1.出会いとか正体とか
一人称です
憎むほどに強く激しい視線の意味を、私は今も知らない。
彼――浦和零は時折、周囲の誰にも悟られずに、鋭い眼差しで私を見る。
もし気づかれていたら大変だ。同学年でも不愛想ながら綺麗な顔立ちで人気の高い、所謂クールイケメンモテ男が同級生に関心を持っている。その一事だけで、私は面倒に巻き込まれてしまうだろう。
まあ、そういうのも人間ならではの、愉しみのひとつではあるんだけれどね。
自分で言うのもなんだが、女子高生にしては鷹揚に構えていると思う。
そこいらの娘さんより人生経験が豊富だし、正直生まれ的にあまり人の世の柵にこだわらないせいもある。
……尤も。
彼の真意は知らずとも、心当たり程度の関わり合いの記憶があったから、狼狽えることもなくスルーし続けられたのかもしれない。
そういえば以前、久々に再会したあの日も、彼は同じ眼で私を見たのだ。
堅く剣しい表情で、浦和零は唐突に私に尋ねた。
「お前は……あの頃のままなのか?」
質問の意図がさっぱりわからず、私は笑いながら適当に答えた。
「そうだね。私は昔も今もこうだよ」
◆ ◆ ◆
突然だが、私は人間ではない。
戸籍の上では歴とした日本人だけども。名は美園光流、冬至生まれ、わりと田舎にある公立高校1年生で相違ない。
これは私の外側、もっと言えば器の身体の話だ。
つまり私の中身……一般的な用語だと魂的なものが人間とは異なる。
では何か?
判り易い表現をすれば、妖怪とかの類なのかな。
死産の子どもの肉体を借りて、何度も何度も人間としての生を繰り返す。
私の本質はそんな妖だった。
+ + +
私が件の彼、浦和零と初めて顔を合わせたのは、まだ小学校低学年の頃である。
地元は田舎なので、緑生い茂る山々がすぐ近くにある。
中でも何故か妖者が多く住まう、不入山とされる「お山」で私たちは邂逅した。しかも、そのときはお互いを人間だと認識していなかった。
妖は常人の目には映らない。
人間の肉体を纏っている私はもちろん例外だけれども、当時、美園光流になってから短い(妖基準)私は、まだ身体に慣れ切っておらず、端的に言うと妖気がだだ漏れの状態だった。
「……炎の、翼?」
初めて会ったときに、零は私を見るやそう呟いた。私の背に羽があり、周囲にオレンジの炎を撒き散らしているように見えたんだそうだ。
間違ってはいない。私の妖としての本質は火の鳥だから。
「お前、小鬼? どこから来たの? お山の者じゃないよね」
「お山?」
「知らないの? ひとり山」
私が山の奥を指さすと、零は驚いてきょろきょろと辺りを見回した。
濃い緑に、獣や鳥の気配――そして漂う幾つもの妖気が遠巻きにしている。あいつらは私のことを人間かぶれと馬鹿にする一方で、無関心ではいられないのだから質が悪い。
「最近この辺りに来たの?」
「うん……僕、こんなたくさんお化けがいる山なんて、知らなくて」
「まあ最近では珍しいかもね。力ある山は減っているから」
霊能力が高く、妖をはっきりと視認できる零のことを、私はしばらくずっと子どもの姿をした人外だと思い込んでいた。
「ここに住むなら、穴場を教えてあげようか?」
「え……いいよ。お山に住むつもりはないよ。もっと、人がいるところに」
「人里に? 変わってるね」
自分のことは棚に上げて、私は零を笑った。
零は何故か恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「僕は……零っていうんだ」
「ああ、私は光流だよ。今は」
「今?」
「いいじゃん、名前なんて記号だし」
「?」
服のように身体を取り換えられる私には、人間としての名前など愛着がない。そうでなくとも妖は適当に名乗るものだ。
だから零が私の名をとても大事に呼んでいたことに、当時は気がつかなかった。
強すぎる霊能力のせいで人の世にも馴染めず、妖には揶揄されるばかりの零にとって、私はどっちにしろ初めて名乗り合った――友だった。
私は零を余所からやってきた小鬼だと思っていたし、零は私をお山に住む鳥型の妖の化身だと思っていた。
そしてその勘違いは、遊び歩いた私たちが山の麓でご近所のおばあちゃんに見咎められるまで訂正されなかった。
+ + +
「妖憑き?」
自分の本性――死体に宿って人間のふりをしている――を正直に説明すると、さすがにドン引きされるだろうと思った私は、幼い零にそう言って誤魔化した。面倒だったり億劫だったりした訳ではない、多分。
幸い私は人の世に定住していたため、あっさりと信じてくれたようだった。
それはそうだろう。何しろ私はそこいらの連中よりずっと人間やってる歴が長い。力ある妖の内には人間に化ける類もいるが、どことなく不自然さが出るものだ。私は多少妖力が溢れているだけで、仕草にも表情にも違和感がない。
お互いを人間だと知った(私の方は嘘だけど)私たちは、実は同じ小学校に通うことが判明した。零は時期外れの転校生だった。
普通の人間には見えない世界を捉える瞳は、零を集団から疎外させた。都会の学校では除け者にされ虐められ、やむを得ず引っ越してきたらしい。
これも奇縁なのだろうか。低学年の間は、零はずっと私にべったりだった。美園光流は適度に明るく親しみやすいキャラとして周囲に認識されていたので、そのうち自然と零も学校に溶け込めたと思う。
私たちは子どもらしく、野を駆け、虫を追い、水を浴び……遊び回った。
加齢が進むと、私は肉体の制御に慣れた。零からすれば、徐々に妖気が消えていくように映ったのかもしれない。
「光流に憑りついていた妖は、どこかに行った?」
「別に、変わらないよ。一生このままだよ」
「辛くない?」
「問題ないよ」
私から見れば、零の方が余程大変そうだった。
霊能力の高い人間は、妖にちょっかいをかけられやすい。
ただでさえ、お山の近くに住んでいるのだ。通常は人里を厭う妖でも、数がいれば厄介な奴も出てくる。零はよく襲われていた。
揶揄い半分で話し掛けられるだけならまだマシだ。追いかけられ、髪を引っ張られ、足を引っかけられ、突き飛ばされる。更には妖気の障りに当たり、体調を崩すこともしばしばだった。
あまりに度が過ぎれば、私がこっそり追い払うこともあったが、基本的には助けもせず放置した。
もちろん私が手を出せば話は早い。でも永遠に傍にいられるでなし、辛かろうが不遇だろうが、人間は己のことは自分自身で解決する必要がある。面倒だったり億劫だったりした訳ではない、多分。
こんな冷たい対応だったにも拘らず、零は自分よりも私の心配をした。同じように妖どもに苦しめられていると誤解していたのだろう。
+ + +
中学校に上がる頃、零は道を見つけた。
いや、見出されたという方が正しいか。
要するに、高い霊能力を認められ、拝み屋の家に弟子入りすることになったのだ。何でも元々親戚筋にそういう家系がいたらしい。
そうして、小学校を共に過ごした私の幼馴染は再び転校していった。
再会するのは、更に3年後――子どもだった私の借り物の肉体は、少女から大人に移り変わるちょうど中間の時期に差し掛かっていた。
四国ではないです
現代舞台で綺麗な情景と丁寧な出会いの描写を書きたかったのですが、ちょっとファンタジー色が強くなったかもしれません
前作とはまったく異なり、自分の平常運転(思いつきで書き切った恋愛物)です
全7話で終わります