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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
赤く染まる雪の園で希望を祈らせてください
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最初の悲劇

三月二十三日 二十一時 士官学校学生寮前

一通りの聞き込みを済ませた遠野達が寮の玄関口に出ると、矢島が学校から借りた車のクラクションを鳴らして存在をアピールした。


「乗って」


矢島に急かされるまでもなく遠野は真っ先に助手席に乗り込んだ。暖房が効いており中は暖かった。

続いて熊木、片岡、委員長が乗り込む。


「早く出してくれ!」


遠野が叫び、矢島はアクセルを踏み込んで車を発進させる。


「木野さんと連絡は?」


「何度やっても通じない。森田に頼んでGPSで探して貰ったが、それも駄目だった。やはり彼女に何かあったと見るべきだな」


「くそっ」


委員長が淡々と事実を述べるのを聞いて遠野の焦りはより強くなった。


「そうだ、蒼本教官とは連絡つかないの? 確かデートしてたんでしょ?」


「蒼本は既に教官棟に帰っていた。木野ちゃんの事を聞いてみたが、夕方に別れたきり行方を知らないそうだ」


「デート……にしては短くないか?」


片岡が疑問をぶつける。


「どうも違うらしい、実際デートらしい行動はレストランで昼食をとっただけで、後は遠野についての悩みを聞いていたらしい。昨日の遠野と木野ちゃんの会話も知っていたぞ」


矢島がチラッと横目で遠野の様子を観察すると、遠野は指を組んで祈るような姿勢でただ前だけを見つめていた。


矢島は内心で遠野をあまりあてに出来ないと判断した。


「そういえばさっきGPSで調べたんだよね? ログはどうなってる?」


「夕方頃に繁華街で蒼本と別れた後、街外れの貸し倉庫付近でプツンと切れている。蒼本はしばらくネットカフェにいたみたいだな」


「ならまずはその貸し倉庫に行こうぜ、地図はこれだ」


片岡がカーナビの設定を変更して目的地までのルートを表示させる。

その後熊木が拳銃を一挺ずつ手渡した。


「念のためだ、持っておけ」


矢島以外は黙って頷いてから弾倉を確認してベルトに差し込む。

車を運転している矢島の拳銃は片岡が代わりに点検をして矢島に手渡した。


三十分後、目的地に着いた一同は唖然とした。

貸し倉庫は夜空を昼のように明るく照らす炎に包まれており、火の粉が弾ける音と燃えて崩れる木材の音が耳を熱気と共に焼き付ける。

消防車から伸びたホースの放水で燃え広がるのだけは抑えられているが、現状の消防車の数では完全消火に時間が掛かりすぎる。おそらくそろそろ応援が来るだろう。


野次馬も相当集まっており、車ではこれ以上近づけそうもない。

またこのままでは既に始まっている消火活動の妨げになるかもしれない。


「美代!」


「よせ遠野!」


片岡が止める間もなく遠野は車を飛び出し、野次馬を掻き分けて燃え盛る倉庫へと走って行った。


「あのバカっ。委員長追いかけるぞ!」


「ああ。矢島と熊木はここにいてくれ」


「いや、消防車の邪魔になるから移動するよ。場所はあとで連絡する」


「それと俺は木野が学校に戻ってないか確認しておく」


各々役割が決まったところで片岡と委員長は車を出て遠野を追いかける。

車を出た瞬間、片岡の頬を炎の熱気がチリチリと焼いた。

真冬である筈が初夏のような暑さを感じる。


「百メートルは離れてるのにこれか」


「とにかく遠野を連れ戻すぞ、片岡」


「ああ」


片岡と委員長は野次馬の群れに飛び込んで遠野の後を追う。時々野次が飛ぶが無視して前へと進む。

遠野はあっさりと捕まった。最前線で警官に取り押さえられていたからだ。


「離せ! あそこに美代がいるんだ!」


「わかったわかったから。今隊員にどうするか確認しているから少し待て」


「待てるか! 俺も」


「「はいそこまで」」


片岡と委員長は遠野の両腕を掴んで警官から引き剥がして野次馬の外に連れていく。


「ご迷惑おかけしました」


戻り際に委員長が警官へ謝罪した。

人気のない所に出たら、遠野を放り投げて片岡が叱責する。


「お前少し落ち着け、そもそも木野ちゃんがあそこにいる保証はないだろ」


「でも!」


「でもではない、お前があのまま飛び込んだら二次災害で消防隊員に迷惑がかかるところだったぞ」


続いて委員長が叱責する。

遠野は反論する言葉が浮かばず、ただ拳を固く握って己の中の衝動を押さえ込んだ。


「木野ちゃんの事は俺が警官に伝えておく、何かわかったら連絡が来るようにしておくから。お前達は車に戻ってくれ」


「わかった、行くぞ遠野」


遠野の肩に手を回してトボトボと歩く片岡を見送ってから委員長は再び野次馬の中へ潜っていった。


――――――――――――――――――――


「っかしいな、この辺の筈なんだけど。矢島のやつ一体何処に停めたんだ?」


倉庫からは幾分離れたとはいえ、未だ背中からはサイレンの音が鳴り響き、振り返ればごうごうと燃え立つオブジェクトが目に入る。


「そう言えばさっき熊木から連絡きたんだけど、木野ちゃん学校には帰ってないってさ」


「……そうか」


噛み締めるように遠野は言った。


「安心しろって遠野、ミーナ達もこっちに来て捜索範囲を広げるからすぐ見つかるって」


片岡の慰めは遠野に届かず、ただ沈黙のみが二人の間を駆け巡る。

そんな状態が数分続いた後、ふと林の奥からガサガサと何かが動く気配がした。

野次馬に来た市民か、獣か、現段階では判断がつかず様子を見守る事にする。もし獣なら下手に対応すると襲われる事もあるため、慎重に後ずさりながら林から距離を取る。

同時に懐から拳銃を出して安全装置を解除しておく。


「そこに誰かいるのか?」


林へと呼び掛けるも反応はガサガサと草木が動く音だけだ。これは動物だと確信した二人はその場でしゃがみ、片膝立てて銃を構える。


ガサガサという音が強まり、ついにそれが「ぷぎぃ」と可愛いらしい声をあげて姿を現した。


「ウリ坊?」


大きさが一メートルもない猪の子供だ。

ホッとした片岡は石をウリ坊の足元へ転がして脅かして林へ戻そうとする。

しかしその瞬間林から再び何かが飛び出してきた。


「……っ!? 奇獣!」


「こんな近くに、警備網はどうしたんだよ!?」


「見た事ないやつだ。こんなの日本にいたか?」


その奇獣は蜥蜴のようだった、姿だけなら半魚半蜥蜴のスキュラに似ている。しかしスキュラと同じく上半身は蜥蜴であるものの、下半身はブヨブヨの物質であった。

片岡は、以前蒼本教官が授業の一貫で見せた、数日海に沈めた人間の溺死体を思い浮かべた。


「とにかくまず矢島達に合流してから対応を考えるぞ、下手に撃つなよ遠野」


「わかって……おい片岡、あれ」


「あ?」


ふいに遠野が何かに気付いたらしくある一点を指差す。片岡はその指を追ってそのまま奇獣の頭、胴体、尻へと視線を移す。そして尻、つまり臀部にそれがあった。


「木野……ちゃん」


木野美代の頭部が臀部から突き出していた。生気はとうに失われており、表情は虚無そのものだった。


「美代」


遠野はボソッと愛しいその人の名前を呟いて、銃口を奇獣の頭部へ向ける。


「お前が……お前がああああ!! 化け物の分際で!」


怨嗟の言葉と共に銃口からマズルフラッシュが焚かれる。何度も何度も、引鉄を引く度に呪いを吐き、弾倉が空になっても引鉄を引き続けた。


「よせ、遠野……もう死んでる」


「ハア……ハア……ちくしょう、ちくしょう!!」


遠野はその場で力尽きたように座り込み、自身の中に溢れる後悔と悲しみを拳にのせて地面を叩き続けた。


片岡はひとまず奇獣に近付き死亡しているかを確認する。足で小突いても反応はない、念のため心臓部と思われる所へ一発銃弾を入れておく。


「死んでるか」


次に臀部から突き出ている木野美代に触れる、もしかしたらと思ったが既に呼吸音も無く、瞳孔も開ききっているためこちらも諦めるより仕方なかった。


ふと、傍らにさっきのウリ坊が倒れていた。

流れ弾に当たったかと思い抱き上げて調べたが、怪我らしい怪我はなく、銃声とマズルフラッシュに驚いて気絶しただけのようだ。

後で動物病院に連れて行って診てもらってから林に帰そう。


とりあえず今は報告が先だ。

タブレットで警察署へ連絡する。


「こちら、青森士官学校第二十六期生二組所属の片岡誠司、市内にて奇獣を発見したので射殺、死者が一名、名は木野美代。場所は……」


――――――――――――――――――――


その日の夕方、木野美代は林の中を這う這うの体でさ迷っていた。

服は無残に破け、切れ端から豊満な胸とその乳頭が垣間見えている、下腹部と脚には乾いた血のりがあり傍から見ても彼女が強姦された事は明らかであった。


「ひぐっ……やだよ、こんなんじゃケンちゃんに会えない」


とめどなく涙が溢れてくる。どうしてこんな事になったのか、何故もっと素直になれなかったのか、何故あんな男を信用してしまったのか。

後悔ばかりが少女の胸にこみ上げる。


未だに痛む股関節を抑えて林を進む、日は落ち宵闇が世界を支配し始めていた。

そして林の半ばに来たところで力尽き、木野はその場で意識を失った。


次に目を覚ました時、夜はすっかり更け月が天頂に見えていた。

何やら後ろが騒がしいが、木野は再び林の中を進み始める。


数分後、もうじき林を抜けようという時、声が聞こえた。


「安心しろって遠野、ミーナ達もこっちに来て捜索範囲を広げるからすぐ見つかるって」


この声はクラスメイトの片岡だ。

見知った人の声を聞くだけでここまで安心できるのか、木野は僅かな希望を胸に林を抜けようと歩を進める。


「そこに誰かいるのか?」


段々声がよく聞こえてくる。もうじきだ。

ウリ坊が木野の少し前を駆けて行った。


「ウリ坊?」


片岡が間の抜けた言葉を発した。

もうすぐだ、最後の力を振り絞って木野は草むらから飛び出した。

しかし片岡の反応は思っていたのとは違っていた、それどころか今は会いたくなかった遠野もいた。


「……っ!? 奇獣!」


「こんな近くに、警備網はどうしたんだよ!?」


「見た事ないやつだ。こんなの日本にいたか?」


奇獣!? 木野は驚いて周りを見回すがそれらしき影は見当たらない。


「とにかくまず矢島達に合流してから対応を考えるぞ、下手に撃つなよ遠野」


「わかって……おい片岡、あれ」


「あ?」


ふいに遠野が何かに気付いたようで『木野』を指差した。


「木野……ちゃん」


片岡が呟く、その様子はいつもと違って妙に歯切れが悪い。


「美代」


ボソッと、愛する男に名を呼ばれ木野の心が跳ね上がる。

木野は手を伸ばし、声にならない声で遠野を呼ぶ。


(ケンちゃん……私だよ)


「お前が……お前がああああ!! 化け物の分際で!」


遠野が構えた拳銃から鉛弾が発射された。


――――――――――――――――――――


とある殺人鬼の手記


三月二十三日に行った実験の結果をここに記す。

結果から述べると、失敗だった。しかし中々興味深いデータが取れた事は事実だ。


まず最初にある女生徒を貸倉庫に連れ込んだ。彼女の名前は木野美代、年齢は十六歳。

士官学校の生徒であるため筋肉質ではあるものの肌の弾力は幼い子供のようで胸もまた大きく揉みごたえがあった。

当然のように強姦した後、私は彼女に例の薬を打ち込んだ。

因みに彼女はいい声で鳴いてくれたが、あまり満足のいくものではなかった。唯一良かったところは処女であったところか。


それはそうと薬の反応だが、すぐには出なかった。今までならすぐに体に変化が起きて死に至っていた。

だが彼女の場合は中々変化が現れない。


念のため彼女を離れた所から観察してみよう。

私がいなくなったのを確認してすぐ彼女は行動を開始した。このあたりの判断の速さは流石士官学生といったところか。


木野美代は倉庫を出た後林に逃げ込んだ。足元がふらついておりまともに歩けてはいない、私はひとまず同士に連絡を取り夜が更けたら倉庫に火を放つように頼んでおいた。

証拠は残さないようにしないといけない、私はまだあの学校でやりたいことがあるのだ。


さて、木野美代を追いかけて林を進むと、彼女は力尽きたのかその場で眠っていた。

一応、血液を採取しておいた。


ここからは学校に帰ったため残念ながら肉眼で確認出来てはいない。代わりに同士を派遣して彼にカメラを持たせて私は自室でライブビューイングをする事にした。


彼女が目を覚ましたのは二十二時を過ぎた頃だ。その頃には同士が倉庫を焼き払っており、消防隊が必死の消火活動を行っていた。


突然だが、この時の木野美代は人間ではなくなっていた。寝ている間に形態変化が起こり、スキュラに近い姿に変わっていた。

違うのは下腹部が水を取り込んでパンパンに膨れ上がった人間の溺死体のようである事、そしてそこから木野美代の頭が突き出ている事だ。


蜥蜴の頭と木野美代の頭、どっちが思考するのかと考えたが、蜥蜴の方の頭を先頭に歩き始めたのを見てこちらが思考する方だと理解した。

脳は移動したのだろうか、これは研究しがいがある。


木野美代は林を抜けようとしていた。流石にこのままだと人目につくので気を付けねばならない。

あまり目立つようだと焼却処分も辞さないつもりだ。


彼女が林を抜けると、そこには片岡と遠野がいた。

そう言えば委員長が私の所へ木野の居所を聞きに来ていたな。


それと彼女は呆気なく射殺されてしまった。

もう少し見ていたかったが仕方ない。


死体は同士に任せて私はこれからの研究準備を行なおう。

やはり十代の子供は薬の反応が良いみたいだ、次もこの調子でやっていきたい。


だがまあしばらくは大人しくしていよう、やりすぎは良くないし、薬の改良もやりたい。

ああ、胸がドキドキする。

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