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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
赤く染まる雪の園で希望を祈らせてください
55/65

三沢市防衛戦〜後編〜


 三沢市内の森林地帯(人の手が加えられてるため正確には林地帯である)では、学生の歩兵小隊二個が隠れ潜みながら押し寄せる小型奇獣を迎え撃っていた。

 第二歩兵小隊隊長を務める熊木は、時折部隊を露出させながら奇獣の注意を惹き、適度に銃撃しながら奇獣を田園地帯に誘導していた。

 

「ラタトスク一体撃破、続いて一体」

 

 田園地帯に出た途端、目の前で牙を剥けていたラタトスクの頭が爆ぜた。矢島小隊からの狙撃だった。

 大きさは一メートル半、青い毛並みを持ち、齧歯類のような外観で額からは一本の角が生えている。研究者によるとこの角が大きくたくましい程異性に好かれやすいらしい。

 今熊木の目の前で爆ぜたラタトスクは他のと比べて一際大きな角を持っていた。

 

「リア充は爆ぜろ」

 

 ボヤく熊木の側へ副隊長の三谷みやがやって来て周囲に聞こえる程の大声で報告する。

 

「報告します。今ので最初に確認されたラタトスクは全滅しました!」

 

 その報告を聞いた他の小隊員から感嘆の声と歓喜の声が上がった。

 

「静かに! まだ戦闘は終わっていない、最後まで気を抜くな!」

 

『はっ!』


 小隊員が気を付けからの流れるような敬礼を確認した後、熊木は小隊を連れて森林地帯に戻る。

 森林地帯では第一小隊が戦線を開いていた。第一小隊は熊木のように釣り野伏せを行わずにその場で全て殲滅する作戦を取っていた。そのため第一小隊の討伐数は群を抜いて高いが、全員に焦燥と疲労が見える。更に相手は硬さに定評のあるカトブレパスだ、精神的な疲れはひとしおだろう。

 

 熊木は第一小隊隊長の佐賀美さがみを探して交代を打診する。

 

「無理をするな佐賀美、部下が疲れている。ここは俺達が請け負うから一旦下がって休め」

 

「そんな事言って、手柄を横取りするつもりだろうが! いいか、今は戦闘中だ。戦闘中に疲れたから戦えないという言い訳は通用しねえんだよ! …………おいそこ休んでんじゃねえ! 弾幕を張れ! とにかくてめえの助けなんざいらねえんだよ、それに今回含めた戦闘の活躍次第では卒業後に入隊した時階級に色がつく、俺が出世するためにも今のうちから手柄をとる必要があんだ」

 

 元々気象が激しい男だったがここまでとは熊木も思わなかった。今回の人事は教官達が決めたものだが、佐賀美を小隊長に任命したのは間違いなのではなかろうか。

 おそらく、彼の父親が軍上層部の役員であるところが大きく関係している。

 

 熊木と佐賀美が言い争っているうちに第一小隊から「カトブレパス殲滅しました!」という声が上がった。

 その報告を聴いた佐賀美が、それみたことかと気分を良くし、熊木に対してしきりに自慢を繰り返すようになった。呆れて付き合う気の失せた熊木は偵察を出して、残りの小隊メンバーは交代で見張りと休憩をとるように促した。

 第一小隊は同じく偵察を出した後、半分の人員に見張りを、残りの半分に周囲の見回りを命じた。佐賀美はとことん使い潰すつもりらしい。

 

 その状態がしばらく続き、次に動きがあったのは十五分後、偵察に出した兵から長距離通信が入った時だ。

 慌ただしく、うわずった声が通信機から響く。

 

「大変だ! 奇獣の増援がきた!」

 

「落ち着け、簡潔に報告しろ」

 

 それからの説明はこうだ。

 日本国軍がゴルゴンと小型奇獣との戦闘中、側面をつくように奇獣の第二波が襲いかかったという。規模はスキュラが十、カトブレパスが二十、ゴルゴン一。

 

 小型奇獣の突進と新たな中型奇獣ゴルゴンの出現で国軍は一時的に瓦解してしまった。現在は戦線を維持しながら援軍を待っている状態だ。

 

「状況はわかった、引き続き奇獣と国軍の動向を見張っていてくれ、それと長距離通信の範囲からは必ず出ないように」

 

「了解」

 

 そこで一旦通信が途切れる。

 長距離通信は一キロ圏内であれば傍受も妨害もされにくいため、ゴルゴンの電波障害に対応できる。逆に言えば、一キロ圏内に入らなければ通信が取れない。そして分の悪い事に、司令部と戦車隊が布陣している中学校までは一キロ圏外だった。

 

「一度下がろう、司令部と一度――」

 

「待て! ここで撤退するのか!」

 

 佐賀美だった。

 

「しかし敵の動きが読めない以上ここは一度下がるべきだ」

 

「どのみちゴルゴンは国軍が抑えてるんだ。変わらず小型奇獣の迎撃に勤しむべきだ」 

 

 佐賀美の言う事にも一理ある。熊木は顎に手を当てて唸る。沈黙が場を支配する。それを破ったのは先程報告してきた偵察の長距離通信だった。

 

「報告! ゴルゴンが一体国軍の包囲網を抜けて市街を北上中! そちらに向かっています! あと五分程で接敵!」

 

「撤退する!」

 

 そこからの判断は早かった。現状の歩兵装備では中型奇獣ゴルゴンを倒すことは至難の業だ、しかもそれが経験未熟な学生だと尚更。ゆえに熊木は撤退を選んだ、さっきまで手柄に固執していた佐賀美もこればかりは熊木に賛成のようで、すぐ様第一小隊に檄を飛ばした。

 

「テメェら早くしやがれ! いいか、ここで無駄に死んだら俺の評価にも関わんだよ! だからさっさと逃げやがれ!」

 

 ブレないな、と熊木は思った。

 

 時間はあまり残されていない、ゴルゴンの物と思われる足音と地響きが足の下から伝わってくる。

 第二小隊は既に撤退を始めており、今は森林地帯を抜けて東の田園地帯に向かっている。第一小隊は先の疲労が祟ってまだもたついている。


「マズイ、近いぞ」

 

 最早視認できる距離まで迫っている。ゴルゴンは無数の足を生やした百足型の奇獣で、全長が五十メートルから百メートル。今回は七十メートル程だ、全高はビル二階建てぐらいだろうか。

 頭部は異様に膨らんでおりまるで人の頭を思わせる。目と鼻の無い能面のような頭部には、かろうじて二本のハサミのような牙が生え出ているため頭に見える。わかりやすくまとめるならば、能面をつけた百足だ。

 

 それが一般に知れ渡るゴルゴンの姿、しかし今、熊木が目にしているゴルゴンは少し違っていた。

 能面の部分、本来は口だけでまっさらなものだが、今その部分に人が張り付いていた。裸に剥かれた女性が逆さまに、傷痕のように浮かび上がっていた。よく見ると手足と頭の先が能面にめり込んでいて一体化している。

 そして更に気味の悪い事に、女性はまだ生きているらしくしきりに悲鳴を上げていた。

 

 国軍が手間取っていたのはこれが原因なのかもしれない。

 人の顔のような頭をもつ奇獣なら他にも存在する、しかし人を貼り付けた奇獣は前代未聞だ。それが生きているのかもしれないなら攻撃の手が緩むのもわかる。

 

「なんだあの薄気味悪いのは」

 

「知るか! とにかく今は逃げろ!」

 

「駄目だ、このままでは逃げきれない」

 

「ならどうするってんだ!」

 

「遅滞攻撃を加えながら後退して戦車隊の前に引きずり出そう」

 

「だったらテメェのとこから一人早駆けして戦車隊に報告してこい!」

 

「言われなくても」

 

 熊木は第二小隊から一番足の速い者を一人選んで向かわせた。

 そして残りの兵には火器を装備させてゴルゴンを迎え撃つ準備を促す。

 

――――――――――――――――――――

 

 矢島は校舎屋上からゴルゴンの動きを双眼鏡で追っていた。度々火の手が上がっているところから既に歩兵部隊と交戦状態に突入したのだろう。

 

「以上ですわ、私達戦車隊はもう少し前に出る事にします」

 

「わかった、僕の方からは片岡と滝沢をジープで援護に向かわせておいた」


「あら、それでは狙撃兵が一人になってしまうのではなくて?」

 

「大丈夫、空いた穴は僕が埋めるから」

 

「流石はわたくしの伴侶、頼もしいですわ」

 

「それ、本気なんだ」

 

「勿論でしてよ、委員長への報告と応援は私の方でしておきましたので存分におやりなさいませ」

 

「ありがとう、ロードナイトさん」

 

「愛情を込めてミーナと呼んでくださいませ、太陽さん」

 

「考えとく」

 

 通信を終わり、矢島は対物狙撃銃アンチマテリアルライフル照準サイトを覗き込む、右目一杯に四十ミリの狭い世界が広がり、視界の中心には十字線レティクルが存在する。

 十字線レティクルの中心には今しがた姿を現した半魚半蜥蜴のスキュラの頭部が合わされた。引鉄をひいて十二・七ミリの弾が発射されスキュラの頭部に命中する。

 

「上方二度修正」

 

「右に二十メートル、カトブレパス一体」

 

「了解」


 実際の狙いと着弾時のズレを修正しつつ、観測手を務める純羽田依子の指示通り照準を右に寄せる。

 本来硬さに定評のあるカトブレパスは戦車隊に任せるのだが、ゴルゴンに備えて温存してもらわねばならない、よって狙撃でカトブレパスの弱点を的確につく必要がある。


 狙うは目か、首の付け根、どちらも範囲が狭く当てるのは難しい。しかしカトブレパスは周囲を警戒してるのか動きを止めていた。これなら当てられる、そう思った瞬間指が引鉄をひいていた。遅れてカトブレパスの首が爆ぜる。

 

「よし次!」

 

――――――――――――――――――――

 

 熊木率いる第二小隊と佐賀美率いる第一小隊は共に目的地である田園地帯に着いていた。しかし肝心のゴルゴンは中々田園地帯に出ようとしない(本能的に危険を感じているのかもしれない)。


「くっ、おい熊木、前に出て牽制しろ!」

 

「そんな事をしてもさっきの二の舞になるだけだ!」

 

 一度ゴルゴンの前にでて挑発行動をとった。ゴルゴンはその挑発にのらず、口を開けてそこから舌を伸ばして第二小隊の一人を絡めとった。浮かび上がった部下の断末魔の悲鳴は中々耳から離れない。

 おかげで元から低かった士気が更に下がる事になった。

 

「熊木! 佐賀美!」

 

 北の方角(学校がある方角)から片岡がジープに乗って合流してきた、傍らには滝沢という狙撃兵を乗せている。

 

「片岡か、今ゴルゴンをなんとか引きずり出そうとしているところだ」

 

 片岡がゴルゴンを見つめる、頭部の貼り付いた女性が目に入り眉をしかめた。

 

「俺が行こう」

 

 片岡が言った。

 

「行けるのか?」

 

 その五文字には「さっき失敗したぞ」という意味合いも含まれている。それなりに長い付き合いと厳しい訓練を乗り越えた仲である二人にはそれだけで充分伝わった。


「任せろ」

 

 言って片岡は対物ライフルを肩に担いで走り出した。

 ぐんぐんゴルゴンが視界全体を埋め尽くしていく。そして近付くにつれて頭の女性から放たれる悲鳴がハッキリと耳に入るようになる。

 

「ギャアアアアアア嫌だああああ助けてえ誰かあ誰かあああああああ痛いの熱いの苦しいの嫌だ嫌だああああ嫌だああああああああああ」

 

 その一言一言は胸に刺さる。悲痛な思いが伝わった。それゆえに片岡はライフルの銃口をその女性に向ける。

 

「助けてやる、だから恨むなよ」

 

 言って撃つ、ライフルの弾は真っ直ぐ何物にも阻害されずに女性の心臓部を貫いた。

 女性の経口部と鼻腔から血液が零れてゴルゴンの顔を赤く濡らしていき、目からは生気が消え失せた。

 

 合わせてゴルゴンが金切り声をあげた、痛みは共有したらしい。そのまま命も共有すればいいのにとおもいながら片岡はライフルを捨てて全力で熊木達の元へと走った。

 その片岡をゴルゴンが追いかけながら長い舌を伸ばす。片岡は腰から手榴弾を取り出してピンを抜く、二秒待ってから背後に投げた。手榴弾は宙空で爆発し、ゴルゴンの舌をダイレクトに焼いた。

 

「しゃあざまあ!」

 

「しかしあんな至近距離で対物ライフルを放つやつがいるか」

 

「たっぷり三十メートルは距離とっただろ」

 

 それでも狙撃銃である事を考えたら充分至近距離である。

 ゴルゴンは焼かれた舌を戻しながら盛大に吠える、怒らせる事に成功したらしい。その証拠にどんどんこちらへと近付いている。

 先ほどの警戒心はどこへやら、現在は驚く程簡単に誘いにのってくる。そして田園地帯に出た。

 

「よし、目標地点に到達! 全軍遅滞攻撃をとれ!」

 

『了解!』

 

「何で第一小隊まで返事してんだ!!」


 熊木の命令に対して、第二小隊だけでなく佐賀美の第一小隊までもが威勢のいい返事を行った。 

 予想外の裏切りにあった佐賀美は拗ねて一番後ろへと移動した。

 

 士気が徐々に回復していくのを肌で感じながら熊木はアサルトライフルの引鉄をひく、そんな時に戦車隊からの通信が入った。

 

「こちらミーナでしてよ、五秒後に砲列を敷きます」

 

「了解した、全軍後退! カウントフォー! スリー! ツー! ワン!」

 

 ゼロと叫んだ瞬間、いや僅かに遅れて戦車隊の砲塔が立て続けに地面を震わす程の爆音を轟かせて、砲弾をゴルゴンの側面に叩きつける。着弾と同時に爆発が起こり、一回爆発が起こる度にゴルゴンが唸り、身体を傾ける。

 相当なダメージを与えたがまだ倒れない。

 

「火砲!」

 

 熊木が一言、後方からRPG、また支援火砲を抱えた砲兵が前に出て未だよろめいているゴルゴンへ向けて撃つ。

 全ての弾が顔に命中し、ゴルゴンは再び動きを止めざるを得ない。

 その間に次弾装填を終えた戦車隊が再び火線をひく、休みなく加えられる砲撃に耐えきれずついにゴルゴンがその体を地面に沈みこませた。

 

 しばらく、歩兵部隊の荒い息づかいだけが場を支配する。

 

「念のため、もう一度撃ち込みますわ」

 

 ミーナからの通信の後、念押しの砲撃がゴルゴンに放たれる。

 爆発の余波でゴルゴンの皮膚や血液が飛び散る。ゴルゴンが動く気配は感じられない。

 

「ゴルゴンの死亡を確認、皆お疲れ様」

 

 その知らせは狙撃銃のスコープでゴルゴンを観察していた矢島からのものだった。

 遅れて歩兵部隊から歓声が上がる。

 

『ウオオオオオオオ』

 

 皆が喜びの雄叫びをあげるなか、熊木は結果報告のため司令部へと通信を飛ばす。

 

「矢島から既に聞いている。国軍の方も援軍が到着して持ち直したそうだ、海からの奇獣も順調に倒せているそうだ」

 

「そうか、それは良かった」

 

「後は市内に散らばった小型奇獣の掃討を頼む、それからゴルゴンに食われたクラスメートの遺体も、出来れば回収してやってくれ」

 

「了解した、これより任務に戻る」

 

 通信終了、熊木は今しがた委員長と交わした内容を歩兵部隊に伝えた後、佐賀美と相談して部隊を再編した。

 佐賀美は手柄をたてるチャンスとばかりに意気揚々と市内の小型奇獣を掃討しに向かった。

 尚、この後佐賀美は道端のバナナの皮を踏んで転ぶという古典漫画ギャグをかますのだが、それはどうでもいい話である。

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