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妖怪SNS  作者: 相野仁
12/16

ぬりかべ(前編)

「ばかもうしん、こうせいを独り占めしないで」


 いつの間にか店の外に出てきた甘藍が、不満そうな顔で抗議する。


「ああっ? 別にこいつはおめえの所有物じゃないだろうっ?」


 猛震は不本意そうに大声を出し、彼女は嫌そうに顔をゆがめてそっぽを向く。


「大きな声を出すなばかもうしん」


「これは地声だよ、知っているだろっ、おめえもよっ」


 後ずさりする小柄な少女に対して大声で怒鳴る青年という構図になる。


「猛震、その辺にしておきなさい」


 紅蜀葵がたしなめると、鵺は不満を彼女に向けた。


「ああっ? 俺が悪いのかよっ?」


「この子はまだ妖怪になりたてなのよ。幼児相手に凄むなと言えば理解できるかしら?」


 彼女は冷静に諭すように言う。


「あ、そうだったな……」


 猛震は言われて頭が冷えたのか、急速にトーンダウンする。


「分かればいいのよ」


 紅蜀葵はにこりと笑う。


「子どもを甘やかすなって言うかと思いましたが」


 鋼征は少し迷ったものの、疑問を口にする。

 分からないことはきちんと確認しておくほうがよいと考えたからだ。

 

「躾はもう少し成長してからね」


 子育てのプロフェッショナルのようなことを紅蜀葵が言う。


「その時は鋼征さんにも協力してもらうわよ」


「あ、はい」


 鋼征は逆らうことなくうなずく。


「でも、どうすればいいのでしょうか?」


 首をかしげた彼に妖狐の美女は微笑む。


「必要になったことをお願いするから、気にしなくても平気よ」


「分かりました」

 

 彼が返事をしたところで甘藍にシャツの裾を引っ張られる。

 

「こうせい、あそぼ?」


「うん、分かった」


 鋼征は苦笑をこらえながら彼女の相手をした。


「猛震も店内に入りなさいな」


「……おう」


 置いていかれてやや寂しい鵺に紅蜀葵が声をかける。


「今日は何をする?」


「ババ抜き! 七並べ! 神経衰弱!」


 鋼征の問いに甘藍は叫ぶように言った。

 

「全部ふたりよりも多いほうがいい遊びだね」


 彼が苦笑すると紅蜀葵が手を挙げる。


「あら、私が入るわよ。猛震もね」


「おお、俺に拒否権はないだろうしな」


 猛震はあきらめているように肩をすくめた。

 遊び相手になってくれるからか、今回は甘藍も悪態をつかない。

 たっぷりとトランプで遊んだところで、本日も鋼征が帰る時刻がやってきた。

 甘藍は物足りなさそうな顔で彼に手を振る。


「……いい傾向ね」


 紅蜀葵は離れた場所からうれしそうに話す。

 時間が来たら別れなければならないというのは、甘藍への教育として悪くなさそうだった。


「まあ俺らはその気になれば、いくらでも付き合えるからなぁっ」


 猛震もそう語る。


「あなたはいらない、ばかもうしん」


 甘藍はツーンとした態度を崩さない。



 鋼征がゆっくりと歩いて帰っていると、前方から悲鳴が聞こえた。

 何事かと思ってそちらに目を向ければ尻もちをついている女性がいて、白い原付がすごい勢いで彼のほうへ逃げてくる。


(ひったくりだっ!)


 何とかしないとと思ったものの、どうすればいいのかとっさに何も思い浮かばない。

 固まっている鋼征の近くまで来たところで、突然原付が転倒する。

 

「えっ」


 次に女性の鞄らしきものが後方へ飛んでいき、持ち主の前に落ちた。

 さらによくよく見ると原付の運転者もケガらしいケガはしていない。

 

(もしかして)


 今までの鋼征だったら超常現象だと思って片づけていただろう。

 しかし、今の彼であれば理由に心当たりがある。

 じっと目を凝らして周囲を注意深く観察すると、女性の近くにとある気配があった。

 甘藍、紅蜀葵、薫風、猛震といった存在が発しているものとよく似たものが。

 ひったくり犯は自分の身に何が起こったのか分かっていない様子だったが、再び原付で逃げ出したところを誰かが呼んだらしい警察官に取り押さえられる。

 鋼征も近くにいたということで事情を聴かれることになった。


「女性の悲鳴と、原付が転倒するところしか見ていません」


 彼はひたすらそう説明する。

 女性との証言が一致している上に他に考えようがないと思われたのだろう。

 大して時間もかからずに解放された。

 彼がようやく家を目指して体を動かしても、例の特別な気配はある地点から動いていない。

 彼が立ち止まってそちらを見ると、観念したような声が聞こえる。


「どうやらあんたには私のことが分かるようだね」


 四十歳くらいの女性の声だった。


「……やっぱり妖怪でしたか。ここら辺りの妖怪だとすると、おじさんの店のお客さんですか?」


 彼が小さな声でたずねると女性の声には納得の響きがこもる。


「という聞き方はあんたが圧延さんの甥っ子なんだね。話はあのお店でしよう。周りの人にはあんたが大きな独り言を言っているようにしか見えないからね」


 彼ははっとして周囲をそっと見ると、立ち止まった彼に対して怪訝そうな視線があった。


「今日のところは帰りな。私はぬりかべの永陽えいようだ」


「ぬりかべ……」


 鋼征も名前は聞いたことがある妖怪である。

 

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