傭兵新兵クルスエリオ
千の矢を受ける二千の盾
切り結ばれる斧と鉄槌
酒を飲みながら片肘を地面についてと剣の刃先でくすぐるようにキンキンと音を鳴らすだけの男達
もはや戦いすらせずカードゲームに興じるもの
フローデ・メルチェナーリョの新突撃隊長は乱れた規律を正す為に
カードゲームで遊んでいる男たちに近づいて声をかけた
「おい、お前ら!限度があるだろ、、、ちょっとはやる気だせ」
カードゲームで遊んでいたのは
歯が抜けた髭モジャの中年の親父ともう一人は若く色黒の少年だった
「今は戦闘中なんだ、いくらなんでもカードゲームはないわまじで、、、しかも相手はアルメルじゃねーか
ロランよ、立て。何だったら仲間割れのふりでもするか?」
「おうエリオ!お前も一緒にやるかい!
このおっさんはなかなかの腕前だぜ!」
ロランは注意されて反省するどころか俺まで誘ってきた
俺は大きくため息をつく
そして一か月前、この傭兵団に入った時の事を思い出していた、、、、
――――1ヶ月前 ペイシュパルデ平原近くの丘陵――――
「戦っている振りって、、、今は戦争中じゃないんですか?」
「ええ戦争中よ、私達はコリナポルタ王国の王カステラノ・コリナポルタの領土の一つセイジョルニの街の領主アブラモ・フューデタリオに雇われている」
横文字がたくさん出てくるとどうも話の筋が見えなくなる
つまり大企業の子会社の下請けが俺たちっていう所だろうか
「そしてその相手がアルトリゾネ帝国の帝王マンフリード・アルトリゾネの領土のバレナオンダの領主 レチニオ・バレナオンダに雇われたアリアート・メルチェナーリョ」
これは聞いた事がある要するにやばい連中
だがそれはベルから聞いた話の場合だ
「だけどアルメルは私達の仲間、私達はアルメルと長い間戦争をしている振りをして給料をもらっている」
「それってつまり、、、」
「騙し取っているとも言うわね」
「だましとっている」
「いかさまといってもいい」
「いかさま」
「だけどそのおかげで行き場のない人達、、、変わり者、異端児、鼻つまみ者、問題児、犯罪者や浮浪者、、、わけありの連中でも生きていける」
「いきていける」
「もちろん真面目に働かない連中にはしっかりと教育してあげる
それが私の主な仕事ね」
「きょういく」
「教育してあげると大体の連中は真面目に働いてくれる
だけどそれでも言う事を聞かない人には」
「ひとには」
そこで言葉を切って副団長はにこりと笑った
「言う事を聞かない人と言ったらチカチーもそうじゃないんですか」
「そうよ、だから昨日の事は
アルメルの団長ジュリイと副団長のルチオに報告済み
戦場に出ていない所を見ると随分絞られているみたいね」
「なるほど」
「彼女はまだ若い。だけど天性の才能がある
そのうち私より強くなるかもしれないわね
、、、故に彼女は傲慢で手加減を知らない
それに私達の戦っている振りもあまり好きじゃあないみたい
ベルや私はエリオ君を殺すつもりなかったけど
彼女は別、あなたが人並外れた強さを持っている事はわかるけど
チカチーロには呪術がある」
「だから彼女と戦うなって言っていたんですね
俺の身を守る為に」
「戦わない傭兵団に入っていきなり死んだら可哀相でしょ?
、、、ただもうチカチーと一度戦ったからには
目を付けられたかもしれない
一度気に入った相手を彼女、いつまでも追い回す癖があるから」
「彼女が戦場に出てきた時はどうするんですか?」
「チカチーロは傭兵団は殺さないわ
悪くて大怪我するくらいね
それでも時々暴走しそうになる
その時は」
「副団長が相手をする?」
「いいえ、相手をするのはベルの役目
彼女ああ見えて結構やるのよ」
意外な言葉だった彼女はそれほど強くないだと思っていたからだ
まてよチカチーは傭兵団は殺さないって言っていたけど
それじゃあ
「副団長!ネアルコにエリオを乗せたの!?
やめてよね私の馬なんだから!」
後ろを振り向くと鬼のような兜を被り
全身に鎧を纏った透き通るような金髪の女が馬に跨っていた
「ははっ、、、ベルだ、、、なんだよお前おかしな真似しやがって」
ベルは馬から降りて兜を脱いで長い金髪を、、、いや、金髪は肩にかからないほどの短さになっている
そうして口を開いて言った言葉は意味不明なものだった
「エリオ、お手」
???
死んだと思わせておいて急に出てきたベルは
そういって手をこちらに差し出した
「お手って?」
兜を脱いでにんまりと笑いながらベルは続ける
「あれれ~?エリオは約束も守れない人なんですか~?
昨日なんでもするって聞いたんだけどなー?あれあれ~?」
口角を吊り上げて手をひらひらさせるベルは
とてつもなく憎らしかった
だけど俺はその手を両手で握りしめた
「よかった、生きてて、俺は、、、俺のせいで、人を死なせてしまったかと」
感極まって涙まで出てきた俺を見て悪い事をしたと思ったのか
ベルは冗談めかした態度を改めて話だした
「、、、私だって別に好きで死んだふりをしたんじゃないわ
私が死んだ事にすれば見舞金が領主からもらえるの
だから今の私の名前はベルナディータ・アンドロヴァンディーニ、
昨日死んだベルナデッタとは赤の他人って事を忘れないでね」
「その名前だと結局ベルって呼ぶことになるけど
それならベアトリー、、、OK何も言わない」
ベアトリーチェと言う名はよほど呼ばれたくない名前らしい
それ以上言うなと言う空気に気圧されて俺は黙って
握っていた手を気付いたように離した
「二人とも再会の挨拶はそこまでよ
ベルも病み上がりでしょう
なんでわざわざ出てきたの
今日は休んでいていいのに」
「いいえ副団長、私は戦います
チカチーだって出て来るかもしれない
そうしたら私以外に相手はできないでしょ」
「もしチカチーが来たら俺も戦うよ
まあ、あの体が動かなくなる奴はヤバいけど
速攻で仕掛ければ、、、」
俺たちが話しをしている所へ唐突に伝令が息を切らしてやってきたかと思うととんでもない内容の報告がされた
「報告です副団長!チカチーロが戦場でフロメルの傭兵を殺害!
今も暴れています!」
俺達はまさかそんなと戦場に目を向ける
そこではまだ戦は始まっていなかった
統一感なくまばらに集まったフロメルの傭兵達、そして同じよううろうろとして戦いだそうとしないアルメルの傭兵達
おいおいどうみても何も起こってないじゃないかと伝令が居た方向を振り向くと全身に赤い紋様を発光させたチカチーが猛烈な勢いで突進してきた
「副団長とベアトリーチェと、、、誰だっけ?
誰でもいいけどここは戦場だよ!油断大敵なんだよ!お話ばかりしてちゃあだめだよ~?」
ガキンと剣でチカチーの攻撃を受け止めたのは
いつのまにか馬に跨ったベルだった
「チカチー!今日は出てこないかと思ったんだけど、ルチオも甘いんじゃあない?」
チカチーは攻撃の手を緩めずに会話を続ける
驚いたのはその攻撃をすべて捌くベルの強さだ
「話しが長いから逃げてきたんだよ~?
私からすれば陣営地だって戦場だよ~?それなのにあーだのこーだの
だけどここは戦場だし!今日は会戦だし!
チカチーは真面目に働く優良な傭兵だよ(ノ゜∇゜)ノ!」
「それで不意打ち?やるなら正面から来なさいよチカチー!
それとも私に勝つ自信がないの!?」
「戦っている振りだからって手抜きはしないの!
全力で戦っている振り!
私は教えられた通りにしているだけだもん\(*`∧´)/」
不満げに正当性を主張するチカチー
だが彼女に黒い影が近づいたかと思うと
いつの間にか組み倒されていた
「うぐっ!?」
「あなたが戦っている振りをするなら
私も相手をしなきゃあならないわねチカチーロ
それとも私と戦うのは嫌かしら」
副団長はチカチーが答える間もなく彼女の首元に手刀で一撃加えると
チカチーはコテンとその場で倒れた
「、、、まあ今見たようにチカチーロは
どこでもベルに向かって勝負を挑むの
まるで戦わないのも問題だけど彼女の場合
一度始めるとどちらかが倒れるまで続く」
俺は目の前の攻防を見ているだけだった
副団長のすごさは当然だがベルもまるで別人だった
だがチカチーの執念もすさまじい
彼女の目に付くなと言うのもよくわかった
「もっと厳しくすることはできないんですか?その、、、彼女に」
「と言うと?」
「傭兵団を辞めてもらうとか、、、」
「辞めた彼女はどうするかしら?」
あっと思った
傭兵団という枠の外へ放たれた彼女の行動はすぐに予想がつく
「傭兵団はむしろそういった人間が集まる場所、、、」
「そういう事
だからエリオ君が転生がどうのこうの言ってたでしょ?
正直そんなのはどうだっていいの
真面目に働いてくれそうな人ならね」
副団長はチカチーを抱え上げるとベルが乗ってきた馬へと載せて
その馬に跨った
「ベル、病み上がりの所、悪いんだけど後の事まかせていいかしら?
私はアルメルにこの子を届けてくる、あらかた説明したあるわ
エリオ君も分からない事があったらベルに質問して」
じゃあねと馬の腹を蹴って颯爽と駈け出した
後に残された俺とベルは顔を見合わせた
「後の事って言ったって、、、
エリオ、副団長からどこまで聞いた?」
俺は副団長から聞いた内容をそのまま伝えた
「なるほど、じゃあここで傭兵団同士の戦いを見張って、それでおかしな事があったら私達で仲裁しに行きましょう
、、、いやけどあんたはまだ新兵だから
まずはあそこでエキストラやってもらうべきなのかしら
今の私達の傭兵団の中にはチカチーぐらいしか問題児はいないの
何も起こらなければここで見てるだけでいいわ
というかあんた傭兵団に入ったのね
私には入らないとか言っといて!
そういうのを朝令暮改って言うのよ?
何だって急に考えを変えたのかしら」
なんで急に入る事にしたのかってそりゃあ、、、
俺はベルの顔を見ながら傭兵団に入った理由を思いだして
急に恥ずかしくなってきた
なんだよ死んだふりって
しかもそれで何も教えてくれない副団長も結構ひどい
そりゃあ決まりで言えないんだろうけどさ
「いやー実は、、、もう少し副団長、、、
キーリさんの事を知りたくて
それでフロメルに入ろうと思ってさ」
「うわっ、なにそれやらしい~
ってか副団長の事知りたいってどういう意味?
もしかして好きって事!?
いやー無理無理!!あんたじゃ無理でしょ!
大体副団長には団長が居るんだから!」
やらしいだの無理だの散々言ってくれるなこいつは
いや待て今なんて?
「え?団長と副団長って、、、付き合ってるの?」
「付き合っているって言うかあれはもう夫婦みたいなもんでしょ
いつでも一緒にいるし団長の事なら何でも聞くし」
「つまり、本人が付き合ってるって言った訳じゃあないんだろ?」
俺は物事をポジティブに考える事にした
傭兵団に入れば給料だってもらえるし
この世界について理解も深められる
まあ団長と副団長がどうのこうのって言うのは
とりあえず今は考えないことにする
「それはそうだけど、まあ無駄な努力だと思うけどね
ともかく私はまだ忘れてないからね!
あんたが私にしたこと!
これから傭兵団の新兵として散々こき使ってやるんだから!」
「俺が何をしたって?お前が急に切りかかってきたんじゃないか」
そうだあの時はこの世界に出てきたばかりで必死に、全力で逃げ回って、その後こいつが切りかかってきて蹴って殴って首絞めて、、、
「ああ、、、結構な事してたかも」
「結構どころじゃないわよ!人が手加減しているのをいい事に
暴れまわって!ああもう!思い出したらむかついてきた!
ちょっと戦場行ってくる!!」
見ればいつの間にか
平原の二つの小さな塊は
わらわらと集まって何かしているように見える
あらぬ方向に矢が飛び
時折キンキンと鉄同士がぶつかる音が聞こえた
「おらー!!ぬるい事やってんじゃあないわよ!
もっと真面目にやれー!!」
ベルは俺を置いて戦場へと突っ込んでいった
「あれ?結局俺はどうしたらいいの?」
呆然と丘陵で立ち尽くしていると馬に乗った誰かが近づいて来る
「よう!エリオ君!どうよ!
大体わかったかな、傭兵団の事!あれ?キーリは!?」
俺は今あった事をそのまま団長に伝えた
「なるほどベルの奴血が滾ってるな!!よっしゃ俺もたまには突撃しよ!」
そう言って団長は戦場に突撃していった
「だから!俺は!どうしたらいいんだよ!
というか!団長!畑仕事しにいったんじゃあないのかよ!」
この傭兵団でまともなのは副団長だけなんじゃないだろうか
ぽつんと丘陵に取り残されてなんだか心細い
ポジティブに考えよう
郷に入れば郷に従え
自分の先輩や上司が突撃していったんだから
後輩の俺もついていくべきじゃあないか?
俺は鬨の声をあげて二人の後を追った




