武人ザードと猛獣モフモフ
前回のあらすじ
突如来ダンした女神クリューネを放置してバトルに集中するアイリ。
侵入してきたオーガをレイクが撃退し、先行したモフモフ(ついでにクロコゲ虫)は順調に最下層を目指していた。
だが相方のトミーが急用で席を立つと、それまで対戦していたマリオンがアイリのダンジョンを攻略すべく舵を切るのであった。
「あらあら、光源を消されちゃったわね。私の目では何も見えなくなったわ」
見えなくなった割には焦った様子を見せないマリオンだが、代わりにダンジョンコアが苦言を呈す。
「マスター、トミー様のダンジョンも攻略出来てない事ですし、もう少し危機感を持ったほうがよろしいのでは?」
「ふふ、焦らないの♪ 慌てたって良いことなんか無いんだから、落ち着いた行動をとるのが大事よ。ね?」
「はぁ……」
苦言を呈した筈が、マリオンの手でナデナデされながら、逆に丸め込まれてしまった。
「それに私が見えなくても、あの子達なら見えるでしょう?」
「確かに。スケルトンやゾンビウルフなら、寧ろ光が無い方が有利でしたね。これは盲点でした」
会話の通り、アンデッドは光属性に弱いので、暗闇に包まれてる方がより実力を発揮しやすい。
例えば、暗闇の中で冒険者がスケルトンと対峙したとしよう。
視界の悪い状況だと冒険者の攻撃は上手くヒットしないのに対し、スケルトンの攻撃はまるで暗闇の中でも見えてるかのような動きを見せる……いや、実際に見えてるのだ。
その点を考慮すれば、アイリの判断は正しかったとは言い難い。
「ま、そういう事。ここはスケルトンとワンちゃん達に任せましょ」
そしてマリオンの思った通りアンデッド達は暗闇を苦にせず突き進む。
途中に有った落とし穴はゾンビウルフが発見しスケルトンに吠えて伝える事で回避していき、壁から射られる弓矢は自前の剣で凪ぎ払う事で、1人の犠牲者も出さずにボス部屋へとたどり着いたのであった。
「ね? 言った通りでしょ?」
「はい。流石はマスターです!」
やや自慢気なマリオンに対し、ダンジョンコアは尊敬の眼差しを……いや、もし目が有ったなら、尊敬の眼差しを送ってた事だろう。
「じゃあボス部屋に突入させましょう。扉の正面に立たせないようにして、ゆっくりと開けさせて」
「了解です」
ボスがいきなり襲いかかってくる事を想定し、先制されないようにするため扉の正面にモンスターが密集しないように指示を出す。
ギギギ……と軋み戸のような音を立てつつ開け放たれた扉の先には、大剣を携えた1体のリザードマンが、油断なくアンデッド達を睨んでいた。
そのリザードマンが、1歩踏み出て名を名乗る。
「よくここまでたどり着いた。某は主であるアイリ様の眷族、リザードマンキングのザード。ここから先に進めるかは……この剣に聞いてもらおう!」
ザードは静かに剣を抜くと、先頭に居たスケルトンに切っ先を向けた。
その様子をコアルームから見ていたマリオンは、またしても驚きの声を上げる。
「リザードマンキングですって!? Bランクのモンスターまでも眷族に……」
まさか1階層からBランクのモンスターが出張ってくるとは思う筈も無く、またしても想定外の事態に陥る事となった。
「マズイわ、1度撤退……」
だがマリオンの言葉が最後まで出る前に、ザードが動き出す。
近くに居たスケルトンを斬り伏せ、その後方に列を成していたスケルトン達を一気に貫く。
そして反射的に飛び掛かって来たゾンビウルフを後ろに避け、纏めて凪ぎ払う。
残りのスケルトン達が動こうとした頃には既に首から下を失っており、最後に頭部を踏みつけられた事によって、あえなく全滅したのであった。
「――お粗末!」
剣舞を終えたザードは剣を鞘に戻すと、目を瞑り散っていった者達に黙祷を捧げるのだった。
そんな一連の動きを見ていたマリオンは撤退に失敗した事を認め、直ぐに思考を切り替える。
「間に合わなかったものはしょうがないわ。ボス部屋の位置とボスの詳細が分かった事だし、次は本隊を送り込むだけよ」
「宜しいのですか? まだトミー様のダンジョンは攻略途中……となれば、下手をすると挟撃される可能性もありますが……」
ダンジョンコアの懸念ももっともで、マリオン視点だとトミーの残DPが不明のため、再び攻勢に出てくる可能性も有り得るのだ。
だがマリオンは自信たっぷりに返す。
「コアちゃんは心配性ね。でも大丈夫。使用出来るDPは全員同じだという事を考えれば、トミーのDPはそれほど多くは残ってない筈。つまり、私はアイリ相手に専念出来るのよ」
「成る程、流石はマスターです!」
「ふふ、ありがと。早速トミーのダンジョンから本隊を引き上げちゃって」
「了解です。本隊を引き上げ……あ!」
だが引き上げを命じた途端、ダンジョンコアが何かに気付く。
「どうしたの?」
「そ、それが、部隊を反転させて戻そうとしたのですが、足場が泥水に変化してしまい、移動速度が極端に減速致しまして……」
スクリーンを注視すると、スケルトンや死霊騎士の足元は土から泥水に変化しており、中には足を取られて転倒する者まで現れている。
1人が転倒すると連鎖的に後続が詰まってしまい、思うように動けないのが見てとれる。
「くっ……やってくれるわね」
苦虫を噛み潰したような表情でスクリーンを睨む。
その表情は格下相手にしてやられたという思いからか、はたまたアイリへの対処が後手後手になってしまう為の懸念からか、何れにせよ手痛い一手を打たれたのは間違いない。
「悔いてる隙は無いわ。アイリが千手の相手をしてる今しかチャンスは無い。ここは防御を無視してでも攻めるべきよ」
自身の青く長い髪をサッと掻き上げると、直ぐに思考を切り替えた。
この回転の良さは、これまでダンジョンバトルを幾度となく行ってきた故に身に付いたものなのかもしれない。
「コアちゃん、大至急眷属を出撃させてちょうだい」
「了解しました。アイリ様がこちらのダンジョンへ着手する前に、形勢を変えましょう!」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
マリオンが眷属を差し向けた頃、アイリの方では千手を後一歩のところまで追い詰めているところだ。
クロコゲ虫と共に最下層を目指して駆け回っていたモフモフは今、臨戦態勢で千手の抱える3体の眷族を前に挑もうとしていた。
「さぁ、どいつからやるんだ?」
最初に声を発したのはモフモフ。
殺気を放ちつつ3体を睨み付けると、その威圧にあてられた彼等は一歩後退りをする。
「なんなら……纏めて掛かってきてもいいんだぜ?」
後退りした彼等に対し、追い討ちをかけるように挑発する。
すると流石にプライドを刺激されたのか、1体の眷族――Cランクのスパイクグリズリーが挑発に乗ってしまった。
「ぬぅおぉぉぉ調子に乗りおってぇ! そこまで言われては黙ってはいられん! 者共、ワシに続けぇぇぇい!」
頭に血が上ったスパイクグリズリーが、モフモフに突撃する。
「ちょ、待てよ! ご主人から時間稼ぎをしろって言われ……あ~もう!」
「バラバラに攻めては絶対に勝てない。我々も行こう」
残る2体――BランクのブラッティクーガーとCランクのクレイゴーレムもモフモフに襲いかかる。
「もらっ……ぬぉッ!?」
しかし、正面から突進してきたスパイクグリズリーをヒラリと飛び越え、その後方から迫っていたクレイゴーレムに飛び付くと左腕をカジり落とした。
「動きが鈍過ぎるぜ!」
「クレイ!? くそっ!」
それを見たブラッティクーガーがモフモフに噛み付こうとするが、素早さが遥かに上回るモフモフに追い付けない。
「ちょこまかと小賢しいぃぃぃ!」
そこへ再びスパイクグリズリーが殴りかかるのだが、この動きが良くなかった。
何故なら、冷静さを失っていたスパイクグリズリーの単調な動きをモフモフが避けると、そこにいたクレイゴーレムが代わりに殴り付けられるハメになったからだ。
「ゴァッ!?」
まさか仲間に殴られるとは思ってもみなかったクレイゴーレムは、無防備のまま後ろの壁に激突し、光の粒となって消え失せた。
「ぬぉ、しまったぁぁぁ!」
仲間を殴った事で血の気が引いたのか、その場で動きを止めてしまったスパイクグリズリーにモフモフの牙が迫る。
当然避けられる筈もなく、クレイゴーレムの後を追うように消えていった。
「おぅ、残るのはお前だけだ。さっさと来いや」
改めて1対1に成ったところで、ブラッティクーガーは覚悟を決める。
せめて一太刀浴びせてやろうとモフモフに向き直った。
「チッ! 地塗られし身を焦がせ――ブラッティレイ!」
ブラッティクーガーが腕を振ると、その爪先から赤白い光線が放たれる。
しかし、常人なら避けるのは難しいであろう速さをモフモフは難なく回避する。
やがて光線が途切れたところで、正面からブラッティクーガーが消えたのに気付いた。
だが……
ガキンッ!
――という音がボス部屋に響く。
その音は、上から降り下ろされたブラッティクーガーの爪と、それを防いだモフモフの爪が打ち合った音だ。
「今のは中々良かったぞ。クロの奴なら間違いなく引っ掛かってただろうからな」
「チッ、やっぱダメか……。そのクロってのが何者かしらないが、一応誉め言葉として受け取っておくぜ」
そして悔しそうにも清々しさを感じさせたブラッティクーガーは、モフモフの爪に引き裂かれ消えていった。
『姉御、最後の砦を陥落させましたぜ!』
『うん、見てたわよモフモフ、ご苦労様。そのままコアルームに入って』
『分かりやしたぜ!』
アイリとの念話を終えたモフモフは、指示通りコアルームへと向かうのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「やりましたね、お姉様。コアルームにドローンを侵入させましたので、白目を向いてる千手様を撮影しときます」
「そういえばそんな事もやってたわね」
クロコゲ虫を突入させた時点で報復は終わってるんだけど、千手撮影会は眷族達が何故か乗り気なので好きにやらせとこう。
因みに監督はホークで、撮影スタッフはドローンね。
「アイカ、撮影もいいけどモフモフとレイクを戻すのも忘れずにね」
「了解です。撮影が終わったら直ぐにでも戻らせますので。」
こっちはこれでいいわね。
後はマリオンのダンジョンを攻略するだけになったけど、トミーのダンジョンが攻略されてないみたいだし、上手く足止めが出来てるって事なのかもしれない。
「あ、お姉様、再び侵入者です」
「え? もう攻めて来たの!?」
もしかしたらトミーのダンジョンを放置してこっちに回してきたのかもしれない。
どのみち撃退する以外ないんだし、ザードに頑張ってもらおう。
「アイカ、ジャイアントラットを100匹召喚してマリオンのダンジョンに突入させて」
「今撮影中で忙しいのですが……」
「こっちが優先よ!」
もう撮影とかどうでもいいわ。
あまりにもバトルに影響するようなら撮影中止も視野に入れとこう。
「仕方ないですね……ではジャイアントラットを100匹召喚します」
DP19000→DP18800
おかしい……アイカの中で撮影とバトルの価値観が逆転してる気がする。
「お姉様、世の中は娯楽に飢えてるのです。5階層の街を見て下さい。カラオケボックスやらゲームセンターやらが賑わってるのが何よりの証拠です」
切り替えられたスクリーンには、街にある遊戯施設で遊んでいるエマルガ達や、ヒトカラを堪能してるクリューネが映されていた。
これを見せられると、アイカの言う事も一理ある気がしてくる。
いや、実際そうなんでしょうけど。
「そういう訳で、千手様には娯楽という名の御神木になって頂こうじゃありませんか」
いやいや、言葉は御大層だけど、単に千手で遊んでるだけよね? まぁこうなったら無理矢理止める真似をしたらアイカが拗ねてしまうかもしれないし、好きにやらせるしかないか。
「うん、分かった。もう好きにしてちょうだい。だからスクリーンを戻して!」
「はいはい、分かりましたよ」
何か私が駄々をこねてるように見えるのは気のせいって事にして、侵入してきたモンスターを見る。
それは今まで見たモンスターとは明らかに異色だった。
「あれって人間じゃないの?」
そう、侵入者は武装した人間にしか見えなかったのよ。
その人間を先頭に、後ろをスケルトン達が隊列を整えて続いている。
「お姉様、恐らくですが、マリオン様の眷属だと思われます。以前お姉様がご指摘した、眷族との文字違いの眷属です」
あったわね、そういえば。
眷族じゃなくて眷属という存在。
ダンジョン機能を使用せずに契約使役してる存在の事だった筈。
それが今映ってる人間の事なんでしょうね。
「使役してるって事は、余程貴重なスキルを有してるか、ステータスそのものが高いかどちらかね。どっちにしろ注意しないと」
その眷属と思われる者は、ザードが待ち構えてるボス部屋に突入しようとしていた。
アイカ「さて、編集編集っと」
アイリ「生き生きしてるわね……」




