豪傑王女レスビカ・パゾシコジリオ・コリナポルタ
狭いベッドで朝を迎えた俺は
同じ部屋で眠っている他の二人がまだ寝息を立てているのを確認して
音を立てないようにゆっくりとベッドから這い出る
その間に団長がでかい声で寝言を言うので
俺の気遣いは徒労に終わった
一つ良かったことは副団長が
まるで恋がテーマのアイドルの新曲PVみたいな
目の覚まし方をする様をすぐ横で見れた事だ
「おはよう、エリオ君
ああ、今日は大事な日だったわね
すぐに支度をしなくちゃ
、、、団長、あなたも起きてください」
言葉使いは優しいがその起こし方は
ベッドを思い切り蹴とばすと言うものだった
「ファッ!?」
気の抜けた声を出しながら団長が目を擦り辺りを見渡す
「なになにどうしたよ!あれ?会食は?」
もうとっくに終わりましたよと俺と副団長
なんだそうかと二度寝に入る団長
団長のベッドを蹴とばす副団長
しぶしぶ体を起こして団長が不平不満を漏らす
「なんだよぅ、もう少し寝てたっていいじゃないかよぅ」
子供のようにだだをこねる団長に俺はビシッとした態度で臨む
「団長、昨日の会食で、王女殿下と副団長が勝負する事になりました
傭兵団団長として立ち会ってもらわないと」
「マジで!俺聞いてないよ!いつ決まったの!」
昨日の会食でって言ったのに、、、
俺は事のいきさつを事細かにわかりやすく説明してあげた
「マジで!勝てそうかよ、キーリ!?」
「もちろん、と言いたいけど、やってみないと分からないわ
最善は尽くすけどね」
「はっはっは!キーリなら大丈夫よ!よし!じゃあ陣営地に帰るか!
風呂も入りたいからな!」
団長は、ばんばんと副団長の肩を叩いて激励して勢いよく
外へ出て行った
やれやれと思いながら俺たちも後へ続く
・
・・
・・・
そして陣営地へとたどり着くとそこには目を疑う光景が広がっていた
~おいでませ レスビカ王女 ようこそフロメル陣営地へ~
などと書かれた陸上部の生徒が全国大会出場する時のような横断幕があり
その下には文化祭の時に校門に飾るアーチが用意されていて
そこにはこう書かれていた
~決めろ!フロメル殺法!レスビカ王女VSキーリ副団長 伝統の一戦 観覧料1500ギルダーから~
なんだってこんなに準備がいいんだ
というか昨日の会食での会話を知っているは俺たちだけのはずだ
「遅かったじゃない
シェフに金を握らせたのが無駄になるかと思ったわ」
そういうのはアーチの前で何故か興行と化した王女と副団長の勝負のチケットを
売っているボッテの女将、トラットリアさんだった
「女将さん、そういうのはちょっとどうなのかと思うんですけど、、、」
「いいじゃないいいじゃない、私達商人も儲かるし、あなた達も儲かる
団長がピンハネしないように今日の売り上げはちゃんと教えてあげるから!
ロラン!街にビラ撒いてきた!?」
あいよー姉さんと元気のいい返事が後ろから聞こえた
見ればロランが馬に跨ってセイジョルニ方面からやってきている
そしてその後ろにはおびただしい数のセイジョルニの街の人々がやってきていた
「なんか面白い催し物があるんだって?
本当ここの傭兵団さんは楽しい人達だねぇ」
「ほんとだねえ、街の治安も傭兵団が居るおかげでいいし最高だねぇ」
「うちは団長さんが畑仕事手伝ってくれてまあホント大助かりだったっけねぇ」
わいわいと騒がしく話しながら領民達はアーチへ吸い込まれていく
「はいよーいらっしゃいいらっしゃい!おいしいフロメル饅頭やビールもあるよー!
王女殿下と副団長の一戦が見たい人達は1500ギルダーだよー!ワンドリンク付きでお得だよー!!」
人々がやってきて元気よく売り込みをするトラットリアさん
ロランも一緒になってどんどんチケットを捌いていく
「はっはっは!なんだかスゲー事になったな!キーリ!
まあいつも通りやってくれたらいいから!」
そう言いながらばんばん副団長の肩を叩く団長
「やれやれ、だわ
けどやるしかないものね。トトリ、黙ってこんな事して
この借りは大きいわよ」
「ふふん、委細承知したわ
東の果ての海の先の果ての国の商人から手に入れた
何でも切れるって刃物があるの あなたにあげるわよ
もし本当に何でも切れたら大量輸入でぼろ儲け!」
「あなたしか得しないじゃない
ボッテの飲み代一週間無料
傭兵団全員」
おいおい話にならないよと大きく両手を挙げて
首を大げさに振り回すトラットリアさん
と言うか街一番のレストランとの人脈といい
東の果てから商品を輸入するルートといい
この人は絶対ただの女将じゃない
「キーリ、ああキーリ、そんな事したら私達はこの陣営地から全撤退よ
やったとしても3日間半額ね」
「3日間無料で手をうちましょう」
「2日無料!フロメルにかぎる!どう?」
「まあいいでしょう、団長もそれでいいかしら?」
「BBQ」
短く発せられた一言にトラットリアさんは思わず聞き返す
「え、なんて?」
「傭兵団全員でBBQ、肉はトトリ達が用意する
野菜は俺にまかせろよ!」
「そんなんでいいの?」
「それとボッテ2日間無料!」
「、、、しっかりしてるわね、いいわ
ここはしっかり副団長に勝ってもらって!
そしてみんなで三日三晩飲んで騒いで食って稼ぎましょう!」
団長とトラットリアさんは笑顔で固い握手を交わした
話しがついたところで俺たちは陣営地の中へと進みだした
副団長は準備があるからと俺たちと離れ先に進む
俺はせっかくなのでアーチをくぐってみた
なんだか懐かしい気分を感じながら歩みを進めていく
アーチの先にはそこら中に露店が出来ていた
楽しげな祭りの雰囲気に少し前まで居た世界の事を思い出しそうになったが
今はまだやる事がある 遊びまわる訳にはいかない
「エリオ君!露店がいっぱいあるよ!イカ焼き食おうよ!
後リンゴ飴も!うわ!ぽっぽ焼きだ!15本入りください!」
団長はまるで子供のようにはしゃぎまわっている
しかもぽっぽ焼きまで買っちゃって、、、
ここは異世界だぞ?なんでぽっぽ焼きがあるんだ?
どんなに団長がテンション高くても
俺は遊びまわる訳にはいかない
「よう突撃隊長!かたぬきやっていけよ!
成功したら5000ギルダーだぜ!」
声をかけてきたのは禿頭の肌が緑がかった男だった
頭にはねじったタオルを鉢巻のように巻いている
彼はどっからどう見てもアルメル団長ジュリィだった
「ジュリィさん???何してるんですか?」
「何って的屋だよ!こういう時に稼がないとな!ぎゃはは!
それでやってく?賞金1000ギルダーの初心者コースもあるよ!」
遊びまわる訳にはいかないはずなのだ
だがかたぬきの露店の中ではベルとチカチーが真剣なまなざしで
つまようじで型をかりかり削っている
それを見て俺は頭が痛くなってきた
「随分とにぎやかなのねあなたの傭兵団って」
後ろから声をかけられて振り向くと
綿菓子片手にお面を被ったレスビカ殿下だった
「レスビカ殿下!?もういらっしゃってたんですか?
すみません、何もお伝えもせずこのような催しを開いてしまい、、、」
「だから堅苦しいのはいいってば
ソシェが居ると何もできないから
ばれないように迎賓館を抜け出してきたの
ああ、あなた達の警備、簡単に抜けられたわよ
帰るまでに直すべき所は書面で伝えるわ
昨日のおいしい夕食のお礼よ
それにしてもいいわね、賑やかで
好きよ、こういうお祭りは
まあ私だったらもっとチケット代ふんだくるけどね」
ふふっ笑いながら綿菓子を頬張る王女殿下
えらい美人がいるぞと周りの人間がざわざわと騒ぎ始める
まずい、このままだと、、、
「あれ!王女殿下!もういらしていたんですか!
これ!ぽっぽ焼きですよ!知ってますか!?
よかったら食べてくださいよ!」
団長は王女殿下を見つけると大きな声で露店の食べ物を勧めた
あーあと思った時には
すでに周囲に彼女が誰か伝わってしまっていたらしい
おいあれが王女だってよ
すーげー美人!
ひゅー王女殿下!副団長には悪いけど応援するぜー!
収拾がつかなくなる前にどうにかしないといけない
俺は王女殿下の手を握ると人ごみの中を駈け出した
「ちょっと!手のひらを強く握らないでよ!」
「すいません王女殿下、だけどあの場にいたら収集がつかなくなります」
とは言え行くあてもない、とりあえず人が少ないひらけた場所、、、
あったあそこだ!
俺は目の前に見えた丸くひらけた空間へ王女と一緒に飛び込んだ
「はぁ、ずいぶんと足が疲れたわ、ここって、、、ふふ、
そう、もう始めようって言うのね?」
え?始めるって何を?
俺は改めて辺りを見渡すとひらけた空間の周りを囲むように人だかりが出来ていて、そして熱狂していた
「さあやってまいりました東の果てのセイジョルニまで
カステラノ王の秘蔵っ子、暁の女神、銀髪の悪魔、冷徹微笑、等々いくつものあだ名はありますが、今はこう呼ばせてもらいましょう!
豪傑王女レェスビカ・パゾシコジリオ・コルゥウウウウウゥウナポルター!」
俺はあまりの展開の早さについていけなくなりそうになる、、、
ようなその辺の奴とは違う
なるほどここが勝負をする会場で
実況はトラットリアさん
横にロランが居るからあいつが解説をやるんだろう
プロレスかよ!
なんでそんなのんきなんだよ!
副団長負けたら俺たち露頭に迷う可能性が爆上げだよ!?
名前の紹介をする時どんだけ巻き舌なんだよ!!!
俺はそそくさと円状の広場から人だかりの中へ身を移した
そこでようやく大きくため息をつき、覚悟を決めたように駈け出した
そして冷やしきゅうりと生ビール、
最後にからあげを用意し、ついでに露店のくじ引きでビー玉をゲットして
王女と副団長が戦う会場へと戻った
まあ入って一ヶ月程度だし?
いざとなってもチートステータスがあるし?
傭兵団がどうなろうと関係ないし?
と言うかその辺気にしているのは俺だけみたいだし、、、
ベルは生きてたし、チカチーは最近暴れてないし、、、
あれチカチーと言えば何か忘れている気がする
きゅうりをぽりぽりかじっていると辺りの喧騒が一層強くなった
トラットリアさんがおどろおどろしく実況を再開する
「皆様お待たせしました、、、ついに生きる伝説がここへ現れます、、、
傭兵団の中でも抜きん出た美貌の持ち主
そのあまりの強さからついたあだ名は数知れず
葬儀屋、墓堀人、アンダーテイカー、または死をもたらす者
、、、みなさんそういえばあいつ最近見ないなって
傭兵仲間に思い当たる節がありませんか?
そうあいつとかそいつとか
彼らが最後に見る姿それこそが!
キィイルィイイイイイイイ・アストッォオオオオジアアアア!!」
女性とは思えないとてつもなく力の入った声で紹介された副団長は
どうやって焚いたのか白煙の中からゆっくりと歩み進んできた
短めの黒髪、黒い眼帯、鋭い瞳にすらりとした長身
ボディラインが浮き出るような黒いシャツとズボンに黒いハット
そして
銀色の長髪、細身の剣に、取っ手の付いた短い筒、肉付きの良い体に
コリナポルタ海軍の軍服
二人がキスが出来そうな距離まで歩み寄って何かを話している
周りの喧騒でとても聞こえないので俺は目を凝らして唇の動きを呼んだ
読唇術65535の俺には造作もない事だ
心配なので聴力65535も駆使しよう
「おはよう副団長さん、、、ふふっ
副団長さんって呼びにくいんだけど
キーリって呼んでもいいかしら?」
「レスビカ殿下に名前で呼ばれるなんて願ってもないですわ
、、、もしよろしければ私もレスビカと呼ばせてもらっても?」
「いいわよキーリ、ただし私に勝てたらね
そうだ、、、一つ賭けを増やさない?
勝った方は相手の言う事を一つだけ何でも聞くの
どう?」
「いいんですか?レスビカ殿下を私の好きにしても?」
「ふふっ勝てたらの話よ、せっかく遠くまできたんだから
楽しませてよね」
王女殿下は踵を返して副団長から距離を取り
係員から酒の入ったグラスを受け取った
するといきなりそれを飲み干して観客の熱狂が更に勢いを増す
「ごめんなさい、喉が渇いていたの!お代わりいただける?」
主張するように声を張り上げる王女殿下
呼応するように歓声は大きく厚く辺りを覆った
というかなんだ今の会話は?
なんだかとても不純な気がしたぞ?
副団長はすました顔でグラスを携える
あくまでも自分のペースを崩さない
「さあ今回のイベントは王女殿下が戦場に参加するか
遠方からの視察に留まるかそれを決める為の勝負となります!
副団長が勝てば遠方からの視察に留まるのですが
私としては副団長と勝負をする時点で戦場に出るよりも恐ろしいです!
ともかくこの勝負は、ただのしばき合いではございません!
ひとつ!二人は酒の入ったグラスを持ちます!
ふたつ!グラスに入った酒をこぼした方が負けとなります!
みっつ!勝った方はグラスに入った酒を飲み干し再度勝負を繰り返します
三連勝すれば勝利、一度でも負ければ勝ち星は振り出しに戻ります
さて解説のロランさんこの勝負どう思われますか?」
「ひじょーーーに勝敗の予測がつきにくいですね
まず私達フロメルとしては副団長の恐ろしさは身に染みているんですが
なにせ王女殿下の実力が未知数です
唯一入ってきている情報がひたすら酒が強いと言う事
海の荒くれ達全員が潰れた後に
酒樽を一人で開けたと言う伝説を持っています
なので勝負が長引けばそれだけ王女殿下に有利に働くでしょうね」
「なるほど、副団長としては
勝負は速攻で終わらせる必要があると言う事ですね
さあ、間もなく第一戦目が始まろうとしています
、、、現在のオッズは3対1・5、王女殿下が3、副団長が1・5です
さすがフロメルのホーム、副団長が根強い人気です」
まあ何事もなければ副団長が勝つだろう
だが
もしもと言う事がある
酒は一杯に留めておこう
俺の目の前をビールガールが通る
「あれ!君、新しい!突撃隊長でしょ?
はいこれサービスだよ!トラットリア商会を宜しくおねがいしまーす♪」
一杯に留めておこうと心に決めた俺の右手に新しい生ビールがある
まあ2杯ぐらいなら大丈夫だろうと俺は遠慮なくグラスに口を付けた
―――その頃の団長―――
「だからよ!かたぬきって言うのは涎で湿らすんだよ!
もちろんこっそりよ!」
「チカチーはズルはしないんだよ!∑o(*'o'*)o」
「涎なんか使わなくたって私のテクニックをもってすれば、げっ、割れた」
「ハイ、ベル終了~、これ参加賞ね」
フロメルとアルメルの幹部が4人もそろってかたぬき屋にいた
問題なのはそこに王女殿下のメイドがやってきた事だ
「随分と楽しそうですねフロメル団長」
「およ?君は、、、名前なんだっけ?」
「ソシェといいます、、、レスビカ、、、王女殿下を見ませんでしたか?」
「ああ王女ならさっきエリオ君が手を引いてどっかにいっちゃったよ!
おかげでぽっぽ焼きがまだ余ってるよ!ソシェちゃん食べる?」
「あ、ありがとうございます、いただきます、、、みなさんは何をやっているんですか?」
「あれあれ?かたぬきやったことないのー?
チカチーがおしえてあげるよ(ノ゜ω゜)ノ!」
ソシェはぽっぽ焼きを一口頬張るとおいしいと口にした
そしてチカチーに教えられながらかたぬきをやり始めた
そんなほのぼのとした風景にある違和感を感じた人物がいた
アルメル団長ジュリィがフロメル団長ユーリに声をかける
「おいユーリ彼女知り合いか?なんか俺、嫌な予感がするぜ?」
「嫌な予感なんて当たらないよ!彼女は王女殿下のメイドのソシェだよ!
兄貴は気にしすぎなんだよ!」
必死で削るユーリの型は若干湿っていてユーリの口の端からは涎が流れていた
ともかくジュリィは一切の内面を外に出さなかったが
弟の言葉にそそくさと支度を始めた
「なーんだそうか知り合いかー!よし!ユーリこの店は任せた!後お前涎使ったから
失格!売上ごまかすなよ!チカチー!用事ができた!アル、、アルアル、、、
とりあえず出かけるぞ!
ベルも!涎垂らすの禁止だぜ!ぎゃははは!」
むんずとチカチーの襟首を掴んで持っていくジュリィ
どうしたんだろうと兄の姿を見送るユーリ
涎なんて垂らす分けないじゃないと
口の端からだらだら涎を流しながら言い訳するベル
せっかく教えてもらえると思ったのにチカチーがどこかへ行って残念そうなソシェ
ソシェちゃんまたねーと宙ぶらりんで手を振るチカチー
「、、、よっしゃじゃあ今から俺が店長よ!ソシェちゃん!かたぬきって言うのはこうやってやるんだよ!ベル!お前もぽっぽやき食う?」
異世界の傭兵の陣営地で傭兵団幹部はかたぬきに勤しんでいた




