
「……と、これでいいか?」
「はい、大丈夫。既に知ってると思うけど、依頼を受けるなら壁に貼り出されてる依頼書をもってきてちょうだい。アンタはGランクだから、受けられる依頼はEランク以下よ」
「ああ、知ってる」
「ならいいわ。精々汚名返上に死力する事ね」
あぁ成る程。
この受付嬢も俺の事を知ってたって事か。
まぁ1年以上も有れば、知る者も多くなるだろうしな。
って事で、居心地の悪い冒険者ギルドで適当な依頼を受けた後に街をぶらついてたんだが、ちょうど雑貨屋が見えたところで、俺の脳に衝撃が走る。
それもその筈、雑貨屋から出てきた女がまさにどストライクな女だったのだ。
「チッ、マズイな……」
何がマズイかって~と、俺の煩悩が開放されそうになってるって事なんだなこれが。
それに我慢すればするほど右手が疼いて仕方がねぇ。
「くっ!」
マズイ! 本格的にマズイぜ!
俺の中の満腹中枢が、はよう満たせと騒ぎ立てる。
くそ、もう限界だ!
ついに俺はそのどストライクな女に接触した。
「やぁ、お嬢ちゃん。一人で買い物かい?」
「……おじさん誰?」
警戒されてるが、これは仕方ない。
ここはじっくりねっとりと時間をかけて、心を開いていくのが吉だ。
「俺かい? 俺はさすらいの冒険者ラリットさ。お嬢ちゃん、街中とはいえ1人歩きは危険だ。おじさんが一緒に付いてってあげよう!」
「……付いてくるの? 何で?」
何でってか? そこに君が居るからさ! なんて無駄な事は言わない。
ガラじゃないからな。
「――ハッ、まさか!」
マズイ! 下心が有るのがバレたか!?
「おじさん、ルーのお菓子を狙ってる?」
お菓子? この子はお菓子が好きなのか? そして名前はルーちゃんか。
うん、良いねぇ、実に良い! 一人称が自分の名前なのもチャームポイントだ。
くぅ~萌えてきたぜ!
「取らない取らない。安心していいよルーちゃん。それよりお家何処?」
「家? ――多分あっち」
あっちという事は……え? そっちだと街の外に出ちまうし、その先は渓谷になってて人が住めそうな場所は無かった筈だが……。
ああ、そうか、俺をからかってるんだな。
こりゃ悪い子だ、ちょいとお仕置きが必要だな!
「嘘は良くないなぁルーちゃん。おじさん、怒っちゃうぞぉ~?」
と言いつつ優しくするのが紳士って奴だ。
ここ、重要だぜ?
「嘘じゃない。もっと遠くから来た」
もっと遠く? って事は、もしかすると家族で街から街に移動中って感じか? そうだ、そうに違いない。
よしよし、ならば……
「そうかそうか、長旅で疲れてるだろう。おじさんが癒してあげるから付いて来なさい」
まぁ癒されるのは俺だけどな。
「そして狙った獲物は逃さないってな!」
「獲物?」
くっ、しまった! つい口に出しちまった!
何とか胡麻かさねぇと……
「――ハッ、分かった! おじさん、やっぱりルーのお菓子を狙ってるんだ」
え?
「部屋に上がり込んで、ルーがあちこちに隠してるお菓子を根こそぎ奪うつもりなんだ!」
いやいやいや、そんな事は……
「でも、そうはいかない。隠してるお菓子は全て宝箱の中。カギも掛けてあるから簡単には開けられない」
お菓子って宝箱の中にしまう程のもんだったっけ?
「それに無理矢理開けようとしたら即座に爆発するから奪取は不可能」
それってお菓子まで消し飛ぶんじゃないか?
「それに何より……」
ん? 何だ? ルーちゃんが俺に近付いてくるが、どうしたんだ? 添い寝でもしてほしいのか?
「いまここで成敗する」
ゴキッ! ボキッ! バキッ! グキッ!
「ウゴヘァグロェ!?」
何つ~怪力だよ! 両手両足の間接が外されちまったんだけど、どうすんだよコレ!?
「悪は滅びた。んじゃ」
そう言い残してルーちゃんは何処かへ行ってしまった。
つ~かマジでどうしたらいいんだ? 自力で動けねぇんだが……。
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「――で、親切な衛兵によってここに運び込まれたって訳さ」
「あ~、分かった。要するに、懲りもせずにまた幼女に手を出して返り討ちにあった……という訳だな。因みに運んだのは俺だけどな!」
まぁ平たく言うとそうなるな。
「ったくいい加減にしろよお前は。前回も貴族令嬢に手を出して捕まったんだろうが! しかも10歳だったか!?」
「いや9歳だ」
「なお悪いわ! いいか? これ以上余計な仕事を増やすんじゃねぇ! 衛兵だって暇じゃねぇんだ! だいたいにして前もその前も同じ理由で捕まってんじゃねぇか! そん度に俺が出向いてるからすっかり顔馴染みになっちまったが、俺とお前はただそれだけの関係だ! ついでに言うと、この詰め所にぁ酒は置いてねぇ! 分かったかこのスットコドッコイがぁ!!」
どうやら怒らせちまったらしい。
日頃のストレスが原因なんだろう。
「衛兵も楽じゃねぇ……ってか?」
「ああそうだよ。お前のせいでな!」
ふぅ、やれやれ。
こうして顔馴染みと再会した訳だが……
「また長い付き合いになりそうだな」
「ああ、お前のせいでな!」
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「ただいま~」
ルーが戻って来た場所はユーリのダンジョン。
今日はルーが買い物をしに街まで行ってきたのだ。
「あ、お帰りなさいルーちゃん。アイリちゃんからドーナッツの差し入れがあったから、一緒に食べる?」
「勿論食べる。マスターの物はルーの物。ユーリに感謝感激雨霰」
「いや、そんな胡散臭い言葉を並べなくてもいいから……。というか、マスターの物はルーの物って、普通逆じゃない?」
その通り、普通は逆だ。
「そんな事よりも、今日ソルギムの街に行ったら、変なおじさんに会った」
「そんな事よりって……え? 変なおじさん? まさか志村〇んに会ったの!?」
「いや会ってはいない。志村〇んって誰?」
「なんだ別人か……。てっきり有名人が転移してきたと思ったけど」
その可能性も有るだろうが、限り無く低いだろう。
「そのおじさんは志村〇んとは名乗ってなかったけど、ラリットって名前だった。ルーのお菓子を狙ってたから、関節を外して放置しといた」
「ふ~ん? よく分からないけど、あんまり暴力は振るっちゃダメだよ?」
「は~い」
魔法少女ユーリのダンジョンは、今日も平和だった。
ルー「マスター大変。変なおじさんがルーのお菓子を狙ってる」
アイリ「何の話よ……」




