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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
赤く染まる雪の園で希望を祈らせてください
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冬の日の決意


九月から大分変わった。

別にそれはカリキュラムだけじゃなくて普段の生活も変わってきた。

まず寝床が無くなった。これは比喩表現ではなく文字通り物理的な意味だ。四人部屋の寝台を畳んで倉庫に片付ける時の生徒達の顔は、睡眠という最高の贅沢を取り上げられた事による絶望に染まっていた。


しかしそれも十月を半ばまで消化した頃には問題にならなくなっていた。土の地面は柔らかい事を知ったし、意外と硬い床でも心地よく寝られるようになった。


寝台を片付けた翌日から、夜中に警報が鳴るようにもなった。これは火事が起きたとか奇獣が襲ってきたというわけではない、訓練開始の合図だった。

警報が鳴れば五分で身支度を整えグラウンドに整列し、夜間訓練が始まる、それが週に一回〜五回行われる。


まあそれも繰り返せば慣れるもので、十一月に入る頃にはほぼ全ての生徒がどんな場所でもどんな時でも眠れる術を身につけた。

座ってる時も立ってる時も、閲兵の時でも眠る事が出来た。それでいて号令一つでパッと目を覚ますのだから人間の体は存外丈夫だ。


そして九月〜十二月までの三ヶ月で、それらに耐えられなかった二十人近くの生徒が学校を去っていった。


――――――――――――――――――――


一月六日、日曜日。


「なあ、知ってるか? 世間じゃ毎週日曜日は祝日で休みらしいぜ」


遠野がレーションを無造作に口に入れながらボヤいた。


「ふっ……祝日? なにそれ? 美味いの?」


と答えたのは同じクラスの片岡誠司だった


「二話連続で同じ導入ってどうかと思う」


このツッコミは矢島太陽だ。


突然ですが遠野達は雪山を行軍しています。

場所は櫛ヶ峰、青森士官学校の南西に位置する山間部、予定では二十マイル(約三十二キロメートル)の行軍を丸一日かけて行われる。

現在は五マイル程消化した地点で休憩を取っている。周りが雪でも構わずブーツと靴下を脱ぎ、ベビーパウダーを振りかけて新しい靴下を履く。

休憩の度にこれをやらないとすぐにマメが出来て悲惨な事になってしまう。


「やっべ、靴下に穴空いてやがる」


遠野が顔を上げると片岡が剥き出しの足の親指をクネクネと動かしていた。

一部とはいえ裸足はキツイ、片岡はハンカチを取り出して指に巻くことで対策をとった。


遠野は心の中で「その手があったか」と関心した。


「比較的今日は晴れてて暖かいとはいえ、雪山で素足はきっちぃ」


いそいそと片岡がブーツに足を突っ込む。遠野も難なく足のケアを終わらせてブーツの紐を固く結び合わせている。


「しまった、パウダーが切れた。済まないが誰か貸してくれないか」


若宮が困ったような顔で遠野達へ懇願する、残念ながら遠野も片岡もパウダーが切れ掛けており人に貸す余裕はなかった。


「石鹸でよければ予備あるからあげるよ」


矢島がポケットから銭湯で売ってる小さな石鹸を取り出して若宮に渡す。

若宮は「すまぬ」とだけ言ってそそくさと足に石鹸を塗りたくってブーツを履く。


「いくら暖かいといってもやっぱり雪山は寒い」


遠野は身を縮こまらせた。


「ならあそこに混じったらどうだ?」


「それは勘弁してくれ」


若宮が指差した方向に目を向けると、隣りのクラスがおしくらまんじゅうをやっているのが見えた。

文字だけ見ると可愛いが、実際は真ん中の位置を奪い合う意地汚い戦いが繰り広げられている。意外とおしくらまんじゅうは暖かい、しかし内側だけであるがゆえ位置取りに関して醜い争いが起きるのが世の常。


「つかよく見たら後藤がいんじゃねえか、俺はぜってえいかねえ」


「あはは、そういえば前遠野君は後藤さんにお尻触られてたね」


「あれはぞっとした」


「この学年で後藤のセクハラを受けてない奴いないからな」


片岡は自分が受けたセクハラを思い出したのか、真っ青な顔で絞り出すように吐いた。

後藤とは隣りのクラスで圧倒的存在感を放つオカマ、その巨漢を活かして目に付いた男にセクハラを行うガチの犯罪者。


「ああ、俺は幸い大事になる前に逃げれたが」


若宮もまた青ざめた顔でおしくらまんじゅうの集団を見つめる。

各々が戦慄し、寒さ以外で身体を震わす中ふいに。


「え? 僕受けてないよ」


と矢島が爆弾を投下した。

遠野と片岡と若宮は信じられないという目で矢島を見つめた後、憎悪の面を浮かべ、スクッと立ち、矢島を三人がかりで取り押さえ、おしくらまんじゅうの集団まで連れていき、後藤の隣に投げ込んだ。


「ちょっとまってええええええ」


「あ〜らいらっしゃい」


「いやだああああああああ」


矢島の絶叫が雪山に響いた。雪崩は起きなかった。


――――――――――――――――――――


翌日、多少の犠牲は出しつつも何とか予定の行軍をこなした遠野達は寮の床にぐでんと転がって行軍の疲れをとろうとしていた。


「シャワー空いたから先に行くぞ」


委員長がタオルを肩から掛けて部屋を出ていく。

遠野は委員長と片岡と矢島の四人で部屋を共有しているが、各々趣味らしい趣味は無く、日用品以外は全て四人共用という個性のない部屋になっている。


「おうすぐ行くわ」


遠野はすぐに身体を起こしてシャワーの用意を行う。そういえば最近湯船に浸かってないなと思った。


「なあ片岡、今度銭湯いかね?」


「いきなりどうした」


「いや湯船が恋しくなってさ」


「あぁ何となくわかるわ、だったら矢島に連れてって貰おうぜ」


「なんで矢島?」


「あいつ週一で銭湯通ってるから」


「ふーん、ところでその矢島はどこ行った?」


「熊木と訓練やってる」


「行軍終わったばったかだというのによくやるぜ」


「まあ矢島は昔から体力ないからな。運動神経も悪いし、ほんと何で士官学校こんなところに来たんだか」


「片岡と矢島は幼なじみだっけ?」


「ああ、小等部からの付き合いだな」


「腐れ縁だな。士官学校に行くっつたのもお前が先か」


「いや、矢島が先さ」


「まじかよ、そりゃまた何で」


「さあな、家庭事情とか色々あるし。自分が戦災孤児育英法で引き取られたってところも関係してるのかもな」


「矢島は戦孤法の人間だったのか」


「俺達は別にいいんだけどさ、お前らはどうなんだよ」


片岡がタオルと下着を桶に入れて立ち上がる。黄色いアヒルがあれば完璧な銭湯スタイルだ。


「どうって?」


「木野ちゃんの事だよ、うかうかしてると他の男にとられちまうぞ。蒼本とか」


「何でそこで蒼本が出てくんだよ!」


「お前知らないのか? 木野ちゃん蒼本にちょっと気があるみたいだぞ」


「え? マジ?」


ドクンと遠野の心臓が跳ね上がった、それは動揺から来ているのだが、遠野自身はそれに気付かないフリをして平静を装う事で体面を保つ事にした。


「マジだって、だから早く告白しとけよ。気があるつっても今の所はお前の方に軍杯が上がるからな」


「べ……別にあいつが誰と付き合おうと俺には関係ねえし! つか好きでもねえから!」


「お前がそう言うならいいけど。後悔はするなよ、あといくら体面を取り繕ってても顔に出てるぞ」


とそれだけ言って片岡は部屋を出ていった。後に残された遠野は部屋の隅に置かれた鏡で自分の顔を眺めて気付いた、腕が震えている事に、顔が引き攣っている事に。


「告白か」


目を閉じて木野が蒼本と仲良く手を繋いで街を歩く姿を想像するが、しっくりこない、しっくりこないけどめちゃくちゃ悔しい。


「やるか……やるしかないか……やる! ちょっと待ってくれ片岡」


決意を固めて遠野は部屋を出ていった。


――――――――――――――――――――











ある殺人鬼の手記


私は今日初めて教師をやっていて良かったと思っている。

子供達を教え、導くこの仕事。子供達と触れ合い、成長していく様を見ていくのが何より楽しみなこの仕事は本当にやりがいがある!


いかんいかん、結論から書いてしまうのは私の悪い癖だな。


順を追って話そう。


日付は二〇三七年一月六日の日曜日、天候は晴れ。

その日は仕事が早く片付いて私はよく行く喫茶店でディナーを楽しみつつ夜が更けるのを待った。

趣味の殺人を行うためだ。


今日のターゲットは十歳の少女、夜の九時に塾が終わると彼女は一人で帰る。親御さんは本当に不用心だ。


さて少女は塾を出て人目の多い大通りを進むのだが、時たま彼女は近道として人気のない道を通る。そこが狙い目だ! そして勿論そこを狙った。


暴れる彼女の口を塞ぎ、手早く例の薬を打ち込む。


手を離し様子を観察する。少女は恐怖で青ざめた顔をしていた。声帯が緊張で固まりうまく声が出せずしきりに「助けて」と呟く様は見てて興奮する、このまま服を剥いて犯そうかと思った。

実際あと数秒遅かったら十歳の少女を犯していた。


変化が起きた、以前の老人のように少女の身体はあらぬ方向にネジ曲がり、痛みに耐えられない声が心地よく耳に入った。

残念ながら少女はすぐに息を絶えたが、その変体は死後も続き、ついに化け物へと変わった。


どうやら若い方が変化が大きいらしい、しかしあまり若すぎると薬に耐えられないから良くないのかもしれない。

次は十代の少年少女をターゲットにしよう。


そう思った時、私の頭に電撃が走った。

何故なら私は教師だからだ、教師だからターゲットである十代の少年少女には事欠かない。

更に私が勤める学校は士官学校だ、士官学校生なら普通の子供よりも身体が丈夫だから薬に耐えられるかもしれない。


そう考えた時私は胸が高鳴るのを感じた、興奮した!

このような高揚感は母とセックスした時以来だ!


私は本当に教師をやっていて良かった。

心よりそう思う。


ああそれと、実は今回殺した少女の悲鳴を録音したのだが、これは子守唄代わりに使えるからオススメだ。

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