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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
赤く染まる雪の園で希望を祈らせてください
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合同訓練


 片岡誠司、熊木一助、矢島太陽は第三学年へと進級していた。

 通常青森士官学校では三年の履修を終えると、そのまま日本国軍の士官(少尉又は准尉)に任命される。無論拒否権はあるが、その場合仕官すれば無料で済む学費を全額負担しなければならなくなる。

 ゆえに第三学年にあがる生徒達はみな士官になるつもりでいる。例外はミーナ・ロードナイトとそのお付である石蕗と花恋ぐらい、彼女達は卒業後実家に帰り独自の部隊をつくるらしい。

 

 そして第二学年の後期に始まった実戦、三沢市防衛戦以降、月に何度か出撃する事が多くなった。

 毎回ではないが少しずつ戦死する生徒達が出てくるようになり、また戦場で負った心的外傷後ストレス障害で退学する者も増えてきた。第三学年に上がる頃には、入学当初六十四人いた生徒が十八人にまで減っているしまつだ。

 

 一昔前ならテレビで取り上げられ、炎上していた事だろう。しかし奇獣に世界の四分の一以上を占拠された現在で批判する者はいない、無論死に関して嘆き悲しむ者はいるが、大体の人が運が悪かったと割り切っている

 

――――――――――――――――――――

 

 二〇三八年五月三日土曜日

 この日士官候補生達はいつもと違う訓練内容に戸惑って浮き足立っていた。

 その訓練内容は、第三学年から代表を数名選び、長野戦車学校の生徒達とシミュレーションで実戦形式の模擬戦を行うというものだった。

 

「意外と広いな」

 

 学内を一通り見て回った片岡が感想をボソッと零す。それを拾ったのは一緒に回っていた若宮隆明だった。

 

「戦車学校だからだろうな、外は地平線が見える程広いグランド……というか草原が広がってるぞ」

 

「なんつうか、走りたくなるな」

 

「にしても、お前が一人でいるのは珍しいな。いつもは矢島か熊木がいるのに」

 

 片岡の顔に一瞬影が刺す。

 

「あいつらはお留守番だ。熊木は元より選ばれなかったし、矢島は……拒否した」

 

 模擬戦の代表は拒否する事もできる。特にペナルティというものはないが、無料で他府県へ出かけられる上に、違う環境で新鮮味のある訓練を受けられるという事で拒否する者はまずいなかったし、選ばれなかった生徒は選ばれた生徒を妬んだ程だ。

 

「委員長が死んでからずっと、あいつは何かに取り憑かれたように訓練に明け暮れてる。戦場でも積極的に前に出ようとするし、生き急いでるつうか死に急いでるつうか」

 

 あの日以来、矢島は変わった。

 暇さえあれば訓練と座学。趣味だった銭湯もやめてひたすらに訓練。

 戦場では最も危険なエリアをすすんで請け負い、そして確実に奇獣を殲滅していった。そこに怒りや憎悪は見られない。

 ただ何かを求めているようではあった。それが何かはハッキリとわからないが、片岡には矢島が死を求めているように感じられた。

 

「あいつ、多分死にたがってる」

 

「そうか、だがまあ自殺しないだけの理性があるならとりあえずは大丈夫だろう」

 

「そうだといいがな」

 

 一抹の不安を抱えて廊下を歩く。少しして、前方に同じ士官候補生の吉田を発見した。

 相も変わらず坊主頭に黒縁メガネ、むだに精錬された筋肉美が目を見張る。

 

「おお! これはこれは若宮殿に片岡殿、お二方も敵情視察でごさるか?」

 

「そうでござる、一通り見て回ったから控え室に帰るところだ……ござる」

 

「ノリノリだな片岡」

 

「こういうのはノッたもん勝ちだ」

 

 尚、吉田のござる口調はキャラ作りのためにやっているらしい。そこにどんな意味があるのかは誰にもわからない。

 

「では拙者も御一緒するでござるよ」

 

 三人で廊下を歩きながら、他愛ない会話を繰り広げる。

 しかし慣れない道のりだからだろうか、程なくして三人は戦車学校で迷子になってしまった。

 

「いや広すぎだろこの学校! うちの何倍だよ!」


「敷地だけなら約三倍はあるって蒼本が言っていたな」

 

「最早歩くだけで訓練になるでござるな」

 

 三人は戦々恐々としながらも、渡された電子地図、壁に貼られた案内板、そして勘を駆使して控え室までのルートを何とか割り出す。

 そうしてやや急ぎ足で廊下を歩き進めてた頃、前方から戦車学校の生徒だとわかる一団が現れた。

 

 お互い列になり、右側を開ける。

 すれ違いざまに軽く会釈して通り抜けた。そして程なくして。

 

「あいつらほとんどが歩兵なんだってさ」

 

「だっさ、歩兵が戦車に勝てるわけないだろ」

 

「だよなあ! これもう余裕だな」

 

 という士官学校生を嘲笑う声が響いてきた。

 

「なあ、若宮、吉田」

 

「みなまで言うな」

 

「気持ちは同じでござるよ」

 

「そうか、それじゃ……クソガキ共に現実というものを教えてやろうぜ」

 

「現実なんざ生ぬるい、地獄をみせてやろう」

 

「お二人共、酷いでござるな。ここは……死にたくなる程の絶望を与えるが良いでござる」

 

 静まり返った廊下に、悪魔に魂を売り払って悪辣な笑を浮かべた三人の高笑いが響いた。幸いな事にそれを聞いた者はいない。

 

――――――――――――――――――――

 

 演習開始してから三時間後、戦車学校側のシミュレーションルームに一人の女子生徒が駆け込んできた。

 髪は癖毛が目立ち、目はやや充血していて寝起きそのままで来たという感じだ。

 

「来たか、テストは無事終わったようだな」

 

「ええ、はい。遅くなりました」

 

 女子生徒、香澄莉子という名のその少女は、直前まで座学のテストを受けていた。

 本来合同訓練に参加する生徒は、その手のテストを見逃してもらえるのだが、彼女だけはあまりにも座学の成績がよろしくないので許される事は無かった。

 因みに癖毛なのは、解答がわからず髪をクシャクシャしたせいであり、目が充血してるのは考えすぎてまともに瞬きをせずドライアイになったからだ。

 

 香澄莉子は一度控え室に入り、訓練用のパイロットスーツを着て戻ってきた。パイロットスーツはロボットアニメにあるようなピッタリスーツではなく、軍で採用されてるアーミージャケットだ。

 

「えっと、今どうなってるんですか?」

 

「今から三戦目が始まるところだ。ミスターリコはこの次から参加してくれ」

 

「わかりました。あとミスです」

 

 そんな事よりも模擬戦の結果が気になる莉子は、二戦のリザルトを確認する。トップの数字を見て驚きの表情が現れ、その他の数字を一つずつ確認する度に眉間の皺が深くなる。

 

「2-0でこちらの負け越し……実戦経験の豊富な歩兵部隊にそう簡単に勝てるとは思ってませんでしたが、ここまで一方的になるなんて」

 

「経験の差もそうだが、何より戦術の選び方と統率力が高い。流石は『士官』学校と言ったところだな」

 

 戦力差は六対六、士官学校側は歩兵が四人に人型戦車が一輛、履帯式戦車(一人乗り)が一輛。

 対する戦車学校側は六人全員が人型戦車に搭乗している。

 

「よく見ておけミスターリコ、これが戦場(地獄)を垣間見た者達の動きだ」

 

「はい、あとミスです」

 

 そして静かに、三戦目の開始を合図するブザーが鳴り響いた。

 

 

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