鵺登場(後編)
「けどよお、じゃあどうすればいいっていうんだっ?」
ほどなくして立ちなおった猛震は、紅蜀葵にたずねた。
「俺は俺なんだぜえっ?」
妖怪としての在り方は変えられないと不満そうな彼に対して、彼女は代案を出す。
「あなたが空を翔けるところを見せてあげればいいでしょう。人間を乗せていないほうが、存分に飛び回れてすっきりするのではないかしら?」
「言われてみりゃあ、そうかもしれねえなあ」
猛震は意外とあっさり納得する。
「いいだろう」
彼は大きくうなずき、両手を大げさなほど打ち鳴らして鋼征に話しかけた。
「よーく目をこらしてみてやがれよぉっ、今からやるのが鵺の猛震様の生きざまよっ」
彼は店の外に出ると、道路を目がけて駆け出して力強くアスファルトを蹴って飛び上がる。
すると黒い雲が彼の両足の下に出現して、彼の体は急浮上した。
彼の体から稲光がほとばしり、雷鳴のような音が発生する。
「おりゃああああああああああああああああああああああ」
猛震は大声で叫ぶが、すぐに轟くような雷鳴にかき消されてしまう。
彼の様子を見守っている鋼征に紅蜀葵が言う。
「鵺は雲に乗って空を飛び、雷を呼ぶ雷の妖怪なのよ」
「……それは分かりましたが、近所迷惑になっていないのですか、あれ」
彼の疑問に彼女はうなずく。
「ええ。だって周囲の家に変化はないでしょう?」
「たしかに……」
鋼征はきょろきょろとあたりを見回して納得する。
店から離れたところに何軒もの民家が建っていて、洗濯物を干しているのだが誰も取り込もうとしない。
雷がこれだけ激しく鳴っていれば外の天候を確認しそうなものだが、顔を出す人がいないのだ。
「よく分かりませんね。これだけ激しい音なのに」
「ストレスを発散させていれば人にとって無害なのよ。溜まってくると、影響を与えはじめるのだけどね」
不思議がる鋼征に紅蜀葵が解説してくれる。
「そうなのですか?」
「私はその現象を悪化と呼んでいるわ」
彼女は猛震のほうを見ながら言う。
「逆に人にとっていい現象を与えることを益化と呼んでいるわ」
彼女の言葉を聞いていて彼は不思議に思った。
「何と言うか……失礼かもしれませんが、人間が評価の軸にあるのですね」
「当然でしょう?」
紅蜀葵は真顔で答えてから、相手の鋼征は妖怪に関する知識がほとんどないことを思い出す。
「おっと、鋼さんはまだ知らなかったわね。私たちは人間の想念が重要な糧、ご飯なのよ。長生きした猫が猫又になるのも、人間の想念を蓄えた結果だと考えてもらっていいわ」
「そうだったのですか……」
目をみはった彼に彼女は言って聞かせる。
「ええ。厳密には人間以外の生物でもいいのだけど、一番は人間ね。だから人間が死滅すると、私たちも困るのよ」
ご飯を食べられなくなったら困るという意味で受け取った鋼征は、少し複雑な気分になった。
もっとも、人間に悪意を持っていないほうがつき合いやすいと思いなおす。
「だから紅蜀葵さんはこの店を?」
「否定はしないでおくわね」
鋼征の問いに対して妖狐は意味深な笑みで答えた。
「実際のところは人間セーフティーなのですね」
彼は率直に感じたことを言ったのだが、彼女は「いいえ」と応じる。
「妖怪を守るというのは本当よ。堕ちるところまで堕ちた妖怪は、滅びるしかないのだから」
そう語る紅蜀葵の表情はどこか哀しく、鋼征は何も言えなかった。
彼らのやりとりを知らず自由に空を飛び回っていた猛震は、満足した顔で戻ってくる。
「鋼征ーっ? どうだった俺の姿はっ? 最高だっただろう?」
「う、うん」
鋼征は途中から紅蜀葵との会話に気をとられていたと言えず、ひとまずうなずいておく。
鵺は何も気づかず破顔する。
「てめえの貧弱さが改善されたら、乗せてやるよ。その時は雲のかなたまで飛んでいこうぜっ!」
「いやー……」
豪快な誘いに鋼征は困った。
その様子に猛震が不満そうな表情になる。
「何だよ? 嫌なのか?」
「いや、人間って鍛えても生身のままじゃ雲の上にいったら死ぬかなって」
紅蜀葵の助け舟がなかったため、仕方なく鋼征は自分で説明した。
「ああんっ? マジかよ、それっ?」
猛震は大きく目を見開いて、驚愕を露わにする。
「ええ、本当よ」
ここでようやく紅蜀葵が話に加わった。
「そこまで簡単に人間が死ぬかはともかくとして、猛震は手加減が苦手だからね。せいぜい富士山の頂上くらいが限界だと思っておきなさい」
「まあ、ここから富士山まで飛んでいくのも爽快だから、それでいいかっ! なあっ?」
鵺はすぐに気持ちを切り替えたか、豪快な笑顔を見せる。
「あ、うん」
鋼征は彼の勢いにつられてついついうなずいてしまう。
(打たれ強いというか、立ちなおりが早いというか)
猛震はけっこうつき合いやすそうなタイプの妖怪だと感じる。




