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妖怪SNS  作者: 相野仁
3/16

猫又の少女(前編)

「それで慣れるとはいったいどうすればいいのでしょうか?」


 鋼征は紅蜀葵にたずねる。


「ただこの店にいればいいんでしょうか?」


「そうねえ……」


 彼女が頬に手を当てて考えはじめたところに、店のドアが開いてベルが鳴る。

 入ってきたのは黒いおかっぱ頭と藍色の着物が特徴的な少女で、背丈から顔だちから推測できる年齢は十二、三歳くらいだろうか。

 彼女は紅蜀葵を見て緑の瞳を輝かせたあと、鋼征の存在に気づいて固まる。

 そしてそっと狐耳の美女の背中に回って、彼から隠れようとした。


「あら、甘藍かんらんちゃん。どうかしたの?」


 紅蜀葵に問われた少女は、ちらりと鋼征を見てから彼女を見上げながら問いかける。


「この人、誰?」


 少女の声は小さくはかなくて聞き取りにくかったが、紅蜀葵にはしっかり聞こえたらしい。


「鋼征さんと言って、圧延さんの甥っ子さんよ。圧延さんと同じ力をお持ちのようね」


「……てんちょーと同じ?」


 少女は不思議そうに小首をかしげ、緑の瞳でじっと鋼征を見つめる。

 彼女の視線は彼の顔から石へと移り、クルクルと動く。


「あ、見える人の石」


 彼女の認識ではそうなっているのかと鋼征は思う。

 

「わたしがわかる?」


 彼女の無垢な問いに対して、彼は誠実に答える。


「ごめん、君は普通の女の子にしか見えない」


 彼の返事を聞いて甘藍と呼ばれた少女は残念そうに肩を落とす。

 その彼女を紅蜀葵がなぐさめる。


「甘藍ちゃんはまだなりたてだもの、仕方ないわよ」


「なりたて、ですか?」


 鋼征は「生まれたて」という意味だろうかと首をひねった。

 そうは見えないが、相手は人間ではなく妖怪なのだから通常の常識が通じないことはありえる。

 紅蜀葵は彼の疑問にはすぐ答えず、まずは甘藍にたずねた。


「彼にあなたのことを話してもいい?」


 甘藍は少しの間考えたすえ、小さくうなずく。

 許可を得た紅蜀葵は彼女の頭の上に優しく手を置きながら、鋼征に向きなおる。


「この子はつい先日猫又になったの。それまでは普通の猫だったのよ」


「猫又……?」


 彼は軽く目をみはった。

 猫又ならば名前だけは聞いたことがある。


(いったいどうやれば猫又になるのだろう?)


 彼は首をもたげた好奇心を抑え込む。

 さすがに知り合ったばかりで聞くのは無礼だろう。


「まだ力が弱いので、今の鋼征さんにはただの女の子に見えるのかもしれないわね」


 彼女は甘藍に教え聞かせる。


「ふーん?」


 甘藍は興味深そうに鋼征が身に着けている石を見ていた。

 

「とらないの?」


 彼女の問いは無垢であり、何の含みもない。

 だからこそ鋼征は胸を突かれてハッとなる。


「……大丈夫なのでしょうか?」


 彼は即決せず、頼りになりそうな紅蜀葵の判断をあおぐ。

 

「そうね。大丈夫でしょう。もしも何かあれば私が対処するので」


 とても心強い回答がきたため、彼は次におじを見る。


「まあ紅蜀葵がいっしょなら大丈夫だろ」


 圧延は何でもないように言う。

 どこか適当なようであり、紅蜀葵に全幅の信頼を置いているようでもあった。

 鋼征は短めの深呼吸をしてから、そっとペンダントに手を伸ばして外す。

 とたんに彼を頭痛とめまいが襲ったが、すぐにおさまった。

 

「今のはいったい……?」

 

 彼は顔をしかめながらこめかみに右手を当てながら声をもらす。


「私たちの気配に当てられた影響かしら?」


 紅蜀葵は赤い瞳に心配そうな色をたたえて、気遣うように彼を見つめる。


「そういうものなのですか?」


 鋼征はそう言いながら、彼女の尻尾が九本に増えていることに気づく。

 

(石で防げるのは、尻尾四本分の力ってことか?)


 彼は漠然とそのようなことを考える。


「たぶん、わたしのせい」


 甘藍はそう言って申し訳なさそうに身を縮めた。

 

「わたしがまだまだ力のコントロールが下手だから」


「それは仕方ないわよ。私が彼も守るから大丈夫」


 と紅蜀葵は少女をなぐさめる。

 その甘藍の耳には黒い猫耳が生えていて、黒い尻尾が二本はえているのが鋼征に見えるようになっていた。

 

「……猫っぽい」


 鋼征は率直な感想を漏らす。


「ふふふ。かわいいでしょう?」


 そう言って笑ったのは紅蜀葵で、甘藍自身は恥ずかしそうに頬を染めてもじもじしている。

 

「はい」


 彼は自然とうなずいていた。

 それが余計に猫又の少女の羞恥心を刺激したようで、彼女は紅蜀葵の後ろに隠れてしまった。


「あらあら」


 紅蜀葵は面白そうに笑う。


「男の人に褒められたことなんてほとんどないから、うれしさよりも恥ずかしさのほうが上回ったみたいね」


「おや、そうなのですか」


 鋼征は彼女がうそをついているとは思えなかったが、あまりにも意外だった。


(元が猫なのだから褒められ慣れているし、褒められたくらいで照れるとは思わなかったな)


 思わず甘藍を見つめそうになったのを何とか自制する。

 そのような彼に圧延が苦笑まじりに声をかけてきた。


「言っておくけど、猫らしくないって考えはよくない。それは人間の勝手なイメージにすぎないのだからな」


「あ、そっか。そうですよね」

 

 おじの言葉に鋼征はハッとなり、反省する。

 

「素直でいい子ね」


 紅蜀葵が褒めてくれたものの、それだけでは彼の罪悪感は消えない。

 

「ごめんな。許してもらえるかな?」


 鋼征は彼女の背中に隠れている甘藍に声をかける。


「甘藍ちゃん。答えてあげて」


 紅蜀葵がそう言った数秒後、猫又の少女はひょっこり顔を出して小さくうなずいて見せた。 

 

「そっか。ありがとう」


 彼はようやく安堵する。



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