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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
第一章 激戦のフィリピン
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戦いを始めるために(山岡編)

四月二日 十四時零分 体育館シミュレータールーム前


机の上に並べた八台のモニターにはあらゆる角度からモニタリングされたカドモスが映っている。キレイなローリングを決めた時は思わず「おぉ〜」て感心してしまった。


そして泰知はそれらを注意深く観察しながらバインダーに挟んだプリントに細かい動きやクセ、改善点と方法を書き連ねていく。


電子化されて十数年、紙媒体の書籍や書類は滅多に見られなくなった。紙代は少々安くなったとはいえ、後でタブレットに同じ内容を書き写さねばならない手間を考えるとちょっと不便だ。


「また手書きか、ウチとしては紙代も馬鹿にできひんからタブレットに書いてほしいんやけどな」


「こっちの方がやりやすいんだよ。ていうかいつの間に来たの? 静流」


泰知の後ろから手元を覗き込むように静流が顔を出す。静流の整った顔が近くにあって緊張と照れで心臓が早鐘を打つ。

静流はニッコリ笑って「ついさっきや」と言った。


「で、どない感じなん?」


おそらく香澄の訓練具合を聞いているのだろう。


「少しは主語を入れて話してよ。訓練は上々、彼女思ったよりも使えそうだ。訓練校では全カリキュラムをマニュアルでやってただけはある」


「それってすごいん?」


「すごいっていうか、珍しいかな。最近の戦車は補助AIの搭載がデフォルトだからどの訓練校でもオートマチックの訓練が基本なんだ。もちろんそれが悪いわけじゃない、戦車兵としての仕上がりも早いしね。だけどマニュアルで仕上げた人より操作技能が格段に低い、それに戦場じゃ何が起こるかわからないからいつでも補助AIが使えるとは限らない」


「ふ〜ん、そっかわかった。もっかい説明して」


こいつ聞いてねえ。

泰知は頭を抱えてから深く溜息を吐いた。


「はぁ〜、それより用件は何?」


「おおっ、そやったそやった。仕事や泰知。フィリピンまで出張や」


「わかった。すぐに準備する」


「詳しくは聞かんのやな」


「うん」


そう答えると静流は少し悲しそうな顔をした。泰知はそれに気付かないフリをしながらシミュレーターの設定を変更する。

詳しく聞かないのはある程度の想像がつくからだ。


オーストラリアを占拠した奇獣は次にパプアニューギニアとインドネシアを襲撃。国連軍の奮戦虚しく敗北を喫したのだろう。

そして戦線はフィリピンへと移動し始めた。仕事内容は未だに避難していない非戦闘員の撤退支援というところか。


「あの……着きましたけど、次は何をすればいいですか?」


そうこうしているうちに香澄が目的地に着いたらしい。返事をしたいが生憎手が離せない。もう少しだけ待って貰おう。


「ん? あの……山岡さん?」


よし終わった。急いで通信機に手を伸ばす。


「はいはい、あぁえとごめん、実は急な仕事が入って僕はこれから出張しなくちゃいけなくなったんだ」


「そうなんですか」


「うん、しばらく帰ってこないからその間香澄さんは静流の指示に従って。訓練指示は静流を通してメールで送るから」


隣で「えっ!?」と静流が驚いた。聞いてないという顔だ。当然だ、今決めたから。どちらにしろ泰知が出ていった後は静流が付くのだからいいだろう。


「わかりました。えと……お大事に?」


「いやまだ怪我してないから」


香澄に軽くツッコミをいれてから、体育館を出る。静流とすれ違い樣に「よろしく」と言っておく。


「あんま勝手に決めんといてほしいんやけど」


「帰ったら御飯奢るから」


「……怪我、したらあかんで」


珍しく静流がしおらしい、前線に赴くから心配しているのだろうか。


「怪我無しは難しいかな、でも必ず帰るから」


「ちゃんとご飯奢ってや、約束やで」


――――――――――――――――――――


四月二日 日本時間十八時二十分

美海市北部にある空港から日本を飛び立ってから約二時間、フィリピンへ向かう輸送機の中で泰知はタブレットで遺書を書いていた。


「えぇと、相続財産は市に寄付で遺品は知人達に分配、残ったら質屋に入れてどっか適当に寄付。あぁそうだ静流に一万円程あげないと、奢るって約束したし、これで適当に御飯食べてって買いとけば例え死んでも約束は果たせる。うん! 完璧!」


送信をタッチして遺書を会社のパソコンに送る。

戦場に赴く際遺書を遺しておくのは兵士としての常識のようなものだ。別に法律で定められているわけではないし、書くかどうかは個人の自由だ。


だが多くの兵士が遺書を書くようにしている。

人によっては精神の安定のためだったり、死ぬ覚悟を固めるためだったり理由は千差万別。


「なんだ、まだ遺書を書いていなかったのか」


と隣に座る男が聞いてきた。甲冑を思わせるような流線型で銀色のフルプレートアーマーを着用し、腰には刀身の無い剣を差している。

男の名前は若宮隆明(わかみやたかあき)、今任務において泰知と臨時小隊を組む事になった。


若宮とは学生時代からの付き合いだ。卒業後一緒に美海市に来てそれぞれの会社へ入社した。因みに若宮はエッツェル研究所に所属している。


「こういうのって結構何書くか悩むんだよね。毎週一〜二回書いているけど中々慣れない」


「そんなもの一枚書けば一ヶ月は使いまわせるだろう」


「何言ってるのさ、毎回同じ内容の遺書なんてつまらないじゃないか!」


「遺書に面白さを求めるな!」


若宮は「まったく」と呟いてタブレットを開いた。どうせ任務内容の確認だろう。


今回の任務は非戦闘員の避難補助。もっと正確には避難輸送機が着陸している空港を、避難が完了して輸送機が離陸するまで死守する事。


「おめぇらよく聞け! 後一時間程で目的地のクラーク国際空港に着く、今から作戦と編成の確認すっぞ」


と突然大きな声を出して場を仕切り始めたのは志津馬(しづま)警備という中小警備会社に所属する小隊長だ。

名前はエンジェル・ブレッド。米国出身でかつ元軍属の経歴を持つ。因みに天使パンと呼ぶとキレる。


「そこの浮浪者(ふろうしゃ)二人は遊撃だ。偵察と連絡役をやれ」


「了解した」


「はいは」


「他は……」


浮浪者というのは泰知と若宮の事だ。二人のように人数が少ない会社だと他の会社部隊に組み込まれて任務にあたる事が多い。


泰知は基本的に単独任務を主にしていたのでこういった集団での任務はあまり得意では無かった。


「既に向こうではいくつかの警備会社が入り込んで戦闘態勢に入っている。着いたらすぐに戦闘になるだろう!俺達も降りたら速攻で合流すっぞ!」


「「「おおおおおおっっっ!」」」


男達の野太い声が輸送機にこだまする。

こういう体育会系のノリは苦手だなあ。


「いやぁそれにしても若宮とこうして一緒に仕事するの久しぶりだよね」


「一週間がそんなに久しぶりか?」


全くそんなことは無い。


「まぁ、それはそれとして。僕達二人が揃うって事はさ、奇人がいるって事なのかな」


「だろうな、確定情報は無いからそうとはいいきれんが」


「もしいるとして、何人生き残る?」


「さあな、ゼロでは無いと思うぞ」


――――――――――――――――――――


フィリピン ルソン島パンパンガ州クラーク経済特別区


四月二日 十八時四十二分(日本時間十九時四十二分)


「ぎぼぢばるい、吐きそうゲロロロロ」


泰知は吐いた。日が沈み暗く濁った空の下、スポットライトが照らす滑走路にゲロをぶちまけた。

クラーク国際空港に着いて間もなくの事であった。


「相変わらず乗り物に弱いな」


「克服しようとはしてる……ぎゃあ鼻から出た! 胃酸で鼻が酸っぱ痛い!」


滑走路で傍迷惑にのたうち回る。そんな泰知を嘲笑うかのように突如何かが爆発する音が響いた。

遅れてサイレンが鳴る。


「敵襲! 総員第一種戦闘配置急げ!」


「了解! 敵襲!総員第一種戦闘配置急げ!」


次々とその場にいる警備員がオウムのように命令をバケツリレーしていく。


「早速きたようだな、俺達も行くぞ」


「待って! その前に……先にうがいしてきていい?」


「後にしろ!」

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