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妖怪SNS  作者: 相野仁
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ぬりかべ(後編)

 翌朝、鋼征がいつもの時間帯に店に到着すると、中には見慣れない四十代のカップルとおじの圧延がいた。

 女性はピンクの小袖に黒の袴といういでたちで、茶色の湯飲みを手にしている。

 男性は彼女と似たような顔立ちと服装で、地味な印象を否定できない。

 そして彼女は彼の存在を認めればさっと左手を挙げた。


「やあ、昨日ぶりだね」


 どことなく男性っぽい動作だったが、その声は彼の記憶にある。


「昨日のぬりかべさんでしたか」


 彼の確認に彼女は肯定を返す。


「そうだよ。まさかあんなところであんたと遭遇するとはね」


「俺もびっくりしました」

 

 彼女が漏らした言葉に、鋼征は心の底から賛同する。

 彼はあの時までは何となく妖怪たちとはこの店で遭遇するものと考えていたのだ。

 

「結局、鋼征は警察に大して聞かれなかったのか?」


「現行犯逮捕だったからじゃないですか? 傍目にはひったくり犯の自爆にしか思えなかったでしょうし」


 おじの問いに鋼征は答えてから店内を見回して質問する。


「ところで今日は甘藍はいないのですか?」


「ああ。紅蜀葵が遊びに連れて行った」


 おじの返答に彼は少し残念な気持ちになった。


「何だ、けっこう残念そうだな?」


「ええ。あの子といて楽しかったですし、いないと何をしていいのか分からないなと思って」


 相手がおじということもあり、鋼征は本音を正直に明かす。

 するとぬりかべの永陽が笑いながら口を開く。


「おや、こんなおばさんじゃ不満かい? やっぱり男って若い女のほうがいいのかねえ」


 大げさに嘆いたあと、泣きまねをして見せる。

 これに少年は大いに慌てた。

 彼はからかわれているのではないかと思わないほど鈍感ではなかったが、無視を決め込めるほど豪胆でもなかった。


「べ、別にそんなことないですよ! 永陽さんと会ってお話しできてうれしいです!」


「永陽、人の甥をあんまりからかわないでくれよ。こいつはまだガキなんだから」


 圧延はため息をつきながらぬりかべをたしなめる。

 ケロッとした顔をした永陽は肩をすくめてみせた。


「おばさん、たまには若い子に心配してほしくなっただけでね。悪かったよ」


「あ、はい」


 困惑する鋼征に彼女は茶目っ気たっぷりのウィンクを飛ばす。


「まあこっちに来て座りなよ。お詫びに何かごちそうしよう。クリームソーダがいい? それともコーラフロートかい?」


 少年はおじに目で「いいのか」と問いかける。

 身ぶり手ぶりで「奢ってもらえ」と返ってきたため、彼は永陽の左隣に腰を下ろしておじに注文した。


「じゃあクリームソーダをひとつ」


「おう」


 圧延は甥っ子相手だからか、あまり愛想のない返事をする。

 

「永陽さんは昨夜みたいなことをよくやっているのですか?」

 

 話のタネがほしかった鋼征は、昨日のことを振ってみた。


「そりゃ見かけた時はね。意外かい?」


「はい、正直に言えば」


 ぬりかべの問いに正直に答える。


「妖怪が存在するためには人間が必要と教わりましたが、積極的に人助けするとは思ってもいませんでした」


「まあ、そういう奴は多いよ」


 鋼征の意見は間違いではないと彼女は言う。


「紅蜀葵や私が例外のようなものさ。人間は何十億っているから、少々減っても平気だと考える奴もいるくらいだ」


「それはそれで困りますね」


 鋼征は顔をしかめる。

 まるでエサか何かと思われているような、嫌な感覚になった。


(考えすぎならいいけど……)


 それでも相手は妖怪という人間の常識が通用しない存在である。

 倫理観や道徳も通じないと考えたほうがよいのではないだろうか。


「不安そうだね」


 永陽は彼をじっと見ながら、その内面を見透かすような発言をする。


「あ、はい。減ってもいいなんて言われると、やっぱり怖いですよ。この辺にもいるんですか、そういう妖怪?」


 顔色が悪くなった少年を安心させようと、彼女は大きな声で彼の不安を笑い飛ばす。


「いないよ。このあたりは紅蜀葵のテリトリーだからね。あいつの考えに共感できない奴は近づかないさ」


「……紅蜀葵さんってすごい妖怪なのですね」


 鋼征は安心し感嘆する。


「そうだよ。人間たちじゃ知らないんだろうけど、あいつは神としての顔と逸話も持っている。オロチを退治したスサノオって知っているかい?」


 永陽が何気なく放った言葉は、彼の精神に爆発物のように大きな衝撃を与えた。


「ええっ? ヤマタノオロチとスサノオですかっ?」


 仰天する彼を見て彼女は満足そうに微笑む。


「知っていたかい。そうさ、紅蜀葵こそがスサノオなのさ」


「……急には信じられません。あ、永陽さんがうそをついていると言っているわけじゃなくて」


 鋼征は慎重に言う。


「ふふ、気を使わなくても平気さ。圧延の奴もなかなか信じなかったくらいだからね」


 永陽は人間の限界を許容するかのように笑った。


「耳が痛いな」


 黙って聞いていた圧延はそう言ってグラスを磨く。

  

「この分だと人間の知らないこといっぱいありそうですね」


 鋼征は様々な思いを込めてつぶやき、クリームを味わう。

 ひんやりとして甘くこの時期に食べるのは最高だ。


「そんなのいくらでもあるだろうさ。あんたはこれから学んでいけばいい」


「はい。ご指導よろしくお願いします」


 彼が姿勢を正して永陽に頭を下げると、彼女は目を丸くする。


「どうやら礼儀はそんなに悪くないようだね」


 と評価する声には少しだけ好意がこもっていた。


「そうだ。こっちが私の旦那の煙霞えんかだ。私と同じぬりかべだよ」


 彼女が思い出したように言うと、これまで黙っていた男性が口を開く。


「よろしく」


 低くて小さいぼそっと愛想のかけらもない一言だった。

 

「鋼征です。よろしくお願いします」


 目も合わせようとしない男性に対しても、鋼征は笑顔であいさつをする。


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