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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
赤く染まる雪の園で希望を祈らせてください
59/65

殺人鬼を…… 〜前編〜


 士官学校と戦車学校の模擬戦が行われている頃、青森ではまた一つ事件が起ころうとしていた。

 

 二〇三八年 五月三日 土曜日 青森士官学校。

 

 耳を突き破る程に鳴り響く銃声が身に心地よい。

 矢島は弾倉が空になった訓練用のライフルを肩に担いだ。

 

「全弾命中、やるじゃないか」

 

 観測手兼判定係の熊木一助が手を叩いて褒め称える。

 

「止まってるからね、それに、観測手がいたのに狙って撃つまでの動作が遅い。どうやら僕に狙撃の才能はないみたいだ」

 

 ヘッドセットを外しながら答える。

 これは矢島自身感じていた事だった。何事もそつなくこなせる器用貧乏だからか、狙撃の腕前は一般レベルにはあるものの、他の才能ある同年代の人材と比べると雲泥の差があった。

 実戦で何度か狙撃をした事あるが、あまり戦績はよろしくなく、後から才能を伸ばしてきた者に追い抜かれる始末だった。

 

「あぁたしのぉ〜〜! ビッグフォルテッシモぉぉぉぉぉ」

 

 隣のレーンでは、後藤大吾というオカマが謎の奇声を発しながら矢島の倍速で的を撃ち抜いていた。

 全弾一番狙いにくい部分に命中している。

 

「うん、今日もオカマは絶好調」

 

 観測手兼判定係を務めている手塚紅李が淡々と結果を告げる。小学生かと見まごう程の幼い体型だが、その視力と反射神経は学内で二番目に高い。因みに一番高いのは若宮である。

 この二人はよく一緒にいる所を見かける、戦場でもペアを組む事が多いらしい。

 本日、士官学校はお休みである。この四人は自主訓練で集まっているだけだ。

 

「アレと比べるな矢島、後藤は見た目も人間性も性能も常軌を逸している」

 

「あら今あたし褒められた?」

 

「良かったね後藤、これで今夜は小豆とササゲを抜いたお赤飯だよ」

 

「それただの白米じゃないの!? でもちょっとエクスタシー」

 

「確かに熊木の言う通り人間性が常軌を逸してるね」

 

「だろ?」

 

 それに淡々と付き合える手塚紅李も大概常軌を逸してる気がするが。

 

 そろそろ太陽が頂点に昇る頃になる。お腹が空いて堪らないのか、後藤が皆で昼食をとろうと提案した。熊木と手塚もそれに賛成し、では皆で食堂へ行こうとなった時、矢島だけはそれに混ざらず「僕はもう少し訓練してからにするよ」と言って一人残る意思を固めたのだった。

 

 ここしばらくずっとこうである。約半年、委員長が死んだあの日から、矢島は誰かとご飯を共にする事がなくなっていた。


 ――――――――――――――――――――

 

「ここにいましたか」

 

 訓練も程々に、PXでレーションを買ってそれを昼食代わりにしながら、タブレットで戦術指南書を眺めていた矢島の元に花恋が現れた。

 苺味のレーションから口を離して顔を上げる。

 

「何か、御用ですか?」

 

「はい、矢島さんにお客さんが来ていらっしゃいますよ、それも可愛いらしいのが」

 

「可愛いらしいって、一体」

 

 その時、花恋の後ろからひょこっと、その可愛いらしいお客さんが顔を覗かせて手を振った。

 

「こ、心音ここね!?」

 

Hey(ヘイ)! 兄さん。お久しぶり、元気してた?」

 

 黒髪のショートボブ、吊り目がちで丸い鈴を張ったような目、小顔で十一歳という年齢の割に身長は高め、将来はきっと美人になる事うけあいだろう。

 それは義兄である矢島太陽も常々感じていた事だ。

 彼女の名前は矢島心音やじまここね、矢島太陽の義理の妹にあたり、片岡が密かに狙っている女性でもある。

 

 ロングブーツと、膝上までの薄手の花柄ワンピースの上からボアブルゾンのジャケットを羽織ったガーリーコーデ、ジャケットの背中には薔薇が刺繍されているが、何故か足が生えていて薔薇の化け物となっている。

 

「まあ、元気にしてたけどさ。なんで来たの?」

 

「そりゃマイブラザーが中々帰ってきてくれないから、寂しさに耐えきれず会いに来たんだよ。シスターのLOVEってやつよ」

 

 言うだけ言って満足したのか、心音は「ふふん」と得意気に胸を反らせた。

 

「マイシスター心音、ハウス!」

 

「私犬じゃないよ!」

 

 ――――――――――――――――――――

 

「それでは失礼します」

 

 そう言って花恋は、兄妹水入らずの時間を保つためにひっそりと消えようとしていた。すかさず矢島はそれに待ったをかけた。

 

「あの、もし迷惑でなければ、花恋さんに心音を任せたいのですが」

 

「えっ!? 兄さん一緒じゃないの? why?」

 

「訓練あるし」

 

 真っ先に反応したのは心音だった。兄に会いに来たのに、その兄が一緒にいようとしないのだから疑問を挟むのは当然の事である。

 またこの事で心音は表情を曇らせた、それを見た矢島は胸を僅かながら痛める。

 

「私は構わないのですが……いえ、敢えて言わせて頂きます。せっかく矢島さんに会いに来られたのですから、兄である矢島さんが相対すべきです」

 

「でも、ほら、勝手に学内を案内したらよくないし」

 

「それについては私の方で許可をとっておきました」

 

 なんと抜け目ない。流石はミーナ・ロードナイトのメイド兼護衛である。

 

「矢島さんは最近頑張り過ぎです。正直なところ、私は矢島さんが壊れてしまわないか心配なのです。ですのでどうかガス抜きも兼ねて妹さんと、家族の時間を過ごしてください」

 

 ここまで言われると流石の矢島も考えを改める他ない、少し気まずそうにしながら短く頷いた。

 花恋はそれを見て微笑み、踵を返して立ち去ろうとした。

 そしてまた、矢島が待ったをかけた。

 

「待って花恋さん! えっと、良ければだけど……花恋さんも一緒に行かない? 花恋さんともお話し……したいからさ」

 

 花恋は鳩が豆鉄砲を喰らったような、ちょっと間の抜けた表情で「えっ」と呟いた。

 そしてみるみる顔が赤く染まっていく。

 

「あ、あの……私は嬉しいのですが、妹さんとの時間に水を差すのも」

 

「えっと、ダメかな」

 

 妙な空気が出来上がってきた。矢島の方も段々照れくさくなってきてしどろもどろになる。

 しばらくその状態で沈黙が続いた後、花恋の方が先に折れて頷いた。

 

「では、御一緒させてもらいます」

 

「うん」

 

 こうして三人で学内を回ることになったのだが、一連の流れを微妙な面持ちで眺めていた心音はボソリと呟く。

 

「All right 私が一番のお邪魔虫だわ」

 

 それはある意味真理であった。 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 士官学校の校舎内を練り歩く矢島兄妹と郁島花恋、心音を間に挟んで歩く姿はまるで親子のようだった。もしくはロズウェルの宇宙人。

 

 そんなこんなで仲睦まじく心音に士官学校を案内しているのだが、いかんせん軍学校でもあるので機密エリアは多く、また実弾演習のある校舎は安全のために遠目から見るだけだったりと、案内できる所は少なかった。

 そのため一時間弱で士官学校ツアーは終わってしまった。

 

「まさかこんなにも見る所無いとは思わなかった」

 

「ですね」

 

 これには矢島と花恋も苦笑い。

 

「だったら今度はCITYにレッツゴーしたいな」

 

「行くところもないし、そうしようか」

 

「私は矢島さんの行くところに付いていきますよ」

 

 決まりである。

 しかしこういう時に限って邪魔がはいるもの。

 

「おや、これは矢島さんに郁島さん、ちょうどよかった」 

 

 案の定たまたま横切った森田教官に、戦術教練に使う資材の搬入を言い渡されてしまった。

 森田教官は突き出たお腹を揺らしながらゆったりと歩き去る。

 

「ごめん心音、先に校門のところで待っててくれないか」

 

「OK、ソロでも平気よ」

 

「すぐ戻るから! あとついでに熊木を寄越すからそれで暇を潰しといて」

 

 ――――――――――――――――――――

 

 しばらくして、熊木の端末に矢島から、「校門の所に妹いるからしばらく面倒をみてほしい」というメッセージが届いた。

 

「まあいいか、どうせ今日は暇してるからな」

 

 短く了承の返事をして熊木は校門へと向かった。

 

 

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