鵺登場(中編)
「こなくていいのに、ばかもうしん」
甘藍は恨めしそうな顔のまま辛らつな言葉を投げつけた。
「おおー、でもよう? ここに来ないで人に迷惑かけたりしたら、紅蜀葵に地獄を見せられるからよー? 溜まるモンが溜まる前に来るしかないんだわ」
紅蜀葵が怖くて来ているのか、と鋼征は近くで思う。
(たしかに紅蜀葵さんは、怒ったらメチャクチャ怖いタイプだろうな)
猛震が怖がっているのも納得できた。
「……じごくみればいい」
甘藍はと言うと不機嫌そうに言い放ち、鋼征の手の甲を指でツンツンと叩く。
「ねえ、ゲームに戻ろう?」
「え」
いいのかなと彼が反射的に思うと、案の定猛震が体ごと彼らの間に入ってくる。
「おおーい! ちょーっと待てえっ」
彼はまず甘藍をにらみ、次に鋼征のほうを向く。
「てめえもだ。俺らはもう友達なんだから、俺ともエンジョイしようぜっっ!」
「……はい?」
鵺の理論は鋼征にとって分かりにくいものだった。
(人間と妖怪の感覚の違いか)
しかし、それですまないのが今の彼の立場だろう。
自覚はあったため、彼は猛震に聞く。
「甘藍の後じゃダメなのですか?」
「そうだ、横から入って来るな、ばかもうしん」
甘藍も再び抗議の声をあげる。
「おいおいおい」
猛震は納得せず反発した。
大きな声が彼らの鼓膜を襲い、彼らは耳をあわてて押さえる。
「てめえは昨日から遊んでいたんだろうがっ? つまり俺が優先されるべきだろっ? 知っている奴よりもまだ知らない奴が先だろっ?」
彼は抗議しながら、体にうすい雷光のような光をまとう。
何か危険な兆候を鋼征が感じた時、紅蜀葵が猛震の頭を叩いた。
「順番は守りなさい、猛震。人間と過ごす以上、人間の価値観も学ぶべきね」
彼女の声はまだやさしかったが、目つきは鋼征がかつて見たことがないほど鋭い。
「お、おう。分かったよ」
猛震は貫禄負けしてしまい、静かになる。
彼女は次に鋼征に話しかけた。
「鋼征さん、悪いけど後でこの困ったボウヤの相手をしてもらえる? これも勉強だと思って」
「あ、はい、分かりました」
彼女の頼みとなると、彼としては断れない。
(勉強とは言い得て妙かもしれないな)
知り合ったばかりの妖怪相手にやや失礼かもしれないことを考えつつ、彼は自分を納得させる。
ただ、彼はそうでも甘藍は違っていた。
「むうう……」
思いっきり不満そうに頬をふくらませたのである。
風船か何かと鋼征が思ったほどだ。
「甘藍ちゃん、我慢を覚えてね」
そんな猫又の少女に対して、紅蜀葵は優しく言って聞かせる。
「……分かった、がまんする」
彼女も妖狐の意向には逆らえないのか、しぶしぶそう言った。
(紅蜀葵さん強い)
やっぱり恐ろしい存在ナンバーワンだと鋼征は考える。
トランプをほどほどで切り上げ、彼はカウンターの一番奥の席で肩を落としてオレンジジュースを飲んでいた猛震に話しかけた。
「猛震、お待たせ」
「おおうっ? やっとか、ようやく俺のターンッ!」
猛震はよほどうれしかったのか、大いに元気と声のボリュームをとり戻す。
鋼征は思わず後悔しかけたが、紅蜀葵に頼まれたことだから仕方ないと割り切る。
「何をすればいいんだ?」
彼はそう聞く。
鵺という存在のことをよく知らないし、どうすればストレス発散できるのかということは余計に分からない。
直接たずねるしかないと判断したのだ。
「おおっとー、そうだなぁっ?」
猛震は大きなあごに手を当てて感がるが、すぐに両手を勢いよく叩く。
「そうだ! 鵺って妖怪のことを知っているか? 知らないだろう? 知らないよな?」
マシンガントークとはこのことかと鋼征が思うほど、彼はまくし立ててくる。
「う、うん、正直全然分からないよ。悪いけど」
謝った少年に対して鵺は豪快に笑う。
「いいって! 気にするなって! 俺らって名前はともかく、実態はほとんど知られてねえんだからよっ!」
笑顔を消した彼は、くいっとあごをしゃくって店のドアを示す。
「実際に教えてやるよ! 外に出てみな!」
うなずきかけた鋼征は大丈夫か心配になり、紅蜀葵にたずねる。
「大丈夫でしょうか?」
「少しも大丈夫じゃないわよ!」
彼女は目を吊り上げて怒鳴った。
「あなた、鋼征さんを空に連れて行くつもりでしょう? そんなことをしたら、彼は死ぬわよ!」
かなり激しい口調で猛震を叱りつける。
「……えっ? マジ? ちょっと雲まで連れて行くだけなのに?」
怒られた鵺は目を丸くして、力のない声で聞き返す。
彼自身に悪気は少しもなかったらしい。
「鵺と同じことをしたら人間はもちろん、大概の妖怪も死にます。いい加減学習しなさい!」
「ご、ごめんよ……」
九尾の妖狐にもう一度どやしつけられた猛震は、すっかりしょげてしまう。




