遠野健二の告白大作戦、まじ青春だわ
三月二十二日、土曜日。
木野美代に告白すると決意してから早くも二ヶ月半が経った。
「ヘタレ」
「ヘタレ」
「ヘタレ」
「ヘタレ」
「ぐはぁ」
怒涛の四連コンボを受けた遠野は胸を抑えてその場にうずくまる。
昼休み、いつもの屋上に続く階段で昼食をとっている時に片岡からその事を指摘され、そして遠野が口を濁した瞬間に四連コンボをくらった。
「遠野君が告白するって僕達に言ってからもう二ヶ月半だよ、その間一切アクション起こしてないじゃん」
普段はおとなしい矢島が珍しく辛辣な言葉を浴びせる。
「いやほら、なんつーの? シチュエーションて大事じゃん?」
「俺達が二人っきりになれる状況を用意したのに逃げたのはどこのどいつだ?」
「ぐっ」
熊木はここぞとばかりに獲物を前にした熊のような眼光で遠野を睨む。
「因みに俺が記憶している限りでは、用意した回数は七回だ」
委員長は律儀に数えていたらしい。丸めた頭がより威圧感を醸し出していた。
「申し訳ございませんでした」
遠野は三つ指を立ててその場で土下座する。
「さて、そんな遠野君に朗報です」
矢島が立ち上がって言った。
その顔は妙に楽しげでサドっけを含んでおり、遠野の胸中にえも言われぬ不安感がよぎった。
「な、なんだよ」
狼狽える遠野を見下ろしながら矢島は続ける。
「木野さんが蒼本教官に告白するそうです」
とんでもない爆弾を落とした。
「「「「な、何だってえええ」」」」
MMRよろしくの驚きが階段に響いた。因みにこの情報はクラスの女子から聞いたらしい。
「因みに、今日の訓練が終わったら告白するみたいだよ」
「ほほお、それは動かざるを得ないなあ」
熊木の顔がしめたと言わんばかりにほくそ笑む、熊木だけではない、委員長も片岡もだ。
「どうすんだ? 遠野」
「蒼本が告白を受けて了承するとは思えないけど、万が一という事もあるからな」
「ぐっ……わかった、わかったよ! やってやるよ! 今日訓練が終わったら告白してやる!」
「言ったな?」
「言ったね」
「逃げ場はないぞ」
「盛り上がってきた」
かくして、遠野健二の告白大作戦が始まった。
――――――――――――――――――――
昼休みが終わり午後の訓練が始まる前の事、訓練の準備を行っていた片岡と矢島が今回の告白大作戦について話し合っていた。
「で? 実際の所どうなんだ?」
「どうって?」
模擬戦で使う銃の手入れをしながら片岡が尋ねる。目線は手元から離さず、音と気配で矢島の動きを観察する。
「告白の事、ほんとに木野ちゃんは蒼本に告白するのか?」
「それは本当みたいだよ、本人も言ってたし」
「お前木野ちゃん本人に聞いたのか!?」
「そもそも木野さんから直接聞いた事だから、多分彼女も遠野君に焦れったくなったんだと思う」
「大胆な事するよなあ、つーかどうせ両思いなんだから木野ちゃんから告白すればいのに、蒼本にはそうするんだから」
「複雑な女心ってやつじゃない? 僕にはわからないけど。それに蒼本教官の事も少なからず想ってるみたいだよ」
「かあー! 青春だねえ」
片岡は手入れの終わった銃を引っ提げてその場で足踏みをする。靴もしっかり固定されているし弾倉も用意してある。準備OKだ。
「とりあえず模擬戦を頑張ろう」
「だな、負けたら森田の地獄巡りだぞ」
「うわぁ」
森田の地獄巡りとは、模擬戦で負けたチームに送られる特別訓練の事だ。それは夜遅くまで行われ、生徒達の体力を限界まで搾り取る鬼のスパルタ訓練、その内容はおぞましかったりなかったり受けた者は決して口にしないとかなんとか。
――――――――――――――――――――
遠野が寮に帰って来たのは午前零時だった。そう深夜である。
何故そこまで遅くなったのか、それは模擬戦で遠野のいたチームが負けたおかげで森田の地獄巡りを行っていたからだ。
「今から告白……いや流石に美代は寝てるか」
皮肉な事に木野美代は遠野と別のチームに別れて争い、勝っていた。
ゆえに森田の地獄巡りは経験せず、そのまま帰る事ができたのだ。
遠野は告白するか否かで悶々としながら寮のロビーで唸っていた。ロビーの灯は落ちて暗がりとなっているから他者が見ると不審者に見えるかもしれない。
「ケンちゃん?」
ロビーに聞き慣れた耳心地の良い澄んだ声が響いた。
振り返るまでもなく遠野はそれが木野の声であるとわかった。
「美代……こんな時間にどうして」
「ちょっと眠れなくて」
二人で窓際に座る。遠野と木野を引き裂くように、月光がカーテンの隙間から差し込む。
「そういえば、蒼本に告白……したんだよな? どうだった?」
「うん」
木野はやや寂し気な瞳で遠野を見つめる。遠野はそれで木野が振られたと察し、声を高くして木野を慰めようとした、内心で喜びながら。
「ま、まああれだ! 相手は教師だしな! ドダイ無理な話だったんだよ! うん!」
「OKされちゃった」
「だよなあ、やっぱりそう…………なんだって?」
「OKされたの、私、蒼本教官と付き合うの」
木野は泣きそうな顔でそう伝える。声もやや震えていた。それは決して喜びからくるものではなく、そう悲しみからきていた。
「だったら、何で泣いてるんだよ」
「わからないの?」
「……わかんねえよっ!」
苛立った声が寮を揺るがすのかと思う程荒々しく轟いた。木野はビクっと身体を震わせたあと、静かに立ち上がりロビーを出ていった。
出ていく直前、木野が呟くように……もとい嘆願するように言った言葉が遠野の耳に残った。
「ケンちゃんのバカ、私だってほんとうは」
彼女が何を言おうとしたのか、遠野にはついぞ知る事はなかった。何故なら、それが彼女と交わした最後の会話となったからである。
――――――――――――――――――――
三月二十三日 日曜日。二十時五分。
たまの休みだというのに遠野の部屋はお通夜ムードに包まれていた。
理由は明快、木野と蒼本が付き合うと判明したからだ。
「はぁ〜」
遠野の悲哀に満ちた深い、深い溜息が部屋にじんわりと浸透していく、その度に同室にいる委員長と片岡と矢島はより意気消沈する。
「おいこれどうするよ」
片岡が矢島と委員長にそっと耳打ちする。
「まさか蒼本がOKするとはな、流石に予想外だ」
「でもまだ間に合うんじゃない? 話聞いた限りだとまだチャンスありそうだよ」
「それがよ」片岡の口調が重くなる。
続けて委員長が「今日木野がデートに行ったらしい」と言った。
「とことん出鼻くじかれるな。でももう帰ってくる頃じゃない?」
「だな、その時こそ告白しないと」
そう、チャンスというものはいつまでも続かない。今はまだ木野は遠野に気持ちが向いてるが、いつ蒼本にベッタリになるかわからない。そうなってしまっては遅いのだ。
だと言うのにその遠野は落ち込んでいて何をする気にもなれなかった。
「あぁぁぁぁぁ」
「なんかゾンビみたいになってるぞ」
「T(遠野)ウイルスに感染しないように気をつけないと」
「片岡君も委員長も酷い」
と遠野に掛ける言葉が何一つとして思い付かない一同は、戦々恐々としながら遠野との距離をとっていた。
熊木が慌ただしく部屋に入ってきたのはそんな時である。
バンと扉を壊しそうな勢いで中に入ると、片岡が「なんだよ?」と聞こうとするのを強引に塞ぐようかのように告げた。
「木野が行方不明になった」
その言葉は皮肉にも遠野を目覚めさせるには充分過ぎた。