最後の二人の邂逅録
俺と矢島が出会ったのは小等部の三年生ぐらいの頃だった。
ある日いつも横切る公園を脇目に家路についていると、公園の茂み、特に木々が乱立して薄暗くなってる空間から物騒な声が聞こえた。
「おら! いつまでそうしてんだよ!」
「うぜぇからそこどけよ!」
気になってそこを覗き込んだら、三人の子供達(おそらく五年生か六年生の少年)が石のようなモノを足で小突いたり踏みつけたりしていた。
よくよく石のようなモノを観察すると、それは子供だった。顔はよく見えないが、自分よりも小柄で崩れそうな子供。
俺は駆け出してその石のような子供と上級生の子供との間に割り込んでそれ以上の狼藉を止めにかかる。
「弱い者イジメはやめろお!」
その時ピクりと石のような子供の肩が震えたのだが、俺は気付くことは無かった。
「うざ、なにこいつキショい」
「正義の味方してる自分カッコイイとでも思ってんじゃねえの?」
「なんだとっ!?」
歯をむきだして唸る片岡を子供達は冷ややかに睨める。一触即発の空気が僅かばかり流れ始めた頃、不意にリーダー格らしき一際体格のいい少年が踵を返した。
「しらけちまった、帰ろうぜ」
「そうだな」
「帰ろ帰ろ、ああくだらね」
と勝手気ままに捨て台詞を残していじめっ子達は帰っていく。
正直、喧嘩にならなくてホッとした。勝てる見込みはないからだ。
居なくなったのを確認してから、片岡は背中に隠した子供へと振り返る。
「大丈夫か?」
「ありがとう」
その子は泥だらけになった服(よく見たら近くの私立小学校の制服だった)をポンポンと片手で叩きながらゆっくり立ち上がった。
丸みを帯びた顔、撫で肩で声変わりもしていないため、一瞬女の子かと思ったが、制服が男物だったので中世的な顔立ちをしてるだけの少年であることがわかった。
その少年は片手に猫を抱えていた。
「その猫は?」
「さっきのヤツらに虐められてたんだ」
「なんでそんな野良猫のために」
「だって……可哀想だし……それに身体が勝手に動いたんだもん」
その時片岡は感じた。まるでヒーローだと。
例え複数相手でも、勝てる見込み無くても、何かを守るために自分を差し出せるこの少年はカッコイイと思ったのだ。
そして同時に思った、このヒーローのサイドキックになりたいと。
「お前すげえな、俺は片岡誠司」
「僕は矢島太陽」
それからずっと、二人の腐れ縁は続く事になる。
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片岡誠司と初めて出会った時、僕は彼をヒーローみたいだと思った。
颯爽と現れて、いじめっ子達に手も足も出なかった僕を助けてくれたあの時の背中は忘れられない。
その日から片岡誠司は僕の憧れとなった。
僕は戦災孤児だ、物心つく頃に今の両親……矢島家に引き取られた。矢島家は父親が軍の将校なため相当な家柄となる、そのため引き取られた当時からずっと、孤児に財産を譲るのは世間体が悪いと後ろ指を差され続けてきた。
それでも両親は本当の子供のように愛してくれ、また本当の子供が産まれてからも変わらず愛してくれていた。
それが僕には大変な苦痛だとも気付かずに。
「士官学校だって?」
中等教育が終わる少し前、僕は誠司に士官学校へ行く旨を伝えた。彼は相当驚いたようで素っ頓狂な声を出して周りの注目を集めてしまう、途端に恥ずかしくなった誠司は顔を赤らめて咳払いをして誤魔化そうとした。
「そっか……じゃあ俺も行くか」
誠司はたったそれだけ言った。
おそらく僕が矢島家に負い目を感じてる事を知っているからこそ、色々と察して何も言わなかったのだろう。
士官学校は軍に入れば学費免除となるため家に負担を掛けたくない子供達が集まる場所となりやすい。
誠司はきっと、僕が矢島家の力を借りずに独り立ちしたいからとかそういう事を考えたに違いない。
それはあながち間違いではない。実際矢島家からは離れたかった、両親の深い愛や、妹の憧憬には耐えられなかったからだ。
だからこそ、僕は考えた。
誰にも負担を掛けずに死んでしまいたいと。
自殺をすれば父親の名に傷がつく、失踪しても同じ。
でも、戦って死ねば傷がつく事はない、それどころか名誉になる場合がある。
つまり僕は、矢島太陽は死ぬために士官学校に来た。
そしてそのチャンスはもうすぐ……。
ここからは書き溜め方式にしたいと思います