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4.思惑とかすれ違いとか

『……鳥よ』

『焔よ』

『如何した、炎の』

『また人の子に関わって』

『滑稽な……』


「煩いよ」


 ごちゃごちゃと纏わりついてくる妖どもを一蹴して、私はわざとらしく炎の翼から熱風を噴き出す。

 お山に立ち入るとこれだから嫌なんだ。

 ……まあ、今日は仕方がない。


「それで、どうなってんの?」

 苛々しながらも尋ねれば、妖の群れは異口同音に喚き散らす。

 鬼や髑髏が嗤い、獣やら虫やら植物やらの変化が騒めき、はたまた無機物の付喪神だのまでが、きぃきぃと煩わしい。


『来ていたぞ、人の子が』

『拝み屋』

『女ではない。男』

『子どもだったに、大きくなったなぁ』

『いや女も見かけた。ぴりぴりして嫌な奴だ』

『だが攻撃はしてこないな』

『転ばせやろうとしたがなぁ』

『睨まれた』

『恐ろし、恐ろし』


 私は腕を組んで、少し状況を整理する。

 お山の妖に確認したのは、先日バイト先の喫茶店で零と鬼浦なる女の話を盗み聞いたからだ。零を油断させるため買い出しを装って店を出たけれど、霊能者にも気づかれない羽虫程度の小妖怪を店に忍ばせておいた。

 残念ながら奴らの伝達能力は低いので、情報は断片的だった。

 ただ気になったのは、やはりお山の話が出ていたという点である。


 拝み屋は何度かお山に足を踏み入れている。

 曖昧だが、零自身は入学直後からどうも何か調査のようなことをしているようだ。私と関わりを絶ったのは、やはり悟られたくなかったから、という理由も一端にあろう。

 幸い、住まう妖どもに危害を加えてはいないらしい。まあ別にそれはどっちでもいい。我々は仲間意識なんて稀薄なので。


『古き者よ。人の子は頂きを望むようだ』

 比較的知能の高い大鬼が、意見を述べた。

「山頂?」

『人の子の行ける道を探している』

「なるほど。ということは目的は御神体?」

『おそらく』

「意味わからないな。人の手には余るだろうに」


『愚かなり』

『不遜よのぅ。傲慢よのぅ』

『なぁに、人の子は驕るものよ』

『酔狂だなぁ』

『どうする、鳥よ』

『どうする』

『どうする』


「さてね……」

 困るより戸惑うという感情が近い。私は大きく嘆息する。

 何やら厄介な事態を持ち込まれそうだけれど、一体どう関わるのが、或いは関わらせないのが正解なのだろう。



 + + +



 結論としては――私は零を拉致した。

 夏休み中の登校日にストーカーのごとく動向を追い、クラスメイトと分かれた一瞬の隙を狙った。声を上げさせる間も与えず、再び空へと連れ去ったのである。


「ひ……か、る?」

「舌噛むよー」

 人間には辛いだろう高さと速度で一気に飛ぶ。

 ちなみに、女子が男子の背中を羽交い絞めするという構図である。一般的には相手にとって役得と言えるに違いない。


 やがて我々はお山の近くまで辿り着いた。

 厳密には隣接する山の巨大一本杉の枝に下りた。普段は鴉ないし天狗連中の足場だが、今日は遠慮してもらっている。

「大丈夫? 水でも飲む?」

「おい、ふざけるな」

 ペットボトルを差し出した手は冷たく払われた。

「あーあ」

 ぶつけられた勢いで容器が手から落ち、遥か下方に見えなくなる。ゴミのポイ捨てはやめよう。


「何のつもりだ、光流」

連絡先ライン知らないんだから、しょうがないじゃん」

「クラスの奴にでも聞けよ」

「聞けるか。女子が怖いわ」


 零と私は別々の枝の上に立って向き合った。

 強い風が枝を揺らすが、身体のバランスは崩れない。人外の私は兎も角、零も相当に修行して鍛えていそうだ。


「あのさあ」

 とりあえず私は本題に入る。

「事情はあるのかもしれないけど、あの鬼浦とかいう女の人には極力近づかない方がいい。あれは他人を使い捨てにするタイプの、欲深い人間だよ」

「……なんで」

「知ってるよね。私はわかるんだよ、そういうの」

 散々不審者や迷惑な大人を指摘した幼少時を思い出させるように言うと、零は気まずそうに顔を逸らした。

 あの女がろくでなしの類なのは、きっと承知しているのだろう。


「お山には何もない」

「え?」

「人間が求めて得られるものはない。多分、彼女の勘違いなんだと思う。と言っても、あの手の輩を諦めさせるのは難しいかな」

 本当は零を説得しようと無駄かもしれないと思いつつ、私は改めて忠告する。

「身を滅ぼすのが嫌なら、立ち入ってはいけないよ。昔から、不入山とはそういうもの。深く進めば戻れなくなる場所だから」


 零の表情は厳しく歪んでいた。

 悔しい、という表現が相応しいだろうか。

「戻っているだろう……お前も、俺も」

「子どもの頃のことを言っているのなら、あれは大して奥に行った訳じゃないし。だいたい私はただの人間じゃ」

「――人間だ!」

 語尾に被せるように零が怒鳴る。

「は?」

 私は面喰った。


 何だろう、この違和感は。

 睨んでくる零の眼差しには、人間特有の強く激しい感情が宿る。

 我々妖には持ち得ないもの。

 何かを求め葛藤し、乗り越えてなお消えずに残る意思――否、欲望とさえ言っていいかもしれない。



 ……ああ、私の可愛い小さかった零が。

 こんな瞳をするようになるなんて。



「零」

「光流は普通の人間だ。妖憑きかもしれないけど、普通に学校に行って、家族がいて、友達がいて、バイトもして……なのに、なんで」

「いや前提の時点で普通じゃないし」

 苦笑して、私は茶化す。

 こちらまで真面目に取り合っていたら、良くない気がした。戻れなくなるような、致命的に決別してしまうような、嫌な予感だけが胸に迫る。

「まあ確かに私は特殊な生活してないけどさー」


「それでいいじゃん。妖憑きだろうが霊能者だろうが、変に気負わない方が人生楽しいよ?」

 私は笑みを崩さない。

 怯んではいけない。負ける。人間だけが持つ指向性のある本気は、ただ性質のままに漂う妖を簡単に凌駕し、射抜いてしまうものだから。


「零」

「駄目、なんだ」

「は?」

「駄目だ。俺は諦め切れなくて」


 拳を握っていた零の手に血が滲んだ。つつ、と足下の空間に滴り落ちる。力を入れ過ぎて、爪が皮膚に食い込んだのだ。

「零は……いったい何が望みなの」

 痛々しい様子に狼狽えながら、私はどうしようもなくなり、躊躇っていた問いを投げ掛ける。

「お山の力は、人間の望みを叶えたりしないよ」

「それでも……」

 零は自嘲するかのように苦く微笑んだ。

「俺には力が要る。……光流、お前を」


 死なせたくないんだ――と、零は思いもかけぬ言葉を口にした。

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