三沢市防衛戦〜中編〜
三沢市は青森県東部にある。
北には在日米軍の基地があり、非常時には避難シェルターを解放して市民を保護している。
三沢市の右半分は田畑か湿地帯で、市内には背の高い建物が少ないため砲撃や狙撃は向いていない。戦術面でいえば小細工抜きの正面衝突が一番合理的かもしれない。
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奇獣が出現したという報告が上がってから二時間後、学生兵達は市中にある、こがね公園に陣地を張り迎撃体勢を整えていた。
「国軍第一戦車小隊が県道10号線沿いに砲列を敷いている。ゴルゴンは彼等に任せて、俺達学生兵は東から抜けてくる小型奇獣の掃討に従事する」
委員長がタブレットに表示された戦術マップを操作しながら本作戦の確認をとる。
学年で首位をとってる委員長が学生兵の指揮をとることになった。模擬戦でもよく指揮官をこなすため、彼に対する信頼は隣のクラスでも意外と大きかった。
「一丁目と二丁目の間にあるこの森林地帯、ここに歩兵小隊を三つ配置して北上してくる奇獣の左側面から打撃を与えて東の田畑に追い込む。その後中学校のグラウンドに配置した戦車小隊と、屋上の狙撃兵が一体ずつ倒していく作戦だ。残りの兵はバックアップと偵察をやってもらう」
委員長が顔を上げて「異存はあるか?」と集った小隊長達に尋ねる。
小隊長達は首を横に振って異存が無いことを示した。
「ならば状況開始! 国軍は既に戦闘を始めている、俺達も急ぐぞ! 学生だからという甘えは存在しないから肝に銘じておけ!」
委員長が檄を飛ばす、小隊長達は一斉に足を揃えてから陸軍式の肘が上がった敬礼をとってから「了解!」と口にした。
それからぞろぞろと指揮テントを出て各々の持ち場に戻っていく。
小隊長の一人、矢島太陽は中学へと移動した。
「どうだった? 矢島隊長」
矢島小隊の一人である片岡が皮肉混じりに声を掛けてきた。
「その隊長てのやめてよ、こそばゆい」
「隊長は隊長だろ。小隊長に選ばれたんだからもっとしゃんとしろよ」
「僕なんかより片岡君の方がよっぽど向いてるよ」
矢島は肩を下げて大きく溜息を吐いた。小隊長に選ばれたのがよっぽど腑に落ちないらしい。
というよりは士官としてやり切れる自信が無いというのが真実だろう。
そんな矢島とは正反対に、片岡は矢島の隊長就任を特に違和感なく受け入れていた。
「俺は矢島が小隊長ならついていってもいいけどな。もっと自信もてよ、お前の咄嗟の判断力は目を見張るものがあるぜ」
「う~~ん」
矢島は余計考え込んでしまった。片岡は内心で追い込みすぎたと反省した。
どうしたものかと思ったその時、中学のグラウンドから聞きなれた甲高い女生徒の声が聞こえてきた。
「オーホッホッホ、全ての奇獣はこの私、ミーナ・ロードナイトが全て倒してわわわわわいたいぃぃ!」
いつもの名乗り、ミーナは履帯式戦車のキューポラに立っていた。
だが足場が悪かったのか、名乗りの途中で足を滑らせて砲塔で頭を打ってしまった。
「気を付けて下さいミーナお嬢様、ただでさえ戦車の上は不安定なんですから」
一号車と書かれた戦車の中から石蕗が顔を出した。
国軍主力の一つである二六式戦車を指揮車とした三両から成る戦車小隊、ミーナはそこの小隊長に選ばれた。
「確かにそうですわね、今度から滑らないように足腰を鍛える事にしますわ!」
足場を変えれば済む話だろ、その場でミーナの言葉を聞いていた人間全てが心の中でそう突っ込んだ。
「んもうミーナちゃんのおっちょこちょい、そんなんじゃ男の子にモテないぞ」
「多分後藤にだけは言われたくない」
二号車の二六式戦車から後藤大吾と手塚紅李が出てきた。この二人は戦車技能が高く、また意外と相性が良いためペアを組む事が多かった。
今回の二六式戦車も二人で動かすそうだ。
因みに指揮車はミーナと石蕗と花蓮の三人で動かしている。
「あら後藤さんに手塚さん、本日はよろしくお願いしますわ」
「あたしがビクンビクンってさせてみせるわ」
「うん、お願いされた」
ブイと指を二本立てて紅李は戻っていった。遅れて後藤が後を追う。
「戦車小隊は濃いメンツが揃ってるな」
片岡が言った。
「うん」
矢島と片岡は校内に入り、階段を上がって屋上に出た。
屋上には縁に柵が設けられていたが鳥羽らわれて今は中庭に平積みされていた。矢島小隊の狙撃兵は、その柵の無い縁から狙撃銃を少しだけ突き出して腹這いになって構えていた。
また狙撃兵一人一人の隣には観測手がスコープ片手に遠方をじっと探っている。
「ただいま、何か異常はあった?」
矢島が近くの観測手に尋ねる。
「いいえ、まだありませんわ」
育ちの良さを伺える上品な喋り方をする少女だった。矢島より二回り小柄で長い髪を纏めてメットに収めている。名前は純羽田依子、歩兵よりオペレーター適正の高い学生兵だ。
「わかった。ありがとう、皆そのままで聞いて欲しい、作戦に変更は無い。僕達は当初の予定通り田畑に流れてきた小型奇獣を掃討する。狙いはスキュラとラタトスク、カトブレパスは硬いから戦車で倒す。いいね」
一泊置いて「了解」という返事が重なって矢島に届いた。
狙撃兵は二人、観測手も二人、小隊長の矢島と副隊長の片岡、以上六名が矢島狙撃小隊である。
言うだけ言った矢島は、自身の緊張を呼気と共に吐き出してから屋上に設置した屋根だけの簡易テントに入って、テーブルに大きめのタブレットを置いた。戦術マップを開いて待機状態に入る。
「敵は来てるか?」
傍に来ていた片岡がタブレットを覗き込んで言った。矢島は「さあ?」と返して続ける。
「ゴルゴンが電波障害を引き起こすせいでリアルタイムな戦況はわからない、でも戦闘開始から既に一時間四十分は経ってる、そろそろ小型奇獣が、国軍がわざと空けた穴をくぐりぬけてくる頃だと思う」
国軍には一番厄介な中型奇獣を倒してもらわなければならない。そのためには他の雑魚をバックアップの学生兵に任せるのが一番効率的だ。
懸念があるとすれば、初めての実戦ゆえに学生兵が緊張している事と、ゴルゴンを倒したという報告がまだ無いこと。
記録では一時間前に国軍がゴルゴンと接敵、交戦したらしい。まだ倒せていない事は電波障害からわかるが、逐次中継車からあがってくる被害報告が、三十分前から音信不通となっている。
これでは勝っているのか負けているのかわからない。いや、現状負けていると見なすべきかもしれない。
「何が起こるかわからない……か」
「どうした矢島?」
「いやなんでも」
ない。と言おうとしたタイミングで観測手が「敵がきました!」と叫んだ。
「種類は!?」
「カトブレパスです!」
直後グラウンドからズンという破裂音が腹の底に響いた。そして矢島の視線の先にある田畑がボォと燃え上がった。
「カトブレパス、一撃破!」
ホッとしたような安堵が狙撃兵達から零れた。
カトブレパスは牛のような外見をしている。その身体は鋼のように固く、また一切の毒を受け付けない。体長は大きいもので四メートル、体高は平均二メートルと小型奇獣の中では大きい部類に入る。
一説には中型奇獣アスデリオスの子供というものがあるが、単純に見た目が似ているというだけで関連性は不明である。
「どうやら作戦は上手くいってるみたいだな」
「うん、熊木達もよくやってる」
森に潜ませた歩兵部隊、そのうち一つは熊木が所属していた。おそらく今戦いで最も致死率の高い部隊、矢島や片岡は心配していたが本人は割と気楽にそれを引き受けていた。
「誰も死なないといいけど」
言ってみたが矢島自身それは諦めている。何故なら既に国軍から死者が出ているからだ、少なく共まだ壊滅はしていないだろうが。
念のため矢島は撤退準備をすすめておく事にした。
この時、矢島や片岡を含む学生兵達はまだ理解していなかった。
犠牲の無い戦争など、存在しえないという事を。