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6.想いとか涙とか

 気がつくと、すでに山頂だった。

 途中から漆黒の妖気が朱色の神気に変化していき、人間の身を苛む圧迫感はこれまでの比ではなかったと思う。

 尤も私には何の影響もないし、零は自分を守る術を持っていたので、何ら問題はない。

 ただ、そうでない連中も当然いる。

 鬼浦とその部下は、げっそりと憔悴した身体を地に伏せていた。普通の人間より耐性はあるとはいえ、さすがにきつかったのだろう。

 いやしかし、靴がヒールではないとはいえ、パンツスーツ姿でよく舗装もされていない山に入ったな。女性にしては逞しいというか。


「鬼浦さん!」


 鬼浦は少しだけ面を上げる。身動きするのは辛いようだ。

 それはそうだろう。彼女の傍ら、つまり至近には、両手で持ち上げられるほどの石が落ちていた。物理的には古めかしくみすぼらしいが、霊的には圧倒的な力を秘めている――例の隕石だ。


「まさか、あれが」

「やっぱり掘り起こしちゃったかー」

 私はゆっくりと石に近づいた。

「待て、光流」

「ん?」

 呼び止める声に、私は一瞬だけ意識を向けた。



 そのとき、だった。



「……化け物め!」

「!」


 突然の誹謗に驚く間もなく、私の眼前に数枚のお札が舞った。複雑な紋様が描かれた呪い札が襲い掛かるように飛んで来る。

「光流!」

 零の叫ぶ声が嫌に遠くに聞こえた。

「……っ」

 お札が私の身体に触れると、びりりと電流が走る。衝撃で私の身体は何メートルか後ろに吹っ飛んだ。背中に堅い樹木の幹がぶつかる。

 視界の端に鬼浦の勝ち誇った顔が見えた。


「光流! 大丈夫か!?」

 零は愕然とした表情で私の元に駆け寄った。

 平気だと答えてやりたいけれど、まだ無理だった。さすがにプロの技と言うべきか、妖にダメージを与える術としてはかなり強力な部類と言える。

「鬼浦さん……なんで」

「その女は化け物よ!」

 神域に侵され蒼白になりながらも、鬼浦ははっきりと私を指して断じた。

「人間の姿をしているだけで、まったくの……別物。浦和くん……騙されないで。それ以上、近づくんじゃ、ない。離れ、なさい」

「何を言ってるんだ!」


 鬼浦の必死の忠告を無視して、零は倒れた私の傍に屈み、上体を起こす手助けをした。

「光流、光流……ひかる!」

 唇は「零」とその名を刻むが、声が出てこない。人間の身体を操るための力が巧く働いていなかった。どうやら妖力を根こそぎ持っていかれた。まったく厄介なお札だ。

「いい加減に、し、なさい。うらわ。今の、うちに、助けなさい……よ」

「鬼浦さん!」

 責める声音で零が鬼浦を怒鳴りつける。

「あんた、何なんだ! 俺はずっと光流を救いたかったのに……死なせたくなくて今まであんたに協力してたのに、ふざけるなよ」


 ああ……また、さっきから繰り返される戯言だ。

 私を死なせないとか救うとか、いったい何なんだろう?


「……れ、い?」

 やっと声が空気に乗って外に漏れる。

 身体が慣れたのか術者の弱体が原因か、術の効果が段々と薄れていくのが自分でもわかった。逆に鬼浦の方はすでに力尽きて叫ぶこともままならないらしい。

「光流!」

「だい、じょぶ。たぶん」

 ゆっくりと、私は頬の筋肉に力を戻して笑みを浮かべる。

 あまり零に心配をかけたくない。私みたいな存在に、そんな必要は皆無なんだよ。説明したから理解してくれたと思ったのに。


「しなないよ、れい」

「あんまり無理して喋るな」

「へいき。直に元に、戻る。さっき……言った通り。あの女も、言った通り。……私は」

「違う!」


 どうして頑なに首を振るのだろう。

 私は零の思っている人間の妖憑きではない。

 神様から分かたれた力で生じた妖で、気が遠くなるほど長く、ただこの世に在っただけだ。

 妖とは欲も意もなく、生まれ持った性質のままに存在し続けるもの――鬼が喰らうように、しゃれこうべが歌うように、狐狸が化かすように、女怪が誘うように。私たちはこの世に漂うだけのもの。

 人間みたいに何かをしたいとか成し遂げたいとか……それどころか生きたいとか死にたくないとかいう思いさえも抱くことはない。


「お前は化け物なんかじゃない。いや、たとえ妖だったとしても、違うんだ」

「何、言ってんの」

 滅茶苦茶なことを口走る零に、私は呆れて笑う。


 ……ああ零、何を泣いているの。


「ごめんね、私は妖、憑きではなくて」

「そんなのはどうでもいい」

 子どもの頃よりも大粒の涙をぼろぼろ流して、零は私の手を握り、頬をさする。

「だって……」


「だって光流は俺のことを好きじゃないか」



 + + +



 そうだね、私は零が好き。

 零が幼い頃から、光流わたしが幼い頃から、ずっと。誰よりも大切に想っている。


「知ってたの?」


 私は結構な間まったく知らなかったよ。

 人間じゃないのに人間のように恋をすることができるなんて。


「知ってた」






 もう一度昔話をしよう。


 神様の一部は女に知られることなく赤児の肉体に宿った。

 言うのは簡単だが、人間一人を動かし、成長させ維持し続けるにはかなりのエネルギーが必要となる。神様の力は半減した。

 省エネを目論んだのか自らを封じて身を隠したかったのかわからないけれど、神様は女に自分――隕石を地に埋めるよう命じた。そして眠りについた。

 それでも少しずつ漏れ出す力に魅かれて、妖たちがお山に集まるようになったのは余談だ。


 神様の気まぐれだかでこの世に生じた私の性質は――死と再生。

 ごく一般的な火の鳥のイメージと相違ない。不死鳥とかそういう感じだろう。

 更に言えば、()()()()()生きて死ぬこと、それが私に与えられた妖としての本質だった。だから本当は()()()()なのだ。


 人間として――人間を好きになっても。






「光流は俺のこと、好きだったろう?」

「……うん」

「ずっと傍にいて、見てくれてた。知ってたよ。多分……離れていた間も、高校でまた会ってからも」

「うん」

「同じだから。俺も同じだから」


 泣きじゃくった酷い顔で、零は私に告白する。

「だからいいんだ。本当は人間じゃないとか、関係ない」

「ははっ」

 少しだけ動くようになった身体を起こして、私は零に抱き着いた。そのまま背中まで腕を巻き付けてぎゅっとする。

「何言ってるんだか」


 可愛い可愛い私の零。


 この気持ちが何に起因するものでも、真実どうでもよかったんだと思う。

 私たちは出会い、優しい時間を共に過ごした。いつだって灯る火のように、美しく暖かい温もりを分け合った。

 お互いが大切だった。

 それだけはずっと変わらなかった。

 美園光流という、まだあまりにも短い人生の中でも、ちゃんと見つけられた。ちゃんと伝わっていた。だから。


 ……ありがとう。

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