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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
赤く染まる雪の園で希望を祈らせてください
52/65

ねぶた祭りの思い出〜後編〜


 八月五日、四日目。

 

 あっという間に連休も半分を消化した。

 ねぶた祭りも折り返していよいよ盛り上がっていく。と言ってもねぶた祭りの盛り上がりは山車が廻る二時間程だが。

 

 それ以外は屋台やイベントでねぶた祭りへのボルテージを上げる期間だ。

 

「今日も矢島はテントか」

 

 熊木がボスナ(オーストリア名物のカレー風味のホットドッグ)から垂れてくるマスタードを包み紙で取って齧り付く。パリッと子気味良い音をたててカリカリのパンに挟まれた二本のポークソーセージが二つに割れる。

 

「風呂行き過ぎて身体フニャフニャなんだと、あいつねぶた祭りに参加しないつもりか?」

 

 片岡は飲み干したコーラ缶を両手で潰してからゴミ箱に放り込んだ。

 片岡と熊木は人混みでごった返している街中から少し外れて休憩をとっていた。

 

 人混みを歩くのが思いの外しんどかったのだ。

 

「それじゃあ俺は行くから」

 

「あいよ、静流ちゃんによろしく」

 

 熊木はボスナを食べ終わった後、包み紙をゴミ箱に捨ててそそくさと人混みの中へと潜っていった。

 彼はこれから父親と従姉妹と一緒に祭りに参加する。

 

 するのだが、熊木と入れ違いに父親の宗四郎が人混みから出てくるのが見えた。

 

「熊木の親父さん、あいつなら集合場所に行きましたよ」

 

「そうか教えてくれてありがとう、まあ今日は一人で飲みに行くつもりだったから追いかけるつもりはないが」

 

「そうなんすか?」

 

「うむ、姪っ子にチャンスをやろうと思ってな」

 

「チャンスっすか」

 

「ああ、実はな、静流は一助にホの字なのだ」

 

 耳打ちされた内容を理解した瞬間片岡の顔が下卑たモノに変わった。

 

「ほほお、それはそれは興味深い。あいつも隅におけねえな」

 

「ああ、ここで二人っきりにして何かしらの反応を期待しているんだが、友達の片岡君としてはどうみる?」

 

「う〜ぬ、無理……かと。だってあいつ熟女趣味だし」

 

「そう言えばそうだった。ところで、せっかくだ、一緒に呑みに行くか?」

 

「ご一緒します」

 

 そう遠くない所でトキメキ真っ盛りの恋する乙女の健闘を祈りながら、宗四郎と片岡は連れたって市内のバーを目指して歩き始めた。

 

――――――――――――――――――――

 

 委員長はここ最近日課となってた恋人の明音あかねとの逢瀬を終えた後、ねぶた祭りの花形である山車を見に市内に繰り出していた。

 

 実を言うとこれが初参加である。今までは朝までホテルか、夜は矢島とチェスかのどちらかだった。

 

「ねえねえイッくん! このホットドッグ美味しいよ」

 

「ボスナだ。行くぞ……あっ」

 

 明音が癖っ毛を揺らしながら突然立ち止まった委員長の顔を覗いた。

 

「どうしたの?」

 

「いや、片岡が熊木のお父さんと一緒に歩いてるのが見えただけだ」

 

「ふーん、デキてるのかな?」

 

「流石にそれは無いだろう」

 

「だよね! よし行こう!」

 

「おいっ」

 

 明音は委員長の腕を強引に引いて人混みを掻き分けるように進んで行く、委員長はやれやれといった風でされるがままに歩く、こういう子供っぽい所に惹かれたんだと薄ら思った。

 

 二人が会場に着いた時には既に数多の山車がすぐにでも動けるよう待機していた。

 荘厳で、壮麗で、壮大な山車は見る者全てに感動と畏怖の念を与えて圧倒していた。

 

 止まっていてこれなのだから実際に動き始めたらどんなにか素晴らしい事だろう。

 委員長は三日間 を無為に過ごした自分を恥じた。

 

「凄いねイッくん」

 

「ああ、ここまでとは思わなかった」

 

 委員長は目の前にある山車に見とれる。この他にも等間隔にあらゆる山車が並べられている。

 

 委員長の目の前にあるのは黄金の龍と真っ赤な鬼が戦っている姿を描いた山車だ。

 

 今にも龍と鬼が動き出しそうでハラハラする。

 

 しばし無言で感動を明音と分かち合う、しかしそれも突然響く甲高い声に邪魔されてしまう。

 

「オーホッホッホ、わたくし目立ってますわ!」

 

「この声は」

 

 うんざりしながら声の聞こえる方を見ると、そこにはミーナ・ロードナイトがいた。場所は丁度委員長が眺めていた山車の頂上だ。

 

「あっ、ミーナちゃんだ」

 

「何をやってるんだあいつは、石蕗と花恋はどうした」

 

 ミーナのお世話役である石蕗と花恋はどこにいるのか、あの二人がいないとミーナお嬢様はすぐに暴走をしてしまう。

 二人は山車の足下にいた、心ここに在らずの状態で必死にミーナに向かって降りるよう叫んでいた。

 

「あの二人も苦労してるんだなあ」

 

「だねえ」

  

――――――――――――――――――――

 

 熊木の心は今や父親のようになっている。

 従姉妹の静流が子供のようにはしゃぐ度に言いようもしれない父性が芽生えてくる。

 

「なあ一助、ほらあそこ! めっちゃでっかい龍がおんで」

 

 天真爛漫に笑う彼女を見て、子供も悪くないと思える。

 出来れば四十代未亡人の女性と結婚したいところ。

 

「オーホッホッホ、私目立ってますわ!」

 

 ミーナの声が聞こえる。どうやら目の前の山車の上にいるらしい、どうしようかと思ったが、下に石蕗と花恋がいたので放っておくことにした。

 

「なんや変なんおるなあ」

 

「そうだな」

 

 存外知り合いが多くいるのかもしれない。

 と考えた矢先に早速知り合いを見つけた。

 

「あら! 熊木ちゃんじゃない!」

 

 後藤だった。

 傍らには手塚紅李てづかあかりが控えている。

 

「もうこんな所で会うなんて運命感じちゃうわ!!」

 

「離れろ!」

 

 抱きつこうとする後藤を蹴転がして回避する。静流が怯えた素振りで熊木の袖をキュッと引っ張った。

 

「誰なん? この人ら」

 

「他人だ、気にするな」

 

「んもう! その言い草はないじゃない! あたしは後藤大吾、乙女よ!」

 

「後藤うるさい、ボクは手塚紅李。熊木とは同級生なんだ」

 

 手塚が静流の前に立って優しく微笑んだ。普段はストイックな彼女がこうやって笑うのは珍しい。

 

 静流も少し安心したようで簡単ながら自己紹介を行った。

 

「ウチは静流、一助の……従姉妹や」

 

 途中何か言いたそうにしていたが、概ね問題無かった。

 

「静流ちゃんだね、じゃあボク達はこれで失礼するから」

 

「えぇ〜、もっと熊木ちゃんとしっぽりしたい〜」

 

「ほら、行くよ」

 

「ちょ、ちょっと痛い! 腕の皮膚引っ張らないで!」


 ホントは耳を引っ張りたかったのだろうが、身長差がありすぎるため、手塚は後藤の腕を抓って歩き出した。

 

「あの手塚って子、小学生みたいな見た目やな」

 

「それ本人に言ったら殺されるぞ」

 

「言わんとくわ……あのさ一助、突然やけどウチあんたに伝えたい事あんねん、明日帰るし、今しかチャンスないから」

 

「なんだ?」

 

 静流を見下ろすと何やら両の指を絡ませて不規則に動かしている、頬もやや赤く、潤んだ瞳はこちらをチラチラと見上げたり逸らしたりしていた。

 

「夏バテか?」

 

「ちゃうわ! 気付けアホ!」

 

「無茶をいうな」

 

「アホ! 一助のアホ! もう知らん!」

 

「何だ一体」

 

 熊木には何が何だかサッパリだった。

 

(やはり女性は熟女にかぎるな)

 

 その時、ねぶた祭りの開催を知らせる花火が空高く上がり花を開かせた。

 

「始まった! すご! めっちゃ動いてる」

 

「確かにこれは凄いな」

 

「せや……あっ、ふん!」

 

 プイと静流は顔を逸らした。

 ぷりぷりとひたすら不機嫌を表す静流をなだめながら、熊木は心地のよい満足感のようなものを胸に抱いた。

 

 これがきっと、楽しい思い出なのだろう。確かに、これがあればこの世界も悪くないと思えるかもしれないと、熊木は実感した。

 

――――――――――――――――――――

 

 同時刻、青森県むつ市。

閑静な住宅地にぽつねんと建つ築三十年のアパートがある。

 灯は付いておらず、夜の帳が下りて完全に闇に紛れていた。

 

 二階の三号室、『遠野』という表札が掲げられた部屋ではテレビのブルーライトが薄暗い部屋を照らしていた。

 

 テレビでは今盛り上がっているねぶた祭りについて特集がくまれている。

 

 遠野はベッドの上で死んだように寝転がりながらその特集を眺めていた。

 

 特に何かある訳では無い、ただ胡乱気な瞳で眺めていた。

 

 そんな時、特集に取り上げられた山車の上に少女が乗って甲高く叫んでいるのが見えた。

 何処かで見た気がするが、記憶が定かではない。そもそもここ数年の記憶が曖昧だった。

 

 学校に一年通って辞めて、何故辞めたのか、そういえば幼馴染みが死んだからだ。

 何故死んだ? 自分のせいだ。何故だ? わからない、そもそも幼馴染みってなんだ?

 

 そんな意味の無い問答がぐるぐると頭を巡る。そして肝心な所を思い出しそうになると彼は必ず薬を飲む。

 

 怪しげな男から買ったこの薬、明らかに違法薬だが、遠野にとっては思い出したくないことを思い出さないでいられる大事なものだ。

 

 ふと、呼び鈴が鳴らされて部屋に鈴のような高い音が響いた。

 ここに来る人間は売人しかいない、新しい薬を持ってきたのかと思って遠野は部屋のドアを開ける。

 

「やあ久しぶり」

 

 そこには長身の女性を虜にする甘いマスクの持ち主が立っていた。

 サラサラの髪が風に靡くその姿は遠野の胸に郷愁が沸き上がった。

 

「今の君の状態は知っている。改めて自己紹介しよう。私は、蒼本佳祐だ」

 

 最後に白い歯をニッと見せた。

 

――――――――――――――――――――

 

 八月八日 青森士官学校男性寮のロビーにて。

 

「ふぃ〜、なんか疲れたなあ」

 

 ソファに背中を預けた片岡がボヤく。

 

「まあ一週間祭りづけだったからな」

 

 委員長は全員に缶ビールを渡してから、片岡の隣に座り、缶ビールの蓋を開けてゴクゴクと飲み干す。

 

「ねぶた祭り終わったけど、まだ余韻は続くね、ほらニュースでは何処も特集やってる」

 

「そもそも矢島は祭りに参加してないだろう」

 

 矢島は一週間お風呂浸けでねぶた祭りの山車は見ていない。

 熊木に突っ込まれて、気恥ずかしさから頭をポリポリと掻いた。

 

「次のニュースです、先日青森県むつ市でおきた火災事故……」

 

 テレビの向こうではキャスターが淡々と原稿を読み上げている。 

 

「祭りの最中に火事とはな」

 

「家で火祭りでもしてたのか?」

 

 と思い思いの感想が飛び交う中、真面目にニュースを見ていた矢島の顔が見る見る驚愕に変わっていった。

 

「どうした矢島?」


 心配になった熊木が矢島の肩を叩く、矢島は「これ」と言って画面を指さした。

 

 一同が一斉に画面を見つめる。

 

「焼け跡から発見された遺体は、DNA鑑定の結果、現在連絡が取れない遠野健治さん十七歳のものであるという事を警察が発表……」 

 

 瞬間、場が凍りついた。全員が信じられなものを見たというような(事実そうではある)揺れる目は火災事故のニュースに釘付けになった。

 

「えっ!」

 

「何かの間違いだろ」

 

 そのニュースは、連休で解れた心を固めるには充分過ぎた。



 


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