エレム教のしがらみ
前回のあらすじ
ローザが操る銀箔蝶の魔力と共鳴し、アガレスが記憶を取り戻すが、既にダンジョンのボスとして召喚されてるために、ダンジョンコアからの命令に叛く事が出来ない。
しかし、アガレスが強引にコアルームを開けてる間にアイカの援護によりダンジョンコアを破壊する事が出来た。
「主よ、某は引くが、決して無理はなさらぬよう……」
「アイリはん、ほな達者でな!」
時は遡り、ザードとホークがアイリの命令により、ボス部屋から撤退する時の事。
ボス部屋に居た長ったらしいミミズをアイリが焼却したところ、続いて召喚されたのがAランクのリッチだったため、急いでボス部屋を後にしようとしていた。
「しっかしアイリはん1人で大丈夫かいな? あの雰囲気はヤバいでぇ。うちらで背後から奇襲すればいけるんちゃうか?」
我先に逃げると言っておきながら、何だかんだとマスターであるアイリを心配し、奇襲を提案するホークであったが、ザードの答えはNOだった。
「ホークよ、それが失敗した時、逆に危険な状況に置かれる事となるのだ。そうなれば我が主の足を引っ張りかねんが、それでも決行すると申すか?」
「うぅ~、そう言われると……うん、まぁ……難しいとこやな……」
ザードの言う事はもっともで、奇襲が失敗に終われば逆に窮地へと陥る事になりかねない。
それに、自分達のせいでアイリが怪我を負うような事があれば、他の眷族達に何を言われるか分かったもんじゃない。
結局のところ、黙って指示に従うしかないというところに落ち着いた。
そんな訳で、ボス部屋を出た2人なのだが、そこに居たのはエレムラブの4人だけではなかった。
「む? この状況は……」
そこにあったのは、ここへ来るまでのルート上ですれ違い、出口へと向かって行った筈の冒険者の集団がミゲールとジュリアを取り囲んでいる光景だ。
この冒険者達は、すれ違った際にアイリが殺気を感じ取った連中でもある。
「ちょ、なんやこの状況は!?」
ただならぬ雰囲気を感じた2人は、急いでミゲール達と冒険者の間に割って入る。
すると、冒険者達の背後からマルティネスが姿を現した。
「おやおや、どうやら無事に戻られたようで何よりです」
声を発したのはマルティネスだが、その発言とは裏腹に、五体満足かはどうでもよいという感情が伝わってくる。
「……で、説明してはもらえぬか?」
いまいち状況が飲み込めないザード(ホークもだが)が尋ねると、目を細めてミゲールを睨みつつマルティネスが答えた。
「これは申し訳ありませんでしたね。何せダンジョンに潜る予定は無かったものですから、彼等と上手く合流するのに手間取ったのですよ」
そう言いつつマルティネスが視線を動かすと、その先には冒険者達のリーダーと思われる体格の良い中年男が油断なく眼光を光らせていた。
それを見たザードも、その男に視線を合わせ警戒を強める。
「彼等は……何者ぞ?」
「彼等はミリオネック連合で活動してる【銭亀】という傭兵団です。この2人を始末するためにわざわざ契約したのですよ。ああ、勿論独断で行ってる訳ではありませんよ? キチンと教祖様の命受けて動いておりますので、勘違いなさらないで下さいね?」
教祖からミゲールとジュリアを始末するように指示された2人は、銀箔蝶を求めて冒険者が集まるという話を利用して、ミゲール達を唆し湖までやって来たのだ。
筋書は次の通り。
銀箔蝶の捕獲にやって来たはいいが他の冒険者達とトラブルになり、その場で命を落としてしまう……というシンプルなものだ。
ミゲールやジュリアはグロスエレム国内では知名度が高い人物のため、例え教祖といえども無下に扱う事が出来ないでいた。
そこで今回の計画を企てたのである。
「しかし、ダンジョンの出現で予定が狂ってしまいましてね。肝心の彼等が未知のダンジョンに引かれて探索に出てしまったので、すぐに実行に移す事が出来なかった……という訳です」
「ふん。その割にはダンジョンが出現する前には実行に移さなかったようだがの」
皮肉を口にするミゲールだが、確かにここ数日の間に実行に移せば暗殺は成功していた可能性は有る。
「ええ。貴方の言う通り、そうするつもりだったのですがね。何故か彼等……特にモフモフという御方による監視の目が御座いまして、思うように動けなかった……という訳です」
モフモフは決して内情を理解してた訳ではないのだが、朝夜を問わずエレムラブの4人を常に監視してたため、それに気付いたマルティネスとマンシーは、下手に動く事が出来ないでいた。
「せやかてマルちん、暗殺とは些か穏やかじゃあらへんなぁ?」
「マ、マルち……コホン! これは必要な措置なのですよ。祖国に逆らうなど、決して許される事ではありません。その命を持って償ってもらいます!」
だがマルティネスの発言に真っ向から噛みついた者が居た。
エレムラブの最年長であるミゲールだ。
「ふざけた事を! お前は今のグロスエレムを見て何も感じないのか! 上に立つ者が腐ってるから下まで腐ってしまうのだ! それに今のエレム教は本来のエレム教の教えとかけ離れておる。人間至上主義など間違っておる!」
しかし、そう力説するミゲールをマルティネスが嘲笑う。
「間違ってなどいませんよ。地上に生きる者の中で、人間が一番神に近いのです。つまり、人間以外の種族はそれ以下なのですよ。何故このような単純な事が分からないのです? 人間以外の種族全てが人間に従うようになる……素晴らしい世界じゃありませんか!」
今度はマルティネスが両手を広げて力説する。
そこへ冒険者達の後ろから現れたマンシーも、マルティネスに賛同した。
「まったくです、実に嘆かわしい。ここ暫くあなた達の言動を見させていただきましたが、どれもこれもヘドが出そうになりましたよ。人と亜人は生まれながらにして平等であるなんて狂言にもほどがありますね」
「マンシー、貴女……」
マルティネス同様、さもガッカリしたと言わんばかりに吐き捨てるマンシーをジュリアが睨み付ける。
しかし、マンシーは涼しい顔をしたまま話し続けた。
「ご不満のようですねジュリアさん? ですが不満なのは我々の方ですよ。2人の反逆の意思を確認出来ているにも関わらず、中々実行に移せなかったのですからね。ですが……」
1度言葉を区切ると、静かに剣を抜いて切っ先をジュリアに向けた。
「それも今日までです!」
「ぐぬぅ……身の危険を感じてはいたが、まさかコヤツらが繋がってるとは……。この国家の犬めが!」
ミゲールが悔しそうに吐き捨てる。
それを見て勝ち誇ったマンシーが笑みを浮かべてザードに向き直った。
「貴方達も災難でしたね。我々に関わらなければ巻き込まれずに済んだものを。ですので貴方達にはチャンスを差上げます」
「チャンス……だと?」
「はい。貴方達の手でその2人を処分するというのなら、この場は見逃しましょう」
訝しげな顔をしてザードが聞き返すが、さも当然かのように言い放つ。
だがザードとホークはそんな戯言に付き合うつもりは当然無い。
2人は良い意味でアイリの影響を受けているので、アイリの行動理念に従った選択をする。
この場合、アイリならどのような行動に出るかは分かっていたので、それに従いミゲールとジュリアを助けるように動いた。
「断る。主の顔に泥を塗るような事は出来ん!」
「同じくお断りやで。それに逆境に挑んでこそ男っちゅうもんやがな!」
「お、お主ら……」
その返答を聞いたミゲールは、まさか庇ってくれるとは思わなかったようで、まるで神を拝むような顔付きでザードを見上げる。
一方のマンシーは、わざとらしく溜め息をつくとヤレヤレといった感じに首を振った。
大勢の冒険者に囲まれた中で要求をはね除けてくるとはなんと愚かな事か……そんな感情が顔に出ていた。
また、そういった感情はマルティネスも同じようで、仕方ないといった感じに結論を下した。
「些か勇気と無謀をはき違えてらっしゃるようですが、その選択はあまりにも愚かですよ。何故なら、彼等は並の傭兵ではないのですからね」
「ほーん……で? だったらコイツらは何もんなんや?」
やや勿体ぶった言い回しをされたが、ホークはどうでもよさげに聞き返した。
すると先程からニヤニヤと嫌な顔をしている集団のリーダーが口を開く。
「我々はミリオネック連合の傭兵団【銭亀】である。これでも冒険者ランクは皆Bランクなのだ。我らに出会ったのが運の尽きってやつさ、悪いが我々の糧となってもらおう」
リーダーの合図と共に、ほかの傭兵達も次々と得物を抜く。
「すまぬ……、我らのせいでお主らを巻き込んでしまったようだ……」
20人以上の傭兵団に囲まれ、既にミゲールは絶望を感じ取っていた。
そしてジュリアも同様な表情を浮かべてるのを見て、ザードとホークは顔を見合わせ互いに頷き合う。
「どうやらこれまでのようだな」
「せやなぁ。まさかこんなに早く終わってしまうとは思わんかったでぇ」
「おや、諦めがよいですねぇ? ならばせめて、エレム様の元へ逝くことが出来るよう祈るとしましょう」
既に勝負は着いたとばかりに高を括ったマルティネスだったが、次のホークの一言で凍りついた。
「ああ、ちゃうちゃう! そうやなくて、久々に本気で暴れる事が出来そうっちゅう話や!」
「は? それはどういう……」
言葉の意味を問いただそうとするも、台詞が最後まで続かなかった。
何故なら、彼等の目の前に居た2人が、少しずつ人化を解いて正体を現したのだから……。
「そそそ、そんな事が……」
マルティネスに続いてマンシーまでも言葉を失う。
まさか関わった相手が魔物だったとは、夢にも思わなかっただろう。
ミゲールとジュリアもポカーンと口を開けている。
「秘密を持っているのはお互い様で御座ったな」
「せやせや。アイリはんには命を狙ってくる輩には遠慮はいらん言われてるからなぁ。今更謝っても遅いでぇ!」
本来の姿に戻った2人は、方やマントを身に付け長剣を携えたリザードマン。方や全長2メートル越えの大きな鷹と、突然現れた魔物に傭兵達も驚きを隠さない。
「バ、バカな! ワイルドホークにリザードマンキングが人化してるだと!? そんな事がある訳が……」
「あるんだよなぁ……とでも言うとこか?」
言いつつホークの爪がリーダーの男の体に食い込もうとしたその時! 全く予想外の所から声が響いた。
「みんな! ダンジョンが崩壊するわ! 生き埋めになりたくなかったら走りなさい!」
ボス部屋から出てきたアイリの口から、とんでもない発言が飛び出した。
ホーク「あれ? ワイらの出番は?」
アイリ「充分でしょ」




