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7.後日談とか結末とか

 これは後で聞いた話になる。


 きっかけは零が拝み屋本家の師匠に、私について相談したことだったそうだ。

 師匠はかなり高齢の人物で、簡単に言うと前身の私を知っていたらしい。ちなみに私の方はそんな人間はさっぱり憶えてはいないのだけれど。


「見たんだって言ってた」

 零の師匠は偶然、前身の私の身体が死ぬ瞬間を目撃してしまった。

「あー……なるほど」

 それなら納得である。

 確かひとつ前の私は、あんまり長生きができなかった。不運な事故で臓器を著しく損傷した。やがて回復の見込みもなく、身体は喪われたのだ。

 肉体が滅すると私は離れる。

 普通の人間の目には見えないが、力ある霊能力者であれば、人間の身体から炎で象られた大きな鳥が出てきて、飛び立ったシーンを確認できたろう。


「お師匠さんは勘違いしたんだね。身体が使えなくなったから私は抜けたけど、私が人間を食い破って殺したみたいに」

「多分……」

 そして漸く零が何に拘っていたかを知った。

 師匠の話を聞いてから、ずっと不安を抱えて、私を助けようともがいていたことを。だから迂闊にも鬼浦の甘言に乗ってしまったことも。



 + + +



 ――場面はひとり山に遡る。


 未だ回復せず立てもしない私は、零に頼んで鬼浦の近く、正確には件の隕石のところまで運んでもらった。

 正直に言う。お姫様抱っこで。

 う……うーん。

 羞恥とかそういう感情は私にはない。ない……はずなのですが。何だろう、こっ恥ずかしいよ!


 鬼浦は意識があるのかはわからない。零は警戒を続けている。

「光流、それでどうする?」

「こうする」

 地面に下ろしてもらうと、私は隕石に触れた。

 石には神の力が溢れている。

 ずっと地中に封印されていたようなものだから、突然浮上させられて箍が外れた状態だったのだ。

 そこに丁度良く、拝み屋によって力を奪われた私――かつての自分の一部が接触して、余った力を吸収したならば。


 お山全体を覆い始めていた朱色の陽炎が大きく揺らぐ。炎の欠片を吐きながら、収束するようにぶるりと震え、徐々に縮小していくのがわかった。

 同時に、私の中に力が満ち、じわじわと戻っていくのがわかる。


「もう、大丈夫」

「……良かった」

 すでに手を借りずとも起き上がれるようになっていたが、零は私の手を離さなかった。

 何だか懐かしい。

 昔も二人、こうして手を繋ぎ合った。


 いつも一緒にいた。

 花咲く春も、虹の掛かる夏も、紅葉の巡る秋も、雪の舞い散る冬も。

 笑い合い、泣き合った。

 野に遊び、空で歌った。

 初めて会ったあの日から、ずっと。


「好きだよ、零」


 改めて告げると、零は少し照れながら答えた。


「俺も好きだ。ずっと好きだった」



 そんなこんなで。

 なんやかんやとすれ違いながらも。

 私たちは恋人同士になったのである。 






 ◆ ◆ ◆



 後日談、だろうか。


 晴れてラブラブになった私たちは、すでに校内でもオープンでいちゃついている。うむ、所謂バカップルだ。

 ってのは大袈裟だけど。

 まだ高校生なんだから多目に見てほしい。自分の実際の精神年齢的なものは置いておいて。


 夏休みが終わり、新学期になっても我々の仲は変わらなかった。

 放課後デートということで、街にあるショッピングモールをぶらぶらした後、M字ファーストフード店に行く。なんて健康的だろうか。

 

 期間限定シェイクを二つ買うと、私と零はカウンターの席に横並びに座った。対面よりも親密度が高い気がする。何故だ。

 零の横顔はとても綺麗だった。昔から可愛らしかったけれど、成長して精悍さが加わった分、何というか、凄絶な感じがする。

 それに……何だろう。

 普段は表情の変化に乏しいタイプなのに、今日は少し暗く見えた。


「どしたの?」

「うん……」

 少し躊躇った後、零は答えた。

「光流は知ったことじゃないかもしれないけど」

「ん?」

「鬼浦さん、退院したって」

「……まあ、無事なら良かったんじゃ?」


 うーん、まったく興味がない。むしろムカつく。

 他の女の話題を振らないで、みたいな嫉妬心からではなく、あいつが零を騙して裏切って傷つけたからだ。


 鬼浦は拝み屋本家の直流に近い、優秀な霊能者だった。あれだけダメージを喰らえば私でも認めざるを得ない。零の兄弟(姉妹)弟子にあたるらしい。

 彼女は力を求めていた。

 零は救いを求めていた。

 ひとり山が忌み地なのは実はその筋では有名だ。生半可な興味で関わっていい場所ではなかった。

 稀に自然界に発生する霊石などを用いて強力な呪具を作りたかった鬼浦は、師匠経由で偶々お山の御神体の情報と弟弟子の懊悩を知ると、甘言を弄して――つまり、幼馴染から危険な妖を払うには霊石の力が必要だと尤もらしく嘯いて、零の協力を取り付けた。拝み屋は言霊を用いたりもするから、迷える子どもを誑かすなど造作もなかったろう。

 もちろん最後は未熟な高校生など簡単に蹴落として、力を独占するつもりだった。彼女にとっての誤算は、お山の御神体が人間には扱えぬほど強大過ぎたってことだけだ。


「確かに腹は立つけど、俺がちゃんと調べもしないで鵜呑みにして、安易に鬼浦さんの言葉に縋ってしまったから、責任はある」

 そう言って、零は気絶した鬼浦と部下たちをお山から運び出し、病院へと搬送した。まあ捨て置く訳にもいかないから仕方がない。

 退院後の処置とか罰は零の師匠が何とかするんだそうだ。本家はちゃんとまともで良かった。

 御神体も再び地中深くに埋め直した。一件落着、めでたしめでたしである。


「俺の勝手でこっちに来たから、師匠には戻れと言われている」

「……え」

 初耳だった。

 いや……改めて聞かされなくとも、予想してしかるべきだったか。

「本家って東京、だよね」

「そう。拝み屋の修業は途中で放り出したんだ。折角才能があるのに勿体ないと散々説教されて」

「行っちゃうの?」

「……決め兼ねている」


 なるほど、それが陰鬱になっていた理由か。

 想いが通じ合ったばかりの彼女を置いて、いきなり遠恋は悩むだろう。

 東京……東京か。このド田舎から大都会東京は確かに遠い。結構本格的に全国レベルな本家さんだったんだな。そこで才能を認められているなら惜しいとも思う。

 職業拝み屋は危険も伴うし、どう足掻いても裏稼業には違いない。ただ零が将来普通のサラリーマンになれるかと言ったら、どうだろう。


「拝み屋になりたい?」

「以前は光流を助けるって名目があったから……今はそれほどの熱意はない。ただ、術を会得して力を生かせるのは嫌じゃない」

 零は拳を緩く握った。先日自ら爪で抉った傷はまだ癒えていないようで、赤黒い瘡蓋が見える。

「だから光流、お前……待っててくれるか?」

 私は零の手にの上に自分のそれを重ねた。

「俺は絶対、帰って来るから」

「零」


 ――暖かい。

 そうだね。

 変わらぬ温もりと気持ちがあれば、私たちはきっと大丈夫。


「中途半端は良くないから、どうせやるなら思いっきり大成してくるといいよ」

 寂しいとか行かないでとか、可愛げのある科白は吐いてやらない。

 私は敢えて背中を押してやるのだ。

「……ごめん、光流」

「問題ない。たかが2年ちょっとの話だし」

「いや、そんなにすぐには」

「だから、私が東京の大学に行けばいいんだよ。就職もそっちのが断然有利だし。幸い許してくれる家だしね」

「え?」


 零は驚いて目を瞠いた。

「何?」

「だってお前……この地を離れられるのか?」

「うん? できるよ。なんで?」

「御神体に……お山に縛られてる訳では」

「ないけど」

「……っ」

 零は思い切り脱力していた。


「本当に……零は思い込み激しいところ直した方がいいよ」

「善処する」

 くすくすと、私たちは笑い合う。

「大丈夫、零。また一緒にいられるよ」


 やがて再び四季は巡り、子どもは大人になり、世界も変わっていくだろう。

 それでも私たちは変わらぬ想いを誓い合う。

 死が二人を分かつまで――否、私が美園光流を止めるその日まで、ずっと零の傍にいる。人間として当たり前に生きて、愛し合って、共に死ぬんだ。


「ああ、一緒にいよう」


 繋いだ手はもう、二度と離さない。



<完>

ありがとうございました

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