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新人研修 (山岡編)

四月二日月曜日 七時五十五分


空は青く澄み渡り、朝露の香りが混じった風は浴びるものに爽やかさを与えてくれる。

そんな清澄の朝、山岡泰知は逆さ吊りにされた。


「もしもし静流さん? そろそろ許してもらえませんか?」


「ほお? ウチの許可なく会社の経費勝手に使おうとしておいてよおそんな口が聞けんなあ、ほんまなら減給のところを逆さ吊りで許されんやから感謝しいや」


「いやいやいや下手したら逆さ吊り死ぬから! 減給の方がマシだから! それに経費についてはちゃんと社長に許可貰ったよ! そもそもいつまでこうしていればいいのさ」


「とりあえず新人ちゃんが来るまでやな、来たら開放したる」


「ちょっ! もし香澄さんが遅れてきたらどうすんのさ! 頭に血が溜まって血管破裂したらどうすんのさ!」


「耐えろ」


「非常ナリ!」


そして村井静流は踵を返して校舎へと入っていった。残された泰知は身動き一つ取れないまま約三十分を逆さに過ごすことになる。


三十分後、泰知を地面に降ろした香澄莉子が神々しくみえたのは言うまでも無い。


――――――――――――――――――――


四月二日 十時二十四分


「てな事があったんだよ、酷くない?」


泰知は目の前に座る白衣の女性にそう愚痴を呟いた。


現在地は美海市中央市街西部に位置するエッツェル研究所、泰知はつい先程香澄莉子と共に身体測定に訪れたばかりだ。


莉子と別れ、自身は定期検診を受けた。


「ふむ、だが若い女の子にいじめられて少しは気持ち良かったのではないのかい?」


「うん、まあね。って違うから! 僕Mの素質無いから!」


白衣の女性の名前はエッツェル、エッツェル研究所の所長であり、山岡泰知の主治医を務めている。


エッツェルというのは本名では無く、研究所の所長になる人間はエッツェルという名を受け継ぐのだそうだ。言わば称号みたいなものだ。


「さて山岡君、最近体の不調は無いかい?」


「しばらく縛られてたせいか、まだ体がギシギシいってる気がするぐらいかな」


「縛られて悦びを感じると」


「言ってない!」


エッツェルはあろう事か診断書にそのまま「縛られて悦び」と書いた。よくよく観察してみると他に「露出癖」「フルチン大フィーバー」と書いてある。


「あんたの中で僕はどんだけ変態なんだよ!?」


「むしろ君は変態では無いと言うのかい?」


「変態ですけど!」


診断書に「変態」と書かれた。続いてエッツェルは精神状態は普通、少々血が昇りやすい。と書いた。

エッツェル曰く、無駄話で相手の反応を見て精神状態を測るらしい。

だが変態は無いだろう、変態は、認めるけど。


「ではこれが新しい薬だ、今回から錠剤にしておいた。今までの液薬では戦闘中に容器が割れて中身が零れることがあったからな」


エッツェルは泰知の目の前に真空包装された錠剤を差し出した。

半径一センチメートルの白い錠剤、見た目だけならどこにでもある薬だった。


「確かに錠剤なら布袋に入れておけば零れる事はあまり気にしないですむけど、効能の方はどうなの?」


「直接血管に流し込む液薬と違って錠剤は効能が薄い、注射器一本分に対して錠剤はニ錠だ」


「そっか、どれだけもつ?」


「効能が出るまで一分半、そこから三十分もつ。効能の重ねがけは出来るが、体の負担は大きいから二錠~四錠に留めておけ。まあお前の体質なら大丈夫だろう。それから普通の人間はたった一錠でも飲めば死ぬから気をつけろ」


「普通の人間は……ね」


出された薬をバッグに納める。数は二十錠、三回~四回分だ。

効能は身体能力の一時的強化、一錠飲めば約二倍上昇する。


「もう一度言うが、飲みすぎるなよ。いくらお前でも体にかかる負担までは打ち消しきれまい」


「大丈夫だよ、そこまでいく前に発動して消えるから」


「そういう事もできるのか」


「まあ半分人間やめてるし」


「…………」


シ〜ン。会話が途切れて二人の間に沈黙が生まれる。この空気は苦手だ、何とかして話題を変えて場の空気を和ませなければいけない。


そう考えた泰知が選択した話題は、女性にとってタブーともいえるものだった。


「ところでエッツェルはそろそろ結婚とかしないの? もう三十路超えてるんだし」


ピシャッと何かが割れる音がした……ような気がした。


「私はまだ二十八だ! こんな巨乳美人に歳の事を言ってるからお前はいつまでたってもモテんのだ!」


確かにエッツェルは美人である。目を奪われる程キメ細かく長いブロンドの髪、スラリと伸びた脚は見事な脚線美を生み、引き締まった小尻と豊かな胸が腰のくびれを強調していた。


完璧なる美女、整形したとしか思えない程の完璧さ、しかしこの完璧さは作られたものでなくれっきとした天然物である。


「自分で言うのはどうかと思うよ、美人なのは認めるけど正直中身を知っている身としては、エッツェルの巨乳見ても全然そそられない」


「君はホント失礼だな」


――――――――――――――――――――


診察が終わってロビーに出た時の事、泰知の進路を妨害するかの如く白衣を着た男性二人が立ち塞がった。


めんどくさい事になりそうだなと思いながら、とりあえず用件だけでも聞いてみることにした。


「何か用ですか?」


「君は、所長とどういう関係なんだい? 所長が自分から診察するなんて滅多にないんだ。なのに君だけはいつも所長が自ら診察すると言うんだ。答えてくれ、君と所長の関係を」


長いうえに答えになってない。


「質問に質問で返すのはどうかと思うよ」


「黙れ、お前は大人しく俺達の言う事を聞けばいいんだ」


インテリっぽい外見にそぐわない乱暴な発言。少し腹が立ってきた。


「しょうがないな、そうですね。僕とエッツェルは……しいて言うなら体の関係かな」


「「なっ!」」


おっ、同様している。痛快痛快、わざと紛らわしい言い回しをしたかいがあった。


男性二人はあからさまに狼狽した顔で囁きあっている。その後泰知の向かって右側にいる男性が携帯でどこかに連絡をとった。


「おいお前! 俺達の所長を汚した罪は重い、裁きを受けてもらう。ついて来い」


出来ればもっと論理的に話してほしい。だが何となく予想はできた。二人はエッツェルのファンなのだ、そういえばエッツェルのファンクラブが存在するという話を聞いた事がある。


つまりエッツェルと仲良く話している山岡泰知がうらやまけしからんぶっ殺すというわけだ。


「まっ、暇つぶしにはなるかな」


香澄の身体測定が終わるのにはまだ時間がかかる、少し付き合ってみる事にした。

白衣の男達に連れられて辿りついた場所はエッツェル研究所の北にある廃棄物処理施設。


普段は人気のない場所なのだが、今日は珍しく賑やかだった。

ガタイのいい屈強な男達が廃棄物の山に鎮座していたのだ。鉄骨の上に座って煙草を吸う者、壊れた車を殴って更に破壊している者、ナイフを弄る者、総勢六名。


これはまた楽しそうな事になりそうだ。


「連れてきたぞ、俺達は急ぎの仕事があるから一度戻る。死なない程度に痛めつけておいてくれ」


「んじゃ後で様子を見に来るから」


そう言って白衣の男二人はいずこへと立ち去った。

二人の姿が見えなくなってから、ナイフを弄っていた男が泰知の前に立ち、泰知の頬をナイフでペチペチと叩いた。


「おめぇも災難だなぁ、色気出していちびるから余計な恨み買うんだぜぇ、ん?」


「そうですね、恨みは買いたくないですね。でも……おかげで面白くなってきた」


「あん? お前、自分の立場わかって」


泰知は男の話を最後まで聞くことはせず、男の持っていたナイフを手刀で弾き、宙空でキャッチしてそのままの勢いで男の太ももにナイフを突き立てた。


「ぎゃああああ! 足が! 俺の足が!」


泰知はもんどりうって倒れた男を笑顔で見下した後、腹を蹴り上げて無理矢理仰向けにした。


そこでようやく事態を把握した他の男達がそれぞれ鉄パイプやナイフ等の得物を取り出して恫喝する。


「てめえ何のつもりだ!?」


「よくも草平を!」


「ぶっ殺してやる!」


と泰知に罵詈雑言を浴びせかける。自分達も同じようにしようとした癖に。

泰知は半ば呆れつつ、反面これから起きる事を想像して胸を高鳴らせた。


「何のつもりだって? う〜ん、強いて言うなら暇つぶしかな」


泰知は倒れている男の足に未だ刺さったままのナイフの柄を踏みつけた。


男は声にならない絶叫を上げてナイフの刺さった足を押さえる。その後ナイフを踏みつけている泰知の足をどかせようと力の入っていない拳を打ち付けた。


肉がグチュと音をたてる度に心臓が高鳴る。足を動かす度に上がる甘美な悲鳴が脳髄に突き刺さって悦楽を感じる。


気分が落ち着いたら泰知は眉一つ動かさずに一旦足をどかして、そのまま腹を勢いよく踏んで草平と呼ばれた男を気絶させた。


「草平! テメェェェッ!」


鉄パイプを持った男が馬鹿正直に正面から殴りかかる。泰知はそれを難なくいなして合気道の要領で男を地面に組み伏せる。

その時仰向けに倒れた男と目があった。


「な、何だお前……その目は」


男は明らかに怯えた様子で泰知の目を凝視している。

泰知は一瞬何のことか分からなかったが、すぐにある事に思い至った。


「あっ、ひょっとしてもう瞳の色が金色に変わってる?」


その言葉で他の男達も泰知の瞳の色が変わっている事に気付いた。そしてさっきまでの威勢の良さはどこへやら途端に怯えの表情を浮かべた。


「き、金色の瞳……何だよそれ、まるで、まるで」


「まるで奇獣のようだ?」


男達がビクッと肩を震わせた。


「ふふ、実は僕……半分奇獣なんだ。驚いた? もちろん嘘だよ」


二〇四〇年現代、金色の瞳は恐怖の象徴になっていた。

人類の天敵である奇獣、彼らは多種多様な姿形をしているが、一貫して金色の瞳をしている。それゆえ人類の間では、人間であろうが動物であろうが、金色の瞳は畏怖の念を思い起こすようになっていた。


――――――――――――――――――――


数分後


「やり過ぎた」


廃棄物の山の上にゴミのように打ち捨てられた男達の真ん中で、地面に膝をついて泰知は頭を抱えていた。


戦闘になると感情が昂って楽しくなり、制御出来なくなる時がある。これが奇獣相手なら何の問題も無いが、人相手だとやりすぎて傷害致死罪にとわれてしまう事もある。


実際これまでに何度か泰知は留置場に放り込まれ、その度にエッツェルに尻拭いして貰っていた。


「抑えなきゃいけないってわかっていても、戦いの気配がすると途端にワクワクしてしまう」


そうなるともう抑えられない。悪い癖だ。

とりあえず研究所に電話してこの人達を治療してもらおう。その後はエッツェルに事後処理を頼んで、何食わぬ顔で香澄さんに合流しよう。

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