レグリアスの閃き
邪神レグリアス――――ダンジョンマスター達の管理者として君臨している彼女は、イグリーシアの者達が見たならば見慣れない姿をしている異国の人間に見えるかもしれない。
だが日本人が見たならば、つり目で銀縁メガネを掛け、グレーのスーツを着こなした姿を見たならば、仕事をテキパキとこなすキャリアウーマンだと思い込むであろう。
しかし、それはあくまでも見た目だけの話であり、普段の彼女は……
ゴロン
「あ~~ダルい……。昨日はちょっと飲み過ぎたかしら……」
ゴロロン
「いやいや、そんな事はない筈よ。飲んだといってもほんの少しだし、あの純米大吟醸のアルコール度数が強かったのねきっと。――うんうん、そうに決まってる」
ゴロロローン
「献上されたお酒のアルコール度数が半端なかったって事で、今日の業務は休みましょう。――うん、それがいいわ。何か言われたら献上された純米大吟醸のせいに……」
ガバッ!
「いーえ、それは駄目よ! そんな事をしたらお酒を献上されなくなるじゃない! あ~もうなんて事をしてくれるのよ、純米大吟醸……」
……お分かり頂けただろうか?
これが純米レグリ……失礼、邪神レグリアスの有りのままの姿だ。
因みに昨日はと言ってるが、酒は毎日のように飲んでるし、神の言うほんの少しは測量不能である。
コンコン!
「失礼します、レグリアス様。今よろしいでしょうか?」
扉をノックする音と共にレグリアスの部下と思われる者が、入室の可否を確認してきた。
それを聞いて慌ててレグリアスは立ち上がると、鏡を見て身嗜みを確認しつつ答える。
「あ、ミ、ミゴル? 悪いけどちょ~~~とだけ待っててくれる?」
「畏まりました」
どうやら部屋の外に居るのは悪魔族のミゴルらしく、その場で待機させられた。
時折聴こえてくる、口紅が~とか、洗顔パックが~とかの叫び声をBGMに、涼しげな顔で直立不動を維持する。
一方のレグリアスは慌ただしくも身なりを整え、数10分の格闘の末、無事にミゴルを入室させる準備を整えた。
「入っていいわよ~」
「ハッ、では失礼致します」
ミゴルが入室すると、そこに居たのは先程まで床でゴロゴロしていた二日酔い女ではなく、キリッとした出来る女、邪神レグリアスであった。
「大変お忙しいところ恐縮ですが、こちら、今現在までのヤゴレーの経過報告を纏めた物です」
ミゴルが差し出したレポートには、以前ルーキーキラーとして新米のダンジョンマスターを殺し回っていたヤゴレーの状況が記入されていた。
そのレポートを黙って目を通すレグリアスだったが、ある項目に目を止めた。
それはヤゴレーとは直接関係の無いものであったが……。
「ルーキーキラーが現れた後から、ダンジョンマスター達の直接的な交流が減ってるわね?」
「仰る通り、元々少かった交流が互いに疑心暗鬼になる事で、更に激減したものと思われます」
「良い傾向――とは言えないわね……」
以前ならダンマス同士が直接会う事も珍しくなかったのだが、最近は命の危機からか閉鎖的になるダンマスが増えつつあるという。
それに話そうと思えばダンジョン通信を使えばいいので、無理に会う必要はないというのが大きいだろう。
「まったく、余計な事をしてくれたわね、このヤゴレーって奴は。これじゃ互いに協力しようとするダンマスが少なくなっちゃうじゃない。それに何? お風呂に入りたがらないってどういう事? 頭おかしいんじゃないの?」
ヤゴレーの報告には風呂が大嫌いで断固として入浴を拒否するという内容も書かれている。
だがそれはアイリのダンジョンでコントという名の拷問を受けてトラウマになってるのが原因なのだが、彼等はその事を知らないため、結局ヤゴレーの頭がおかしいという解釈をされていた。
「――まぁいいわ。ルーキーキラーをやるくらいだから、元々おかしかったんでしょ。それよりも今後どうするかよ。私としては互いに切磋琢磨して、より高みを目指してほしいと思ってるんだけれど」
つまりレグリアスが思い描いてるのは、ダンマス同士が経験を積んで強くなっていくところなのだが、互いに協力しないという事は当然ダンジョンバトルも減少傾向にあるわけで、何とか歯止めを効かせたいと考えてるところだ。
と、そこへ妙案とばかりにミゴルが声を上げた。
「レグリアス様、切磋琢磨……という事でしたら、やはりダンジョンバトルをより多く行わせるのが不可欠――ならば、バトルを行わせる事で何かしら特典を与えるのが効果的で御座います」
「特典を?」
「はい。レアアイテムや普段よりも獲得数が多いDP等は如何です? これを期間限定で行えば、より多くのダンジョンバトルが行われると思われます」
ふむ……と暫しレグリアスは考える。
確かにこれならばダンジョンバトルを活性化させる事は出来るかもしれない。
それにバトルを行えば、その数だけ勝者が現れる事になり、ランクアップする者も多く出るだろう。
そうすれば今まで御座をかいていた上級者も、尻に火がつくに違いない。
心は決まったとばかりに両目をカッと見開くと、ミゴルに命じた。
「明日からダンジョンバトル強化週間にするわ。期間は2週間。詳しい特典はミゴルに任せるから、じゃんじゃんバトルを煽りなさい!」
「ハッ、慎んでお受け致します」
レグリアスの命を受け、ミゴルは直ぐ様準備に取りかかる。
そして慌ただしく退室していくミゴルを確認したレグリアスは、再び床へと転がった。
ゴロン
「――ふぅ。邪神やるのも楽じゃないわね。やっぱり率先して仕事を処理してくれる人材が欲しいわ」
(以前やって来た男の子、確か……水虫って名前だっけ? その子が1日書類整理やってくれて助かったんだけど、また来てくれないかしらねぇ……)
水虫とは、不運にもアイリにダンジョンバトルを申し込まれた上、圧倒的力の差(眷族の差)により敗北した少年で、事前の賭けにより名前をマサキから水虫に改変させられた哀れなダンマスである。
更に2度目のダンジョンバトルでも敗北し、その際の賭けによりレグリアスの1日下働きを強制させられたアホな少年でもある。
ゴロゴロン
(いっその事、特典をぶら下げてやれば喜んでやってく……ガチャ!
「失礼します。1つ聞き忘れた事が御座いましたので、戻ってまいりました」
ドタバタドタバタガッシャーン!
「……な、何かしら」キリッ
「強化週間に伴い、ダンジョンマスター達から要望を集める形を取らせていただいても宜しいでしょうか?」
「それでいいわよ。その方が効果的な感じがするし、なるべく希望に沿うように特典を打ち出しなさい」メガネクイッ
「ありがとう御座います」
退室したミゴルが遠ざかって行くのを確認すると、またまた床に寝そべった。
「あ"~~~~ダル……」
(出来すぎる部下を持つのも大変ねぇ……)
こうして強化週間の情報は、一部のダンマス達に伝わっていった。
「強化週間?」
「左様で御座います」
朝食を終えて部屋でゴロゴロしてたら、ミゴルさんが訪ねて来た。
もしかしてまた厄介な出来事が発生したのかもと思って身構えちゃったけど、そんな事はないと知ってホッとしてる。
それで肝心の用件なんだけど、なんでもダンジョンバトルの強化週間が明日から発生するらしく、何か要望はないか? という内容だった。
「ならば勝者には極上のスイーツを用意すべきです!」
「ふむふむ……極上のスイーツと……」
いやいやいやいや、ミゴルさん、アイカの言う事をまともに聞いちゃ駄目よ。
流石にそんな物で釣られるダンマスは居ないと思うわ…………多分。
「それよりも肉じゃな。妾なら極上の肉を要求するぞ!」
「ふむふむ……極上の肉と……」
いや、だからそんなんで釣られる訳ないってば!
アンジェラみたいな肉食なら、外で狩ってくるでしょ。
「私は~、勝利記念に~、リサイタルを行いたいです~♪」
「ふむふむ……リサイタルと……」
そんなにリサイタルしたきゃ、どこぞの空き地でジャイ〇ンみたいに1人で歌ってなさい。
それにセレンなら、いっつもヒトカラやってるじゃないの。
「ルーはう〇い棒を全種類欲しい」
「この世界に無い物は難しいですな……」
あ、ちゃんと弾く事もあるのね。
てっきり何でもメモるのかと思ったけど違ったみたい。
「アイリ様は如何ですか?」
「私? ――う~ん…………あ、それならこういうのはどうかな。特典じゃないんですけど、ダンジョンバトルにチーム戦を導入するっていうのはどうです? それとかバトルロイヤルみたいなのも出来れば面白いんじゃないかと思うんですけど」
「ほほぅ……これはこれは……むむむ!」
何やらミゴルさんは、首を上下したり捻ったりし出したけど、私って何か余計な事言ったんだろうか?
やがて暫しの沈黙の後、ミゴルさんは顔を上げると、凄く爽やかな笑顔で言った。
「アイリ様、それは中々画期的ですぞ!」
え? そうなの? 適当に思い付いた事を言っただけだし、何より特典の話じゃなかったんだけども。
「お姉様、何やら物凄い勢いでメモり始めましたよ?」
「うん。まさにネタを閃いた作家みたいね」
そして一頻りメモを取り終えたミゴルさんは、一礼すると風のように去って行った。
それから1時間後、ダンジョン通信で大々的にダンジョンバトル強化週間の告知がされ、それ専用の集いでダンマス達が盛り上がっていた。
千手 今週は強化週間です
『ひゃっほ~ぅ、バトルだぜ! しかもチーム戦有りだってよ! 今まで無かったよなこんなイベント!』
ガイ 今週は強化週間です
『確かに。珍しい事もあるもんだな』
メイプル 今週は強化週間です
『そうなんです? なら今までは地味なタイマン勝負だけだったんです?』
トミー 今週は強化週間です
『地味ってお前……。そりゃ確かにソロバトルしか無かったけどよ……』
千手 今週は強化週間です
『まぁまぁ落ち着け諸君。そして耳の穴かっぽじれ! 今回はなんとぉ――――バトルロイヤルまで用意されてるんだぁ!!』
ガイ 今週は強化週間です
『らしいな。しかもバトルロイヤルに関してはランクが無制限で、定時に開始されるとあるな』
メイプル 今週は強化週間です
『成る程です~。それは派手で楽しめそうです』
水虫 今週は強化週間です
『何か1人喧しいのがいるけどよ、要はバトルロイヤルつったら自分以外を全員ぶっ倒しゃいいんだろ?』
シグマ 今週は強化週間です
『その通りだが、ランクが無制限な以上、上位のダンマスが出て来たら苦戦は免れんぞ?』
マリオン 今週は強化週間です
『でもそういう場合って、下位ランクのダンマスが徒党を組んで挑むのが暗黙の了解よね?』
トミー 今週は強化週間です
『ま、普通そうなるわな』
千手 今週は強化週間です
『いいじゃねぇか。派手に暴れようぜ! 因みにバトルロイヤルの開始時間は、週末の昼からだぜ。お前ら遅れるなよ!』
水虫 今週は強化週間です
『……ったく、うっせーな。デカイ声で叫ぶなっつーの』
千手 今週は強化週間です
『んだテメェ、喧嘩売ってんのかゴルァ!』
水虫 今週は強化週間です
『あ? やんのかコラ!』
ガイ 今週は強化週間です
『お前ら、喧嘩なら別の集いでやってくれ』
この夏、ダンマス達の熱き戦いが幕を開けようとしていた。
ルー「マスター、この世界にはう〇い棒は無かったの?」
アイリ「1本1DPで召喚出来るんだから大丈夫よ」




