忙しい日々
前回のあらすじ
銀箔蝶がダンジョンコアであるが故に、居場所を特定され続けたモフモフは決定打を与える事が出来ずにいた。
しかし、アイリはダンジョンコアである事を逆に利用する事を思い付き、見事銀箔蝶を撃破する事に成功した。
銀箔蝶との死闘から数日後。
再びダンジョンでのダラダラとした生活が始まっ…………てはいないのよ、残念ながらね。
理由は色々あるんだけど、まずは未確認ダンジョンという名目でダンジョン通信で情報を流したのが私って事で、あのダンジョンは誰のものなのか、またダンジョンマスターは居たのか等の質問攻めを、他のダンマスから受けるはめになった。
とはいえ、私も生前のアガレスを知ってる訳じゃないから、詳しく話すにしても限度があるんだけどね。
「でもダンジョン通信の集いでは盛り上がってましたけどね。何せダンジョンコアと銀箔蝶が融合合体するとは思ってもみなかった事ですし、何よりソレを倒したお姉様は英雄扱いですよ」
「でも倒したのはモフモフとドローンだけどね……」
「いえいえ。眷族の手柄はそのマスターの手柄ですよ。まぁわたくしの場合は眷族とは少々異なりますが。何にせよあの銀箔蝶を倒せて良かったですね」
もうね、本当に今回に関しては銀箔蝶が全てのような気がするわ。
集いでは、ドローンが鑑定した銀箔蝶のステータスをスクリーンショットでアップしたから、それを見た大勢のダンマスが驚愕してたのは記憶に新しい。
「そういえば、お姉様のファンクラブも出来たらしいですね?」
「……不本意ながらね」
前々から期待のルーキーとしてダンマス達の間で噂されるようになったんだけど、それに加えてファンクラブまで設立されてしまったのよ。
ファンクラブ会長の名前は千手って名前の奴だった筈だから、後でダンジョンバトルでボコボコにしてやろう。
あ、ダンマスと言えば、私を尾行してた獣人の女の子は豪血というダンジョンマスターの眷族だった。
ダンジョン内部で私が瓦礫から救出した事を豪血に話したらメチャメチャ感謝された。
そこで感謝の言葉も程々に尾行させた理由を尋ねたら、豪血のダンジョンが割と近くにあるらしく、不安要素から様子を窺わせてたって事らしい。
そして眷族の……え~と、確かシャイミって名前だったかな? その子を助けてくれたお礼がしたいから、ミリオネックに来る時は是非立ち寄ってほしいって言われちゃった。
「豪血様のダンジョンはあの湖……いえ、今は元湖ですね。そこからミリオネックに向けて東に進めばすぐに着くと思いますので、行こうと思えばいつでも行けますね」
「うん、そうね。近い内に行ってみようか」
豪血ったらご丁寧に地図まで用意して送ってくれたから、行かないと逆に悪いしね。
――――とまぁ、これが2日前の出来事で、昨日は昨日で忙しかったのよ。
理由は簡単で、あのダンジョンに近い国々からダンジョンの詳細を知りたいという面倒な問い合わせを受けたからなのよね。
アレクシス王国はキャメルさんが居るから別として、ラーツガルフ魔王国とミリオネック商業連合国にもキャメルさんみたいに国に属してるダンジョンマスターが居たらしく、そのダンマスから通信が届いたのが昨日って訳。
「ダンジョン1つで国が大きく傾く場合もありますので、各国とも慎重になってる事でしょう。逆に上手くいけば資源を安定供給出来る可能性も秘めてるため、チャンスと見てる国もあるやもしれませんが」
アイカが言うように、ダンジョンは貴重な資源として重宝する事も有るっていうし、そりゃ知りたがるのは当然ね。
そんな訳で周辺国への対応が必要になった結果、アレクシス王国、ラーツガルフ魔王国、ミリオネック商業連合国の3国の代表と会談する必要にせまられちゃいました、テヘ♪
って、面倒くさいわ!
そりゃ確かに私が原因で湖底ダンジョンの存在が露になったけど、なんで私なの!? ……って内政官であるキャメルさんに文句言ったら、あの日あの場所に居た冒険者達は巨大銀箔蝶の出現と同時に殆どが逃げ出してしまったから、結局私しか詳しく話せる人物が居ないって言われちゃった。
ついでに「私に意見するたぁいい度胸ね?」とも言われて一触即発な展開になりかけたけど、お菓子の詰め合わせをお土産で渡して何とか矛を収めてもらった。
ああ恐い恐い……。
そういえばキャメルさんはストレスが溜まってるらしいから暫く近寄らない事にしてたのをすっかり忘れてたわ。
なんでもキャメルさんの場合はアレクシス王国で私とのパイプ役になってしまったから、私に用がある時はキャメルさん経由で行われるって事で仕事が増えたみたい。
ここでもし「出世街道まっしぐらですね!」なんて言おうものなら新たな火種に成りかねないので、私の心の中で呟く事にした。
って、話が脱線しちゃったけれど、会談はアレクシス王国の外交官が日程と場所を調整してくれたので、後日キャメルさんと一緒に顔を会わせる事になりそう。
因みに会談の日時は、1週間後の昼にアレクシス王国内のリムシールの街で昼から。
その時は昼食を取りながら行われるらしい。
――――はい、これが昨日の事。
で、流石に今日くらいはのんびり出来るかなと思ったけど、そうは問屋が卸さなかった。
まず新しくアイリーンの街に居座る事になった人達が居るんだけど、【エレムラブ】というパーティ名でエレム教の布教活動を行っていたミゲールさんとジュリアさんは、私のダンジョンで生活してもらう事になったのよ。
暗殺対象になってる以上、グロスエレム教国に帰ったところで無事に過ごせる訳がないし、何よりアイリーンに大人の人材が欲しかった事もあって、2人に教鞭を振るってもらえないかお願いしたところ、あっさりとOKされた。
2人にとっても渡りに舟だったみたいね。
それでも最初にダンジョンマスターだとカミングアウトした時は少しだけ驚いてたけど、思ったほど驚かなかった。
どうやら2人は、ホークとザードが人化を解いた時に薄々気付いてたらしい。
まぁ普通の人間がBランクの魔物を引っ提げて練り歩いてないわよね。
「それで、ここが学舎って訳ね」
「はい、お姉様。今わたくし達が居るのは、先日お姉様に言われた通り急遽城の隣に設置した学舎になります。今現在は、ミゲール殿とジュリア殿が教卓で熱弁してる事でしょう」
アイリーンには未成年者が多いから義務教育的な仕組みが欲しかったので、早速2人は教師として働いてもらってる。
今日はその様子を見てみようとやって来たの。
ドアの前で軽くノックしてから静かにスライドさせると、予想した通りの光景が目に飛び込んで来た。
ざっと見渡すと、総勢8人が教室内に居るのが分かる。
教卓で熱弁してるミゲールさん。
その傍らでミゲールさんをサポートするように黒板にチョークを走らせてるジュリアさん。
教卓の正面では、エマルガ達が黒板を見ながら楽しそうにノートに書き込んでいる。
ジェリーはクスクスと笑いながら書き込んでるけど、きっと授業と関係ない事を書いてるに違いない。
後でそっと覗いてみよう。
因みに文房具は、入学祝みたいな感じで私から皆にプレゼントした物よ。
「授業中失礼するわね。ジュリアさん、どんな感じですか?」
ミゲールさんが何やら説明してる最中なので、ジュリアさんに聞いてみた。
「はい。皆良い子達で、キチンと話を聞いてくれますよ」
それは良かった。
ジュリアさんは笑顔が凄く似合う人だと思うので、これからも増えるであろう子供達の支えになってほしいわ。
……ちょっと存在感が薄いけども。
「おお、アイリ殿。教鞭を振るう機会を下さって感謝してますぞ!」
「私もです。ありがとう御座います」
改めてミゲールさんとジュリアさんにお礼を言われたけど、皆の前で言われると何だか照れ臭くて、私は軽く会釈するだけに留めた。
そして何気無く2人から視線を外して教室を眺めると、ダミアンが居るのに気が付いた。
「あの……何でダミアンまで?」
ダミアンって、見た目は子供に見えるけど、既に成人だった筈よね?
「あちしにも、まだまだ学ぶ事があるでし。ミゲールさんの話はとても参考になるでし!」
立派な心掛けだわ。
何というか、私には真似出来そうにないって感じに。
「それにしてもお姉様、やはりお2人に来ていただいて正解でしたね。皆喜んでますよ」
「うん、そうね!」
まだ教師と生徒を合わせて8人しか居ないけど、これからもドンドン勧誘して増やしていきたいわ。
「8人!?」
ちょっと待って! 1人多いんだけど!?
私は慌てて教室内を2度見すると、隅から順番にカウントを開始した。
ミゲールさんで1人、ジュリアさんで2人、エマルガで3人、ラナちゃんで4人、ダミアンで5人、トムで6人、ジェリーで7人……
そしてジェリーの隣に居た少女で目を止めた。
「あのぅ…………貴女はどちら様で?」
オレンジ色の髪をショートカットにしたその少女の身形は、とても平民の物には見えなかった。
そもそも私のダンジョンに何事も無く入り込める存在なんてそうは居ない。
つまり、ここに居る時点で平民の女の子だという可能性は否定される。
じゃあいったい誰!? ――――って事になるんだけれど……
「私はミドルーシェだよぉ。宜しくねぇ」
やけにセレンみたいに間延びした喋り方なのが気になるけど、この子の名前はミドルーシェというらしい。
「私はアイリっていうんだけど、貴女はどうやってここへ?」
「どうやって? ――――う~んとね、お空を飛んで来たんだよぉ」
あ~うん、凄く嫌な予感がしてきた。
これ、間違いなく神様の類だわ……。
『お姉様、ミドルーシェ様はローザ殿に加護を与えた神と名前が一致します。いきなりダンジョンに現れたところを見れば、同一の存在であると考えられます』
『あ~思い出した! 確かにローザさんにあった加護と名前が同じね』
アイカからの念話で思い出した。
理由は分からないけど、ローザさんに加護を与えた神様が目の前に居るのは間違いない。
そこで、これ以上一般人にやり取りを聞かせるのはマズイと判断した私は、ミドルーシェ様を連れてコアルームに転移した。
「はい到着っと。ここなら神に関連する事も話して大丈夫ですからお気軽にどうぞ。というか、何で学校に現れたんですか……」
なんで未成年者に混ざって授業を受けてたのか分かんないんだけど……。
「んーん。授業を受けてた訳じゃないよぉ。ただ遊びに来ただけぇ」
まぁそうよね。
授業中に神様から知らない神話の質問されても困るもんね。
それに神様に教えられる事なんて、雑学以外に無いだろうし。
……って、たった今、然り気無く遊びに来ただけって言わなかった?
「勿論遊びに来ただけじゃないよぉ」
それを聞いて安心した。
「お土産も貰いに来たんだよぉ」
それを聞いて不安になった。
しかも堂々とお土産をねだる神様とかなんて斬新な……って、そうじゃないそうじゃない!
初対面の相手にお土産をねだるとか、いったい何に影響されたのだろうか……。
「ん~とね……」
「……クリューネ?」
それを聞いて納得した。
あの女神の影響を受けてるなら諦める他ない。
茶請けを摘まみながら話を聞いてると、どうやら本当に遊びに来ただけ……いや、お土産を貰いに来ただけのようで、お土産のお菓子を受け取ると、さっさと帰ってしまった。
「また来るねぇ」
という不安を掻き立てる台詞を残して。
兎に角、ミドルーシェ様の件に関しては、後日きっちりとクリューネを問い質す事にしよう。
ミドルーシェ「先生ぇ、バナナはおやつに入りますかぁ?」
ミゲール「思う心は千差万別。入るか入らぬかはお主が判断する事だ」




