営業マンはとりあえず程度の差はあれど衣食住の住を手に入れた
「…なんだって?」
俺はカウンターに座る受付嬢のリサさんから、極めて重要でとても笑えない情報を聞かされた。
「ですから、このギルドに限らず全ての街のギルドに登録されている冒険者さんの中でも、タカヒトさんのステータスは”最強クラス”のそれなんですよ」
「…マジですか?」
「さっきは冗談言いましたけど、こんなことでジョーク飛ばして相手を天狗にさせちゃった挙句、外での戦いで戦死させちゃったら調子に乗らせた私の責任問題になりますからね。こういうステータスのこととか、当人の命に直接関わることでは冗談は言いませんよ。タカヒトさんのステータスの場合は、調子に乗って天狗になってもなお返り討ちに出来るだけの力がありますから、ぶっちゃけ死ぬことはないと思いますけど」
「...本当ですか?」
先ほど彼女にはメンバー登録受付が終わったなどという、そん時の俺にとってはシャレにならない内容の冗談を言われたし、少し信じられないな。
だが、ふと対面に座る彼女の目をよく見てみると、わずかながらに視線が泳いでいるのに気がついた。ちょっとびくびくと動いているというか、冷静に対応してくれてはいるが、少しばかりこの事態に動揺はしているようだ。
「実際私も今こうして冷静に対応できてるのがビックリなくらい、タカヒトさんのステータスは色々ととんでもないです。これじゃあラパーヌが本能的に危険を感じて逃げるわけですよね」
「ちょ、ちょっと待ってください。具体的にどこがヤバイのか、一人前の冒険者の数値の平均とか色々教えていただけます?いきなりそう言われても、他の冒険者のそれを見てないから実感が全然…」
「んー、平均の数値ですか。でしたら今ちょっと上司の人に資料を見せてもいいか確認してきますね。事情が事情ですし、多分ギルドマスターも納得してくれると思うので」
そういってリサさんはカウンターを離れて奥の階段へと消えていった。
しかし、前から俺の体が何らかの異常を抱えているとは思っていたが、その原因はこれか。
道理でこんなデカイ鎌を背負っても疲れることがないし、ネコ科猛獣並みの速さのラパーヌに追い付かれるどころか、逆に大きく差を離して逃げ切れる訳だよ。
俺の身体能力を明確に表した具体的な数値は見ていないにせよ、それだけスタミナや身体能力が高いんじゃ、それこそ猛獣並みの相手に追いかけっこで勝っちゃうような、漫画のキャラクターみたいな地球じゃ絶対不可能な動きが出来ちまうのも当然ということか。
分からないのは、なんで俺の身体能力がここまで強化されているのかっつうことだ。
どんなプロセスを通してこんな現象が起こっているのやら。といっても、考えられると言ったら俺がこの世界に来るタイミングしか有りえないんだが、そうなるとなんでそんな事がそもそも起きてるのかって話になってくる。
その辺の情報は今の所全くない。内容が内容だし、今の段階で焦って聞いてもほぼ大多数の人間は俺の事を、頭を病んだ痛いヤツと認識するだろう。
異世界から来ただの何だのって、どんな夢物語だってな。そうなると関係を築くのがややこしくなるし、どのみちこの件の情報収集はこの街の人間と信頼関係を築いてから改めて聞き込んだ方が良さそうだ。今は保留にしておこう。
リサさんがいくつかの書類をカウンターに戻ってくる。
「これが一般的な大人の人の能力値ですね。といっても、ギルドに登録した直後、つまり入りたての新人さんのデータですけど。で、こっちが一人前となった冒険者さんの平均値になりますね」
そう言って彼女が指さすのは、ひらがなカタカナとアラビア数字(要するに日本人がよく使うコレ→『1・2・3』)で書かれた能力の平均値。
カバー製作時にユウちゃんの書いた採寸表の文字を見て気付いていたとはいえ、書類が完全に日本語で作られてるのにも驚きだが今はそこじゃない。入りたての大人の冒険者の平均能力値は以下の通り。
力:14
魔力: 8
知力: 9
体力:16
俊敏力:13
幸運: 7
続いて一人前となった冒険者の平均能力値は以下の通り。
力:81
魔力:65
知力:63
体力:82
俊敏力:78
幸運:40
…で、カードに表示された俺のステータスはというと、以下の通りになっている訳だ。
力:678
魔力:653
知力:787
体力:702
俊敏力:805
幸運:1500(最大値)
色々とおかしい。いやおかしいというレベルを超えてる。
完全にバグってやがる。特に幸運の(最大値)ってなんだ。もうこれ以上数値としてはカウントできない位ラッキーマンって事か?
それ以外のステータスの数値もバグってる。力と体力は一人前の冒険者の約8倍、魔力と俊敏力は約10倍、知力は約12倍、最大値としておそらくカンストしているだろう幸運に至ってはなんと37.5倍である。
「一応聞きますけど、ギルドカードか登録の際に用いた水晶が壊れてるってことは?」
「それは無いと思います。その根拠もちゃんとあります。長くなりますけど、いい機会ですし聞いてってくださいな。まず、何のために登録する時にあんな高い手数料を持ってくかっていうと、このギルドカードの製造コストが高いからなんですよね」
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リサさんが言うには、このギルドカードは絶対に複製・偽造のできない極めて高品質な 魔法道具であるらしい。
というのも、まずギルドカードとは冒険者ギルドが所属するメンバー全てに対し、ギルド所属の者として公式に身分を証明する極めて重要な書類である。
冒険者ギルド自体が国際社会において相応の影響力を持っているからこそ成せるシステムだが、一方で偽造や複製をする事で所属メンバーの身分を何らかの犯罪に悪用されれば、メンバーを管理・統括する側のギルドの評価は一気に下がる事につながる。
組織にとって何よりも大事なところの一つに外聞のウケの良さがあるが、そこが落っこちると一気に運営が上手くいかなくなる事だって十分あり得る。
だからこそ、ギルドはその防止策は徹底する。そのオーダーに応えて生み出されたのがこのギルドカードという訳だ。
国際的に高名な大魔術師に依頼して、絶対に偽造複製が出来ないよう強力なプロテクトを掛けているらしい。
これによって、ギルドカードの身分証としての絶対的な信頼性が確保されたという訳だ。
おまけに銀行口座の能力だったり、今まさにやりとりしている持ち主の能力の明確な数値化といった機能だったりと。
これ一枚有るか無いかでも生活する上では結構違うだろうから、単純に結構な高機能なアイテムなのである。
魔法があるファンタジー世界版のちょっとした携帯端末のようなものだな。
欠点はさっきリサさんが述べた通り『製造コストが高い』という所。
日々ギルドへ登録申請に来る新人冒険者を見越して大量生産しているからこそ、製造費は銀貨2枚で収まっているらしく、もしワンオフで作るとなると金貨5枚は下らないとまで言われた。
(うっへぇ。とんでもねえ位高いな)
この世界に来てからずっと銅貨や銀貨でお金のやり取りをしてるの所を見るに、少なくともこの国は信用貨幣制じゃなくて本位貨幣制を用いてることは分かった。
信用貨幣ってのは日本で使ってるようなお金のこと。
万札とか五千札とかは、日本銀行が一万円の価値がある貨幣であることを証明する、五千円の価値があることを証明する、ということで日銀から発行されたお金である。
ちなみに、製造コストという点で見ると五千円札は一枚約20,7円で、万札は約22,2円ほどで作れてしまうと言われている。
つまり、あのお札は物としての価値は20円ちょいしか無いということになる。
一方、本位貨幣制というのはこの世界のように、金貨・銀貨・銅貨といったものをお金として流通させる方式のこと。
この国は多分、金か銀のどちらかによってお金の価値が裏付けられているんだと思う。
これを金がベースなら金本位制、銀がベースなら銀本位制というのだが、要はこの制度に設けられて基準に沿って、貨幣の額面に書かれた値段に相当する貴金属を含んだ貨幣でやり取りする制度のことをいうのだ。
今でも日本でも純金を延べ棒にしたりして資産として保有する小金持ちさんもいらっしゃるが、例えちっちゃくとも純金は純金。
5〜6年前に仕事に関係があって一回だけレートを調べてみたが、たった1gの金だけで平均取引額が4060円である。たった『1gで』だ。
日本でも大判小判が無茶苦茶な大金としてよく悪代官様と一緒に時代劇で描かれてるが、いかに金という金属の価値がどエライものか分かるだろう。
金貨がどんくらい重いのかを知りたくて、リサさんに頼んで一枚だけ触らせてもらった(内緒ですよと釘を刺されたけど)は良いが、多分30g位はありそう。結構でかい。
でかさは3センチから4センチ弱。地球で流通していた『ウィーン金貨』の1オンス位の大きさはありそうだ。
俺の記憶のレートを元に単純計算しても、日本円に直すと10万は軽く超えるな。ワンオフでギルドカード一枚を作るのにこれ5枚分もかかるとは…。
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「作りもメッチャしっかりしてますし。つまるところ、こんだけ高性能な魔法道具であるギルドカードに故障が生じる可能性は、今までの受付嬢としての経験上ほぼ0かと思いますよ。カードが壊れたと言う話は聞いたことがないですし、タカヒトさんのステータスがバグってるだけかと」
「カァ〜、マジか…」
頭を抱えて現実逃避したくなる。下手するとこりゃ国相手に戦争しかけても善戦できるくらいの能力値じゃないのか?
なんでこんな規格外の能力を持っているんだろうなぁ。
「なんにせよ、これで冒険者としての登録は完了です。本来でしたらこの後は軽く訓練もして、新人さんの素質を見させて頂くのですが、今日はもう夕刻で担当の者も帰ってしまったのでこれでお仕舞いということで。一応ギルドの方に新人さんのための宿舎はあるのですが、利用されますか?」
「是非お願いします。この街では私は”家なき子”ですので」
「分かりました。今空き部屋の鍵とか持ってきますので、ちょろっと待っててくださいね」
再びリサさんがカウンターを立つ。
てかリサさん。集中力が切れてるのか、段々と素の口調が出始めてる気がする。
別に気にしている訳ではないが、「ちょろっと」という言葉遣いをする受付嬢は生まれて初めてなので新鮮だ。
あるいは俺が気負いすぎているだけで、冒険者と受付嬢というのはこのくらいのフランクな関係性なのが一般的なのかもしれない。
ちなみにわかってると思うが、日本の企業の受付嬢が企業を訪ねてきた相手にこんな言葉遣いをしたら、その受付嬢は確実にお咎めは免れないからな。
そう考えると、日本の社会っていうのはすこし堅苦しいものだったのかな。
もっともその空気にはとっくに慣れてるから、今更特に思うことも無いが。
ところで、リサさんが鍵を取りに行っている新人のための宿舎。
アクトはそれについて『最低限の設備だけを備えた』と言っていた。
その”最低限”がどのくらいのグレードなのか。
街に来る前は3日原っぱで野宿をしていた訳だし、ぶっちゃけベッドがあればなんでもいいと最初は思っていた。いたのだが…。
”最低限”って誰の基準で見た”最低限”なのよ、と。ふとその疑問が湧くと同時に、少々不安が湧き上がってきた。
いくら野宿と比べりゃベッドで寝れるのは万々歳とはいえ、ダニやノミが湧きまくってるベッドとかだったりすると流石に恐ろしい。
あいつらは地味に病原菌を媒介することがあるからな。特にダニは怖い。
湿疹だったり皮膚炎程度だったらまだマシな方だが、時々高熱だったり、下手すると死ぬ危険のある病原体も媒介することがあるのだ。それはもう怖い。
俺はそれが嫌で、週末は晴れてるときには必ず布団を干していたくらいだ。
そのあとは紫外線クリーナーで日光の当たらないところに逃げた虫たちを確実に駆逐する。なんて話はどうでもいいな。
とにかく、布団の状況次第では椅子に座って寝るとかした方がいいかもしれない。
部屋というプライベートな空間にいられるだけでも今までと比べれば随分マシだ。
流石に何日もぶっ続けだと首とかをやっちまうかも知れないが、1日なら多分問題ないだろう。
こうして体が異常に強化されていることだし、な。
「お待たせしました。これがお部屋の鍵になりますね。ちなみに家賃は月に銀貨1枚となっております。なお、家賃は納金日までの一括納入のほかに、各依頼達成報酬から天引きという形でも引き落とせますので、ぜひそちらもご利用下さい。っとと、そうだった。タカヒトさんにはギルドランクのお話をするのを忘れてましたね」
「ギルドランク?」
おいおいリサさん。こう言っちゃアレだけど、本当に大丈夫か?
大事なところを伝え忘れかけるのって結構危ないぞ。
俺がそんな心配を(余計なお世話かも知れないが)抱いてることなど露知らず、彼女はもう少しでようやく仕事が終わるぞというような表情を浮かべ、ギルドランクとやらの説明を始める。
なんで表情から彼女がそう思ってるのか分かるかって?分かるわそりゃ。何年社会人やってるのかってな。
仕事終えて早く帰りたいやつの表情って意外と分かるんだぜ。
「んじゃあ大まかに説明しちゃいますね。ギルドランクはFからAと、S、SS、SSS、Xの10段階がありまして、新人さんは登録した時点では皆Fランクからのスタートです」
つまり、Fが一番最低ランクの新米冒険者で、Xランクが冒険者としてトップに位置するってわけだな。
「それで、このあとの素質チェックを見極めた上で、Fランクから始めるか、Eランクから始めるか、Dランクから始めるかという最終決定を下します。つまり、身体能力と戦い方の基礎がしっかり出来ているのならDランクからのスタートになりますし、逆に本当に基礎から訓練しないといけない人はFランクからのスタートになります」
へぇ。これで実戦にいきなり出しても問題ない実力があるやつはDランクから。その逆はFランクから。
となると、Fランク辺りが受けられる依頼ってのは街の中でこなせる仕事がメインってことかな。
「ちなみに、一人前になったと見做されるのはCランクからですね。Cランクに一度でもなったことのある人は、ギルドが管理する新人用の宿舎は利用できなくなりますのでご注意ください。今タカヒトさんにお渡しした鍵の宿舎がその例です」
あくまで新人用だから、一人前は街の宿でも適当に取れということか。確かにおっしゃる通りだな。
「それと、Cランク以降は上のランクへと上がるには実地試験を受ける必要があります。実地試験はいつでも行っているわけではないので、タイミングはその都度確認してください」
なるほど。昇格試験をして本当の実力を測るわけだな。
たしかに、戦果を誤魔化そうとする不届き者もいるだろうし、取り繕うだけの弱いやつは上に行かせないようにふるいに掛けると。合理的だな。
「あと、Bランク以降はグレードっていうのが付きます」
「グレード?」
「はい。グレードは3段階ありまして、BランクからSSSランクまでには必ずグレードが設定されています。グレード1が一番高く、グレード3が一番下のランクになります」
「つまり、Bランクのグレード1冒険者はBランクのグレード3冒険者よりも上のランクであると?」
「そういうことです。なおXランクはもう本当に最強なので、グレードは設けてません。グレードを昇格するにも試験がありますので、その点も試験会場となるギルドにて確認してください」
「分かりました」
どのみち自分はおそらくFランクから始まるのだろうし、グレードが設定されているランクにまで昇格するのも当分先の出来事だろう。
いくら人並み外れた強さを持っていたとしても、ギルドの昇格試験を全て合格できるというわけではない。
そもそも何故ランクという形で冒険者を格付けしてるのかというとだ。
新米には着実に経験を積ませるのが目的であると俺は考えている。
新米を脱して一人前になっても、一人前になったばかりのCランク冒険者とBランクのグレード1冒険者とは経験に大きな差があるだろう。
しかもグレードという細かい単位にもわざわざ試験を設けている位であり、昇格試験を受けるまでにどれだけの鍛錬を積む必要があるのか?ということだ。
「ギルドランクについては、大体のことは分かりました。それで、本来なら登録が終わったあとに身体能力を見ると言うことでしたけど、そのチェックは明日も行われるのですか?」
「はい。明日も担当の職員が出勤致しますので、タカヒトさんの準備が出来次第執り行わせていただこうかと」
「分かりました。それでは明日も宜しくお願いします」
「はーい。じゃあ遅くなりましたけど、改めてお部屋の方案内いたしますね」
リサさんの先導に従い、ギルドの建物を出てその隣の建物に入る。
おおう。なんというか、見た目は少し古い感じである。これは”最低限”が本当に”最低限”レベルなのを覚悟しないといけないかもな。
階段を上って2階にある廊下の突き当たりに、俺が泊まる部屋があった。
鍵を差し込み扉を開けるが、建て付けが悪いのかあんまり上手く開かない。かといってちょっと本気を出すと俺のステータス上、ドアを破壊しそうで怖い。
結局リサさんにも手伝ってもらい、なんとかドアを破壊せずに開けることができた。
ほっと安堵したのもつかの間、部屋の状況に唖然とした。
大きな窓はある。ただしガラスはないため、雨戸を開けると遮るものがなくなって直で風が吹き込む。
しかもすぐ隣にギルドの建物があるため光が入ることを望めるはずもなく…。
つまるところ俺の泊まる部屋は相当ジメジメした環境にあるということだ。これはダニやノミも相当怖いぞ…。
「では、こちらになります。外出するときは窓を閉めた方がいいですよ。ここに私物を置いてるときは特に。スリが入ることもたまにあるみたいなので」
「...分かりました。ありがとうございました。ではまた明日」
「はい。それではごゆっくりと。といっても、こんな環境じゃアレですし。早くお金を稼いで宿屋に移れるよう頑張って下さい!」
「ありがとうございます。これも新人の受ける洗礼と思って、耐えます」
「その意気ですよ!では」
リサさんを見送って完全に姿が見えなくなってから、思いっきりため息を吐く。正直予想してたよりも少しひどい。
ここまでの環境とは。まさに”最低限”というわけだ。
さっきは耐えるとリサさんに言ったものの、俺はこの部屋の布団に寝られる自信が全くない。
というか、寝たくない。贅沢な考えかもしれないが、これはダメだ。もう生理的にダメなやつだ。
幸い机と椅子は備え付けである。やはり今日は椅子に座って机に突っ伏す形で眠ることにしよう。
ああ……。早く明日にならないかなぁ。