ラストレジスト
前回のあらすじ
アイリがアガレスとの戦闘を行ってる中、ボス部屋の外ではミゲールとジュリアが仲間の裏切りにより危機に瀕していた。
傭兵団に囲まれていた2人を救うため、ザードとホークは人化を解いて傭兵団を蹴散らそうとしたが、ボス部屋から飛び出して来たアイリによりダンジョンが崩壊すると告げられた。
『外的要因によりコアルーム炎上中。大至急消火に移る必要性あり。消火活動が可能なモンスターを検索中ーーーー存在せず。消火は不可と判断。速やかに延命措置に移行する』
ドローンから発射された小型ミサイルによって炎上しているコアルーム。
そこにある9割以上が破壊されたダンジョンコアは、しぶとくもまだ機能してる状態であった。
『コアの大部分の欠損を確認。約10分後に完全消滅のため、可能な限りのDPを注ぎ込み、我の分身を創造する』
あろう事かダンジョンコアは最後の抵抗とばかりに有りったけのDPを使用して、独立した自分を産み出そうとしていた。
『利用可能な個体情報の検索開始。ーーーーダンジョンアイテム検索中ーーーーーー存在せず。ダンジョンモンスター検索中ーーーーー2件ヒット。スネーキーワーム及びリッチは使用済みのため利用不可。ーーーーその他ダンジョン外部からの残骸を検索中ーーーーーー3件ヒット。死亡した冒険者2名をスカルソルジャーとして再生可能。銀箔蝶を我の分身として利用可能。再生を開始する』
ダンジョンコアが選択したのは銀箔蝶に自身の意思を移すというもので、現代風に言うならば脳の移植手術である。
本来ダンジョンコアはここまで勝手な行動を起こさないものなのだが、この湖底ダンジョンの場合だと永らくダンジョンマスターが不在だった事で、ダンジョンコアが自立してしまったのが原因だ。
それともう1つ。DPが豊富に存在したのも原因で、それによりダンジョンマスターの死後少しずつ魔力を失い、ただの石に成り果てるまでは後数10年はかかる見通しとなっており、ダンジョンコアが自立するには充分過ぎる時間を与えてしまっていた。
『再生完了。ーーーー我の意識の67%を移植に成功。ーーーー異常確認! 異常確認! コアルームが炎上中により身体に悪影響。コアルームから脱出する』
そして炎上するコアルームからボス部屋へと退避したダンジョンコアの姿は、紫と黒のラインを基調とした巨大な銀箔蝶であった。
元の銀箔蝶と同じように銀箔を振り撒く様は同じだが、人間の2倍近くのサイズでグロテクスに見えるソレを捕まえたいと思う冒険者は居ないだろう。
もし生け捕りにすれば、剥製にでもして飾られるかもしれないが……。
『身体消耗率2%。行動に支障なしと判断。これよりダンジョン内のリロードを開始ーーーー侵入者感知! 侵入者感知! 直ちに迎撃を開始する!』
こうして、おぞましい姿をしたダンジョンコアによる侵入者狩りが始まった……。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ア、アイリはん、今……何て?」
「だーかーら、ダンジョンコアを破壊したからここは崩壊するのよ! って、なんで2人は人化解いてる……って、そうじゃないそうじゃない! 兎に角急いで! って、アンタらも邪魔よ、どきなさい!」
そう言うと傭兵団を押し退けて出口に向かってくアイリをその場の全員がポカーンとして見ていたが、直ぐにザードは我にかえると、ホークに激を飛ばした。
「ボサッとしてる場合ではないぞ! ホークよ、急いで2人を乗せて出口に向かうのだ!」
「せ、せやな! お2人さん、ワイの背中に乗ってや!」
ザードの激によりホークもハッとなり、ミゲールとジュリアの2人に背中に乗るように促す。
「かたじけない……」
「ありがとう御座います!」
「よし、ほなしっかり捕まっててや!」
2人を乗せたホークは天井付近まで舞い上がると、そのまま傭兵団を飛び越し出口へと飛んだ。
ザードも後を追って走って行く。
「こ、こうしちゃいられません! 行きますよ、マルティネス!」
「ももも、勿論です! こんな所で生き埋めなんて御免ですからね!」
「おいお前ら、死にたくなかったら走れぇ!」
それに続くようにマンシー、マルティネス、そして傭兵団も出口を目指した。
「あっ! 隠し扉が閉じてる!」
前方に見えてきた隠し扉が閉じちゃってるから開けないといけないんだけど、開く方法はローザさんしか分からない。
『お姉様、ダンジョンは既に崩壊中ですので、強引に破壊する事が可能だと思われます』
「本当!?」
だったら話が早いわ。
ダンジョンのままなら壁を壊す事は不可能だったけど、ダンジョンとしての機能を失いつつある今なら強行突破が可能なのね。なら!
「打ち砕け! フレイムキャノン!」
私の手から放たれた炎の砲弾により、隠し扉とその周辺を粉々にして吹き飛ばす。
元の隠し扉よりも通りやすくなったから、人化してないホークでも通れるでしょ。
「ヒギャーーーーッ!!」
「な、何事!?」
隠し扉を出たところで、背後から誰かの悲鳴が聴こえてきた。
振り向くと、デカイ銀箔蝶……
って、何で銀箔蝶が!?
しかもその銀箔蝶、傭兵の1人を捕らえ、バリバリと貪ってるじゃないの!
でも気にしてる余裕はないわ。
アレを相手してる間に瓦礫に埋もれるのは御免よ。
『アイカ、ザードに風の補助を施して! 銀箔蝶の移動速度が速かったら危険よ!』
『了解しました』
念話でアイカに指示を出しつつ出口を目指す中、後ろを走ってる傭兵が1人……また1人と数を減らしていく。
ホークからの念話によると、傭兵達は背中に居る2人を殺害しようとしたらしいから、同情はしないけどね。でも……、
「マズイわね……」
1人1人を捕食してるにも関わらず追い付いて来てるって事は、相当なスピードを出せるって事になる。
「ええぃ、クソが! このままじゃジリ貧だ。ここらでブチ殺してやる!」
「おうよ、舐められたままでたまるかってんだ!」
一部の傭兵達が巨大銀箔蝶に挑もうとしてる。
「お、おいお前ら! クソ……」
リーダーの男は止めようとしたみたいだけど、諦めて逃走する事にしたらしい。
でもこの場合は逃げるのが正解よ。
何故なら、さっきから近寄る気配が感じられないのに、いつの間にか傭兵を捕食してるみたいだからね。
チラ見しただけで鑑定が出来てないけど、恐らくこの巨大銀箔蝶はモフモフ並のスピードを有してるか、気配を消すスキルを有してるのかのどちらかよ。
「クソクソクソッ! 放せよクソが! 放せって言ってグゴェ……」
「オ、オ、オルソンがぁぁぁ!」
「バ、バケモノだぁ! 本物のバケモノだぁ!」
あっさり捕まった傭兵の1人が頭からボリボリと丸カジリにされる。
それを見た他の傭兵達は忽ち恐慌状態となり、殆どが腰を抜かす結果となった。
「ちくしょう! 何でこんな目に合わなきゃならねぇんだ! こんな事なら安請け合いして依頼を受けるんじゃなかったぜ!」
「今更ですねぇ。そんな事より依頼の方をしっかり頼みますよ。我が国の命運がかかってるのですから」
「んな事言ってる場合かよ! 悪いが依頼の話は無かった事にしてもらうぜ、こっちも命を投げ捨てるつもりは無いんだからな。内輪揉めは他所でやれや、マルティネスさんよぉ!」
「それは許されませんよ! 既に契約の儀は済ませてあるのです。今更無効にする事は不可能ですよ」
次々と傭兵達が犠牲になる中、この状況で言い争いを始める2人の背後に銀箔蝶が迫っているのだが、当の2人は気付いてない。
「へ、こうやって可能にするんだよ!」
傭兵のリーダーは懐からナイフを取り出すと、そのままマルティネスの足に向けて投げつける。
「グォ! あ、足が……」
契約者が死亡してしまえば、当然契約は破棄される。
彼等の契約では、互いに直接危害を与えて殺害するような事は禁止していたが、殺害するのが第三者ならば禁止事項に触れない。
「交渉決裂ってとこだな。悪いが奴の足止めを頼むぜ! へっへっへっ!」
痛々しく太股に刺さったナイフにより、その場に立ち止まる事を余儀無くされたマルティネスは、遠ざかろうとする傭兵のリーダーを睨み付けると……、
「そこへ留まれ! パーマネント!」
「ぬぉ!? ……ぶへっ!」
マルティネスの魔法により足が動かなくなってしまったため、傭兵のリーダーもまた、その場に留まる事を強制されたのだった。
「ざまぁないですねぇ! 裏切り者には死を与えるのが我が国教なのですよ」
「くそ、キチガイ国家がぁぁぁあがががぁぐぽ……」
叫ぶ傭兵リーダーの真後ろに来ていた銀箔蝶が、胴体をガシッと掴むとそのまま頭からカブリついた。
その様子を見ていたマルティネスは、捕食中で隙があると確信し詠唱に入る。
そして詠唱が終わった今も食事中なのを見て1人ほくそ笑むと……、
「押し潰せ、ロックストライク!」
後少しで食べ終わるというタイミングで放たれたロックストライク。
巨大な岩が天井に出現したのと同時に銀箔蝶へ迫った。
このまま直撃すれば、さすがの銀箔蝶も無事では居られない筈!
が、しかし!
「魔力体接近中。到達後、速やかに吸収する」
傭兵を食い終わると、押し潰さんと迫ってきた大岩に触角が触れ、難なく受け止める。
そして魔法である大岩をどんどん吸収し、やがて消滅してしまった。
「そ、んな……」
ロックストライクを放ったマルティネスはそれを見て絶望的な顔をするが、本当の絶望がのそりと近付いて来る。
その場に取り残され最早逃げる事が叶わないと悟ると、両手を前に掲げ静かに目を瞑った。
「ああ、エレム様。貴女様の使徒である我に祝福を!」
だが待っていたのはエレムの祝福などではなく、獲物を狩るために大きく口を開いた銀箔蝶であった。
「本格的にマズイわ。このままじゃ追い付かれる……」
度々後ろを振り返って見ると、傭兵の数が半分以上減ってるのが分かる。
途中どこかで足止めをする必要が有りそうね。
『お姉様、あそこの右側にある小部屋に生命反応があります。お姉様を尾行してた者と同一人物ですが、いかが致しますか?』
え? そんな所になんで? って考えてる隙は無いわね。
「アイカ、先行して様子を見てきて」
『了解です』
特殊迷彩を纏ったドローンが先に見える小部屋へと入って行く(見えないけどね)。
すると直後にアイカからの念話が届いた。
『お姉様、天井が落下してて、その下敷きになっていた獣人の女の子を発見しました。風魔法で瓦礫を吹き飛ばしましたが、意識は戻りません』
その尾行者には事情を聞かないといけないからね、身柄は押さえておきたい。
銀箔蝶に追い付かれるかはギリギリっぽいけど、助けるしかないわ。
『ホーク、あそこに見える小部屋に例の尾行者が居たみたいなの。意識が無いみたいだから乗せてあげて』
『そらかまへんが、銀箔蝶はどないするんや?』
『ドローンが援護するから、銀箔蝶が襲ってきたらひたすら回避に専念して!』
『分かったで!』
急いで尾行者の居る小部屋に入り込むと、倒れてる獣人の子が居たので担ぎ上げて部屋から出た。
私が小部屋に入ってる間に傭兵達は出口に向かったらしく、待機してるのはホークのみだった。
ミゲールさんとジュリアさんは先に行かせたらしい。
って、マズイ! もう銀箔蝶が目の前に!
『させませんよ!』
ホークに襲いかかろうとした銀箔蝶にドローンからウィンドスマッシュが放たれる。
これによりホークへの攻撃を中断せざるを得なかった銀箔蝶は、ウィンドスマッシュを受け止めて……え?
「き、吸収した!?」
信じられない事に、銀箔蝶が魔法を吸収してしまったのよ。
行動の速さからして手強いのは分かってたけども、これじゃあ魔法は意味を成さない。
「ホーク、この子を連れて離脱しなさい!」
「了解やで!」
担いでた女の子をホークの方に投げ渡すと、背中でキャッチしてそのまま出口を目指した。
その間にドローンが機銃で銀箔蝶を狙ってるけど、命中する気がしない。
『最初の数発は当たったのですが、それ以降はさっぱりです。どうやら学習能力が有るっぽいですね』
この上なく厄介ね……。
「兎に角、出口に急ぐわよ!」
再び出口に向かって走りだしたけど、当然のように追ってくる銀箔蝶。
けれどドローンの援護があるお陰で、私への攻撃が手薄になってるのは有り難いわ。
そんな逃走劇を繰り広げてると、やがて出口が見えてきた。
「やっと出口までたどり着いたのね!」
でも喜んでられるのも束の間、その出口が今にも崩れ落ちそうになってる!
「後少しなのに……ヒャッ!?」
『お姉様!?』
もう少しのところで足下の瓦礫に引っ掛かる。
転倒こそ免れたものの大きなタイムロスになり、そのせいで銀箔蝶の接近を許してしまった!
「侵入者を捕食せよ。侵入者を捕食せよ。侵入者を捕食せよ」
コイツ……壊れたテープレコーダーみたいな事言って!
そんなに捕食したいなら……、
「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」
複数の火の玉を銀箔蝶の周囲に漂わせてやる。
魔力を吸収するなら好物の筈よ。
「ーーーー魔力反応! 捕食を開始する」
よし、上手くいったわ! 好きなだけ食ってなさい!
銀箔蝶がファイヤーボールに夢中になってる間に出口へダッシュする。
しかし!
「侵入者を捕食せよ、侵入者を捕食せよ」
ウソォ!? もう追って来てる! こんな筈じゃなかったのに!
でも出口はもう目の前にある。
後ろから銀箔蝶の気配がするけど気にしてる余裕はない。
『お姉様、後少しです!』
どうやらドローンは先に出たらしく、私が最後らしい。
「分かってる!」
瓦礫が積み重なり今にも塞がれそうな出口に顔半分が出る。
けれど後ろからは銀箔蝶。
その強靭な顎が私を捕らえんと噛み付こうとする。
そこで出口の上が変形し、出口を押し潰す。
「間に合えぇぇぇぇぇぇっ!!」
頭が出て外の背景が飛び込んでくる。
腕が出て外の空気に触れる。
足が踏み出て湖底のぬかるんだ感触が伝わる。
最後につま先が銀箔蝶の顎を掠めたところで出口が崩れ、間一髪ダンジョンからの脱出に成功した。
アイリ「大部分が欠損してるのに67%も移植出来たの?」
ダンジョンコア「我の半分は、やさしさで出来ています」
アイリ「バフ〇リンじゃないの!」




