突撃隊長 来栖エリオ
―――それから1か月後―――
「少しは真面目な連中だと思っていたがまさかここまでとはな」
俺の手札はクラブのAと2
場に出ている3枚のカードは
クラブの3 スペードのA ハートの5
この髭モジャ中年親父とロランの癖はすっかり読み切った
「へへっあんただって一緒に遊んでるじゃあねえか
しかもあんた、フロメルの新人だろ?
新人がさぼってちゃあ駄目だろう?
しっかり仕事しねぇと」
「ああ、新人だが突撃隊長だ
さぼってるのはお前らも一緒だがな
だから賭けよう
俺が勝ったらお前らもしっかり仕事をする
もし負けたらお前らがさぼってても見逃してやる」
「俺はアルメルだぜ?なんでフロメルの奴の言う事を聞かなきゃならねぇんだ!?」
めんどくさい奴だな、中年の連中は大体面倒くさい
やれ腰が痛いやれ調子が悪いとすぐに仕事を休む
こうして現場に出てきている奴もさぼってる有様だ
「アルメルもフロメルも関係ねえよ、俺たちは一蓮托生なんだからな
いいか、俺は譲歩してやってるんだ
じじいお前のケツからその禿げ頭までに剣をぶっ刺してから赤い噴水吹き上げさせたっていいんだぜ
そうしたら周りも少しは真面目になるだろうよ」
今のようなセリフで相手が取るパターンは大体二つ
1 なんだとくそがき剣を抜け叩きのめしてやる
2 なんだとくそがきカードで叩きのめしてやる
俺はどちらでもいいのだが今回は後者だった
「ロランもそれでいいな?お前なんて俺と同じぐらいの年だろ
ガンガン戦闘で戦わねーと」
「そうは言うけどよ実際にやる事なんてねーだろ?
領主は戦場になんて興味ねーし何してても給料くれる
怪我でもしたら俺ら下っ端は給料でねーんだ
まあカードゲームやってるのはどうかと思うが」
場で伏せられたカードが一枚表になる
ダイヤの7
ここに来てどうでもいいカードが出てきた
中年は耳をほじって自分の手札を見ている
ロランはやったぜ!と小声を出した
ロランはバカだが中年には注意がいる
あいつが耳をほじるのはブラフの時と調子がいい時がある
「どうした突撃隊長、降りなくていいのかい?」
「うるせー、明日から汗水流して労働だ
覚悟しとけ歯抜けハゲ」
ちっと舌打ちして場に出ている最後のカードを表にする
ダイヤのAだった
スリーカードか、、、まあまず負ける事はない
さっきまでの明るい表情から一辺
うつむいて落ち込んだ振りをするロラン
だが急にバンッと自らの手札を場に出すと大きな声で叫んだ
「ツーペアだひゃっほう!俺の勝ちじゃね!」
中年は一切表情を変えずに自らのカードを場に見せた
「、、、フルハウスだ、突撃隊長さんよ
これからもよろしくな」
、、、何がステータス65535だよ
運とかステータスに入ってるだろ普通
何でさくさくロイヤルストレートフラッシュが出ない
「どうした突撃隊長、カードを見せろ」
やれやれだ
こいつらが遊んでるカードが団長特製トランプじゃなきゃあ
負ける所だった
イカサマをするのは本意じゃないが仕方がない
中年が瞬きの一つもしてくれればいいのだが
じっとこちらの手元を見ている
その情熱を他の事に向けてくれないだろうかと思いながら
まずは中年の視界を
カードを持っていない方の手の指で摘まんだ芝を弾き飛ばして塞いだ
中年はゴミが目に入ったとしか思わないだろう
中年が目を閉じた一瞬の間に袖に隠しておいたカードと手元のカードを素早く入れ替えた
「悪いなおっさん、フォーカードで俺の勝ちだ
、、、さあ二人とも仕事しろ!」
中年は納得いかない様子で突っかかって来るかと思ったが
「へへっ隊長やるなぁ!いやー久々に面白い勝負だったぜ!
どうにもここに居ると真剣勝負感がなくてよ!
だが今ので昔のような熱い気持ちが蘇ったみたいだ!」
さあやるぜぇと立ち上がり他の連中に交じってがきんがきんと金属音を鳴らしだす
「なあエリオ、今のイカサマだろ?
袖にカード隠しておくなんてひでぇやつだなぁ」
「、、、驚いた、見えたのか俺の動きが」
「、、、ははー!!ブラフだよー!!やっぱりな!いやーあの中年めちゃくちゃ強くてよ!お前が倒してくれてせいせいしたぜ!よっしゃやるか!」
俺はあんぐりと口を開けてロランを見送った
ロランはわかりやすいと思わせて急に機転を見せる
まあいいか真面目に働いてくれるみたいだから
「あんた突撃隊長でしょ!なんでカードなんかやってんの!
またバカエリって呼ぶわよ!」
後ろから声をかけられて振り向くと肩まで髪の伸びた金髪の鬼がいた
「ようベル、今はベルベルべだっけ?
まあなんでもいいんだけど、、、
髪伸びたな、またポニーテールにしたらどうだ?似合ってたぜアレ」
俺はいままでのいきさつも見ずに批判してくるフロメルの騎兵長に軽口を叩いた
「ほ、ほんとに?じゃなくて!
なんであんたが傭兵と一緒になって遊んでるのって言ってるの!」
「遊んじゃあ、いないよ。あいつらに言う事を聞かせるには
頭ごなしじゃあ駄目なのさ。ベルだって何しているんだ?」
「私!?私はあんたが遊んでるのが見えたからちょっと様子を見に、、、」
「ようするに何もしてなかったって事か?」
「うるさいわね!しょうがないでしょ!
あんたが来てからどんどん問題を起こす連中が少なくなって
皆真面目に働く様になっちゃって、、、
団長なんて今日も畑を耕してるし、、、
暇でしかたないんだから!」
エリオ君見てよ!ほらトマトがこんなに真っ赤になったよ!
なんてトマト片手に笑顔を向ける団長の顔が目に浮かぶ
「いい事じゃないか、ずっとここで戦ってる振りをして
美味しい野菜を皆で食べて、何も問題ない、そう何も」
「ま、まああんたが元気そうでよかったわ!
なんかあったらいつでも呼んでいいからね!
、、、どうせあんたのせいで暇なんだから!」
今来たばかりのベルはすぐに馬で去っていく
もう少しゆっくりして行けばいいのに、、、
だがベルの言うとおりで今のフロメルは何も問題がないのだ
俺はあれからフロメルで数日間は戦っている振りをしていた
だがいざ現場に参加してみると
真面目に戦っている振りをしているのはごくわずかな傭兵達だけで
後の連中のやる気がない様子は見るに堪えなかった
そんな中で俺と傭兵達との間で
いざこざが起きるのは時間の問題だった
更に言えばその辺の連中であれば簡単に叩きのめせる力を持つ俺が
下っ端連中から認められるのも時間の問題だった
しばらくすると突撃隊長なんて役職を与えられてサボってる連中を
ある時は腕っぷしで
またある時はカードゲームで言い聞かせて回った
そんな事をしているうちにすっかりトラブルは少なくなり
副団長はもっぱら領主や国王なんかとの社交に集中し
団長は畑で作物を耕して領民と一緒に酒を飲んだ
その結果、、、
俺たちフロメルの待遇は更によくなった
領民はわざわざ陣営地まで野菜や果物を持ってきてくれるし
領主は傭兵の為に更に給料を出した
だけど俺はこれでいいのだろうか?
せっかくすごいステータスを女神からもらったのに
やっている事と言えばカードゲームか腕相撲
たまにチャンバラもやるがそれも戦っている振り
前に一度熱くなってやり過ぎた事があったが
その時にこれ以上ないほどある人に叩きのめされて
それ以来全力は出していない
ある人とはもちろんフロメルの鬼の副団長の事だ
あの日以来彼女への淡い想いに加えて
絶対に怒らせてはいけないと言う消えない恐怖が俺の心に備わった
元の世界に居た頃は良く兄貴に手をあげるなって怒られていたが
まさかここでも同じような事になるとは思わなかったな
昔の記憶に浸りながら辺りを見渡すと
次に声をかけようとしていた片肘ついてサボっていた奴らが
中年とロラン相手に真面目に戦っている振りをしている
もう今日やる事はほとんどなくなった
後はけが人や死亡者を副団長に報告して今日出撃した連中に
日当を渡してやれば俺の仕事は終わりだ
ここでは、めったに出ないが死人が出る事もあるにはあるのだ
この間は酒の飲みすぎで心筋梗塞で男が亡くなってしまった
その後俺は戦闘中の飲酒に対して厳罰を与えるようにしたが
それでも飲酒はなかなか無くならない
何かいい手はないかと思ってはいるのだが
なかなか思いつかないでいる
「俺の想像する傭兵ってこんなんじゃなかったんだけどな、、、」
傭兵と言えば渡り鳥のようにあちこちの戦場で戦い
忠誠を誓った雇い主の為に命をかけ
そして死んだ仲間を想い、そいつの名で乾杯する
だが今の俺は同じ場所を馬でぐるぐる回って
何も知らぬ領主から生かさず殺さず金を騙し取り
死んだ事にした仲間の見舞金で
死んだ事になっている奴と一緒に酒を飲む
「なんだかなー、、、」
どうにも煮え切らない毎日に俺は少しばかり飽き始めていた
「どうしたの、浮かない顔して?
あなたがやる気出さないとみんなは頑張ってくれないわよ」
声がする方へ振り向くとそこにいたのは
この世に権現した馬上の戦女神
なんて思ってしまう程の美しさのフロメル副団長
キーリ・アストージアだった
「副団長、着替えないで来たんですか?
せっかくもらった新しいドレスなのに汚れちゃいますよ」
副団長は真っ赤なドレスで馬に跨って戦場にいた
ただでさえ精悍な顔つきは化粧で一層際立っていた
故にそんな芸術のような姿の中で右目を覆った眼帯は
ひどくアンバランスに見えた
「参ったわよ、あちこちのお偉いさんから声をかけられて
それに当たり障りのない返答をしなきゃいけなくて、、、
戦場で内臓を引きずり出す仕事に戻りたいって言うと
みんな離れて行ってくれるのだけど」
内臓引きずり出し地獄鬼は副団長のあだ名の中ではすでに随分と
古い部類になっていた
今のトレンドは血染めのキーリ、社交界での副団長の赤いドレスは
血で染めたと思われている
「大変ですね
俺を傭兵団に誘わない方が良かったんじゃあないですか?」
副団長は小さく笑うとそんな事はないわ、言ってくれた
「あなたのおかげで前よりも環境が良くなってきているんじゃない
私だったらあなた程うまく傭兵団をまとめる事はできなかったと思う
みんな感謝してるわ、団長も、ベルさえもね」
「ベルが?なんて言ってたんですか?」
「あいつのおかげでチカチーロが最近大人しい
しかも傭兵団もどんどんトラブルが少なくなっている
悔しいけどあいつのおかげ、、、ですって
ふふっベルったらまるで恋する乙女みたいな顔だった」
ベルが?だが思い当たる節もある
最近のベルはなんだか妙に俺に対して優しいと言うか
以前のような高圧的な態度を取らなくなった気がする
少しは認めてもらているのだろうか
だが今は彼女の事を考える場面じゃあない
「それで、わざわざドレスを着替えずにここまで来た理由をそろそろ
聞かせてくれてもいいんじゃあないですか?」
副団長は俺を片方の瞳で見つめながら端的に理由を言った
「、、、コリナポルタ王の娘が戦場の視察に来るわ
今まで見たいな戦争ごっこだと今後の私達の生活は保障できなくなる」
つまらない毎日だと思っていた俺の下に突然訪れた報告は
そんな日常を一変させるものだった
「コリナポルタ王の娘って、、、あの?」
「、、、王立海軍高等学校主席で卒業、在学中に西の海の大海賊
刺青頭皮のハリー・アダムスを生け捕り、
海軍に正式に入隊してからはコリナポルタ近海の治安維持に奔走
海賊達からは豪傑王女と恐れられている
後学の為、丘での戦いを学ぶ必要があると言い
現在セイジョルニの街へ側近数人と向かってきているわ
迷惑な事にね」
「生半可なごまかしはきかないって事ですね
、、、やばくないですか?それ」
「ええ、今すぐ対策を練らないといけないでしょうね
団長はどうしてる?」
「ベルが言うには畑を耕しているそうです」
―――セイジョルニの街 街外れの畑―――
「見てよ!!トマトがこんなに赤くなったよ!!」
良く通る大きな声のする方向には長い金髪を後ろで三つ編みにした男が立派に育ったトマトを片手に弾ける笑顔で汗を流していた
ユーリは空いた時間を利用して領民と一緒に真っ赤になったトマトを収穫していた
「いんやぁ、ユーリさんが来てくれてぇ、大助かりだあ
傭兵なんかやめてぇ、うちン孫もらって、畑ぇ守っていってくんねかねぇ」
そう声をかける老齢の女性の横にはちょこんと小柄な女の子が
恥ずかしそうにこちらを上目使いて見つめていた
「はっはっは!おばーちゃん!そいつはまだ子供じゃないかよ!
他にいい男が見つかるって!!」
どこまでも明るい男はどこまでも大きな声で笑っていた
―――セイジョルニの街からわずかに西の街道―――
広く開けた平原にまばらに生える木々や草むら
のどかな光景に鳥の声が響く
そんな場所には不釣り合いに見える堅牢な鉄馬車が
がらがらと音を立てながら一路、東へ向かっていく
馬車の中には女が2人
1人は背が高く、銀色に輝く腰まで伸びた長髪の女で コリナポルタ海軍の軍服に身を包んでいる
腰には細剣とこの世界では見慣れない短筒が一つ
もう一人はメイド服を着て短めの黒髪を
後頭部で纏めいた
長身の女がメイド服の女に話しかける
「ソシェ、、、まだ着かないの?、、、いつまでも戦争しているって言う
セイジョルニには?」
「後、3日はかかるかと
そうすれば街が見えてきますレスビカお嬢様
そしていつまでも戦争を仕掛けて来るのはアルトリゾネの傭兵団です
私たちが好きでやってる訳ではありません」
「それならそれでこちらから攻めれば良いのよ
何度も何度も相手が攻めてくるそれを待っているだけなんて誰でもできるの
それだったらこちらから攻めて滅ぼすぐらいはしないと」
「傭兵団を撃退すればその後に控えるのは大陸最大の帝国です
おいそれと攻め入る訳には行きません」
「そこよ、なんで大陸最大の帝国が
侵略戦争で傭兵団しか使わないの?
よっぽど信頼しているとでも言うのかしら
だったらいつまでも動かない戦況に疑問が出てくる
私の国の領地で戦っている傭兵がとても優秀でどんな軍勢も跳ね除けるのか」
ソシェと呼ばれた女は主であるレスビカの意見に同意する
レスビカは長い脚を組み直しながら馬車の窓から見える景色を眺めながら続けた
「まあどうせすぐに分かるわ
一体セイジョルニの傭兵団がどういった戦いをしているのか
、、、少しは学べる事があればいいのだけれど」
―――再びセイジョルニの街 街外れの畑―――
「トマトうめーよ!!これがあれば百人力だよ!はっはっは!!」
フロメルの団長はこちらへ向かう馬車の事などまるで知らぬまま
畑で採れたての作物を食べて満面の笑みを浮かべていた




