美青年は鬼神
鋼征はいつものように昼過ぎになって店に顔を出す。
「こんにちは」
従業員側のあいさつとしていかがなものかと思うのだが、紅蜀葵がいいと言うため続けている。
「こんにちは」
店内には圧延以外には紫色の着流しを着た二十歳前後の男性がいるだけで、彼があいさつを返してくれた。
彼が初めて見る男性は銀色の髪を短く切り整えた、非常に美しい容貌の持ち主で同性の鋼征ですら思わず見とれそうになる。
圧延もなかなかハンサムな中年男性であるため、彼らが並ぶと女性が喜ぶような絵になりそうだ。
「君がうわさの鋼征くんだね。僕は飛輪という。よろしく頼むよ」
青年は立ち上がってにこやかに自己紹介をしながら、そっと右手を差し出す。
「鋼征です。こちらこそよろしくお願いいたします、飛輪さん」
鋼征も手を出して彼らは握手をかわした。
飛輪と名乗る青年の手は優美な外見に反して大きいが、ひんやりとしている。
(何だか不思議な空気の人……妖怪だな)
彼は率直に思う。
どことなく冷たく、それでいて清らかな空気をまとっているのが飛輪という美青年であった。
あるいは透き通るような水色の瞳も印象に一役買っているかもしれない。
石を外した状態で何ともないのだからあまり強くない妖怪か、それとも紅蜀葵のようにずば抜けた力の持ち主かのどちらかだろう。
「さあ、僕の横にかけてくれたまえ」
飛輪のすすめに応じて鋼征は腰を下ろす。
「圧延、僕のおごりで彼に好きなものを。僕はそうだね、ぜんざいとほうじ茶を頂こうか」
なかなか渋い組み合わせだと彼は思う。
(それとも日本の妖怪は、そういうものが好きなのかな?)
という疑問も浮かんだ。
人間と同じものを飲み食いするのかという点はとっくに過ぎ去っている。
「鋼征、どうする?」
「えっとジンジャーエールで」
おじの問いに鋼征は迷いながら答えた。
昨日に続いておごってもらう立場になってしまったが、「妖怪はこの店にストレス発散しに来ている」と考えた場合、彼らのやりたいようにしてもらうのが一番である。
申し訳ないと思いつつ甘えるのが最善手だと彼は自分に言い聞かせた。
彼がジンジャーエールを飲み始めると、飛輪は観察するような視線を向けてくる。
遠慮のない不愉快なものではないものの、隣にいるのだから気づいてしまう。
ただ、鋼征は自分のほうが新参者であり、彼らに品評まがいのことをされるのも仕方ない立場だという自覚がある。
気づかないフリを貫く。
彼がジンジャーエールを飲み干した頃、紅蜀葵と甘藍の二名がやってくる。
甘藍は鋼征に気づくと駈け出そうとし、隣の飛輪の姿を見ると硬直してしまった。
「あらあら、飛輪さまではありませんか。お久しぶりですね」
「ああ、そうだね。紅蜀葵と甘藍」
紅蜀葵は親しげに声をかけ、飛輪はおだやかに応対する。
「飛輪さま……?」
妖狐の美女が何やらうやうやしい態度をとっていると感じた鋼征は、思わず口から怪訝そうな声が漏れた。
「ええ。こちらにおわす飛輪さまは三鬼大権現の追帳鬼神さまでいらっしゃるのよ」
彼女は畏敬の念を込めて説明をする。
「三鬼大権現……?」
だが、残念ながら鋼征にはピンと来なかった。
かろうじて理解できたのは、紅蜀葵が敬意を抱くほどの大物だということくらいである。
「知らない子に言って聞かせるほどの者じゃないよ。君は気にしなくてもいい」
彼の無知さをとがめることもなく、飛輪は優しく微笑んだ。
鋭敏ではない鋼征も大物の風格を感じざるを得ない。
「こうせい、ひりんさまのことを知らないの?」
ただし、甘藍に無邪気に問いかけられて心がチクリと痛む。
罪悪感にまみれた表情を作った鋼征に、飛輪は気にするなと軽く肩を叩く。
「あまり知られても困るからね。そろそろおいとまするよ」
彼は立ち上がってすたすたとドアまで歩いたところで振り向いて言う。
「君たちの明日に幸あらんことを」
そして背を向けて軽く手をふる。
キザとキザだったが、飛輪ほどの美青年がやれば実に様になっていた。
「きっと飛輪さまは鋼征さんのことを見にいらっしゃったのね」
紅蜀葵はそう予想を述べる。
「幸を祈られたということは、合格だったのでしょうか?」
鋼征は不安そうにたずねた。
「ええ。さすがね、鋼征さん」
妖狐の美女は笑顔でほめてくれたが、彼は困惑する。
「は、はあ。俺はただいただけなのですが」
「飛輪さまにはそれで十分なのよ」
紅蜀葵は笑ってそう言う。




