営業マンは異世界で懸命に生き抜こうと努力するが先が詰みかけている
ラパーヌの強さがどれだけなのか分かりにくいですよね。
ラパーヌ一体だけならメタルスライムx3体分位。素早いですが攻撃力などは高くないので、油断しなければ一人前の冒険者一人でも倒せます。
けれど群れになると、一体増えるごとに群れの強さはセミボス級に膨れ上がっていきます。上記の通り高い俊敏性と、それを生かした素早い動きで敵を翻弄しながら連携して戦うため、一人前の冒険者でも一人で抵抗するのは一気に厳しくなります。
そんな相手をこうして一人で3体スライスした挙句、自分の周囲にどれだけ敵がいるのかどんな動きをしてるのかも知覚できていたタカヒトさん。これは一体どういう事なのか?←言わなくても分かるくらいありふれた鉄板ネタ仕込み
「はっはっはっはっは!アンタ無事に戻ってきたんだな!アンタがラパーヌとの戦いに混ざってから一気にラパーヌが怯え出して、あっという間に逃げてったのが見えたんだ。まさかとは思ったが、やっぱりその鎌と実力が効いたみてえだな!一応駄目元で聞くが、その鎌ウチの店に売ってくれねえか?」
「父さん!!!」
「お、おう愛しい娘よ。冗談に決まっているじゃないか。というより、怪我は無いか?ラパーヌの群れが相手だと、幾ら俺の血を引く娘といっても流石に厳しかったんじゃないか?」
「そんなことはない!と言いたい所だけど、流石にまだ私にはラパーヌの群れは早かったと思う。見ての通り無事ではあるけど、一匹だけならまだしも、群れだと一気に強くなって驚いたよ」
あれから俺はアクトたち4人組を引き連れ、この世界に来てから初めて出会ったオッさんの元へ合流していた。
出会って一番に娘ではなく俺のことを心配して声を掛けてきたが、その口ぶりから、娘であるユウちゃんの実力をなんだかんだ言って信じているようだ。
ラパーヌと呼ばれる野獣。
先ほどアクト含む冒険者達に加勢する前にオッさんと話をしていたが、単体と群れを相手にするのでは本当に難易度に大きな差が出るみたいだな。
戦いぶりを見ていたが、ユウちゃんは素人とは思えない剣さばきをしていたし、他の子達も同様にそれなりにやるようだった。
アクトは若いながらも、前線で他の冒険者を指揮してたくらいだ。
しかしそれでも当人達は相当苦戦したという感覚のようで、やはり規格外じみた身体能力を持っている俺の方がおかしい=常識はずれなんだという事だな。
さっきはスルーしたアクトの『凄腕ウンヌン』の話ってのは、実はあながち間違った表現では無いのかもしれない。
自分でこういうのもアレだが。
もっとも、そんな強い力を自分の好きに振る舞えば同業者の間で目立つ事は間違い無い。
別に俺はこの世界である程度自立できるだけの稼ぎがあれば良いわけだから、適度に動く感じでこれからはなるだけ普通の人と同じ基準に合わせて生きていこう。
「しっかし、あの戦いでうちの娘とアンタが出会う。そんで戻ってきて俺とアンタ達が合流する。なんというか、こんな偶然もあるんだなぁ」
「ええ、そうですね」
「そういや、自己紹介してなかったな。俺はドムっていうんだ。さっきも言った通り、ユウの父親で、この街唯一の武器屋のドム商店の店長だ」
「俺はタカヒト、加賀 貴仁と言います。改めて宜しくお願いします」
「へえ、タカヒトってのか。なんか随分と若えな?」
「初対面の人からはよく言われるんですよ。でも実際は36です」
「んなにぃ!?俺より3つも年上なのか!」
「俺より3つも年下なの!?その見た目で!?」
「なんだと!?」
「なんだよ!?」
なにこのビックリな展開。
まさかの俺が最年長。
アクト達はまあ若い衆だけども、このオッさん...いやオッさんじゃねえな。
30前半じゃお兄さんと呼ぶべき?いやしかし、見た目にギャップがありすぎて…。
筋肉隆々、青みがかった黒の髪にちょび髭。眉間に刻まれたシワ。
見た目は完全に俺よりもドムさんの方が年上なんだけども、いやはや人は見た目によらない…うん? んんん??
「なあユウちゃん。ユウちゃんは年は幾つなんだ?」
「私は16ですよ」
「ってことは、ドムさんが15の時にユウちゃんが生まれたって事か」
はぁー、そんなに若い内から結婚してヤる事やってたのかぁ。
さすが中世頃の文化というか。
ひと昔前の日本でも、二十歳になる前に嫁入り婿入りして身を固めてた家庭が多かったようだが、その文化というか考え方でこの国の人は生活してんだな。
となると、俺くらいの年だと思いっきり結婚適齢期過ぎてんじゃねえか。
ん? ドムは少なくとも15の内に卒業(意味深)してる?
自分で言ってて悲しくなってくるが、とりあえず気にしないでおこう。
「な、なんだよタカヒト。俺の嫁さんは渡さねえぞ!」
「誰に言われなくたって要らねえよ!?」
「なんだとぉ!俺の嫁さんの事をブサイクだって!?」
「なにをどうしたらその結論になるのか説明せーやぁッ!」
「要らねえって言ったじゃねえか!!」
「人の嫁を泥棒するほど心は腐ってねえよ!!」
「泥棒してたのか!?」
「してねえよ!?」
「あっ!!さては俺の嫁さんを奪い取るつもりなのか!?」
「人の話を聞けぇぇッッ!!!!」
ドムさん、相当妄想というか思い込みの激しい性格なのか?
誰もあんたの嫁泥棒する気なんて無いっての。
そういう昼ドラ的な事を平気でやってのける程、俺の性根は腐っちゃいない。
嫁泥棒した奴は問答無用で俺が鉄拳制裁しちゃる位の気持ちだぞ。
「とりあえず落ち着けドムさん」
「お、おう。スマン先走っちまって」
「良いさ。そんだけ嫁さん大事に思ってんだろ。仲睦まじくて良いじゃないか」
「お、おう。そう言われっと照れるな」
さっきまで興奮によって赤くなっていた顔が、今度は別の理由で赤くなる。
だがな、可愛いオニャノコがそんな表情の移り変わりを見せてくれれば眼福だが、相手はそんな可愛いオニャノコの父親だ。おっさんだ。
しかも筋肉ムキムキのちょび髭おやじ。
見た目の差ってこうして考えるとかなりデカイ。
オニャノコならゲヘヘと下心が芽生えるが、オッさん相手だと何も言わずにシバき倒したくなるのだからある意味やるせ無い。
と、そうこう話している内に、検問の順番がついにオッさんにまで回ってきた。
俺にとってはここで弾かれると一気に死活問題になるため、口には出さないが(神様仏様、どうか見捨てないでくださいまし)と心の中で念じ続けている。
地味に冷や汗もかいている。
ちなみに検問は円滑に作業を終わらせるためか途中で2列に分かれており、俺がドムさんと話してる間に気付いたらアクト達はもう一つの列に並ばされた挙句、検問通過後は作業の邪魔になるということで街の中に入れさせられてしまっている。
ヤバイ。せっかく獲得した弁護側の証人が、初っ端から証人喚問をドタキャンしちまってピンチなんだが。
神様仏様お金様。
この際無事に突破できればなんでも良い。
頼むから俺に生きる道を示してくださいお願いします。
「次の馬車は、ってドムさんか。どうだった?今回の商売の旅は」
「おうよ!そりゃぁもう、ウマ〜い具合に捌けたぜ」
「そりゃ良かったな!んじゃあ通行税として銀貨2枚、払ってくれ」
「あいよ。ほれ」
「確かに通行税銀貨2枚を徴収したぜ。通ってよし。それとそこの鎌持ったお前、ちょっと待て」
「ギクっ」
ドムさんの積荷の検査が終わったタイミングを計って、ドサクサ紛れにこっそり荷台に乗ったのだが、さすがは日常的に検問を担当しているだけある。
す・ぐ・バ・レ・た。
「な、なんでしょうか」
「身分を証明できるもの、それと通行税として一人分銅貨2枚を払ってもらおうか。あと、その危なっかしい鎌は置いてけ。この条件を飲めないのなら、悪いが街に入れられねえな」
終わった。完全に終わった。
そもそもこの世界の金なんて持ってるわけがないし、身分証明書については今これから作ろうとして街に入るのに。
見事に詰みました。特に鎌。俺が背負う格好良い鎌。
けれどもその切れ味の高さはさっきこの目で見て理解した。
検問してる衛兵さんの仰る通り、この鎌相当の危険物です。
「えーっとですね、実はこの街のすぐ近くの草原のだいぶ離れた所で、ラパーヌの群れに襲われてしまいまして…。その際に身分を証明する物、あ、これはギルドカードではなく別の書類なんですが、それとお金の入った財布とを纏めて入れていた旅用の袋をどこかに見失ってしまいまして…。ほら、あの大草原って一旦街道外れると似たような風景がずっと続いていて迷ってしまうじゃないですか?それとこの刃を覆うカバーも、ラパーヌを迎撃するときに突然のことだったもんですから同様に見失ってしまって。なので今は、検問を通る許可を得るための必要な物って一切持ち合わせが無いのですが、どうしたら良いのでしょう…?」
我ながらよくここまで口から出まかせがツラツラと。
この時点で、さっき俺がこの世界についてあれこれ訪ねたドムさんには俺が抱える表向きの事情の矛盾が明らかになっちまったが、このことは検問突破したあとで聞かれたら正直に白状することにしよう。
とりあえず俺が言った出まかせを衛兵さんが信じてくれる・・・わけもなく。
槍の穂先を俺に向け、臨戦態勢を取った。
「悪いが、領主の意向で王朝からの勅令等一部の例外を除いて、検問の進入許可については一切の特例は認めていないんだ。俺もこの街で生まれ育った人間として、そして一人の街を守る衛兵として、街の中に何をするか分からん奴を入れるわけにはいかないんだ。このまま引き下がらないというなら…武力行使も止むを得ずとなるが、覚悟は良いか?」
「...分かりました。街へ入るのは諦めます」
衛兵さんが言うことは正しく、彼らからすれば俺は危険物を堂々と持った不審人物になる。
金も払えない身分も示せない。
これで俺という人間を通してくれなんて言っても、誰だって通しやしないのは当然だろう。
なんにせよ、俺の立場を擁護してくれる弁護人がすでに街に入ってしまってる以上、そのサポートを受ける事は難しい。
衛兵さんも俺に好き嫌いでこの対応を取っているわけではない。
職務上俺を通すわけにはいかないと判断したのなら、その判断に素直に従うべきだろう。
やはり、強行突破という選択肢は取りたくない。
3日丸々飲まず食わずである俺の体がどこまで持つのか分からないが、死活問題といっても強行突破や盗みを働いたりなんて事はしたくないのが本音だ。
俺は今まで真っ当に生きてきたし、これからもそうありたい。
正直自己犠牲が行き過ぎてると囁く自分も確かにいるが、それでも人を傷つける方が俺は後悔しそうな気がする。
「ま、待ってくれリック!!その男は俺たちの命の恩人なんだ!!」
「!」
「なんだ?ってゴルドさん。この男が命の恩人ってどういう事だ?」
声がした方を見ると、先ほどラパーヌの群れと戦っていた冒険者の一人の男がこちらに走ってきていた。
ゴルドと呼ばれた斧を背負ったどっしりとした体格の男は、リックと呼んだ衛兵さんの元に近寄ると荒い息を吐きながらもなんと俺の弁護をし始めてくれた。
「その男はな、さっき西門に来たラパーヌの群れを追っ払ってくれたんだ。この人がいなきゃ、多分冒険者の若いモンが何人か死んでたかもしれない。少なくとも10体くらいいてな、群れの数が多くて手を焼いてたところにこの男が鎌持って加勢してくれたんだ」
「ラパーヌの群れが10体も?それは本当なのか?」
「こんな事で嘘ついたって仕方ねえだろう。お前が懸念してる通りその男の鎌もすげえ切れ味なんだけどよ、何よりもラパーヌの素早い動きに翻弄されずに群れの中の3体も一人で狩っちまったんだ。コイツがいなけりゃ俺たちは本当に危なかったんだよ」
「ゴルドさん、言いたい事は分かった。しかし、領主の命令もある以上、正体が明確に分からない奴を入れるわけにはいかないんだよ」
「金が無くて通行税が払えねえんだったら俺たちが払う。命を助けられた以上、礼をしなきゃ俺たち冒険者の矜持に関わる。死ぬかもしれない局面を救ってくれた大恩人を、目の前で門前払いってのは俺たちも心苦しいんだ。出来れば、勘弁してやってくれないか?」
衛兵のリックさんと冒険者のゴルドさんが話している内に、先の戦いで見かけた他の冒険者たちもゾロゾロと集まってきていた。みんなおそらくゴルドさんが声をかけて来てくれたのだろう。俺個人にはどうと思ってなくとも、きっとゴルドさんの普段の振る舞いが良いからこそこうして集まっているのかもしれない。
そう思っていると、集まった他の冒険者たちも次々に口を開く。
「ゴルドの言ってた事は本当なんだ。そこの兄ちゃんのおかげで皆無事にリーシュに帰ってこれたんだよ」
「そうそう!アタシらの命の恩人だからね!」
「門前払いなんて時化た事止めてくれよ!なんも返さず追っ払うなんて真似できねえよ!」
「アクトがいきなり全速力で走ってきたから何事かと思えば、助けてくれた人に礼の一つも言えないのは困るんだ」
みんながそう言ってくれる。
なんだろう、自分の打算込みでの行いが低俗に思えて凄く恥ずかしい。
確かに3割ほどの善意も入ってはいたけど、残り7割は思いっきり「しめた!」という感じの完全な打算だ。
だからこうやって自分の事を擁護してくれるのは凄く嬉しいのだけれど、少し申し訳ない気持ちもあるな…。
「…ハァ。どちらにせよ、俺一人の判断で決められる事じゃない。今領主の元に使いを送るから、領主のお言葉次第では特例で街に入れても良いとなるかもしれない。ただ、その可能性は凄く低いと思うぞ。それでも良いのなら、賭けてみるか?」
「ぜ、是非お願いします!その、お手数かけて申し訳無いのですが…」
「あぁ...分かったよ。とりあえずそこで待っててくれ。わかってると思うが妙なマネしないでくれよ」
みんなの必死の説得もあって、リックさんが領主様の元に使いを送ってくれる事になった。
まだ可能性は少ないとはいえ、さっき比べれば少しでも街に入れる可能性が増えただけでも良かった。
神様仏様お金様、どうか入場許可が下りますように。
お願いいたします。
お金が入ったらいくらでもお賽銭投げ入れますので。
後払いですみませんがどうかご利益を。パンパン。