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営業マンは武器屋親子の力を借りてついに”安全な鎌”を手にいれた



 執務の最中にも関わらずわざわざ来てくれたタイン伯爵ことミシュリア様。

 彼女と入れ替わりで馬車を連れ立って戻ってきたドムさんは、門の前に立つ俺の姿を見つけると馬車のスピードを少し早めた。

 俺の前に馬車を止めると、どこかワクワクした表情を浮かべながら俺の手を取った。

 ちなみに荷台には娘のユウちゃんも乗っていた。

 父親のドムさんの作業を手伝うのかな。


「よう!それじゃあ早速カバーのサイズの採寸をすっからよ。背負ってる鎌を改めて見せてくれ」


「ああ、分かったよドムさん。一応、危ないから離れててくれ」



 俺は断りを入れた上で背中の鎌を取り出す。

 案の定というかなんというか、背中から取り出して持ち替える際に体が無意識にブンブン鎌を振り回したもんだから驚いた。

 いやさ、この鎌に凄く適応してるのはよーく分かったからさ。

 だからこういう時に鎌をぶん回すのは止めようぜ俺の体。


 これもまた案の定というか、鎌の切れ味を知っている冒険者たちはいきなり鎌をぶん回した俺と鎌とを、交互に唖然とした表情で見ている。

 本職のドムさんとユウちゃんだけは物凄くキラキラした顔を浮かべているけど。


「スゲェな!!!タカヒトの鎌の扱いもそうだけどよ!やっぱりその鎌はとんでもねえ位良いモンだな!!!」


「本当です!!!こんなすごい武器のカバーの製作に関われるなんて…私生きててよかったと思いました!!!」


「二人とも…というかユウちゃん、大袈裟すぎるよ」


「大袈裟なんて事はありません!!!こんなすごい鎌生きてる間に幾つ見られるか分からないんですよ!?タカヒトさんはこの鎌の価値をもっと知るべきなんです!!!ウェっ、ゲホ、ゲホ、ゲヘっ…」


「ほらほら、そんなに興奮すると体が大変だよ。落ち着いて落ち着いて」



 あまりに興奮し過ぎて()せてしまったユウちゃんの背中をさすりながら、馬車に積んできたカバーの材料を見てどの素材を使おうか吟味してるドムさんを見やる。

 その表情はさっきまで話していた気さくなマッチョのオッさんではなく、武器に対して向き合い、真剣に自分の仕事を果たそうとする”男”の目になっていて驚いた。


 人は誰だって自分が本気で好きなものには一生懸命になれるもんだが、ドムさんの表情はまさにプロフェッショナル。

 その道に生きる男の確かな信念が伝わる目をしている。

 これで本当に俺より3つも年下なのか?

 貫禄があってとてもじゃないが信じらんねえな…。


「さて、それじゃあ改めてタカヒトの鎌のカバー作りを始めっぞ。つっても、実はそこまで時間のかかる作業じゃねえ。サイズの採寸だけしちまえば、あとは店で作って数日後に取りに来てくれれば良いからな」


「ちょっと待てドムさん。俺は鎌のカバーが出来ねえとそもそも街に入れないんだが」


「話は最後まで聞くモンだぜタカヒト。今のは通常営業時の対応だ。が、お前の場合は急を要するからな。そこで、うちの店きってのカバー作りの天才のユウに協力してもらうってわけだ」


 ドムさんからの紹介を受け、こちらも先ほどまでとはうって変わって凄く真剣な表情でペコリと一礼するユウちゃん。

 ほうほう、もともとの武器商人の仕事の専門はカバー作りなのかな?


「さっきも言ったが、普通は実際の武器の形状とかとすり合わせをこまめにしながら、カバーの強度やら角度やらっていうのを調整してくもんなんだが、とりあえず今は急造品で構わんから作らないといけない状況なわけだ。つうわけで、ユウ!」


「はい!」



 ドムさんの一声で、ユウちゃんは採寸に使う道具一式と候補の素材を数種類持ってきた。

 さすが、先輩の武器商が何を求めているのかを弟子は察したわけか。

 親子とはいえ、今は同業の先輩後輩である。

 お互いの表情が仕事人モードになっていることからもそれがよく分かる。


「おし、採寸したサイズ言ってくから。お前はサイズを紙に書きながら見繕え。後で縫う前に生地に防護魔法を掛けるとはいえ、とにかくこいつの刃の力に負けねえように作る必要が有る。目標は少なくとも10年は持つカバーを目指してだ。久しぶりの本気で燃える仕事だ。ぜってーに手ぇ抜くんじゃねえぞ」


「当たり前です!全力で取り組みます!」


「お、おう。ドムさんもユウちゃんも、よろしく…」



 物凄い情熱からくる熱量差に当てられ思わず後ずさる。

 が、次の瞬間にはガチの目をしたドムさんが刃に張り付いて、あっという間にツラツラとサイズを読み上げていく。

 それをユウちゃんはこれまたケッコーな速さでゴワゴワした紙みたいな物に筆でスラスラと書いていく。

 かと思えば馬車の荷台に飛び乗り、積んできていた素材の吟味とチョイスを始める。


 しっかし、あの紙みたいなもんは羊皮紙かなんかかな。

 あんなゴワついたもんを使っているんじゃあ、薄々気づいてはいたがこの世界の製紙技術はまだ発展途上だな。

 あるいは日本で一般的に使われてたような紙はこの世界だと高すぎて流通してないだけか。

 にしても、ユウちゃんはあんな速さでよくも筆で綺麗に”日本語”を書けるもんだ。

 俺は昔から習字が苦手だったから、あの毛筆でツラツラと美文字を書いてた昔の人はスゲえなぁと授業の度に思っていたくらい…………んんんんん??????


 ユウちゃん???

 あれ???

 なんでユウちゃんは日本語をツラツラと書いているのかな????


「なあドムさん

「ちーっと黙ってな」


「ハイワカリマシタ」


 ドムさんはどうやら集中してる時に話しかけちゃいけないタイプのようだ。

 作業が終わるまで待つか。


 いやいやいや!!!

 それどころじゃねえよ。


 なんで?

 俺が日本を想う余り、視界に入った文字が勝手に日本語に脳内変換されてるだけか?

 よーくゴシゴシ目をこすってから、再度ユウちゃんが書いた採寸表を見てみる。

 うん、どう見たって日本語だ。

 正確にはひらがなとカタカナと数字だけで作られている文章だが、それでも確かに日本の文化圏で使われていた日本語という言葉の文字に間違いない。


 でもなんで?

 ここって地球とは物理法則どころか、多分森羅万象がちがうであろう異世界なんじゃないの?

 なんで日本語の文字が浸透しているんだ?

 もしかしてこの国の王様が日本出身とか?

 或いはずーっと前の時代に日本人が来て、言葉と文字の文化として日本語を浸透させたとか?

 うーむ、この辺の歴史を知っているわけではないから分からん。


 しかしこれは大発見である。

 もし仮に、街で日常的に使われる文字がひらがなとカタカナの2種類なら、俺が冒険者ギルドに籍を置く上で受けなきゃならない筆記試験も突破できる可能性が大いに高い。


 よし! よかった!

 これでとりあえずは、身分証明書を発行するための関門を突破できそうだ!!



「タカヒトさん!とりあえず、採寸した条件に合う生地を幾つか見繕ったんですけど、どれが良いですか?この中からならどれでもカバーにしちゃって問題ないですので、お好みで選んでください」


「どれどれ?」



 ユウちゃんが持ってきた数種類の素材の生地を見やる。

 なるほど。確かに色々な種類があるな。

 すべてそ生地に共通する特徴として結構厚手というか分厚い質感なのだが、それ以外に色であったり細かい手触りの感触に差がある。


 例えば、黒っぽい色の生地はかなり分厚そうなのだが、そのかわり手触りが少しごわついていてあまり触りたくない。

 なんとなく好きになれない感触だな。


 次に褪せたオレンジ色の生地を確認してみる。

 こっちは黒い生地と違って少し分厚さが少ない。

 その代わり手触りの良さはこちらの方が断然良いな。

 これは1候補として入れておこう。


 他にも様々な生地(さすが専門職なだけあって品揃えが結構豊富だった)があったのだが、最初に見た2種類以外はなんだかパッとしない感じだった。

 分厚さは黒っぽい生地が一番よく、手触りは褪せたオレンジ色の生地が一番よかった。

 この2強に敵う生地が、他にユウちゃんの見繕った生地の中には残念ながら無かった。


「んじゃあ、このオレンジ色の生地をカバーに仕立ててもらおうかな。黒っぽいのは丈夫そうなんだけど、個人的に手触りの感触があんまり好きじゃなくてさ」


「こっちのオレンジの生地ですね。分かりました!んじゃあ早速作業の方に入っちゃいますね!」



 お父さーんと声を張りながら、俺が選んだオレンジ色の生地を持ってドムさんの方に駆けるユウちゃん。


「おう!この生地にするって?」


「みたいです!黒っぽい方は手触りが嫌なんだということで。こっちの方をカバーに仕立ててくれと」


「タカヒトぉっ!これで本当に良いんだな!?」


「ああ!やってくれ!」


「おうよ!任せとけ!やるぞユウ!」


「やってやります!」


 武器屋親子は気合を入れて作業に取り掛かる。

 ドムさんは生地を採寸したサイズ通りに裁断し、ユウちゃんはドムさんから受け取った裁断済みの生地を、何やら呪文みたいなものを口遊みながらチクチク縫い合わせていく。

 すると縫われている生地が淡く発光し、光が治ると何か文字の列がカバーの端折りのところに描かれていた。


 あれはデザイン?

 いや、さっき防護魔法を掛けるとか言ってたな。

 多分この文字列が防護魔法を適用するためのものなのかもしれないな。

 なんて、結構この世界の常識を普通に受け入れちゃってる俺がいるんだが、改めて考えても本当に魔法って便利だよなぁ。


 と思ってたら、縫い合わせが終わったようでユウちゃんが猛スピードで走ってくる。

 てか速っΣ (゜Д゜;)!?

 オレンジの生地もそれなりに厚かったから、裁縫用の針がいくら頑丈にできてても結構時間かかると思ったのに。


「出来ました!!」


「本当に早いね!?」


「いえ!こんなもの、これから鎌の美しさを堪能できると思えば…ゲフンゲフン、素晴らしい鎌に私の作ったカバーを被せられると思えばなんのこれしきです!」


「ユウちゃん。漏れ出た本音は誤魔化せてないからね」


「はう!?」



 父親のドムさんはともかく、娘もその血を引いているというかなんというか。

 本当にユウちゃんは武器が大好きなんだなぁ。

 若干引く位の並々ならぬ愛情ってのがちょっと引っかかるが。


 なんにせよ、出来上がったカバーを早速鎌の刃の部分に被せてみる。

 というか、今触って思ったのだが本当にしっかり作り込まれてるぞコレ。

 よくもまああんな短時間でここまでのレベルに仕上げられたな。

 女の子の力だとチクチク縫い合わせるのに、地味に腕に来る位には力のいる作業だと思ったんだが。


 うむ。

 採寸してあるから当たり前だけど、取り外しが容易になるよう余裕を持たせつつピッタリ鎌に収まった。

 色が白銀に本当に美しく見える中でオレンジ色のカバーなので、見た目の色の配置的には少々合わない感じもするが、逆に言えばそれだけ人の目に印象が残りやすいということでもある。


 まず間違いなくコイツに触れたらなんでもすっぱ抜いてしまう程の切れ味はあるので、ある意味警告色というか、このカバーの下は危険だから気を付けろと知らせるにも役立つかもしれん。

 元々が住人へ危害を負わせてしまう事故を防ぐためにカバーを付ける訳だし、そう考えれば良いんじゃないか。


「おし!一応俺にもカバーを触らしてくれ。武器屋としてのユウはまだまだヒヨッコだからよ。これで確認せずにある日街中でカバーが取れたなんてなったら、ドム商店は信用失墜だ」


「むぅ。幾ら本当の事とはいえ、普通娘の前でそれを言うかな」


「まあ許せって。普通ここまで弟子に優しい武器屋ってのはそういねえんだから。それに、やんわりでも指摘できるとこは指摘しねえと、いざ独り立ちしたって時に取り返しのつかないことやらかすかもしれねえしな。娘であると同時に弟子としてもお前に教える立場である以上、師匠としては責任もってお前を教育してやんなきゃならねえからな」


「…むぅ」



頭では理解してるけど納得いかないって顔してら。

 年の割に結構凛々しいというか大人っぽいというか、武器フェチな所を除けば性格は少しクールなタイプのユウちゃん。

 だが、そんな彼女は今はせめてもの親への抗議なのか、プクーッと頬を膨らませている。

 それがまるで、どんぐりを限界まで頬張ったリスのように見えてしまって。

 思わず吹き出してしまった。



「タカヒトさんまで笑わないでください!父さんのせいです!」


「なんでそうなるんだよ。まあいいや。タカヒト、とりあえずベテランから見てもこいつの性能には問題なしだ。少なくとも1日2日で直ぐダメになることはねえはずだ。つうわけで、冒険者になったら是非ドム商店の方に顔を出してくれや。そんときにでもツケ払いの清算方法とか、色々と決めようぜ」


「ああ。何から何まで本当にありがとう」


「良いってことよ。アクトもよく困ってるやつ見るたびに言ってるセリフだが、困った時はお互い様さ。じゃあこれにて失礼するぜ。ユウも、ほらいつまでも拗ねてるなって」


「むう。とにかく、それじゃあまた会いましょう!あんまり頑張りすぎた反動で忘れてましたけど、今度こそ鎌を触らせて下さいね!」


「おう!二人ともありがとう!」



 来た時と同じくらいテキパキと作業を進め、あっという間に馬車に荷物を積み終わったドムさん親子は別れの挨拶と共に街の中に帰って行った。


 さてさて、これでついに俺もようやっと街に入ることが許されるわけだ。


 となれば、さっさと冒険者ギルドとやらに行って冒険者としての登録を済ませてしまおうと思うのだが、さっきから律儀にカバー作りの作業が終わるまで待ってくれていたアクト達(実はミシュリア様がお越しになる少し前からずっと待ってくれていたのだ。申し訳ないな)にお願いしようかな。


 心配だったギルド登録の筆記試験についてだが、ユウちゃんがさっきカバーサイズの採寸をする際に紙に日本語を書いていたし、彼女の字を書く速さは普段から日常的に使ってないと身に付かない速さだったことから考えても、少なくともこの街で一般的に使われる文字はひらがなとカタカナなんだろうと思う。

 もちろん、ギルドに向かう道中でアクト達に確認するけどな。



「いやはや、時間を大きく取ってしまってごめんな。アクトとミーシャちゃんとエルンちゃん。もしまだもう少しだけ時間があるなら、本当に申し訳ないんだけどギルドまでの案内を頼んでも良いかな?頼れるのは現状みんなだけなんだ」


「もちろん、そのつもりで最後まで残っていたんだ。それじゃ、早速ギルドまで案内するよ。俺たちも街に買ってくる前にこなしてた依頼の報告をしなきゃなんないからさ」


「ったく、アクトが待とうって言ってくれたこと。本当に感謝しなさいよね」


「ミーシャちゃんは何故かこの人に対して棘が鋭すぎるですぅ…」



 エルンちゃんの仰る通りである。

 お待たせしすぎたのは申し訳ないんだけれども。


 まあ、彼女が刺々しい理由は俺が考えてるとおりのソレなら納得がいくものだ。

 なんというかその、青春してるなぁというか。

 俺は一目彼女を見た瞬間ミーシャちゃんはアクトに好意を抱いてるのだと勘付いた。

 友達としてではなく、一人の異性として、だ。


 そりゃあ仕事(依頼と言ってたのが多分冒険者の仕事なんだろう)が終わってさあこれからどうアプローチを掛けようか、ってところでいきなりやってきた不審人物。

 彼女の内心はただでさえ早く街に入ってアクトと一緒に過ごしたいのに、こんなオッさんにかまけて貴重な時間がどんどん削られていくのである。

 一方で、アクトが困ってる人間は見過ごせないタチなのも付き合いの中で分かっているんだろう。

 だから仕方なく俺につき合ってくれてはいるが、その不満は隠さないわよってわけだな。


 こりゃ彼女のためにも、さっさと登録を済ませてあげねば。

 我ながらここまで長い時間彼らを拘束している以上、これ以上無駄な時間を過ごして欲しくはない。

 出来得る限り効率的に事態を進められるように動くとしよう。

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